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あなたは“腐ったミカン”です田中淳子の“言葉のチカラ”(3)

風邪で体調が悪いのに仕事をしていた田中さんは、上司に「帰れ!」と命令されてしまう。「腐ったミカン」とまで言って彼女を追い返した上司の真意とは?

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田中淳子の“言葉のチカラ”

 新型インフルエンザや感冒性胃腸炎など、いろいろ病気が流行する冬。勤務先でもここ数年、「○○度以上の熱があったら休みなさい」など、早めに対策を取るように変わってきた。会社によっては、「身内がインフルエンザを発症したら出社停止」などの対応もあるようだ。いずれにしても、自分のケアだけではなく、他者へ影響しないようにという意味も込めて、体調が悪い時に休む必要性が、かなり認識されてきたのだと思う。いいことだ。

あなたは“腐ったミカン”です

 新人のころ非常にまじめだった私は、「会社というものは、風邪くらいひいても休んではいけないものだ」と信じ込んでいた。TVドラマで上司のセリフとして「何ぃ? 風邪だってぇ? 這ってでも出てこーい!」というのをよく聞いた時代だったこともあり、風邪ごときで休むのは、社会人としてまずい行為だと思っていたのだ。

 実際に40度の熱があるのに、2日間の研修講師を務めたこともあった。今となっては、これを「武勇伝」というのは気が引ける。誰かにうつした可能性もあるだろうから、本来はやってはいけないことだっただろう。でも、そんなふうに「無理に頑張る」のが、なぜかよいことのように思われていた時代がかつてあったのだ。

 入社1年目か2年目のころのこと。私は風邪で激しく咳をしていたが、単に喉が痛く咳き込むだけなので、仕事には差し支えないと思い、出社していた。すると2日目くらいに上司が「田中さん、体調はどうなの? 咳が激しいようだけど」と尋ねてきた。私が「咳だけで、身体は元気なんです。うるさくてごめんなさい」と謝ったところ、彼は「帰ったら?」と真顔で言った。

 「風邪くらいで休んではいけない」と信じていた私は、「いえいえ、大丈夫です。仕事はできますので。ホントに元気です」と返した。すると上司は、先ほどより少し強い口調でこう言った。

あのね、「腐ったミカン」って言うでしょう? 田中さんがよくても、田中さんの風邪が周囲にうつることもあるわけで、そうなると影響が大きいんだよね。だから、あなたのことを心配しているんじゃなくて、ま、それもあるけれど、大勢への影響を気にしているの。だから、帰って。それから明日も休んで!

 私はとてもビックリして、「え?」と上司の顔をまじまじと見つめてしまった。“腐ったミカン”…… あ…… そうか。

組織で働くということ

 私が「大丈夫!」と頑張ったところで、誰かに風邪をうつしてしまったら、もっと大変なことになるんだ。それに、大きな咳だけでも、周囲に迷惑を掛けているかもしれない。うるさいとか気が散るとか、あるいは、ただただ気になるとか。

 「風邪ごときで休んではならない」と信じていたときには、早退することも翌日休むことも抵抗があったが、「腐ったミカン」の一言で休む決心ができた。

 この時、私は自分だけよければいいのではなく、他者への影響を考えなければならないということを学んだ。風邪だけではないだろう。チームで、組織で働くということは、自分のことと他者のことの両方を考える必要があるということなのだ。

 もちろん、風邪で休める環境を実現するには、周囲が自分の仕事をカバーしてくれる状況を作っておく必要もあるし、いざという時、互いに休みを許容しあえるような組織風土も重要だ。

 休むことがままならない職場や職業もあるだろうことも理解できる。でも、今無理をして、もっと長期化するとか、さらに悪化して影響する範囲を広げてしまうことを考えれば、「休む」ことも役目の一つだろう。

 そもそも風邪はひかないに越したことはない。風邪でもインフルエンザでもノロウイルスでも予防のための努力は必要だ。手洗いやうがい、アルコール消毒なり火を通したものを食べるなり、自分でできることはするべきだ。

 それでも、病気になってしまうことはある。

 たまに「風邪をひくこと自体が悪!」「風邪をひくなんて、気持ちが弛んでいる証拠だ!」と言う人がいる。確かに、大きな仕事が終わってふと気が緩んだ時に体調を崩すことはあるので、緊張感が体調をキープしている面はあるだろう。

 とはいえ、不可抗力だってある。ある時、医師をしている友人に「かなり気を付けていたのだけれど、風邪をひいてしまって……」と言ったら、「あのね、どんなに予防したつもりでも、ひく時はひく、罹患する時は罹患する。病気ってのはそういうもだから、気にしなくていいんだよ」と言われ、気が楽になったことがある。

 別の医師にはこんなことを言われた。「動物を見てごらん。具合が悪い時には、じーっと動かず寝ているでしょう? 薬というのはね、症状を押さえているだけだから、本気で治そうと思うのなら、動物たちのマネをして、じっと身体を休めることなんだよ。大丈夫と思って無理して動くから、いつまでも治らないんだ」

 予防をしても病気になることはある。それはもう仕方ない。そうなったら、早く身体を休ませて治療に専念すること。それが風邪やインフルエンザなど伝染するものであれば、できるだけ周囲への影響を最小限にすること。それが個人にできることなのだと思う。

 風邪がはやる季節になると、いつも思い出す“腐ったミカン”の話である。

筆者プロフィール  田中淳子

 田中淳子

グローバルナレッジネットワーク株式会社 人材教育コンサルタント/産業カウンセラー

1986年 上智大学文学部教育学科卒。日本ディジタル イクイップメントを経て、96年より現職。IT業界をはじめさまざまな業界の新入社員から管理職層まで、延べ3万人以上の人材育成に携わり28年。2003年からは特に企業のOJT制度支援に注力している。

日経BP社「日経ITプロフェッショナル」「日経SYSTEMS」「日経コンピュータ」「ITpro」などで、若手育成やコミュニケーションに関するコラムを約10年間連載。著書:「ITマネジャーのための現場で実践! 若手を育てる47のテクニック」(日経BP社)「速効!SEのためのコミュニケーション実践塾」(日経BP社)など多数。誠 Biz.ID「田中淳子の人間関係に効く“サプリ”」も好評連載中。

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