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第196回 なぜIntelがARMプロセッサの受託製造を始めるのか頭脳放談

ARMプロセッサの製造をIntel Custom Foundryで行えるようになるという。世界最先端のIntelのファブで製造できれば、他を圧倒するようなARMプロセッサができるはず。でも、なぜIntelがARMプロセッサの製造を行うのだろうか?

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 このところ半導体業界の動きがいつもにも増して速い。Analog DevicesによるLinear Technologyの買収は、他社にはなかなかまねのできない「金になる」アナログに強みのある2社が一体化するという、強いものがより強くなるという構図である(Analog Devicesのニュースリリース「アナログ・デバイセズ、リニアテクノロジー社を統合し、アナログ技術におけるトップ企業を形成」)。それに引き換えというと語弊はあるが、どこかの国の半導体会社は、再編こそ欧米系に先駆けて始まったもののギリギリまで現状維持方針、切羽詰まった揚げ句に合併したり提携したりと「ツーレイト、ツースロー」(あえて日本語で書いてみたが)で、いまだにあまり効果が上がっていない印象を受ける。

 そんな中、ARMのIP(回路の設計情報)が「Intel Custom Foundry」上で利用可能になるという発表があった(ARMのニュースリリース「ARM IP and Intel Custom Foundry collaboration: A new era for premium mobile design」)。このところ、ARMとIntelの絡む話ばかりが続いてしまって申し訳ないが、今後の風向きを示すニュースだと思うので取り上げさせていただく。一応、これまた強いもの同士の提携に見えないこともないのだが、個人的には少々違った印象を受けている。

 この発表自体は、「ARMのモバイル向け先端プロセッサIPを応用したSoC製品を、これまた世界最先端の半導体製造技術といえるIntelの10nmプロセス上で作れるようにします」というものだ。今やモバイル製品のほとんどが使っているARMプロセッサを、性能最高のIntelのプロセス上で作れば、他を圧するARMコアSoCが作れるだろうというもくろみである。

 ただし、製品を製造するのはIntelだが、それはIntel製品として売られるわけではない。もちろん、ARMが売るわけでもない。Intel Custom Foundry(インテルカスタムファウンダリ)の名の通り、第三者がカスタム品として注文して、Intelが製造、それを仕入れて、第三者が販売したり自社生産に使ったりする。当然、Intelは製造に見合う代金を得るし、ARMはIPの使用料などを得ることになる。現時点では注文するのが誰なのか、という点についての発表はない。普通、ファウンダリはお客のことを発表したりはしないが。

 しかし、先端プロセッサIPを使って、最先端プロセスで製造するとなると莫大なイニシャルコストが発生する。相当な数量を使う予定がなければ見合わない。そうなるとそのターゲットになりそうな会社はそれほど多くはないはずだ。とっくにボリューム面で脱落している日本企業ということはまずなさそうである(そういうばくちを打てる人がまずいない)。先端IP、先端プロセスといっても何年もたってしまえば優位性は薄れる。話が順調に進展するならば、Intel製造のARM搭載SoCを購入するのが誰なのかもすぐにハッキリするだろう。そうなるともう1回くらい取り上げないとならなくなるかもしれない。

 この話の中で技術的にキーになっているのが、ARMに買収されて久しいArtisan Componentsである。半導体業界の外の人にArtisan Componentsの立ち位置を説明するのは難しいが、ソフトウェアに例えれば、libcみたいな基本のライブラリを作って売っているといったらよいだろうか。ARMのCPUコアやGPUコアのような大物は目立つが、ネジやクギの類の小さな部品もなければチップとしては成立しない。

 実際、ほとんどのカスタムSoC製品にはArtisan Components製のライブラリが組み込まれているはずだ。ARMコアが搭載されていないような製品でも使われるから、業界に「まん延」している程度はARMコア以上ともいえる。そしてライブラリに付帯する各種のサービスも展開している。ある製造プロセス上で、実際にライブラリ部品を組み合わせてなるべく小さくて性能のよいチップに作り上げるのにも技術がいるからだ。

 Intelのプロセス上で第三者がチップを作ろうとした場合、ARMコア以外の全てを自分で設計しようとしたら莫大な時間がかかる。そこで、その誰かは何を作るのかに集中し、どうやって作るのかのかなりの部分はArtisan Componentsからサービスを受ける、という図式である。当然、そこからもARMは対価を得ることになるが、金額的には大きなものではないだろう。しかし、お客にすればマーケット投入までの時間を買うという点で非常に重要だ。

 ARMからしてみると、TSMCなどの既存のファウンドリ会社複数と付き合ってきている中に、Intel Custom Foundryを1社加えるという選択にしかすぎないように見える。もちろん、他のファウンドリにもArtisan Componentsは対応している。何も特別なことはない。そしてプロセス技術的には、Intelのファブはどこよりも進んでいるはずだ。性能を追い求めるなら、ココがお勧めという選択になるだろう。ただし、コストについては当然ながらアナウンスはない。

 一方、Intelからするとどうか。昔、Intelのファブは、Intel製品のみを製造していたが、だいぶ前から、他社製品を作るファウンドリビジネスに踏み出してはいた。しかしこれまでは、自社のx86系プロセッサを製造するというところが大きくあって、ファウンドリに重きがあるとは思えなかった。何か戦略的な提携ということが前提にあるように思われていた。

 1つの半導体工場で1カ月に生産できるウエハ枚数には限界がある。この限られた枚数から最大の利益が得られるようにするならば、単価の高い製品に製造容量を割り当てるべきだ。最終製品まで作っている自社のx86プロセッサならば、ある意味ウエハの製造コストとは無関係に単価を設定し高い利益率を乗せて販売することができる。

 ところが、ファウンドリでは1枚1枚のウエハの単価が取引のベースであって、それにはファウンドリ市場の相場というものがあるから、ぼろもうけのできるような利益は乗せられない。乗せれば顧客は他のファンドリ会社に逃げられてしまうだけだからだ。もうかるx86だけで製造ラインが埋まるのならば、ファウンドリなどなるべくやらない方がいいに決まっている。

 工場のキャパに余力ができてしまうとどうなるか。知っての通り、半導体工場の建設には巨額の資金が必要である。そして一度稼働すれば、24時間稼働させる必要があり、そのオペレーションにも大きなコストが掛かる。要するに固定費が大きい。その大きなコストを製造される各ウエハ1枚1枚に割ったものが、ウエハコストとなるのである。

 稼働率が下がればウエハコストが上がる。例えば、工場の稼働率が半分になれば、今まで90%の粗利でボロもうけできていたある製品が、その製品自体には変わりがないのに赤字となってしまうのだ。半導体工場は、うまく回れば紙幣をする印刷機にも思えるが、稼働率が下がると膨大な赤字を垂れ流すことになるのだ。

 半導体会社にとって、工場の稼働率の低下は最も恐れるべき問題である。そこで他社を取り込むファウンドリをやる。ファウンドリはあまりもうからなくても工場の稼働率が維持できればよい。そうすれば自社製品のウエハコストが上がることもなく、自社製品のもうけは維持できる。かつて、多数あった日本の半導体会社もそのように考えて自社製品の脇でファンドリや、特定顧客向けのカスタム半導体(今では誰も口にしないASIC)をやってきた。

 あまりもうからなくても他社向けの製造を取り込むことで稼働率を上げ、全体としてのコスト上昇を防ぐわけだ。ただし、ファウンドリやカスタムICというのは、結局のところコスト勝負になる。よそでも作れるので、コストの高い工場からはお客は消えていくからだ。Intelにしたら、そういうことは百も承知であろう。ARMのコアやArtisanのライブラリは、どこのファウンドリへ行っても使える。プロセスは他社より数年先んじているとしても、最先端のもの以外は他社でも似たようなものが作れる。そこでかじ取りを誤ると、ファウンダリで埋まっていた穴が、突然ポッカリと空くことになる。そういうリスクを知りつつも、一歩踏み出さざるを得ない、ということだろう。

筆者紹介

Massa POP Izumida

日本では数少ないx86プロセッサーのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサーの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部などを経て、現在は某半導体メーカーでヘテロジニアス マルチコアプロセッサーを中心とした開発を行っている。


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