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受験勉強に学ぶ、デジタル時代のSLAのあるべき姿〜「とにかくシステムを止めるな!」にうまく対抗する方法〜久納と鉾木の「Think Big IT!」〜大きく考えよう〜(6)(1/3 ページ)

今回は、IT部門が同じ企業内のビジネス部門と、SLA(サービスレベルアグリーメント)を通じてより良い関係を築くにはどうしたら良いか? 特に上級マネジャーにどう対峙したら良いか? を一緒に考えてみたい。

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編集部より

 数年前から「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が各種メディアで喧伝されています。「モノからコトヘ」といった言葉もよく聞かれるようになりました。

 これらはUberなど新興企業の取り組みや、AI、X-Techなどの話が紹介されるとき、半ば枕詞のように使われており、非常によく目にします。しかし使われ過ぎているために、具体的に何を意味するのか、何をすることなのか、かえって分かりにくくなっているのではないでしょうか。

 その中身をひも解きながら、今の時代にどう対応して、どう生き残っていけばよいのか、「企業・組織」はもちろん「個人」の観点でも考えてみようというのが本連載の企画意図です。

 著者は「モノからコトへ」の「コト」――すなわち「サービス」という概念に深い知見・経験を持つServiceNowの久納信之氏と鉾木敦司氏。この二人がざっくばらんに、しかし論理的かつ分かりやすく、「今」を生きる術について語っていきます。ぜひ肩の力を抜いてお楽しみ下さい。


85点を90点にするのと95点を100点にするのと、どちらが難しいか

 難しい話に入る前に……。

 早いもので2018年も春分の日を過ぎ、入学試験シーズンも完全に幕を下したであろう。筆者としては多くの受験生に桜が咲いたことを祈るばかりだが、読者の皆さんの多くも、過去には何がしかの入学もしくは資格試験をくぐり抜けてきたことと思う。そして経験者なら、こうした受験では複数ある試験科目のうち、特定の科目に必要以上に執着して100点満点を目指すという勉強法は、その受験にパスするという観点ではあまり得策ではないことを知っておられると思う。なぜか? それは、すでに十分得意教科になっている科目で満点を極めるために勉強時間を使うぐらいなら、同じ時間を苦手科目の底上げに回した方が、全科目の総合得点は効率良く伸び、合格確率は高まるからだ。

 つまり、皆さんとここで確認しておきたいのは、85点を90点にするのと、95点を100点にするのとでは、同じ5点の積み上げでも必要な勉強時間(リソース)は、後者の方が圧倒的に大きい点だ。よって全科目を冷静に俯瞰し、どの科目で何点取るかのプラン(言うなれば最適な得点ポートフォリオ)を見極め、それに見合った勉強時間(リソース)の割り振りを考える必要が出てくる。バランスが重要なのだ。なぜなら勉強時間(リソース)は有限なのだから。

 IT部門とビジネス部門の「より良い関係」の話に戻ろう。

 「より良い関係」とは、仕事である以上、単に両者が仲良くなればよいという話ではない。ここで言う「より良い関係」とは、両者がフォーカス/デフォーカスするITサービスの取捨選択について基本合意し、フォーカスするサービスの可用性については、どこまでリソースをかけてこれにこだわるのか、デフォーカスするサービスの可用性についてはどこまで割り切って、リソースをフリーアップするのかを、膝を突き合わせて協議、合意できる建設的な関係のことだ。一言で言ってしまえば、実のあるSLAを結べる関係のことである。詳細は後述するが、ビジネスとITを融合するにはこうした関係性が必要不可欠である。SLAがキーファクターとなるのだ。

 しかし、現実は一筋縄では行かない。順を追って見てみよう。

 まず、ITに携わる者であれば、ITサービス(ITシステム)の可用性はある一定期間(例えば1年)を通して見れば、100%にはならないことは周知の事実だ。もちろん100%にしたいし、できるだけ100%に近づけようと日々努力している。基幹システムや社外向けのWebシステムであればなおのことである。しかし残念ながらITシステム/サービスの可用性は100%を保証できない。典型的な例として、基幹サービスを稼働させている商用クラウドベンダーでさえもが可用性100%を保証していないのである。それが現実なのだ。

「いいから可用性100%にしろ!」がビジネス部門のジョーシキ

 では、ビジネス部門はこれをどう捉えているか?

 筆者は過去にITオペレーションの責任者として、ビジネス側の責任者との間で何度もSLAを策定してきた。当然だがその一環で、ビジネス側に対象ITサービスの可用性は100%未満、理論上は95〜97%程度、実質的には99%程度に落ち着くと説明してきた。

 初めてこの話を聞く基幹ビジネス責任者である上級マネジャーの反応は、あなたの想像する通りだ。第一声は「ふざけるな! 俺は1日何億円ものビジネスの結果に責任を持たされているんだぞ! いいから100%にしろ!」と返ってくる。そして、そこからすったもんだの議論がスタートする。こちらとしては、何とかして建設的な議論へと持ち込みたいわけだが……。

 皆さん自身にも、ビジネス部門を相手にITサービスの可用性について議論した経験がおありか分からないが、筆者の経験上それは高い確率で不毛な議論に終始する。そして、何ら結論の出ないままに、これまで通りのITサービスのオペレーションが綿々と続いていくことになってしまう。

 ここでポイントとなるのは、可用性100%を実現するためのコストは、97%を実現するコストと比較しても跳ね上がるという点だ。つまり、ITシステムのあらゆる箇所をより信頼性の高い(すなわち高価な)モジュールで構成したり、冗長構成を二重化から三重化に増設したり、常時予備配置を置いた運用体制を敷いたりと、あらゆる箇所でヒト、モノの増強が必要になってくる。これでは、特定科目の100点満点に執着し過ぎて他の科目の勉強時間がなくなってしまうのと同じだ。リソースは有限なのに。

 もし、ITサービスの可用性は100%ではないという前提に立つことができれば、柔軟にあらゆる可能性を探るところから議論を始められる。一瞬たりとも止めない努力に固執するのではなく、(不幸にも)止まってしまった場合に、仮に縮退運転であってもITサービスを継続させる方法や、停止状態からいかに早く復旧するかの方法に意識の幅を拡げられるからだ。例えば、大地震をはじめ、想定し得るサービスが停止するケースを考慮したBCP(事業継続プラン)を策定するという、一歩進んだ議論に前進できる。

 ビジネス部門側はITシステム/サービスが使えないという緊急事態でも、何らかの代替手段で最低限必要なビジネスを継続できるように準備しておく。ビジネス部門側であってもBCPの責任の一翼を担うというのが肝だ。IT部門側も、停止を念頭に置いたBCPに基づき、ITシステム/サービスのバックアップ、DRP(災害復旧計画)を策定する(ITシステム/サービスの復旧プランに基づいてBCPを策定するという逆の場合もある)。例えば、2時間、8時間、24時間、72時間それぞれの時間でどのように復旧するのかを計画する、そのために必要なものを日頃から準備しておくといった具合だ。当然、外部ベンダーとも復旧計画を共有・合意し、必要に応じて契約内容にも反映させる。

 ポイントは、ITサービスが止まり得ることを前提としたBCPを策定し、その計画履行の責任全てをIT部門が背負い込むのではなく、ビジネス部門側も一定の責任を分担している点だ。こうすれば、「一瞬たりとも止めるな!」的な設計や体制を構築する、あるいはどんなケースにおいても「瞬時に復旧せよ!」的な手順を準備するよりも、要員的にもコスト的にもはるかに効率的になる。結果としてIT部門全体の費用を削減できるし、最終的にはビジネス部門の経費にもプラスの効果として跳ね返ってくることになるわけだ。

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