「柔らかな」システム思考のすすめソフトシステム方法論「SSM」とはなんだ(1)

» 2004年04月16日 12時00分 公開
[安田早苗豆蔵]

[1] SSMとは

[1-1] SSMに関心が集まっているわけ

 最近、SSMについて質問されることが多くなりました。2003年11月に来日したSSMの提唱者 ピーター・チェックランド(Peter Checkland)教授の講演がその引き金になっているようです。SSMとはSoft System Methodologyの頭文字で、Soft(柔軟)にシステム思考(システムズアプローチ)をすることで問題の解決を図ろうとする方法論のことです。

 システムエンジニアがSSMに関心を寄せる理由は大きく2つ考えられます。

 1つは、最近のソフトウェア開発現場では、モデル指向の開発プロセスが採用されるようになってきているため、上流工程でSSMを適用してそのモデルを後続のシステム開発工程のモデルと連動させられないかという期待が持たれているためです。もう1つは、ソフトウェアを開発するにあたって、ビジネスゴール(進むべき方向や目標、方針など)が不明確な状況が多いため、ゴールは何なのかを検討するためにSSMを適用しようという動きがあることです。後者こそSSMが本領を発揮できる領域です。

 現代は、「成功した企業」のビジネスモデルを後追いで模倣しても、現状を維持することさえ困難な厳しい時代です。成功したビジネスモデルはその多くをITに依存しているといっても過言ではありません。すなわち、ユニークなIT戦略およびIT戦術を有することが、強力な企業戦略を策定するための条件となっているのです。SSMは、このような厳しい状況における問題解決のための方法論なのです。

 また、ソフトウェア開発現場では、システムの要求が関係者間(顧客あるいは開発者間でも)で検討しきれておらず、開発作業全体に遅延をもたらすという問題が多々発生します。つまり、目的やゴールが曖昧(あいまい)なのです。上述したようにSSMは目的やゴールの決定に有効な方法論でもあるのです。

 ところで、SSMがSoft Systems Methodologyの頭文字だということは先ほど述べましたが、この反対に、Hard Systems Methodologyというシステムエンジニアリング手法も、もちろん存在します。後者はいわば、伝統的な手法であり、目的が決まっていて、その実現のためにどうするかを決める手法です。2つのアプローチの比較を以下に示します。

ハードアプローチ 目的が決まっていて、その実現のためにどうするかを決める手法。客観的なデータを科学的に分析して最善のHowを決める
ソフトアプローチ 目的が定かでないときに、目的を検討するための手法。
Whatを決める
SSM 関係者間で目的を共有するために、認識の違いを明確にし、合意(折り合いとも呼ばれる)を取るための方法論。ソフトアプローチの1つ。
ハードアプローチとソフトアプローチ

[1-2] SSMの開発経緯

 SSMの開発者チェックランド教授は、化学会社(ICI)に研究者として15年間勤務し、その後、ランカスター大学大学院で30年間の教員生活をおくりました。最初はハードアプローチを用いた研究とコンサルティング活動をしていましたが、プロジェクトがうまくいかないことを痛感し、1970年代中ごろに、SSMの原型を作り上げました。1980年代に入り、チェックランド教授が、国家医療、保健関係プロジェクトなどにSSMを適用し、成果を上げたことから、ヨーロッパでは広く利用されるようになりました。日本でもチェックランド教授の教えを受けた研究者が、企業のマネジメント領域、地方自治体や医療関連プロジェクトでSSMを適用しています。以下の書籍は、SSMをはじめとしたソフトアプローチの適用例を紹介しています。

 ◎ 『経営の革新はミドルから』(石井威望監修 日本実業出版社)
 ◎ 『21世紀型社会の構造』(三菱総合研究所編 ダイヤモンド社)

[2]SSMの7つのステージ

 SSMでは、かかわる人々の立場によって、見方や考え方が違うような状況の時に、何が問題か、あるいは何を目標とすべきかを明らかにして、今後の活動計画を検討します。立場によって異なる「考えや思い」(これを世界観と呼びます)を調整し、アコモデーションを探ります(アコモデーションとは『異なる意見の同居状態』を意味しており、合意形成や折り合いなどと訳されています)。そして、世界観の違いを認め、ある種の納得をしながらゴールに向かって、行動することを目指しています。

 SSMのプロセスは7つのステージで構成されています。7つのステージは決められた順番どおりに進めるものではなく、各ステージを行ったり戻ったりしながら検討を進めていきます。それでは、「新撰組」を例にして、各ステージを解説していきましょう。

ALT 図1 SSMの7つのステージ

(1) ステージ1、ステージ2

【問題の発見(現実の問題&問題の表現)】

 このステージでは関係者がそれぞれ考えている状況を絵や言葉で表現します。この絵をリッチピクチャー(Rich Picture:RP)と呼びます。この絵に自分がどう思っているかを描きます。そして、その絵をミーティングで説明することにより、それぞれが思う問題状況に対する見方や考え方を明らかにしていきます。「新撰組」についてのRPを描いてみましょう。

ALT 図2 新撰組のRP(クリックすると拡大

 図2を見て、自分とは認識が違うと思われた方もいると思いますが、絵の描き手が認識していないことは、当然描けないわけです。多くの関係者のRPを持ち寄ることにより、1つの問題状況に対する複数の見方や考え方を知ることができるのです。ただし、日本人多くは絵での表現を苦手とするようです。文章でも構わないのですが、あまり長い文章を羅列すると、ほかの人が直感的に分かりませんので注意してください。また、(自分のRPを)説明をすることは大切ですが、ほかの人の説明を聞き、相手の立場や考えを理解することも重要です。

 次に、関係者が問題状況をどうとらえているかを言葉で表現します。これは関連システム(Relevant System:RS)と呼ばれています。

新撰組とは京都の治安を守る仕組み
新撰組とは徳川幕府を維持するための仕組み
新撰組とは腕に覚えのある人を出世させる仕組み
新撰組とは倒幕派を制圧するための集団
新撰組とは下級武士の出世のための仕組み
新撰組とはその家族に安定をもたらす仕組み
新撰組とは日本を安定させるための仕組み
関連システム(Relevant System:RS)の例

 RSはミーティングの出席者に思いつくままに挙げてもらいます。その後、何回かミーティングを行い、RSを数個にまとめます。

 ここでは主に「〜する仕組み」という用語を使用していますが、ほとんどの文献では「〜するシステム」のように、「システム」という用語を使用しています。本稿ではシステムエンジニアの皆さんに対して、「システム」という用語を使用してしまうと、どうしてもコンピュータにかかわるシステムと認識されてしまう恐れがありますので、日本語の「〜する仕組み」としました。

(2)ステージ3

【関連システムの根底定義(Root Definition:以下RD)の成文化】

 ステージ3(および後述するステージ4)は、関連システムの重要なものをRDとして定義し、このRDに必要な変換プロセスを概念活動モデルとして作成します。RDは「ZのためYによってXするシステム(仕組み)」という形式の文章にします。ZはXの目的であり、YはXの手段です。これをXYZ分析と呼びます。

【RD1】 徳川幕府体制の安泰のために(Z)、倒幕派を一掃することによって(Y)、京都市中の治安を維持する(X)システム
【RD2】 貧しい腕に覚えのある人が生活の安定のために(Z)、徳川幕府に就職して倒幕派を痛い目に遭わせることにより(Y)、出世と安定と名誉を得る(X)システム
【RD3】 京都の民衆の生活が脅かされないように(Z)、倒幕派の活動を抑えることによって(Y)、京都の民衆の生活を守る(X)システム
根底定義の例

 RDのXに着目してみましょう。新撰組は「京都市中の治安を維持するシステム」であり、また「出世と安定と名誉を得るシステム」「京都の民衆の生活を守るシステム」です。このことからも分かるように、同じシステムでも全く違った世界観があるものです。世界観が違えば問題解決を考えるための方向性や具体策もおのずと違ってきます。世界観を1つに絞る必要はありません。このXYZ分析を何度か検討して、関係者がアコモデーションできるRDを定義します。

 良いRDかどうかは、Zのために手段Yを取ることが適切かどうか、システムXの目的としてZは適切かというように、3つの項目の関係で評価します。

 次に、CATWOE分析を行います。CATWOE分析のC(customer)は顧客、A(actor)はアクター、T(transformation process)は変換プロセス、W(weltanschauung、注)は世界観、O(owner)は所有者、E(enviromental constrains)は環境的制約を表します。1つ1つのXYZの定義について検討します。


(注):「weltanschauung」だけドイツ語である。あくまでチェックランドの主張に拠る。英語なら「philosophy of life」か。


ALT 図3 CATWOEのイメージ図

 Tはプロセスそのものを定義するのではなく、インプットとアウトプットを定義します。「システム」とは、何かをインプットし、変換作業を経て、何らかのアウトプットを出力するものです。例えば、「不穏な京都市中」を入力して、「新撰組の活動」という変換作業を経て、「安全な京都市中」がアウトプットされるということです。「どのようにして変換するのか」(つまり、新撰組はどのようにして京都の治安を守るか)が気になるところですが、SSMではこれを掘り下げません。

 SSMでは「変換プロセスを明確にできない」ことも検討対象としています。例えば、「名誉を得ること」「出世すること」「精神的に成長すること」などは、インプットとアウトプットは明確でも、どのようなプロセスを経て、変換されるのかは定義できません。

【RD1】 徳川幕府体制の安泰のために(Z)、倒幕派を一掃することによって(Y)、京都市中の治安を維持する(X)システム
【CATWOE分析】
C:徳川幕府
A:新撰組のメンバー
T:不安定な徳川幕府→徳川幕府の安泰、京都で暗躍している倒幕派→静かになった倒幕派
W:倒幕派の勢力が強くなり、クーデターなどが起きれば戦乱の世になり、徳川幕府が倒され、外国に侵略される。倒幕派の不穏な動きを封じ込め、一掃することで安泰を守れるはずだ
O:徳川幕府
E:天皇や公家の動き、開国をせまる外国の圧力
CATWOE分析モデル

 XYZ分析やCATWOE分析の目的は、正しいモデルを作成することではなく、立場の違う関係者間で、問題状況をどのように考えているか議論し、RDの修正を繰り返す作業を通して、関係者間でアコモデーションを取ることです。

(3)ステージ4

【概念活動モデル(Conceptual Model:CM)の構築】

 このステージではXYZ形式でまとめたRDを活動面から分析します。「どのような活動をすれ」ば、RDを実現できるかを考えます。つまり、CATWOEのTを明確にするのです。詳細な作業手順を考える必要はありません。まず、RDから「動詞」を抽出し、その動詞の依存関係を線で引くことから始めます。

[注意点]

  • 7±2とすること (7つ前後の活動数とする)
  • 表現は動詞で行うこと
  • 現実の方法に惑わされないで考えること
  • 詳細なところまで書かないこと
ALT 図4 【RD1】徳川幕府体制の安泰のために(Z)、倒幕派を一掃することによって(Y)、京都市中の治安を維持する(X)システムのCATWOEモデル

 次にXに着目します。Xの活動をするには、その前に手段「Y」の活動が必要です。また、「Y」の活動をする前には、その活動内容を決める活動が必要です。さらに、Z、Y、Xはそれぞれ「どういうことか」を検討する活動が必要です。図4はこのような考えで作成したモデルです。活動モデルの作成を通して、「徳川幕府体制を維持する」には、本当に、京都市中の治安を維持すればよいのか? そのようなことを議論します。歴史が物語るとおり、この目的を実現するためには、「治安維持システム」は適切でなかったわけです。このステージでは余計な現実の活動を意識しないことが重要です。また、このステージの検討中に、新しい気付きを得ることもあります。その場合にはRSやRDのステージに戻って、繰り返し作業を行います。

 以上、SSMのステージ4までを紹介しました。次回はステージ5から解説していきたいと思います。

著者プロフィール

安田早苗

 中学生時代に汎用コンピュータに出会い、コンピュータを仕事としようと決心。大手精密製造業にてシステム企画、開発業務に携る。特に販売及び物流業務改革・再構築プロジェクトは事務局として予備調査段階から担当し、さまざまな関係者の錯綜する思いをシステムに反映する面白さを知る。1996年分散オブジェクト関連業務を担当し、オブジェクト指向に出会う。最近は、ITSSのITアーキテクト教材開発を中心に活動中。従来からのシステム企画、基本設計工程にどのようにオブジェクト指向的要素を加えるかに興味を持っている。



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