Webは生産性を下げる?ブラウザを超える手段とはトレンド解説(5)

「運用管理の負荷が削減されるから」という理由でWeb型の業務システムを導入し、逆に管理やコストが掛かったり、社員の生産性が落ちたりといった経験はないだろうか。今回は、その原因と対処策――「リッチクライアント」という選択肢について解説する。

» 2004年02月07日 12時00分 公開
[垣内郁栄,@IT]

Webシステムは無駄なコストが掛かる!?

 企業情報システムで利用されているWebアプリケーションでは、クライアントとしてInternet Explorer(IE)などWebブラウザが利用されることが多い。WebブラウザはほとんどのPCに標準的にインストールされており、システムの入れ替えなどがあっても情報システム部による配布の手間がないことに加え、一般エンドユーザーでも大抵は操作法を知っており、汎用性が高いといったメリットがある。もちろんシステムはサーバーサイド・アプリケーションとして構築され、バックエンドのデータベース、ERPなどとの連携が容易という点が前提となっている。

 しかし、企業情報システムのクライアントとしてWebブラウザを使い続けることを疑問視する声がユーザー企業から上がってきた。それらの声を集約すると「Webブラウザではユーザーの生産性向上がこれ以上見込めず、無駄なIT投資が掛かる」ということだ。これはどういうことなのか。

貧しい表現力が操作ミスを誘発

 簡単にいえば、Webブラウザを使うことで、Webアプリケーションの操作ミスが増え、業務がたびたび滞るということ。汎用的性格を持つWebブラウザは、利用するアプリケーションごとにカスタマイズすることが難しい。例えば、メニューやボタンの機能はあらかじめ決められていて、利用するWebアプリケーションごとに機能を追加することは不可能か、非常に煩雑な開発が必要になる。

 また、Webブラウザはマウス操作を前提にしているため、専門オペレータがキーボードからの高速・大量に入力するような業務には向いていない。さらに入力したデータがサーバに正確にポストされたかどうかを確認するためにはページをリフレッシュする必要があり、ユーザーはセッションが終了するまで待たなければならない。伝票を1つ入力するたびに画面遷移が発生していては、効率的な作業は難しいだろう。ダイナミックHTMLを利用すればリフレッシュの問題はある程度解決するが、ダイナミックHTMLは利用するWebブラウザの種類やバージョンによって互換性がなく、幅広い利用は難しいと考えられる。

 Webブラウザの貧しい表現力と操作性もユーザーの生産性を低下させる。ドラッグ&ドロップは利用できないし、各種の操作ナビゲーションを実装することも簡単ではない。そのため開発されたWebアプリケーションのユーザビリティが低くなり、操作ミスがや誤った使い方をしてしまう懸念がある。間違った入力をした場合に、ブラウザ側で警告を表示するように開発できればいいが(これも工数が掛かる)、そうでなければミス入力のためにサーバに余計な負荷が掛かることを覚悟しなければならない。この上、誤って入力されたデータをデータベースから削除するなど情報システム部員の労力も浪費することにもつながるだろう。

 よく指摘されるのは、データ確定前に「戻る」ボタンを押し、すべてのデータがクリアされるというミスだ。これらはユーザー1人1人にとっては笑い話で済むかもしれないが、何百、何千のユーザーがミスクリアを犯していると考えると、企業全体では大きな損失を被っているかもしない。

 Webブラウザには、ツールやバージョンにより出力されるレイアウトの違いがある。同じWebアプリケーションでも、異なるバージョンのIEやNetscape、ほかのWebブラウザで表示するとディスプレイに表示されるページのレイアウトが異なる。これもユーザーの混乱のもとになるだろう。Webブラウザによっては正しく印刷できなかったり、フォームに入力できないことも考えられる。情報システム部はユーザーが利用するすべてのWebブラウザを想定し、Webアプリケーションを開発する必要があり、時間、コストが掛かる。特にアンケートフォームなど社外に公開するWebアプリケーションではそのチェックはより慎重にならざるを得ない。

 ユーザーの使い勝手を考えると、Webブラウザがオフラインで利用できないことも問題だ。前述したようにWebブラウザは入力した項目を確定したり、データベースからデータを取得する際に必ずセッションを行う必要があり、常に通信できる環境にあることが求められる。営業支援システム(SFA)を使っていて、外出先で営業結果をWebブラウザから入力しようとしても、必ず通信し、データベースに接続する必要があるのだ。これはサーバ側で処理を行い、その結果だけをクライアント側で表示するWebブラウザの特性を考えると当然の限界だが、ユーザーの生産性という観点から見ると疑問が出るのもよく分かる。

原因
 
結果
・メニューやボタンの機能をカスタマイズできない
・ 表現力が乏しい
→
操作ミスを誘発
・入力データを反映させるためページのリフレッシュが必要
→
そのたびに業務が滞る
・ブラウザの種類やバージョンによって出力レイアウトが異なる
→
エンドユーザーが混乱をきたす
・オンライン環境が要求される
→
ローカル環境で作業が完結せず、生産性が下がる

増大するサーバ負荷で過剰投資に

 次にWebブラウザの利用が「無駄なIT投資を生む」とはどういうことか。Webアプリケーションは前述したようにサーバサイドでの処理が基本。Webブラウザはその結果だけを受け取って表示する。しかし、複雑な計算やグラフの描画などWebアプリケーションには高パフォーマンスが要求される処理も少なくなく、ユーザーが多い環境ではサーバへの負荷が大きくなる。もちろん重いデータをやり取りすることによる、ネットワークへの負荷も心配だ。その結果、企業はサーバやネットワークのリソースを拡充することが求められ、投資が膨らんでしまう。

 また、セキュリティへの不安もある。WebブラウザはWebアプリケーションで利用するほか、Webサイトの閲覧で利用することも当然多い。ユーザーがたまたま閲覧したWebサイトでコンピュータ・ウイルスに感染し、イントラネットを通じて全社に被害を拡大させるという危険も否定できない。これらの危険を避けるため、Webアプリケーションに対するセキュリティ対策を確実に実施することが情報システム部には求められ、その分だけ投資額が膨らんでしまうことになる。

表2 WebシステムでITコストが掛かる理由

  • サーバのリソースを確保するための投資
  • ネットワークのパフォーマンスを維持する投資
  • セキュリティ対策

リッチクライアントの原型はC/Sシステム

 そこで注目されているがWebブラウザに代わるクライアントツールの可能性だ。最近では複数あるWebブラウザ代替のツールを総称し、「リッチクライアント」という言葉が利用されている。表現力だけでなく、柔軟性や開発生産性、ユーザビリティ、低コスト、セキュリティなどすべての面でWebブラウザに対して“リッチ”であることを指す。

 とはいってもリッチクライアントはまったく新しい技術というわけではなく、仕組みとしては従来からのクライアント/サーバ(C/S)システムを踏襲している場合が多い。ただ、C/Sシステムが持っていたプログラム配布の問題やOS依存、通信の非柔軟性などの問題はほとんど解決されている。

 現在、多く利用されているリッチクライアントツールには2種類ある。1つは既存のクライアントソフトにWebアプリケーションとの連携機能を強化したケースと、もう1つはリッチクライアントとして新たに開発されたものだ。

 既存のソフトでWebアプリケーションのクライアントとして注目されているソフトの1つは、「Microsoft Office 2003」だ。Microsoft Office 2003に含まれる「InfoPath 2003」は、入力フォームを作成し、XMLデータとして出力できる。Officeのほかのツールと共通のインターフェイスを持ち、エンジニアでなくてもGUIでフォームを作成し、配布できる。クライアントにもOfficeを使うため、トレーニングコストなどを省けるというメリットがある。Excel 2003、Word 2003もXMLスキーマに対応し、基幹系システムなどとの連携が容易になっている。これらのソフトをリッチクライアントとして利用する方法もある。

 また、イントラ環境などでクライアントPCに対してソフトの一括インストールが可能なら、.NET Frameworkの「Windowsフォーム」を使ってWebアプリケーションと連携させる方法もある。WindowsフォームはIE上で起動させることが可能だ。またマイクロソフトは、.NET Frameworkアーキテクチャ上で、「ノータッチディプロイメント」というソフトウェア配布の機能を提供している。

 帳票などドキュメントを中心に扱うアプリケーションなら、アドビシステムズが開発した「Acrobat」も有効なリッチクライアントになる。「Adobe Form Designer」はXMLに対応した入力フォームを作成できるし、「Adobe Form Server」でWebアプリケーションを容易に配布可能。また「Adobe Form Client」や、Adobe Readerをフォーム入力に対応させる「Adobe Document Server for Reader Extensions」もある。

 Webブラウザからも利用できる「Adobe Reader」も、リッチクライアントの1つ。Adobe Document Server for Reader Extensionsを使えば、通常は閲覧専用のAdobe Readerでフォーム入力を可能にする機能を追加したPDFファイルを生成できる。このため、社内外に配布するWebアプリケーションでの利用が考えられる。Adobe PDFは文書のレイアウトを保持し、印刷関係の機能も豊富なため、他社の帳票ソリューションと組み合わせて利用するケースも多い。

画面遷移が少ないWebアプリを開発

 豊かな表現力、画面遷移が少ないWebアプリケーションの開発では「Macromedia Flash」に定評がある。データベースにアクセスし、さまざまなデータを選択するようなWebアプリケーションでも、画面要素がダイナミックに変化するFlashを使うことで、ユーザーに操作法を分かりやすく伝えることができる。ユーザーの操作ミスを防ぎ、Webアプリケーションの生産性アップにつなぐことができるだろう。

 またユーザーが利用するIEのほとんどにFlash Playerがインストールされており、クライアントツール配布の手間を抑えることができるのもメリットだ。Webアプリケーションの開発は「Macromedia Flash MX 2004」を使う。Webアプリケーションをほかのシステムと連携させるには.NET、J2EEに対応した「ColdFusion MX」を利用する。

 サン・マイクロシステムズのテクノロジもWebブラウザベースのアプリケーションを変える可能性がある。サンが2001年に出荷を開始した「Java Web Start」は、Javaで作成したアプリケーションをインターネットで配信し、クライアントのWebブラウザで起動するシステム。起動した後のアプリケーションはWebブラウザから独立し作動する。Webブラウザの限界にしばられることなく、通常アプリケーションとして利用できるメリットがある。Java Web StartはJ2SE 1.4のJDKに含まれる。Javaベースのアプリケーション開発についても、JavaServer Faces(JSF)が登場することで、Visual Basic同様にGUIでアプリケーションを開発できるツールが現れることが期待されている。

 また、サンは「Sun Ray」を1999年から進めている。これはシンクライアントのシステムだが、その推進のためGNOMEやStarSuite、Mozilla、Evolutionなどオープンソースソフトをパッケージした「Java Desktop System」を登場させた。Lunux+Javaというクライアント環境が整備されることで、J2SEなどのJavaクライアントテクノロジの見直しが進むかもしれない。

 このほかJava陣営では、IBMで「WebSphereリッチクライアント」の計画があるという。

 
Webアプリとの連携を強化
リッチクライアントの新技術
リッチクライアントを実現する仕組み 既存のWebアプリケーションのインターフェイスを整えるため独自に入力フォームを作成、入力したデータはXMLで連携させる Macromedia FlashやCurlなどWebブラウザの表現力を向上させる技術・ツールを使ってアプリケーションを開発する
メリット Officeなど汎用的なアプリケーションをインターフェイスに据えることで、操作性や使い勝手が確保できる 直接データベースと連携させた、表現力豊かなWebアプリケーションの開発が可能
製品・技術 Microsoft Office 2003(マイクロソフト)
・Acrobat+PDF(アドビシステムズ) など
Macromedia Flash/ColdFusion MX(マクロメディア)
・Java Web Start(サン・マイクロシステムズ)
・Biz/Browser(アクシスソフト)
・Curl(米カール) など
表3 リッチクライアント技術のトレンド


210社の導入実績があるBiz/Browser

 最新版が登場したばかりのアクシスソフト「Biz/Browser」はこれまでのバージョンが累計で25万ライセンス、国内210社の導入実績を誇る国産リッチクライアントツール。独自形式のCRS(Chain Reflection Script)ファイルを使って高速画面表示を可能にしたのが特徴。IE上で動作し(専用クライアント版もあり)、キーの自由な割り当てや入力ミスのチェック、動的なグラフィック表示、XMLデータなどに対応する。最新版ではWebサービスの機能が強化された。Webアプリケーションの開発には、「Biz/Designer」を使う。ターゲットとなるのは、企業の基幹系システムへのデータエントリマーケットだ。

 先日、NTTソフトウェアが自社のセキュリティ製品を組み込んで発売すると発表した開発言語「Curl」は、グラフィカルなWebアプリケーションの開発が可能なツール。3Dを使いダイナミックに変化するインターフェイスを開発可能で、グラフやCGシミュレーション表示などの用途に向く。描画、処理、ハンドリングのすべてを単一言語で実現でき、開発・保守が容易だという。NTTソフトでは「オブジェクト指向に慣れた少数精鋭のエンジニアが開発すれば、Curlの開発生産性はJava言語の数倍になる」とCurlをアピールしている。

 現在はリッチクライアントの“ブーム”という状態で、ベンダ主導ともいえるだろう。現状のWebアプリケーションでは、やはりWebブラウザを使ったシステムが圧倒的で、しばらくはその優位は変わらないと考えられる。しかし、Webブラウザの限界に対する認識が広がり、生産性の向上や基幹系システムとの連携など、リッチクライアントの実績がユーザー企業の中で積み上がれば、Webブラウザを捨てるというのもユーザー企業の選択肢の1つになるかもしれない。情報マネージャは、次世代Webアプリケーションのあるべき姿を含めて、オルタナティブなクライアントツールへの目配りを行うことが必要になるだろう。

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