IT改革・改善を実現する組織の作り方ITガバナンスの正体(3)(1/2 ページ)

» 2004年01月28日 12時00分 公開
[三原渉(フューチャーシステムコンサルティング),@IT]

筆者より:

本稿では、ITガバナンスを各企業で確立していくために、ITマネージャが「考える・分かる・応える・使える・変わる・変える」ことを目指します。前回「将来の企業戦略に向けITマネージャがなすべきこと」で3年後・5年後の経営戦略実現のため、経営層・IT部門・コンサルタント・業務部門など、関係者一同に現状や問題点を把握してもらうこと」と、「経営者や外部コンサルタントとの太いパイプ作り」をお願いしました。次に、ITマネージャは何をすべきでしょうか?


ショートストーリー 山の手精工株式会社物語

<前回までのあらすじ>社員2000人の製造業「山の手精工株式会社」では、上野社長の指揮の下、CIOの神田取締役と情報システム部門長・池袋マネージャがITガバナンスの確立に取り組んでいる。3年後・5年後の経営戦略を実現するための方向性は見えてきたものの……?

3週明けの月曜日──。

池袋マネージャ:3年後になりたい像、そして来年のいまごろまでにやらなきゃいけないことが分かってきたから、今度はそれを4月からの来年度でどう進めるかを考えよう。少し巻き返さないと、今月末どころか臨時役員会にも間に合わなくなるぞ。


巣鴨リーダー(課長職):先週、神田取締役がいらしたときにもお話ししましたけど、あらゆる部門からシステムをあーしろ、こーしろって口うるさくいってくるものだから、新しいことなんて手が回りませんよ。やらなきゃいけないということは何となく分かりますけど、時間がないですね。


秋葉原さん(運用担当): どんどん新しい技術が出てきて、便利に、しかも安くなってきています。運用コストの安いものを取り込んでいかないと、いつまでたっても費用の垂れ流しです。いまのままでは、経営を圧迫するだけです。何とか時間を作って、運用のことまで考えた情報システムにしていかないと……。


巣鴨リーダー:でもねぇ、本当に必要なことなのかどうか、ちゃんと業務部門の中で話し合って出してきてくれているものなのかどうか、疑問に感じるものが多いですね。でも、いつも「緊急だ」「役員が必要だといっているから、何とか頼む」とねじ込まれているのが現状ですよ。そんなこんなで、新しいことに手や頭は回りそうにないですね。


池袋マネージャは、相変わらず否定的な発言の多い巣鴨リーダーから、若い2人──秋葉原さんと大崎さんが座っている側に視線を移しながら……

池袋マネージャ: どうしたら時間をやり繰りして、新しいことを進められると思う? 何か改善策、いや、IT部門としての改革案がなければ、いま策定しようとしているIT戦略・IT戦略投資も宙に浮いてしまう。


大崎さん(企画・業務部門サポート担当): 業務担当者個々人でやりたいことはたくさんあるみたいですけど、それぞれの部門で整理できていないですね。ITのことが分かる人がそれぞれの部門にいらっしゃるので、その方を中心にニーズをまとめてからわれわれに話してもらうとか、部門内でIT教育をしてもらい、出てくる要望もよりレベルの高いものにしてもらうとか。われわれのところに来る要望のレベル向上・取捨選択していかないと、時間の余裕は出てこないですよね。


巣鴨リーダー: あ〜、それ。それ、やろうとしてた。やろうとしてたんだけど、そんなに簡単にいかないと思って、やってないだけ。横からチャチャ入れるやつ、絶対いるでしょ? それに、時間ないし。ですよね、池袋マネージャ?


池袋マネージャ: ……(あっけに取られ、無言、およびため息)



IT組織=情報システム部門だけでなく「社員全員」

 軸足を「IT戦略」から、「ITガバナンス」の5つの領域の2番目、「IT組織力」に移そう。

 ITガバナンスは、「情報システムにかかわる人(の意識)・制度・業務と、情報システムそのものの整合性を確保し、求めるビジネスの姿を追求する活動」という考え方に変わってきていると解説した(第1回)。上記フレーズの中の「情報システムにかかわる」とは、企業で情報システムを使っている人全員を指す。つまり「従業員全員と等しいといえる」とも解説した。ITガバナンス/情報マネジメントは、情報システム部門だけでやることではない。社員全員を巻き込み、会社全体の動きにしていかなくては成功といえない。

 IT・情報システムに理解を示さない役員層や、情報システムの活用・業務改革に抵抗を示す業務部門のミドルマネジメント。ITガバナンス確立に向けた障害は、情報システムそのものの構築や技術に関する障害だけでなく、組織的な障害もある。むしろ組織的な障害の方が大きいといえる。「IT化が失敗する」理由のうちの最大のものといってもよいだろう。「役員層とはコミュニケーションを密にしてほしい」と連載第2回で解説した。このコミュニケーションの中で、IT・情報システムの今後の方向性や、新しい技術でどんなことができるのかといった教育めいたこともしていく必要があるだろう。では、業務部門に対してはどのような働き掛けができるだろうか。

 インターネットの時代、家庭にもPCが入り込み、ひところに比べるとテクノロジに強い方が格段に多くなってきた。業務部門に、IT部門メンバーよりも技術に詳しい人間がいることも少なくない。例えばMicrosoft OfficeなどのOAソフトに至っては、業務アプリケーション構築に携わってきたIT部門メンバーより、ずっとうまく使いこなしている人の方が多いことも珍しくない。このような人は、ときとして部門の中で一種の“便利屋”として、自分の業務そっちのけで周囲の人々の業務やPCの面倒を見てくれていたりする。企業そしてIT部門として、このような人材を放っておく手はない。

 図1にあるように、業務部門に担ってもらわなくてはならない役割が4つある。役割の名称や必要人数などはじっくり考えていただくとして、この役割はどの企業・部門でも必要だと思われる。政府や経済産業省などでもさまざまな役割・資格を唱えているので、考えをまとめる参考にしてほしい。

図1 ITガバナンスにおける業務部門が担うべき役割

●IT推進(者):部門の将来や業務改革をどう進めるかというプランに基づき、部門内ITをどのように進めるかをメンバーに投げかけ、一緒に考え、リードし、取りまとめる役割。取りまとめた内容をIT部門(主に企画)と検討し予算化、必要に応じプロジェクト化する。効果をモニタリングし、効果の最大化に責任を持つ。

●コンテンツ・データ管理(者):部門で扱うコンテンツ(ファイルやナレッジ)やデータ(マスタデータ/トランザクションデータ)は、部門で管理することが基本。IT部門はその活動を支援する。またコンテンツ・データ管理者は、情報システム上のセキュリティ設定も担当する。

●IT教育推進(者):部門で必要なIT知識=業務アプリケーション・PCの使い方のレベル設定、個々人の現状と目標値設定・年間の計画作りを支援する。また部門内でのITリテラシー向上を担当する(情報セキュリティを含む)。ITに関する簡単な質問を処理する。

●インフラ整備(者):部門および部門のメンバーが必要なITインフラを整理・整備し、必要に応じて、IT部門や調達部門と折衝し、部門・部門メンバーの働く環境をITインフラ視点で最適化していく。

 このような役割を業務部門の人々に担ってもらうことで、業務部門でのITへの関心やIT活用による業務効率化・業務改善・改革を盛り上げていく。同時に、IT部門の負荷を軽減し、IT戦略で掲げた新しい取り組みに時間を割くことができる。

 ただし、このような役割を業務部門の人々に実際に担ってもらうとなると、その前に横たわる障害は並大抵ではない。理解活動を進め、活躍してもらう人の評価制度・評価基準も整備する必要がある。人事レベルでの話も進めなくてはならないだろう。こうした取り組みを円滑に進めるためにも、第2回で解説した経営層との太いパイプが必要になる。

 ITマネージャは、「『IT組織』とは、情報システム部門だけを指すのではなく社員全員のことであり、社員全員で取り組まなくてはならないのだ」ということを、役員層や業務部門のミドルマネージャ、そして業務部門のメンバーのそれぞれに理解してもらう活動を地道に進めなくてはならない。だが、ITマネージャが持つ限られた資源だけでは、各業務部門の「ITにかかわる意識」を変えることは難しい。

 そこで、各業務部門内の資源を使わせてもらうのだ。「いつまでに」「誰が」「何を」「どれくらい(指標・目標値)」といった企業全体のパフォーマンス向上の視点から、さらには顧客の視点から業務部門の役割とIT部門の役割を整理・共有・埋設していく計画を推進していく。そして自分自身や、自分が所属する部門・チームの活動をモニタリングし、計画と乖離(かいり)したならば、それに応じて是正措置を取っていく。「やらなくてはならないことをやる」というのは、ほかの業務部門のリーダーやマネージャと何も変わらないはずだ。違うのは、ITをつかさどっているということだけだ。

 業務部門の人々の支援をもらってITガバナンスを推進しましょう──とはいっても、実際には自分の足元のIT部門のこともままならないITマネージャが多いだろう。ではどうするか。

戦略投資を実現させる(効果を生み出す)業務と通常業務のバランス

 この@IT情報マネジメントでも、IT部門の“あるべき姿論”やITスタッフの必要スキル、育成方法、外部情報(例えば@IT記事)の収集/活用方法に関してはいろいろと取り上げられているので、ここでは特に見過ごされがちなところを解説しよう。

 IT戦略やIT戦略投資内容が策定でき、かつ業務部門の人々をも巻き込んだプロジェクトが発足できるようになったとき、ITマネージャの頭を悩ますのが、IT部門のリソース配分だろう(「ITガバナンス−IT組織力」の1部分)。

 これまで筆者が支援させていただいてきた企業でも、IT部門の人員は通常投資・費用(例えばハードウェアの入れ替え、業務改善や現存システム運用)でカバーする業務に携わることが多く、プロジェクト発足となると、IT部門の人員にとって「余計な負荷」となることがほとんどだ。メンテナンスや運用などの通常業務が圧迫されたり、プロジェクトへの工数配分が十分でなくなったりして、プロジェクトが立ち行かなくなるケースが多い。十分な手当てができず、その結果「IT化が失敗する」。

 リソースが限られているから、「選択と集中」が必要となる。業務部門の人々や外部リソースからの協力が得られたとしても、IT部門でやらなくてはならないこと、IT部門メンバーでしかできないことはたくさんある。IT部門メンバーが限られているならば、「選択と集中」により、やるべきプロジェクトやIT投資に優先順位を付けて整理しなくてはならない。やりたいことを全部できるとは限らない。

 ここでも経営層とのパイプが必要となる。会社として「いまやるべきことは何か」を経営陣と整理することで、無駄なリソースを外部から受け入れてプロジェクトコストがかさんだり、プロジェクトマネジメントが外部リソース頼みで紛糾したりといったことや、通常業務がないがしろになり業務部門の満足度が下がったり、顧客との関係が悪化したりするということを未然に防ぐ。

 ITマネージャの役割の1つは、成功するプロジェクトを立ち上げることだ。成功するには、ITに関する人的リソースの配分(適正配分)により、「成功する・成功できる」という確信を得て開始することだ。

 「成功しないだろう」という不安(「成功しないかもしれない」というレベルよりも強い不安)のまま、突き進んだりすると、結果的にIT部門のみならず、会社全体を路頭に迷わせることになるかもしれない。それだけの責務をITマネージャは負っている。

 では「適正配分」とは何か。

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