必要なIT投資を経営層に認めてもらうにはITガバナンスの正体(5)(1/4 ページ)

» 2004年05月21日 12時00分 公開
[三原渉(フューチャーシステムコンサルティング),@IT]

筆者より:

本稿では、ITガバナンスを各企業で確立していくために、ITマネージャが「考える・分かる・応える・使える・変わる・変える」ことを目指します。前回「社内にITを根付かせる5つのポイント」で、導入したITを社内に根付かせるための施策を解説しました。今回はIT投資について、いかに経営層とコミュニケーションを取るべきかについて説明します。


ショートストーリー 山の手精工株式会社物語

<前回までのあらすじ>社員2000人の製造業「山の手精工株式会社」では、上野社長の指揮の下、CIOの神田取締役と情報システム部門長・池袋マネージャがITガバナンスの確立に取り組んでいる。先日、システム部門全員で業務部門の主だった担当者に、ITについてどう考えているのかヒアリングした。まだ不安が残るドラフトを手に、このところ日参している神田取締役の部屋に池袋マネージャが向かった――。

池袋マネージャ:おはようございます。取締役からいわれた期日から遅れてはいるのですが、いまの状態をドラフトにまとめました。手直しするところなどはまだありますが、今後煮詰めていくために、ご意見をいただきたいと思いまして……。


神田取締役:どれどれ。戦略投資と通常投資に分けてくれたみたいだね……。うん? ちょっと待てよ……。中期経営計画のディスカッションの折、営業部門担当取締役は、こんなこといってはいなかったぞ。この戦略投資の案件は、業務部門の方ときちんと話し合っているのかね? 先日の様子だと、IT部門だけで、「こうしたい」「こうありたい」「こうならなきゃ駄目だ」を取りまとめただけではないとは思うが? この施策の順番はどのように考えたのかね?


池袋マネージャ:なるほどぉ。課長クラスには少しヒアリングしましたが、部門長レベルとは確かにお話ししていません。……あ、いや、できていません。あー、施策の順番も「こうなるだろうな」「こうなったらいいな」ということで、特に何かを基準に決めたわけではなく……(自分で話していて情けない……)。


神田取締役:それじゃぁ、戦略投資案件を整理したとはいえないねぇ。戦略投資は、業務部門のマネジメント層と合意が取れていなくては駄目だ。どんな方向に行こうとしているのか、2〜3年後にどうしていたいかが、ITの戦略投資に反映されていないとおかしい。やるならやるで、業務部門との二人三脚でなくては駄目。順番も合理的な理由があるはずだ。それから、通常投資はできるだけ効率を目指すこと。メリハリだ。それから……(この間、小1時間のやりとり)。

……まだ時間がかかりそうだな。でも、ここが肝心だ。もうひと踏ん張り、頼むぞ。



ひとしきり神田取締役に絞られてから、IT部門に戻った池袋マネージャをメンバーが囲んだ。


大崎さん(企画・業務部門サポート担当): そうかぁ。いくら情報技術が進んで、モノによっては安くなってきたとはいえ、実際にそれを使って効果を出せるのは業務部門ですものね。戦略投資でも、通常投資でもIT部門自体で出せる効果は微々たるもの、ってことを神田さんはおっしゃりたかったのね。


巣鴨リーダー(課長職): いつだってそうさ。鳴り物入りでシステム構築のプロジェクトが発足しても、うまくいかなかったり、効果が出なけりゃIT部門がワルモノになるんだ。技術的なところはいくら勉強したりしても追いつかないし。業務部門が「必要だ」っていったから作ったのに、「こんなのはいらない、こんなはずじゃなかった」なんていってさ、使わなくなっちゃう。お金かけて使われないものを作ってもねぇ。


秋葉原さん(運用担当):なるほどぉ。いやぁ、相変わらず巣鴨さんは悲観的ですねぇ。そんな目先のことじゃなくて、大きな視点で見ろ、と神田さんはおっしゃってくれているんじゃないですかね? もっと上層、例えばいろんな取締役の方の視点で。いわれたことだけをやるんじゃなくて、「こうしたらどうか」をいえるようになれってことですかね。


池袋マネージャ:うん、秋葉原さんがいうとおりだ。会社のお金や人といったリソースを使うのだから、最も効率が良くて、効果の高いやり方を見つけていかなくちゃならない。そのためにどうしたらよいか、IT部門として何をすべきかが、いま問われているんだと思う。神田さんのアドバイスを基に、もっと突っ込んで議論して、各取締役とも話をしていこうじゃないか。



IT投資は誰のものか:IT投資とプロジェクト投資

「ITガバナンス」の5つの領域の4番目、「運営力」を解説する。

運営力:ITにかかわる戦略投資・通常投資を企画・公正・判断し、継続的にモニタリングし、乖離に対してアクションを取れる力。投資効果をモニタリングし、次の計画へとフィードバックできる力

 第4回では、ビジネス上の目的・目標と、プロジェクトの目的・目標は明確に区別して進ちょく管理しなくてはならないと書いた。整理しておく。

 ビジネス上の目的・目標を達成するためには、業務部門、IT部門で個別にやらなくてはならないことと、両者が共同でやらなくてはならないことがある。こうした「やらなくてはならないこと」それぞれが個別プロジェクトとして、もしくは1つの統合プロジェクトとして定義、計画、実施される。そのプロジェクトの中には、システム構築を含むものもあるだろう。そして、それぞれのプロジェクトの目的・目標が掲げられる。

 次に投資の側面に目を向けてみよう。プロジェクト投資とIT投資は異なる。

 IT投資(ここでは特に、「戦略投資」部分を指す)は、基本的にプロジェクト投資に含まれている。プロジェクト内で目的の達成に必要なシステムを構築するためのIT投資を正当化する必要がある。つまりIT投資だけをピックアップして、全社合計しても意味がないといえる。「どのビジネスの目的・目標のために、どのようなプロジェクトが必要なのか?」という“何のため”が整理されていないのに、IT投資だけが申請されたり、稟議が回ったりということがあってはおかしいのだ。

 欧米での調査によると、システム構築プロジェクトが当初の目的を達成する形で成功する率は16%だという。プロジェクトは終了し、もくろんだ改革やシステムは機能しているが、予算超過・納期遅れ・計画時に設定した成果物の一部削減といったような問題が発生しているケースは、調査全体の53%にも上る。残り31%は、まったくの失敗プロジェクトだ。PMBOKEVMといったプロジェクトマネジメントを定量化して進めていくやり方をしている欧米でさえもこの程度なのであるから、国内のプロジェクトはいうに及ばず、だろう。 システム構築プロジェクトがこの程度であれば、システム構築を含むプロジェクト、すなわち「業務改革や経営改革を目指すプロジェクト」の成功率はかなり低いことがうかがえる。

 マネジメント層が理解すべきこと、そしてITマネージャがマネジメント層に説くべきことは、IT投資ではない。「プロジェクト投資を注視する」ということだ。マネジメント層からすると「ITはよく分からん」から成り行き任せ、ということがあるのかもしれない(そんなことではいけないのだけれど)。「プロジェクト投資」という視点に立てば、新しい物質・製品やサービスの開発、工場の新設、新しい販路の開拓、といったプロジェクトと同様の判断基準を持てばよいことに思い至るだろう。結局、IT部門の成功へのコミットメントだけではなく、もっと重要なのは、実際の効果を出していかなくてはならない業務部門の効果や変化へのコミットメントなのだ。

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