なぜ、中国オフショア開発の見積もりは高いのか?オフショア開発時代の「開発コーディネータ」(3)(1/2 ページ)

「コスト削減のためにオフショア開発を取り入れたものの、実際には納期と品質を確保するだけで精いっぱい」、このように訴える日本企業は多い。今回は、オフショア開発の隠れたコスト要因を明らかにして、効果的なプロジェクト計画書の作り方やスムーズなオフショア開発立ち上げを実現するアプローチを紹介する。

» 2004年11月12日 12時00分 公開
[幸地司(アイコーチ有限会社),@IT]

日本の甘え体質では、やっていけなくなる

 「トップはオフショア開発によるコスト削減をうたっているが、現場の感覚はまったく別だ。こちらとしては採算を度外視して、納期と品質を確保するだけで精いっぱいである」

 ある大手メーカーに勤めるプロジェクトマネージャの話です。従来の日本企業は、ライバル会社に後れを取らないことを優先して、オフショア開発拠点の整備を急いできました。

 海外ベンダのレベルアップが著しい昨今、開発を請け負うメーカーやベンダだけではなく、発注元のユーザー企業が直接オフショア開発を試行するようになりました。日本の経済状況の悪化で、開発会社にプロジェクトを丸投げする“甘え体質”では、情報システム部門もやっていけなくなってきています。

 いままでの日本企業は「海外発注の実績作り」に焦点を当ててきましたが、これからは、本来のプロジェクト目標達成を前提とした、オフショア開発が求められる時代になります。

 オフショア開発というビジネスは、海外ベンダとの信頼関係の確立から始まります。特に最初の発注では、相手国の文化や特性、リスクを十分に考慮したプロジェクト計画が成功の鍵を握ります。

 今回は見積もり交渉の事例紹介からオフショア開発の隠れたコスト要因を明らかにして、効果的なプロジェクト計画書の作り方と、スムーズにオフショア開発立ち上げを実現するアプローチを紹介します。

中国ベンダの見積もりは高過ぎるのか?

 ある中堅ベンダで企画が進んでいる中国オフショア開発の事例を紹介します。社内のプロジェクト計画がまとまり、発注候補先の中国ベンダと最終的な見積もり交渉を行っていました。ところが、中国ベンダの回答にあった見積もり内訳書に目を通していると、隣に座っていたプロジェクトマネージャが渋い顔でこうつぶやきました。

「日本で詳細設計が完成しているのに、この見積もり工数は多過ぎませんか?」

 コミュニケーションや見えない管理作業などのオーバーヘッドを考慮すると、国内開発と比べてオフショア開発の作業効率はかなり悪くなります。米調査会社META Groupは、「オフショア開発におけるコスト削減率は15%程度」とレポートしていますが、この数値は私の経験とも一致しています。

 一般に、中国オフショア開発で要する作業工数は、すべて日本人が担当した場合と比較すると、1.5倍以上に膨れ上がります。オープンソースのソフトウェア部品を再利用するIT系アプリケーション開発であっても、やはり日本企業の予想をはるかに超える見積もり回答が多数を占めます。

 「中国人はすぐにふっかけてくるので、架空の作業工程をでっち上げて実際よりも水増し請求をしてくるのではないか?」。あなたが、初めて中国ベンダと取引する担当者なら、このような不信感を抱くのはやむを得えないことかもしれません。

 例えば、ある日本人にとってはシステム開発に含まれる「コーディング工程」には、単体テストが含まれます。しかし、別の中国人に聞くと、「コーディングと単体テストはまったく別作業だ」と言い切ります。さらに、「テスト結果をまとめて報告書を作成するドキュメント作業は、単体テスト工程には含まれない」とも主張します。いったい、どの考えが正しいのでしょうか。

 これまでの国内開発では、発注側の常識や社内事情を一方的に下請企業に押し付けるスタイルがほとんどでした。ところが、オフショア開発では、従来の日本的な開発スタイルはまったく機能しないといっても過言ではありません。

 なぜ、中国オフショア開発では、日本企業の予想よりも作業工数が増大するのでしょうか? 「日本式開発スタイルの認識不足」が原因でしょうか。それとも「中国人プロジェクトマネージャの力量不足」に問題があるのでしょうか。確かに、それらの原因には一理あります。しかし、中国ベンダ側にも弁明の余地があります。ここでは、中国側の主張にも少し耳を傾けてみましょう。

  1. 中国では1人1人が明確に異なる作業工程を担当する
  2. 翻訳に手間取る
  3. オフショア開発終了後に発生する保守費用の請求が難しい

 まず、「1人1人が明確に異なる作業工程を担当する」を考えてみましょう。これはつまりこういうことです。一般の中国ベンダは「ドキュメント作成」が行える技術者と「実装、単体テスト」のみが行える技術者のレイヤを分けて対応します。これは、技術者の仕事の範囲、内容、どこまでが自己の考えや意思で仕事ができるかが、きちんと決まっていることに起因します。

 中国企業では仕事内容、範囲、権限、責任が個人ごとに明確であり、仕事の成果は直接昇進や昇給と連動します。欧米の外資系企業がそうであるように、年齢、性別、社歴に関係なく仕事で結果を出した人が、きちんとリタ−ンを受けられるという常識が成り立つからです。

 次に「翻訳に手間取る」について考えます。これは前述の1とも深く関連します。1人1人が明確に異なる作業工程を担当する、つまり「ドキュメント作成」と「実装、単体テスト」に別々の担当者を割り当てることは、翻訳の問題でも小さくありません。

 日本語を母国語とする国内企業では、どちらの作業も同じ技術者で対応できるのですが、日本語レベルがまちまちな中国ベンダではそうはいきません。主要な中国ベンダでは、プログラマーの大半は大卒1〜3年目の若手社員で占められるため、プログラマーまたはテスタは、まずドキュメント作成に携わらないと考えて間違いないでしょう。

 3番目の「オフショア開発終了後に発生する保守費用の請求が難しい」についてはどうでしょうか。中国オフショア開発の見積もり工数が膨らむ要因の1つに、システムを納品した後の顧客対応、いわゆる「システム保守に相当する作業」に関する問題があります。

 オフショア拠点からのシステム保守とは、電話やメール対応による即時性の高いサービスを想定しています。これまで説明してきたように、中国オフショア開発は、数少ない優秀なリーダを中心とした、典型的なピラミッド型のプロジェクトチームによって運営されています。

 ところが、一般的な中国ベンダは、あるプロジェクトが完了したら、間を置かずに別のプロジェクトに技術者を投入する方針で経営されています。その理由は、技術者の稼働率が低下すると会社の資金繰りが悪化するだけではなく、優秀な技術者が転職してしまう恐れがあるからです。

 従って、日本企業へ納品が済んだ直後に中国ベンダの担当者を呼び出そうとしても、「すでに別プロジェクトにアサインされました」と平然と回答されてしまいます。まだ「日本側の検収が済んでいない」にもかかわらず、このような事態が発生します。

 一方で、何かトラブルが発生すると、運用側で原因を追究する努力を怠り、自動的に開発元に問い合わせる「日本型問題対応」と呼ばれる慣行にも問題があります。何時であっても、問題が発生したら迅速に対応すべきである、という過剰な顧客サービスが習慣化した結果だと推測されます。

 さらに悪いことに、多くのオフショア開発では、「コスト削減」という大義名分が掲げられているため、開発委託契約とは別に保守契約を締結するケースはほとんど見られません。

 このような背景から、中国ではオフショア開発の見積もりに「保守サービスの工数を上乗せする」という知恵が発達しました。中国ベンダの見積もり内容を評価する際には、この辺りの事情をよく理解して交渉に臨む必要があります。

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