“すべて自動化”のエクスペリエンスeビジネスが生み出すエクスペリエンス(6)

» 2002年01月29日 12時00分 公開
[鈴木貴博(ネットイヤーグループ株式会社),@IT]

今回の内容

  • 価格比較エンジンの可能性と課題
  • XMLが切り開く世界
  • Webサービスの持つ課題

 まったく新しいエクスペリエンスというものは出現してみないとそのすごさが分からない──。わが社では最近、JR東日本が導入したSuicaについて議論が盛り上がっている。Suicaが出現する前には「何でいまさら定期券がICカード化されるんだ、そんなことより運賃を下げたらどうだろう」というのが世の中の声だったが、実際に使い始めてみると、定期券に入ったICカードに現金をチャージできて、それを使えば乗り越しや定期券の範囲外の乗り降りもスイスイできる。「これは便利なエクスペリエンスだ」というのが当社の論調となった。

 このように未来のエクスペリエンスを議論するには想像力が必要だ。今回は未来のエクスペリエンスの1つのかぎであろうと予測されている「Webサービス」──言い換えれば「すべて自動化のエクスペリエンス」について議論をしてみたいと思う。

価格比較エンジンの可能性と課題≫

価格の調査に、インターネットは絶大な力を発揮するが、“探して、判断する”のは人間だ

 私事で恐縮だが、実は私はダイエットおたくだ。長年、さまざまなダイエット方法を試してきたが、昨年の秋、いままでにない体験をした。雑誌などでさかんに広告しているマイクロダイエットという食品を使ってわずか1カ月で9kg体重を落とすことに成功し、実に18年ぶりに体重60kg台に戻せたのである。

 さて、9kgも体重が落ちると、おなかの周りの脂肪がまったくなくなってしまった。これを機会に腹筋も付けたいところである。そんなときテレビのCMを見ていて気になったのがEMSを利用した腹筋の自動トレーニングマシーンだ。広告によればEMSという方法は、電気パルス信号を筋肉に伝えることで自動的に筋肉の収縮運動を起こさせて、わずか10分間で200回もの腹筋運動をしたのと同等の効果があるという代物らしい。私のように、運動をする時間もないベンチャー企業勤めにはひょっとすると効果的な製品かもしれない。非常に興味がわいてきた。

 ここから、ようやく今回の本題に入る。このように急に興味がわいてきた製品など、製品の詳細内容や価格についての予備知識がないものに関して、どうすれば適切な情報を手に入れることができるだろうか。

 製品情報については、検索エンジンを用いて3〜5カ所ほどサイトをのぞいてみて、最新情報を仕入れるという方が多いと思う。これに対して価格比較は楽天市場Yahoo!ショッピングで行う人がけっこう多い。EMS製品といってもこの間までは15万円もするものしか存在していなかったが、つい最近テレビCMで見かけたアブトロニックという9800円で入手できる製品まで価格帯がさまざまだ。このような場合、楽天市場で検索をすればだいたいどのような種類の製品がどんな価格帯で存在するかが一目瞭然になる。

 実際、最近この楽天市場の価格比較機能を用いて購入した製品は、このEMS以外にもシャープ製のワイヤレスビデオ送信装置がある。わが家ではワークスペース用PCのハードディスクにテレビ番組を録画している。これをリビングのTVで見るために10メートルほどの距離を電波で飛ばせる便利な製品がこのビデオ送信装置だ。

 実は当初、この製品は新宿のヨドバシカメラで発見したのだが、そのときの価格が5万4800円でそれが高いのか安いのかがその場ではよく分からなかった。ヨドバシカメラは売れ筋商品に関しては都内のどの電器店よりも安いことが多いのだが、このようなニッチ商品に関してはときどき相場よりもずいぶん高い場合がある。楽天市場で調べてみたところ、同じ商品でも価格はさまざまだがやはりヨドバシカメラよりもずいぶん安い店もあることが分かった。私の場合は楽天に出店している大阪の電器店で4万3800円で購入したが、先ほど念のために調べてみたら新春初売りということで3万9800円のキャンペーン価格で売っているお店を見つけた。このようにインターネットで価格を比較するのは楽しいものである。

XMLが切り開く世界

 さて、このように価格比較というのはインターネットがWebにより一般化した当初から、新しいビジネスモデルとして興味を引いてきた分野だった。「価格.com」など、楽天以外にも製品価格を比較することを狙いとしたインターネットベンチャーのサイトがいくつも登場した。私自身、1999年の初めにネットイヤーグループに参加した当時、当社に出資を求めてきたベンチャー起業家の事業計画をいくつも評価する機会があったが、その中にも価格比較をキラーコンテンツとするビジネスモデルがいくつも存在していた。ところがこの価格比較という切り口はいまだインターネットの世界であまりメジャーに成り切れていない。それはなぜなのだろうか。 最大の理由は、インターネットのWebページ上で商品を見つけたりその価格を調べたりする際に、われわれ人間には一目で認識できる情報がコンピュータには認識できないという点にある。例えばWebページ上に「EMSによる腹筋マシーン アブトロニック 9800円」という表示があって、サイトの左上に「プライムTVショッピング」のロゴがあれば、われわれ人間にはこれはプライムTVショッピングのECサイトで、そこで売られている製品アブトロニックの価格が9800円であることが簡単に理解できる。ところが、コンピュータがサイトを読みにいく場合、同じ文章は、

文字列<改行>文字列<改行>


 と認識されるだけであり、ショップのロゴは<GIF画像>と認識されるにすぎない。

 だから上記の“文字列”のところに「9800」という数字が入っていたときに、それが金額なのか、数量なのか、サイズなのかといったことはコンピュータには判断できない。あるいはA.I.(人工知能)の技術と高速のCPUによる文字列の全文検索を組み合わせれば、すべてのページをロボット検索させ、全文章の内容を推論することによりインターネット上のすべてのECサイトでアブトロニックがいくらで売られているかを調査することは可能であるかもしれないが、そこまで時間と手間をかけて検索するというのが現実的ではないというのがユーザーから見た限界点だろう。しかし、もっと有効な方法がある。それがXMLを使うやり方である。

 @ITの読者の多くには改めて解説不要ではあろうが、詳しくない方のために説明すると、XMLはHTMLを発展させたようなデータ記述言語ある。どのように使われるのかといえば、先ほどの例でいえば、通常のWebページで用いられているHTML言語の記述では(概念的に説明するためにタグを日本語で簡略化して書くと)、

<文章>

  <改行>

  アブトロニック

  <改行>≫

  9,800円

  <改行>

  プライムTVショッピング

<文章終わり>


 となっているところを、例えば記述のルールを変えて、

<EC文章>

  <製品名改行>

  アブトロニック

  <価格改行>

  9,800円

  <店舗名改行>

  プライムTVショッピング

<EC文章終わり>


 と記述するようにする。概念的にはXMLというのは上記のような考え方になる。画面上はHTMLと同じように文章が表示されるが、同時にタグ1つ1つにそこに書かれている文章の意味がひも付けられている。そのために人間だけでなくコンピュータが情報を読みにいっても正確に製品情報・価格情報(に限らず、あらゆる付加情報)を認識できるようになる。

 このように、インターネット上にある情報をコンピュータ同士が読みにいって、自動的に仕事を進めてくれるような世界を目指そうしようという流れがある(セマンティックWebともいう)。ビジネス的にいえば、より高度なBtoB(SCMなど)やBtoC(CRMなど)を実現しようというわけだ。

Webサービスの持つ課題

 このXMLで、コンピュータとコンピュータ(WebサイトとWebサイト)がデータ交換を行い、人間を介さずにやり取りを行うサービスがWebサービスだ。セマンティックなデータ(XML)がカタログとして用意されていれば、Webサービスとの組み合わせにより、ユーザーは自分で価格比較しなくても「一番安い店で買う」と命ずるだけでよくなる(かもしれない)。もちろん、値段自動比較が可能ならば、そのほかの条件でも比較・検討させることができるはずだ。

 しかし、Webサービスをベースにした新しいエクスペリエンスが簡単に立ち上がりそうもないのには、技術的な問題点を別にして、3つの理由がある。

 1つは、著作権の問題だ。ほかのサイトから情報を引っ張ってきて表示するのが価格比較サイトだとした場合、この価格情報は勝手に取ってきてしまっていいのかという問題がある。価格ぐらいならいいじゃないかというと、それでは例えばニュースだったらどうだろうということになる。同じ事件を朝日新聞ではどう扱っていて、毎日新聞ではどう書かれているのかその内容の比較サイトを立ち上げるということはほとんど新聞のコンテンツをそのまま転載するのと同等の行為になる。実際、米国ではeBayのオークション情報を転載したサイトが裁判所の命令でサービスを停止させられた前例がある。この著作権の問題があるが故に、ほとんどの価格比較エンジンは当事者である店舗の許諾の下でサービスを行っている。

 2つ目は、ビジネスモデル上の問題がある。例えば価格比較エンジンに情報を提供する店舗の側に立ってみると、自分の店の中で一通り顧客の買い物が完結することを前提に値付けがなされている。PC関連の店舗の場合、PC本体ではほとんど利益は出ないように値段が設定されている。その分だけ、PCを購入した顧客がメモリやプリンタ、LAN機器など周辺機器を購入してくれる分に利益が出るように値段設定がなされている。ところが、Webサービスの世界に入って価格をすべて横比較されるようになってしまうと彼らのビジネスモデルの前提ががらっと変わってしまうのだ。店舗の側としてはよほど価格競争に自信のある場合を除いては、価格比較エンジンに参加するメリットがないということになってしまうからだ。

 そして3番目でかつ最大の問題が業界標準をめぐる覇権争いの問題である。

 インターネットがこれまで爆発的に拡大してきた理由の1つはそのオープン性にある。OSの規格やアプリケーションの壁を感じさせないだれでもどのようにでもアクセス・利用できるという特性が、インターネットをここまで大きくした重要な要素といえる。ところが、一方で、企業が収益を上げていくためにはオープンよりもデファクト・スタンダード確立による独占のほうがパワフルだという認識がハイテク大手企業の側にある。マイクロソフトがここまで成長してきた背景は、MS-DOSから始まりWindowsへと続くOSのデファクト・スタンダードを握ったことによる力が大である。むしろオープン化を大きく促進したJavaがその提唱企業であるサン・マイクロシステムズの収益にそれほど貢献していると思えないといった現状をかんがみると、大手企業がデファクト・スタンダードを握りたいという野望を抱くのは自然なことであろう。

 特に、WebサービスはBtoBの世界で資材調達やカタログ情報一覧サービスなど非常に大きな市場に影響してくると考えられているので、その覇権争いが熾烈になってくるのは致し方ない現象だ。

 ここでは、マイクロソフトの.NET戦略の存在が話をさらに面白くさせている。.NET戦略というのは一言でいえば、「Windows XPのプラットフォームの上では、機械同士でのやりとりをかなりのところまで自動化するのをお手伝いしてしまいます」という機能だ。これはマイクロソフトが提供してくれる新しいサービスに形を変えたWebサービスのプラットフォーム化にほかならない。さらに.NETの世界では開発者の開発環境を含めて取り込んでしまうという、実に大きな戦略といえよう。

 かつて、Webブラウザの世界でNetscapeからいつの間にかInternet Explorerに覇権が移り、Lotus-123や一太郎からMicrosoft Officeに主導権が移ったのと同じように、またWebサービスの世界もマイクロソフトの影響力が増していくことになるのであろうか。インターネット上のエクスペリエンスを考える者にとって、Webサービスの分野も、今後目が離せない世界になりそうだ。


次回は、2002年3月上旬の予定です。


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著者紹介

鈴木貴博(すずき たかひろ)

ネットイヤーグループ株式会社取締役SIPS(ストラテジック・インターネット・プロフェッショナル・サービス)事業部長。SIPS事業部全体のマネージメントを担当している。組織改編以前は取締役チーフストラテジックオフィサー(CSO)としてビジネス戦略に携わる。

ネットイヤーグループ株式会社入社以前は、コンサルタントとしてボストンコンサルティンググループに勤務。ビジネス戦略コンサルティングを専門とし、13年間にわたり超大手ハイテク企業等、経営トップをクライアントとしてきた。エレクトリックコマース戦略、メディア戦略、モバイル戦略など未来戦略に 関わるプロジェクトの責任者を歴任。

ハイテク以外の業種に対してもCRM(顧客リレーションシップマネジメント)、金融ビッグバン対応、規制緩和戦略、日本市場参入戦略などさまざまなプロジェクトを経験。ネットイヤーグループ入社直前には、米国サン・マイクロシステムズ社のためM&Aの戦略立案を行った。

ネットイヤーグループ株式会社

日本で初めてのSIPS(戦略的インターネットプロフェッショナルサービス)会社。SIPSは「戦略」「テクノロジー」「ユーザーエクスペリエンス

デザイン」の専門チームにより成功するeビジネスを支援し、大規模なeビジネスのパートナーとしてビジネスモデル構築、ソリューション開発、ユーザーインターフェースデザインなどをエンド・トゥ・エンドで提供する。2001年2月にはeCRM事業部を立ち上げ、SIPS事業における戦略分野として、eCRM事業を推進している。

メールアドレス:jack@netyear.net

ホームページ:http://www.netyear.net/


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