クロスプラットフォームのeエクスペリエンスが完成する日eビジネスが生み出すエクスペリエンス(7)

» 2002年03月05日 12時00分 公開
[鈴木貴博(ネットイヤーグループ株式会社),@IT]

今回の内容

  • 放送業界を襲うメガトレンド
  • 5年後の「普通の人々」のインターネット行動とは
  • インターネットユーザーのメディア利用の変化
  • クロスプラットフォームのエクスペリエンスを求めて
  • 双方向が拓くテレビコンテンツの可能性

 この2月、フランスのカンヌにおいてMilia2002シンクタンクサミットが開催された。Miliaはインターネット、メディア、通信事業者、コンテンツ制作者などさまざまな側面でEビジネスにかかわる人々が年に1回、将来の方向性について意見を交換する国際会議である。

放送業界を襲うメガトレンド

BS/CSデジタルデータ放送により双方向サービスは広く提供され始めている。なお、これら放送用のコンテンツはHTMLとは異なるBML(Broadcast Markup Language)で記述される

 今年のMiliaの話題の中心となったのが、クロスプラットフォームのeエクスペリエンスがどう発展していくのかという点である。日本ではクロスプラットフォームという考えに近い概念としてユビキタスという言葉が浸透しつつある。簡単にいえば、パソコン中心のインターネットと、多機能携帯によるモバイル、そしてBSデジタルやインターネットTVなど双方向の機能を持ち始めたテレビが融合していくときにどのような新しいエクスペリエンスを生むことができるのかというのがわれわれEビジネスを発展させていく業界における共通の中心命題というわけである。

 特にテレビなどのメディアにかかわる人々は、クロスプラットフォームに対する関心が高い。というのは、テレビ界を一連の新しいメガトレンドが襲っているからだ。そのメガトレンドとは、制作現場がデジタル化し、放送自体もデジタル化する一方でインターネットが放送メディアに近づいてきて上記の制作・放送との境目が消えていき、さらに消費者がデジタルに慣れ、またメディアをモバイル機器で外に持ち出す傾向が増えてきている──という大きな潮流だ。このメガトレンドにあらがうことは不可能であり、そこでいまやトレンドの先をいち早く見据えて新しいメディアの使い方・使われ方をできるだけ早く具現化してしまいたいというのがメディア業界関係者の偽らざる気持ちなのである。

5年後の「普通の人々」のインターネット行動とは

 この話題を引き受ける形で、フォレスターリサーチの北米部門のエグゼクティブであるエミリー・グリーン女史が「ごく一般の消費者がインタラクティブメディアを使い始めるとき」という内容で基調講演を行った。ここで彼女が典型的な「ごく一般の消費者」として示したのは彼女の友人であるオランダの修理工夫婦だ。2人は40代前半のごく普通の夫婦。夫はハイテクとはあまり縁のない、電話で修理の仕事を受けて工具を抱えて現場に出掛ける毎日。妻は家事と育児をこなして、夕方に戻る夫とともにリビングのソファでテレビを見るのが何よりの楽しみ。このようなごく普通の人々が2006年までの5年間に増加していくインターネット新規人口の多くを占めることになる。このような普通の人々はインターネットやモバイルとどのようにかかわっていくのだろうか、というのがグリーン女史が提起する興味深い議題である。

 この背景となる数字を挙げよう。ヨーロッパのインターネットの普及率は2001年現在で約38%といわれている。携帯電話を除いたパソコンベースの普及状況としては日本よりも若干高いが、日米格差ほど大きく開いているわけではない。特にフランス、イタリアといった国でインターネットの普及が日本を下回っており、日本とさほど変わらない状況にあるといえる。

 日本との大きな違いは2点。1つ目はiモードのようなモバイルインターネットの普及率がほぼゼロに近いという点。もう1つはBSデジタル放送やWebTVに似たサービスであるインタラクティブTV(iTV)が結構普及し始めている点だ。つまりヨーロッパはリビングルームでテレビを見ながら少しインタラクティブなことをするという面では日本よりも先進国という状況だ。

インターネットユーザーのメディア利用の変化

 さてグリーン女史の話に戻すと、フォレスターリサーチは、ごく一般の消費者がどのようにインターネットを使い始めるかを理解するため、ヨーロッパで3000人規模の調査を行った。2002年現在、ヨーロッパのインターネット・ユーザーは主として高学歴、・高収入の男性ということで、まだまだ一般な人々とはいえない。インターネットを利用するデバイスはパソコンからが多く、主たる用途は電子メールと検索エンジンを利用した調べ物といったあたりで、使われ方からもパソコン利用という制約がうかがえる。

 ところが、彼らの行動を調べていくと興味深い特徴が見えてくる。例えば、インターネット歴1〜2年と割と経験の浅いユーザーはメディアに触れる時間の中でテレビが95%程度と圧倒的中心にあるのに対して、インターネット歴4年を超えたユーザーはテレビの時間が80%ぐらいに落ちてくる。しかもこれらのユーザーのうち1割ぐらいは新聞を定期購読するのをやめてしまっている。さらによくよく見てみると、これらのユーザーはこれまでよりも多くの時間をインターネットメディアに費やしている。

 これとは別の視点を持つフォレスターリサーチのアメリカでの予測も、1世帯当たり1カ月の通信費が2006年には121ドル(約1万6000円)と5年間で1.25倍に増えるという調査がある。これもブロードバンドインターネットや携帯電話をメディアとして活用するために通信インフラにかけるコストがいまの生活よりも増えるという予測である。

 このような行動をつぶさに見た結果、グリーン女史が導き出した結論は、「オンラインに慣れてきたユーザーは、もっとたくさんメディアを見るようになる。さらに、いくつものデバイスを効率的に使い分けることによって新しい形でメディアと接するようになる」と結論づけている。そしてこの行動は、いまはまだ一部のインターネットリテラシーの高い人々の間だけに見られる現象だが、5年後にはオランダの修理工夫婦のようなごく普通の人々の行動になるというのだ。

クロスプラットフォームのエクスペリエンスを求めて

 前述のような文脈の中で、今後「クロスプラットフォーム論」が重要になってくる。簡単にいえば、携帯電話、テレビ、PDAなどさまざまなプラットフォームの上でユーザーがインターネットを使う時代をイメージしたうえで、ユーザーが効率的にデバイスを使い分けるようにコンテンツを設計するためにどのようなことが必要なのかという議論だ。ここを突破することで、新しい世界でのインターネットが見えてくるはずである。

 さて、ここでクロスプラットフォームで活用される主要なデバイスの特性を一度整理してみよう。単純化すれば、パソコン、インタラクティブテレビ(iTV)、携帯電話の3つが新しいエクスペリエンスに関連するデバイスとなる。

 まず、パソコンは集中用である。情報を得る、メールでコミュニケーションを取るなど機能的にはiTVや携帯と変わらないツールだが、その作業に集中する場合は圧倒的にパソコンが便利である。

 次に、iTVは眺めるのに向いている。インターネットにアクセスするような場合でもテレビを見るように使われる。従って使われ方に一定の文脈がある。例えば、スポーツ番組を見る→途中で過去の試合のことを思い出す→ちょっと過去のデータを眺める→また生の試合の画面に戻るといった文脈である。このiTVの特性を踏まえると、リビングルームでのインターネットの使われ方はどうやら書斎での使われ方と異なることが理解できてくる。

 そして、携帯電話の特性は思い付いたら即行動である。このタイミングで何かをしたい。だから携帯を街中で取り出してインターネットにつなぐ。従って、できればインターフェイスはシンプルな方がいい。なるべく簡単に、思い付いたその瞬間に用を済ませたい。

 
デバイス 特性 利用者 利用場所
パソコン 集中/作業 個人 書斎/オフィス
iTV 鑑賞/“ながら” 個人/家族/仲間 居間
携帯電話 活用/即時 個人 外出先
  クラスプラットフォーム実現のためには、デバイスの特性に応じたコンテンツの見せ方を考える必要がある


 クロスプラットフォームでの新しいエクスペリエンスを設計しようという試みが、現在、アメリカとヨーロッパで別々に進んでいるが、その際のアプローチは似ているようだ。要するに上記の3つのデバイスの特性をよく理解して、その3つを使い分けるような必然性のあるシナリオを考える。そのうえでコンテンツを設計していこうという考え方である。

双方向が拓くテレビコンテンツの可能性

 このような考え方の中で始まった実験的コンテンツを2つ紹介しよう。1つは欧米各国で人気の「Big Brother」というテレビ番組だ。この番組はある意味でASAYANや電波少年のようなオーディション型ドキュメンタリー番組に似ている。普通の一般人が番組に出て自分の素顔をさらけ出す。あるときは共感を覚え、あるときは彼の行動に感動し、また裏切られた気持ちを感じる。かつて電波少年の番組の中で“猿岩石”がユーラシア大陸を旅したときに、それを見ていた視聴者が感情移入したのを思い浮かべていただくといい。このような自分をさらけ出したドキュメントはある意味でテレビ向きの企画といえる。ところが、猿岩石と違うのは、同時に4組の出演者がいるという点だ。そして4つの異なった人間ドラマが視聴者からインタラクティブな形で投票される。投票はiTV経由でなされるのが3割、6割は携帯電話からなされる。勝ち残った出演者の人間ドラマだけが、さらに新しい展開を続けることができる。

 テレビの番組内容に視聴者が投票するという簡単な行動だけで、番組の行方に影響を与えることができる。これまで受け手一辺倒だったメディアが双方向になる面白さを視聴者に与えることに成功した点で、Big

Brotherはテレビ番組の新しい可能性を切り開いたといえる。

 もうひとつの例として昨年Web上の参加型のドラマとしてイギリスを中心に大きな注目を集めたOnline Carolineを紹介しよう。キャロラインは架空の世界の諜報部員といった設定だろうか。敵の機関から追われながら、自分のミッションを遂行する。ここでは視聴者は、「キャロラインを逃がす」ために参加をする以外に、「キャロラインを捕まえる」側にまわって「キャロラインを逃がす」側の参加メンバーと対決することもできる。また、キャロラインと対抗して自分自身で先回りして「宝石を横取りする」ということもできれば、ドラマの本筋を離れて「敵の組織の中での覇権を争う」という参加の仕方もある。このようにオンラインドラマの世界ではマルチな参加の仕方が可能であり、かつその結果もほかの参加者の関わり方に影響を受けて広がりを見せるという側面が面白みといえる。

 このOnline Carolineではさらに、クロスプラットフォームで楽しみを広げることができる。詳細は割愛するが、ポケットキャロライン、モバイルキャロラインと外に持ち出して楽しめるツールが用意されているし、コミュニティキャロラインのようにドラマの内容をベースに掲示板やチャット的な楽しみ方も提供されていた。このドラマは最終的にイギリスの地上波で放送もされ、好評を博した。なお、現在のOnline Carolineのサイトはうってかわって別の内容で別の実験が始まっているようだ。

 正直いって、まだクロスプラットフォームでのキラーコンテンツといったものは出現していない。さまざまな試みもまだ実験段階といった感が強い。ただ、クロスプラットフォームのエクスペリエンスにかかわる研究は世界中同時並行で急速に進んでおり、近い将来、キラーコンテンツになり得る完成度の高いコンテンツの出現が期待できるところまできているといえよう。


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著者紹介

鈴木貴博(すずき たかひろ)

ネットイヤーグループ株式会社取締役SIPS(ストラテジック・インターネット・プロフェッショナル・サービス)事業部長。SIPS事業部全体のマネージメントを担当している。組織改編以前は取締役チーフストラテジックオフィサー(CSO)としてビジネス戦略に携わる。

ネットイヤーグループ株式会社入社以前は、コンサルタントとしてボストンコンサルティンググループに勤務。ビジネス戦略コンサルティングを専門とし、13年間にわたり超大手ハイテク企業等、経営トップをクライアントとしてきた。エレクトリックコマース戦略、メディア戦略、モバイル戦略など未来戦略に 関わるプロジェクトの責任者を歴任。

ハイテク以外の業種に対してもCRM(顧客リレーションシップマネジメント)、金融ビッグバン対応、規制緩和戦略、日本市場参入戦略などさまざまなプロジェクトを経験。ネットイヤーグループ入社直前には、米国サン・マイクロシステムズ社のためM&Aの戦略立案を行った。

ネットイヤーグループ株式会社

日本で初めてのSIPS(戦略的インターネットプロフェッショナルサービス)会社。SIPSは「戦略」「テクノロジー」「ユーザーエクスペリエンス

デザイン」の専門チームにより成功するeビジネスを支援し、大規模なeビジネスのパートナーとしてビジネスモデル構築、ソリューション開発、ユーザーインターフェースデザインなどをエンド・トゥ・エンドで提供する。2001年2月にはeCRM事業部を立ち上げ、SIPS事業における戦略分野として、eCRM事業を推進している。

メールアドレス:jack@netyear.net

ホームページ:http://www.netyear.net/


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