いま、企業情報ポータルに求められるものとはBizComp Topics

「企業のIT商談が変わってきた」──マイクロソフトで、大型案件を担当するビジネスプロダクティビティソリューション本部 エンタープライズ部の小柳津篤(おやいづ・あつし)部長はそう語る。いま、ユーザー企業が求める情報系ITソリューションとは何なのか、話を聞いた

» 2003年09月17日 12時00分 公開
[鈴木崇,@IT]

ポータルは”当たり前”

マイクロソフト ビジネスプロダクティビティソリューション本部 エンタープライズ部 小柳津篤部長

 “ポータル”はもともと、インターネットの入り口を意味する言葉だ。Yahoo!などを「(インターネット)ポータル」と呼ぶのはこの用法だ。これを企業内の情報システム、特にイントラネットへ適用するというコンセプトを表すのが、EIP(企業情報ポータル)である。

 1990年代の後半に提唱されたEIP(最初の提唱者サイベースはEPと呼んでいた)は、2〜3年前ごろまでは“画面の統合”を意味しており、「多くのブラウザを立ち上げなければならなかったものが1つでよくなる」というところからスタートした。つまり当初のポータルは、ユーザーの使い勝手を助ける「マン・マシン・インターフェイスの改善」ソリューションだったといえる。

 その後、ポータルはシステム面で「ワークフロー」「アプリケーション連携」などと結び付くようになり、業務フローやビジネスプロセスの改善を推進するソリューションとなってきた。そこではポータルを構築するための開発環境なども議論されていた。

 しかし、ここへきてポータルの意味あいが変わってきているという。小柳津氏は、「ポータルは“ワンサービス・インターフェイス”へとして進化してきたが、それがユーザーにとっては当たり前になりつつある。いま求められているのは、ポータルから先をどうするか、ポータルをきっかけにした新しいワークスタイルをどう提案していくかという点に課題が移りつつある」と語る。

次なるサービスレベルを期待するユーザー

 小柳津氏は、「われわれのSharePointテクノロジ・ベースのソリューションであれ、IBMのソリューションであれ、フルラインアップでサービスがそろっており、機能的な差がユーザーにアピールする状況にはない。アーキテクチャ的には新しいものも出てきているが、ユーザーから見てエクスペリエンスとしては驚きはもはやない」という認識を示す。

 小柳津氏によれば、システムやビジネスの設計を行うビジネス寄りの人から、ポータルに関連する分野の課題を考えると2つあるという。1つは、社内のサービスやアプリケーションを統合することに関しては積極的に進めたいと判断しているが、実際に行ってみるとデザインを含めて、使いやすく効果的な画面に作ることが非常に難しいということ。

 そしてもう1つが、ポータルの効果が分からないという点だという。「最初は便利だと思えたので導入してみた。しかし、“あって当たり前”の状況になると、実際の効果に疑問が持つ例がでてきている」。つまり、ここへ来て「本当に必要なのか?」という本質的な問い掛けが出てきているのだ。しかも、すでに導入されているユーザー企業が後悔していたり、検討中のところが「ちょっと待て、何だこれは」という例もあるという。

 さらに今年ぐらいから大型のIT商談自体も相当に変ったという。従来であれば、ユーザー側に予算があり、ITベンダ側の提案が要件をほぼ満たしている状況では、コンペティションはあったとしてもIT業界としては受注できたが、最近はプロジェクト自体がなくなるという例が出てきたのだ。

 小柳津氏は、「いまははっきりした効果や尺度がないとIT投資は進展しない」と言い切る。

ナレッジマネジメントの分かりにくさ

 この点で従来から“導入効果が分かりにくい”と言われているナレッジマネジメント(KM)系のサービスは難しいという。小柳津氏は「もともと、“人と人の周りのサービス”は効果が分かりづらいものだった。さらにKM系システムはあるシンクタンクではグループウェア、ドキュメントマネジメント、サーチ、ポータルと分けていたが、2〜3年前には有効だったこうした分類が無効になってきている。ポータルがこれらの機能を内包し、ますます分かりづらくなっている」

 工場などの設備投資などであれば、投資に対する効果ははっきり試算できるが、“人と人の周りのサービス”は、これまでのところ導入効果を測る尺度や基準もなく、それを財務的にいうとそれを評価していくようなメソッドもほとんど用意されていないということが、商談を難しくしているという。

 これまで電子メールやグループウェアは、名刺や電話と同じようにビジネス・インフラとして語られてきた。それであれば導入の是非を問われることはないが、ひと通りPCやLANが整い、電子メール、グループウェアといった基盤が整備されると、さらなる投資はアプリケーション・レベルとなってくる。このとき、ナレッジマネジメント系のソリューションは導入効果の分かりにくさが商談に大きく影響するようだ。

 いま、ITベンダに求められているのは、「ITでできること」が、ユーザーのビジネスバリューのどこにマッピングされて、どこがストレッチされているのかということを、ちゃんと分って語れることなのだ。

“人の測定”が必要となるKMの効果測定

 そこでマイクロソフトでは、“人と人の周りのサービス”に関する導入効果の測定に取り組み始めた。マイクロソフトは昔から「ユーザビリティ・テスト」を行っていた。これはOSやアプリケーションを開発する際、一般ユーザーに開発中のソフトウェアを実際に操作してもらい、迷った点、操作ミスをした点を観察することで使いやすさの改良に役立てるものだ。

 これを受け継いだのが、昨年から始まった「Microsoft IPA(Individual Productivity Assessment)」というコンサルティングサービスである。小柳津氏はこれを“ワークスタイルの人間ドック”だという。つまり処方箋を書く前には診断が必要だというわけだ。

 「ナレッジマネジメントは分かりにくい。そのため、まずはインフォメーション・ワークのワークスタイルがどうなっているかということを、もう少し論理的に測定すべきではないかということで始めた」という。従来のシステム導入でも当然、エンドユーザー・ヒアリングは必ず行われてきた。しかし、小柳津氏は「私見だが、ヒアリングはその人の意識の高いことしか出てこない。それもデフォルメされた主観的意見になってしまう。その人が意識していない、もしくは困っていることに対応する言葉がない場合などは明示されないという問題がある」という。

 IPAを行った東洋タイヤの例では、あるユーザーの仕事ぶりをずっとビデオに撮ったが、ヒアリングでは、『8割はPCの前にいます』といっていた人が、実際には5割だったという。ミーティングも主観よりも実際にはずっと多かった。

 さらにコンピュータの画面も録画して、そこで実際にどのような作業を行ったのかを観察する。この例ではExcelでファイルの計算式を再利用するためにコピーして、セルの中の数字を消していた。右ボタンを使えばワンクリックで行える作業を、たまたまこの機能を知らないための同じ作業を99回もやっていたのだ。「このユーザーは自分でマクロを組むくらいリテラシーの高い方だが、たまたま自分に必要な機能を知らないために生産性が下がってしまっている。しかし、自分としてはもっといい方法があるとは思わないし、生産性を下がっているとも思っていない」。

 小柳津氏は、別の例も挙げる。「ヒアリングで『検索はしない』といっていたユーザーが、実際に作業を観察してみると、サーバにあるパブリックフォルダのディレクトリをたどってファイルを探していた。本人は文書検索の機能を使っていないので、“検索”の意識がない。しかもファイルを探す作業に掛かっている時間が仕事上のロスであるという意識もない」

ユーザーに必要な機能を的確に知らせる必要性

 これまでITベンダはアプリケーションの機能競争を行ってきた。逆にユーザーは「機能はもう十分だ」という思いがあるかもしれない。しかし、小柳津氏は、必要な機能が必要な人に届いていない点が問題だという。本当に大事なことは、実際のユーザーが自分の業務に重要な大切な機能を使っているかどうかなのだ。

 この点、IPA自体は「個人の生産性を計測するもの」だが、ユーザー教育において「このグループにはこのアプリケーションのこの機能を知らせておくのがよい」といったことに応用できる。また、「例えばこの業務であればスマートタグ機能を使えば生産性改善につながるのでOffice XPに変えた方がよいとか、ポータルを導入してサーチ機能を提供すれば30分かかっていたファイル検索作業が30秒になる」といったような新規システムやアプリケーションの導入、システム環境の改善に役立ちそうだ。

 小柳津氏は、社内の稟議を通すための前提としての「導入前アセスメント」を広めたいというが、それだけでなく「事前にこういうデータがあれば、システムを立ち上げた後、同様の手法でアセスメントして自分たちが前提として立ち上げていたロジックが正しいのかどうかを検証できる。正しくないのならどこか正しくないのか、今後のシステム設計やデザインに対してものすごく大きなノウハウをためられるはず」と語る。

 さらに小柳津氏は「これまでモヤモヤしていた“人と人の周りのサービス”を定量的に測るという努力をすること、そしてどれほど役立っているのかを語れるようにするという態度が、これからの大型商談では確実に必要にされる」としたうえで、こうしたノウハウをパートナーや協力会社に公開していきたいという。

 マイクロソフトでは次のバージョンのサーベイを開発中だ。これは同社がOSとアプリケーションのベンダである点を生かし、APIからすべてのイベント情報を取得・分析することで、ユーザーが何分パソコンを立ち上げていて、どのアプリケーションをどのように使っていたのかを調査可能にするというツールだという。

 これはコストや手間をほとんど掛けずに、エンドユーザーのインフォメーション・ワークの成熟度の基礎データが取れるようになる。これならば例えば、あるITサービスをポータルの中に組み込んで立ち上げたとき、何回アクセスしたのか、何をしたのか、何分滞在したのか、どういうアプリケーションを連携して、どの画面とどの画面をいつも使っているのかといったことが分かる。「そこでエンドユーザーが分離されているアプリケーションを行き来していることが分かれば、それをWebパーツ化して隣に置いてあげるとか、パーツ間連携をしてあげるといった改善提案が可能になる。あるいはWebパーツを提供しているのに、ほとんど使われていないという場合がよくあるが、それがなぜなのかを考えることができるかもしれない。こうした測定ツールがあれば、導入後の成熟度や利用度をちゃんと見ながら、システムを成長させることができる」と小柳津氏はいう。


 マイクロソフトは企業情報ポータルに関して、SharePointテクノロジをベースとするWindows SharePoint ServicesとSharePoint Portal Server 2003を市場投入するが、機能面では.NET Frameworkへの完全対応、デスクトップアプリケーションのOffice 2003との連携などをアピールしていくだろう。しかしこうした機能競争以上に、その機能が人と企業にどれほどベネフィットと与えているかをきちんと示すということが、ビジネスの現場では真に求められているようだ。

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