入門 eラーニング:まずは仕掛けを理解しよう
eラーニングはブームになるか?(前編)

野々下裕子
2001/5/26

 受講生が実際に教室に足を運んで座席に座り、教室の一番前の講師の話を聞く。教育を受ける際の当たり前の光景が、eラーニングによって変革を迫られようとしている。eラーニングは、すでにIT関連の資格取得講座などでも実践されつつある学習方法だ。ここでは、eラーニングでスキルアップを図る前に、ITエンジニアが気になるであろう“eラーニングの仕掛け”を解説しよう。

●IT時代の教育研修システムに注目が集まる

 eラーニングが注目を集めている。いまのところeラーニングの言葉の定義はさまざまで、Webをベースにしていることから、WBT(Web Based Training)そのものを指す場合もあれば、WBTのさらに先を行く学習方法と位置付けられている場合もある。

 最近では、通信ネットワークやメディアを活用したTBT(Technology Based Training)や遠隔学習(Distance Learning)なども同じ分類として扱われているところから分析すると、技術の種類にかかわらず、情報技術(IT)を利用した教育研修システムを幅広くeラーニングととらえる傾向にあるようだ。

 そもそもITを利用した教育システムがもてはやされるようになったのは、コンピュータで学習するCBT(Computer Based Training)が登場したころからである。主な教材はCD-ROMで、コンパクトな形態もさることながら、マルチメディア技術がふんだんに取り入れられ、インタラクティブな学習ができる点が画期的とされた。学校教育をはじめ、オンライン・マニュアルやコンピュータ・シミュレーションなど、幅広い分野で採用されるようになり、現在も教育システムにCBTを活用しているケースは多い。

 その後、インターネットやイントラネットの普及とともに、CBTのマルチメディア性に通信ネットワークというオープン性が加わりはじめる。当初はeラーニングという言葉は使われておらず、テレラーニング・システムやラーニング・オンデマンドといった用語が使われていた。eラーニングという言葉が登場するのは、インターネットブラウザやプラグインなどの技術が向上し、それらの特性を生かしたコンテンツが登場するようになってきてからである(図1)。

図1 コンピュータを利用した教育システムの変遷(リクルートワークス研究所機関誌『Works No.44』より)

●eラーニングは21世紀の学びのスタイルを変える

 本格的なIT時代の到来によって、現代人はこれまで以上に学ぶべきものが増えている。そこで、いかに効率良く学ぶか、その手法が模索されてきた。eラーニングにはさまざまなタイプがあるが、インターネットを使ったWBTベースのコンテンツには以下のようなメリットがあり、まさしく現代人の求める教育環境を実現している。

  • 時間と場所の制約がない
  • レベルに合わせた学習ができる
  • 関連情報をすぐに参照、検索できる
  • コンテンツの更新が容易で最新情報が学べる
  • 学習履歴が保存できる
  • メールなどを使って参加者間のやりとりができる

 eラーニングの特性を表すキーワードとして、いつでも、どこでも、だれでも(Anytime、Anywhere、Anyone)という言葉がよく取り上げられる。それに加えてeラーニングの特徴となっているのが、状況に合わせて絶えず進化するという点である。それゆえにeラーニングはなかなか定義しにくいのだ。

 21世紀に入ってから経済の流れは、資本・資材主義という全体主義から、個人の知識・スキル・ノウハウを重視するナレッジベースへと急激にシフトしている。教室で学ぶ知識だけでなく、経験に裏付けされた知識が求められているのである。生涯教育やセルフ・ラーニングが進んでいる米国では、eラーニングも自然と取り入れられていった。

 eラーニングはLearningという単語を使っていることからもわかるように、積極的に学ぶという意味が込められている。また、eが意味するのは「electronic」よりも「experience(体験)」とされることもあり、eラーニングで学ぶことは知識だけでなく、学びへの取り組み方も含まれているのである。

 日本は勤勉な国民性といわれながらも、学校や社会でも受け身の学習(Study)や訓練(training)が主流だったので、能動的な勉強法は苦手としてきた。しかし、これからは積極的に学ぶ姿勢がなければ、国際社会で生き残っていけない。高校では「情報」授業が、一般向けにはインターネット講習が始まり、ITリテラシー教育は進んでいるが、学びのスタイルはまだ受け身の時代のままである。情報化時代には自らが動かなければ情報は得られない。日本にとってeラーニングは学び方を学ぶチャンスなのである。

●終身雇用制崩壊後に残ったものは

 これまでの日本企業は、どこにも人材も配置できるように、経理も営業も企画もひととおりこなせるジェネラリストを積極的に育成してきた。終身雇用制を前提にしていた時代は、OJT(On the Job Training)や自己啓発によって、じっくり時間をかけて人を育てるのが当たり前だった。ところがナレッジベースの経済社会では、求められるスキルのレベルは高くなり、ジェネラリストよりもスペシャリストを育てなければ企業は生き残れなくなってきた。

 それがわかっていながら企業は対応策が見いだせず、自己啓発という名のもとに、個々人の努力に依存してきた。その結果、能力のある人間は教育をしてくれない会社を見放し、能力に合う会社へと転職してしまうようになった。そういう理由からも、eラーニングという新しい教育システムへの取り組みは、不可欠となっているのだ。

 参考までにIDC Japanの調査によると、国内におけるIT知識の向上とIT利用の拡大を図るための教育サービスの市場規模は1999年に1337億円で、世界全体の6.1%を占めている。また、国内のITサービス市場全体に対しては2.7%である。2000年には1402億円、2004年までには1929億円に達すると予測されている。

 また、NTTデータ経営研究所はeラーニングは2010年で約1兆円規模の市場になると予測しており、その内訳は以下のグラフのように、社会人教育が40%を占めている(グラフ1)。

グラフ1 NTTデータ経営研究所では、eラーニングは学校教育よりも社会人教育のほうが大きな市場になると予測している

 同社の分析によると、日本のeラーニング市場は、1998年ころまでが草創期で1999〜2002年が導入初期、2002〜2005年が普及期、2005年以降が発展期を迎えるとしている。

●コスト削減から効率重視へ

 一方、eラーニング先進国の米国では、主要企業の40%がなんらかの形でeラーニングを導入しており、90%以上が今後の導入を検討している。その一番の理由として、費用対効果の高さが挙げられる。米国企業では社内教育やトレーニングへの投資金額がどんどん膨らんでおり、企業研修費全体の金額を見ると年間540億ドルと、日本企業の5倍もの投資を行っている。教育に熱心なお国柄というのもあるが、厳しい市場競争に生き残るには、戦力となる人材を維持する投資が必須なのだ。コストはもちろん、学習効果の高さからもeラーニングを導入する企業は増えている。

 eラーニングが企業の教育システムにもたらすメリットは、以下のようなものがある。

  • 通費・宿泊費や人件費などの研修コストが削減できる
  • 衛星回線やTV会議などに比べてプラットフォームが安く簡単に維持できる
  • コンテンツ制作費用が安価で済む
  • 最新の内容を常に更新できる
  • 個人のレベルやペースに合わせた教材が提供できる
  • 仕事をしながらでも学べる

 米国では企業研修全体に占めるeラーニングの比率が高まっている。IDCの調査によるとeラーニング全体の市場規模は2001年中に22億ドルに到達し、2003年にはその5倍以上の114億ドルに成長すると予測されている。なお、米国では優れたeラーニングシステムを持っている企業は、転職から2〜3カ月で一人前の仕事を任せられるほどの人材教育が行えるという。

 特にコスト削減については、教育に巨額な投資を行っている大手企業ほど劇的に効果が上がっている。以下に具体的な事例を2つだけ挙げておく。

 米大手会計事務所のDeloitte&Toucheでは、毎年200人の新規パートナーに対する研修をニューヨークで2日間かけて行っていたが、それをWeb上でのeラーニングに切り替えたところ、100万ドルかかっていた費用を3万ドルに削減できた。

 IBMでは、いまや主力メニューの1つとなっているeビジネス事業を展開するに当たって、世界に4万3000人いる営業部隊への教育にeラーニングを導入したところ、予定していた研修時間が3分の1に短縮され、1人当たりの費用は4000ドルから200ドルと20分の1に縮小できた。

●市場を構成する3つの要素

 米国のeラーニング市場はプラットフォーム・システムベンダ、コンテンツベンダ、サービスベンダという3つの要素で構成されている。どの部分が欠けても成立しないため、企業によっては複数の要素を兼ね備えているところもあるが、提携やM&Aを繰り返し、それぞれを補足しあう関係にある。

 日本ではこれほどまでに明確なすみ分けはできていないが、市場が拡大するにつれて専門的な機能をサポートする企業が登場する可能性は高い。最初はITを基盤としたプラットフォーム・システムベンダが市場をけん引してきたが、参入企業が増えてくるとともに、コンテンツやサービスベンダが占める割合が増えてきている。

プラットフォーム・システムベンダ
 eラーニングの核となるテクノロジを提供する企業。ソフトウェアやプラグイン、プロトコルなどの開発、さらにはインフラや機材の提供も行う。日本のeラーニング参入企業はほとんどがここに入る。

コンテンツベンダ
 学習・研修メニューを担当する企業。ビジュアルやテキスト製作、ストーリー構成などを製作する。

サービスベンダ
 学習内容の企画編集やインストラクションデザイン、ナレッジマネジメント支援といった、サービスを提供する企業。eラーニングを実施するに当たってコンサルティング的なサポートを行う。

●米国で参入企業が増えている理由

 米国の教育に対する取り組みは、学問的な部分でも進んでおり、「教育工学」という分野がきちんと確立されている。ガイドラインとなる授業設計(インストラクショナル・デザイン)の研究も進んでいて、学びを支援するために授業をどう組み立てたらよいか、あるいはどんな教材を用意したらいいのかが研究されている。だからこそ、現在の教育システムと比較して、eラーニングの効果を分析できるのである。

 これからのeラーニングは、コスト削減よりも内容の問題。つまり、どれだけ短期間に効果が上がるかが、導入のポイントになるとされている。そのためeラーニングにはIT系はもちろんのこと、認知学や心理学などのスペシャリストがかかわっている。そうした柔軟性が異業種やベンチャーの参入を活発にしているのか、すでに全体で100社以上もの企業がひしめいている(表1)。

 余談だが、eラーニング企業を立ち上げる人物には、学者と昔のヒッピーを足して2で割ったような変わり者が多いそうだ。だからこそ教育という古い体質にとらわれず、新しいチャレンジができ、それが市場の活性につながっているのだろう。

会社名
事業概要
Digitalthink  サンフランシスコに本社を置くeラーニング専業会社。1996年の設立以来急成長を続けており、2000年1月にはナスダックに上場し、日本のNetlearningと提携している
Click2learn  eラーニングのASP事業におけるリーディングカンパニー的存在。1984年に米マイクロソフトの共同設立者であるポール・アレンによってAsymetrix Learning System Inc.として設立され、その後1999年秋に社名を変更し、現在に至る。最近、日本にも進出している(click2learnJapan)
CognitiveArts  認知心理学とデザイン戦略を結合した、カスタマイズ性の高い革新的なコンテンツを提供している。eラーニングには2000年ころから本格的に参入し、クライアントには有名大学や企業が多い。創立者のロジャー・シャンク教授は、ウォルト・ディズニーの研究部門でアラン・ケイ氏と長い間同僚関係にある人物
Fathom  世界中の高名な大学や文化施設を結び付けた学問ポータルの構築を目指すベンチャー企業。遠隔学習における最大級の難題である信頼できるオンライン教育プログラムを探すことに取り組もうとしている
表1 米国の業界を代表するeラーニング企業

●日本でもようやく本格的な参入が

 日本でもeラーニング市場に参入する企業の数が増えている。主な大手ベンダで参入しているのは、NTT-X、ロータス、日本IBM研修サービス、NECなど。2000年ごろから新規参入が徐々に増え、今年は海外から日本へ進出する企業が増えている(グラフ2)。

グラフ2 国内におけるeラーニングのシステムベンダ別シェア動向(富士経済の2000年6月〜9月までの調査。『IT革命が進む教育市場の現状と将来展望』より)

 例えば、1月に米国のeラーニングソリューションプロバイダであるclick2learnJapnがサービスを開始。提携という形だが、eラーニングやネットミーティング用ソフトを開発しているイスラエルのインターワイズは日本法人を立ち上げ、NTTコミュニケーションズと組み、ASP業者やシステムインテグレーターを対象にしたeラーニングソリューションを発売

 ほかにも大手の出版社やメディアがeラーニング市場に参入している。4月には日経BPがIT関連分野の学習事業を行う日経BPラーニングを設立。日本経済新聞は同社の講座をWeb上で展開するサービスに着手するため、凸版印刷と日本IBM、教育系コンテンツ・プロバイダのスタディボックスと共同事業を展開する。

●教材はIT中心からソフトスキルへ発展

 現在、eラーニングで提供されているコンテンツの中身は、ニーズが高く、教材が作りやすいといった理由から、ほとんどがIT関連のスキルや資格を学ぶためのものが占めている。大手ITベンダは自社のソリューションを学習してもらうのにeラーニングをいち早く取り入れており、レベルの高いサービスが提供されている(表2)。

 eラーニングを取り入れているIT関連の資格の多くは、外資系ベンダのものばかり。米国などですでにeラーニングの実績を積み重ね、それを日本でも展開するという形になっている。IT資格の場合、eラーニングで学習するメリットは、いつでもどこでも受けることができる点と、通常の講習を受ける場合よりも低価格である点にある。

eラーニングで学習できる主なIT資格
サン技術者認定資格(SUN CERTIFICATION)
シスコ技術者認定:CCC(Cisco Career Certification)
日本オラクル(ORACLE MASTER)
表2 eラーニングで学べる主なIT資格

 次に多いのは、各種学校教育やMBA、各種国家資格などに活用されているパターンだ。MBAではMBA DIGEST、英語の教材の内容としては、傾向と対策を学ぶだけのものから、模擬試験ができるもの、試験の申し込みができるものまでいろいろある(例えばTOEICは、オンラインでの試験申し込みのみ)。将来的には試験会場へ出かけなくても、オンライン上で資格が取れるものも増えていくだろう。日本のIT分野の国家試験である情報処理技術者試験も、平成15年度を目標としてコンピュータ上で試験を受けられるように現在検討中とのことだ。

 現時点では残念ながら、ほとんどのeラーニングは既存の教材や教育手法を、インターネットで使えるように作り替えた程度のものである。インパクトがあるほどeラーニングの特性を生かしたものはまだほとんどないが、生徒獲得の競争が始まれば、個性的なコンテンツも多数登場するだろう。

 今後はIT以外の教育システムにも、eラーニングは広がっていくだろう。eラーニング先進国の米国では、2000年はIT関係のコンテンツの占める割合が72%だったのに対し、2004年までに非IT関係関係のコンテンツが増加して、売り上げの54%を占めるようになると予測されている。これからは、SkillSoftのようなITスキル以外のビジネススキルの教育システムを提供するのを主力とする企業も増えていきそうだ。

無料体験サイトでeラーニングを経験
 eラーニングがどういうものかをイメージしにくい場合は、無料サイトを経験してみるのはどうだろうか。WBTを疑似体験できる。
パソコン入門お試し版 WBTでどんな勉強ができるのかを無料体験できる
「e-sia」体験版 FlashとReal Playerを利用した英会話学習サイト

●主力となるのはコミュニティ型

 次にeラーニングのコンテンツだが、そのパターンは大きく、教材マニュアル型RPG型コミュニティ型の3つに分類できる。

教材マニュアル型
 教科書やマニュアルをWBTで提供するタイプ。教科書や講義録の内容を単にデータ化してホームページに掲載しているだけのものから、動画や音声で工夫しているものまでいろいろある。質問や連絡は電子メールや掲示板でやりとりする。暗記もの向き。

RPG型
 学習ステップに合わせて学ぶべき方向を選べるのが特徴で、CGIやJavaなどのプログラムを利用したインタラクティブなコンテンツを生成するものもある。学習の履歴を管理する機能があって、どこまで自分が学んできたかがRPGゲームのように確認できる。独学でもマイペースで勉強できるが、その分だけ自己管理も求められる。

コミュニティ型
 教材マニュアル型とRPG型に加えて、チャットなどを利用してチューターに質問したり、受講者同士で討論をしたりできる機能を持っている。個人のレベルに合わせてよりカスタマイズされた学習体験ができる。ナレッジスキルを高める効果があり、これからeラーニングの主流になっていくとされている。運営側にとってコミュニティ型は、チューターを手配したり人を集めるなど、ほかのタイプに比べて手間はかかるが、ほかのサービスとの違いが明確になり、固定客にもつながりやすい。つまり、独学中心のほかのタイプと違い、ビジネスになりやすいのだ。

 フェニックス大学は1989年からオンライン教育を行ってきたが、1995年からeラーニングへと切り替えた。コースは24時間参加できるようになり、チャットによるディスカッションなど、WBTを生かしたメニュー構成にした。最も力を入れたのはコミュニティの質を高めるため、受講者同士のコミュニケーションを活性化し、ルールを徹底させることだった。そのためチューター役は、知識もさることながらコミュニティの運営力の高さで選んでいるという。

 これからはコミュニティサイトが運営できる人材のための教育システムも、eラーニングで提供されるようになるかもしれない。

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入門:eラーニング
eラーニングはブームになるか?(前編)
  eラーニングはブームになるか?(後編)
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