ユビキタスで世界は変わる?〜結局は情報の質次第〜IT Business フロントライン(31)

» 2001年04月06日 12時00分 公開

「ユビキタス・コンピューティング」の意味

 最近になってよく見かける「ユビキタス」という言葉の意味を初めて知ったのは、実はほんの1カ月ほど前だ。「ユビキタス(Ubiquitous)」とは、ラテン語で「いたるところに遍在する」という意味。ゼロックスのパロアルト研究所の「ユビキタス・コンピュータ・プロジェクト」によって注目されるようになったのだという。

 「ユビキタス・コンピューティング」(注1)は、それを提唱していたマーク・ワイザー(Mark Weiser)氏はすでに故人となってしまったが、いまや高速広帯域のブロードバンドとは切り離せない概念になっている。いつでもどこでも欲しい情報が手に入る「高度情報通信社会の理想」実現のためのツールとしてとらえられている面もある。

 街中に確実に増殖しているネットワーク・カフェを思い出すが、ユビキタス・コンピューティングはもっと「どこでも(遍在)性」が強い。もう少し分かりやすくいうと、「人がどこに移動しても、利用できるコンピュータの環境(や性能)は同じ」を実現するのがユビキタス・コンピューティングの概念なのだ。なにしろ「いつでもどこでも」なのだから、究極のユビキタス・コンピューティングは、必ずしもパソコンやPDAや携帯電話を必要とはしない。

ユビキタスによって、社会はこう変わる

 家電や普通の電話、時計やポータブルMDプレーヤなどがネットワークで結ばれ、駅の自動券売機やコーラの自販機までもがネットワークにつながれ、車や電車の中からでもインターネットにアクセスできるような社会が「ユビキタス社会」だという。

 すでに車に関していえば、GPSの搭載と携帯電話などを利用した双方向のカー・ナビゲーション・システムなどでネットワークへアクセスしていく原型はできている。また、インターネット家電としては、庫内の残り物で作れる料理のレシピを探し出してくれるインターネット冷蔵庫のプロトタイプや、留守中に洗濯を指示できるインターネット洗濯機(ただしイタリア製)などが登場した。パソコンとキーボード(それに電源!)を確保したり、難しいプロトコルの設定に苦労したり、アクセス用回線の遅さにイライラする必要はなくなる。

 もっと良いこともあるらしい。例えば、体に障害があって、いまのパソコンや携帯電話の利用は難しいという人たちにとっても、ユビキタス・コンピューティングが実現すれば、もっと簡単にネットワークにアクセスでき、必要な情報を引き出すことができるようになる。ユビキタス社会の実現は、人々がデジタル・デバイドから解放されることも意味する。

 また、思いついたとき、ちょっと時間があるときに、自分が端末を持っていなくても気軽にネットワークでオンライン・ショッピングができるようになれば、あっという間に消費者の間に電子商取引が広まるだろう。

ユビキタスがもたらすもの

 企業においては、いつでもどこでも簡単に会議ができるようになるだろう。オンラインでの受発注などはいまでもマーケットプレイスで行われているが、競りや仕入れにだれでも、どこからでも参加できるようになれば、中小企業にもビジネスチャンスが広がるのではないか。

 なにより、ユビキタス社会には新しいコミュニティが育つ可能性がある。常時、いつでもどこでもネットワークに参加できるようになれば、人々は電話代や時間やアクセスの速度を気にせずに情報の交換をすることができる。

 「便利さ」こそが21世紀の社会で、人々に最も支持されるキーワードになるはずだ。もちろんこれは「だれにでも(便利)」という条件付きである。そのためにも、高所得層ほどITの恩恵を受けるような社会ではなく、貧富の差や国を越え、ネットワークが提供されるようにならなければなるまい。

ユビキタス実現へ向けての課題

 では、そうした社会が実現するためにはどのようなハードルをクリアしていかなければならないのだろうか。

 まず考えられるのは、ネットワークの高度化とアクセス技術の標準化だ。特にネットワークのオープン化、有線接続と無線接続のシームレス化は必須なのだという。まだ実用化されていないIPv6だが、あらゆる電化製品がネットに加わるユビキタス社会の実現には、IPアドレス資源確保のために、IPv6の実現が不可欠だ。

 いつでもどこでも、さらにだれでもが利用できるためには、接続技術は標準化され、簡素化され、もっと使いやすくならなければならない。ユビキタス環境下での常時接続では、ネットワークに参加する個人の認証さえあれば接続が可能となる。それはちょうど、実際の店舗がいつでも顧客を迎え入れ、買い物をするときだけ、クレジット・カードやメンバーズ・カードの提示を求めるようなものだ。

 となると、一番大切なのはセキュリティの確保だろう。認証を行う際の個人情報の保護や、認証システムのセキュリティ技術の向上は真っ先に必要な分野だ。しかもそれによってコストがかさめば、普及の大きな障害になってしまう。

ユビキタスの普及を支えるもの

 現在の世界がユビキタス社会へと変わるためには、技術の向上、環境の変化、そしてやはり「そこで何が得られるのか」という情報の質が重要になってくる。だとすると、当然コンテンツの確保と充実も必要になってくるはずだ。

 かつて日本では、テレビが東京オリンピックの中継というコンテンツを起爆剤に普及したことや、ビデオデッキの普及率がアダルト・ビデオの登場とともに右肩上がりになったことを見ても明らかである。人々が求めるエンターテインメントや、生活に役立つようなインフォメーションが得られなければ、ハードウェアやインフラは普及しない。

 結局のところ、ユビキタス・コンピューティングの実現が期待される背景には、重要かつ有益な情報をオンラインで入手できるという前提があるからなのだ。

 ここで少し注目しておきたいのは、ポケベルや携帯電話、iモードに見られる爆発的な普及は何が支えたのか、ということである。大きな要因の1つに、1990年代に入って、若者を中心に「コミュニケーション」そのものが渇望されるようになってきたということが挙げられる。

 ユビキタス・コンピューティングでは「いつでもどこでも」、だれかとつながることができる。そこには、新しいコミュニティが育つ可能性がある。常時、いつでもどこでもネットワークに参加できるようになれば、人々は電話代や時間やアクセスの速度を気にせずに情報の交換をすることができる。

 新しいコミュニティの中には、「無差別なコミュニケーション」を提供する、ちょうどiモードの出会い系サイトのような機能を持つものも育っていくに違いない。ユビキタス社会を必要としている大きな力の1つは「コミュニケーション」への欲求なのかもしれない。

ユビキタス、万歳!

 ユビキタス・コンピューティングそのものは、まさに理想的なIT社会の到来を予言するものだといえよう。ただ、その実現のためには、さまざまな問題を1つ1つクリアしていかなければならないようだ。

 そのためには、産官学の協力、特に官の支援が必要だ。しかし日本政府はようやく「eジャパン構想」をまとめあげたところ。インフラの早急な整備が急がれるにもかかわらず、構想実現の目標が2005年というのはあまりにものんびりしすぎている。高速広帯域のネットワークが実現されなければ、ユビキタス社会の実現もありえないのだ。

 ところで、個人的にユビキタス社会で実現してほしいのは、多言語化と翻訳機能の充実だ。英語が苦手な私としては、英語のWebサイトにアクセスすれば、日本語の同時翻訳が音声で流れてくるようなシステムを、ぜひ「ブロードバンド」と「ユビキタス」社会では当たり前のものにしてもらいたい。辞書と翻訳の苦労とおさらばできるなら、ユビキタス万歳、である。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


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