全米同時多発テロとインターネットネットワーク社会はどのように反応したか?IT Business フロントライン(53)

» 2001年09月28日 12時00分 公開
[磯和春美(毎日新聞社),@IT]

 9月11日の全米同時テロの衝撃から2週間が経った。テロ勃発時、私は職場にいて、世界貿易センタービル崩壊の瞬間を、多くの同僚とともに目撃した。卑劣な行為であるテロリズムは決して許してはいけないが、今回のコラムでは政治的な意見を述べることが目的ではない。テロとその後の世界情勢についての人々の情報収集と世論形成に、インターネットがどう関わったかを総合的に考えたい。

事件が示したインターネットの課題

 同時多発テロの情報は、テレビの報道番組とインターネットの報道サイト双方でリアルタイムに入手することができた。米国のインターネットサイトは次々に静止画、動画で事件の惨状を伝え、さらに数時間後には、さまざまな市民が撮影した映像が次々にWebで公開されはじめた。もちろん、テレビでも多くの市民やジャーナリストが撮った映像が何度も流されたが、Webでの個々の映像公開は口コミによるアクセス増を呼び、ネットワークの遅滞があちこちで生じた。米CNNのサイトは更新も早く、情報が錯綜する中で次々に驚くべきテロの全貌を明らかにしていたが、いかんせんアクセスが殺到し、閲覧できないことも度々だった。

 情報の錯綜はしばしば、とんでもない流言飛語やデマに結びつく。これらは人々を煽り、現実のパニックを起こしかねない危険をはらんでいる。今回の事件の初期にはテレビやラジオ、インターネット上の報道機関のWebサイトでも「キャンプデービットにも旅客機が激突」、「ハイジャック機は11機」などの誤情報が流れた。しかしそれを確認する術は一般の人々にはない。Webの記事はあとで訂正しても、間違った情報がコピーされてあっという間に出回ってしまう。こうした誤情報をどう訂正していくのかは、Webの課題だ。

 人々の不安感から生じたデマもある。「テロリストは波状攻撃を計画している」、「次は××らしい」などといった噂があたかも正しい情報のようにあちこちの掲示板に書かれた。悪質なコンピュータワーム“Nimda”が発見されたのも18日だったことから、「これもテロリストの仕業」などとまことしやかにネットワークで語られた。しかしいずれの情報も根拠のないもので、多くのインターネットユーザーが冷静に判断したため、現実社会のパニックには結びつかなかった。それでも、我々のような報道機関には、こうした噂やデマに関して不安に思う人々から多数のメールが届いた。インターネットの伝播力の強さ、情報検証の難しさを実感する。

 市民の生の意見が、何のフィルターも通さず、直接やりとりされるネットワークでは、重要なのは彼らが判断材料にする情報の正確さだ。いまのところ、多くの場合は情報の正確さを担保するのはその情報の出所、ということになっている。政府などの公的なサイトの発表や報道機関のサイトによる情報は、おおむね正確さに問題はない、信用してよいと考えられているようだ。報道機関に身を置くものとしては、こうした一般の人々の信頼を裏切らない情報提供を続けることの重要さを、改めて今回も知ることになった。

インターネットならではの役割

 一時的な情報の洪水に続いて、次に知人や家族の安否確認のメールがインターネットに溢れ出した。11日(現地時間)は電話が通じにくかったが、電子メールやICQで連絡が取れ、安否確認ができたとの報告がWebのBBSなどにちらほらと出始めたのが午後のことだ。

 安否確認といえば、総務省通信総合研究所は全米テロのための「被災者情報登録検索システム(IAA=I am alive)」を12日から提供した。これは、WIDEプロジェクトが95年に開発に着手、2001年9月1日から公開実験中のもの。Webの登録フォームを用いて被災者が名前などを登録、知人などが検索して安否を確認するシステムだ。

 阪神大震災のときなどに、電話網が途絶してもインターネットやパソコン通信が安否確認に役立った例があったことから運用されたもので、今回はアルファベットによる国際名や通称の登録のほか、被害状況や報告場所などを英語・日本語で登録するようにした。ネットワークは情報をいつでも、どこでも、誰からでも集めることができ、集積された情報にはやはり、いつでも、どこでも、誰でもがアクセスすることができる。その特性を最もよく表しているのがこのIAAだといえそうだ。

 世論形成に対してインターネットが果たした役割も忘れてはならない。テロ直後、カナダの新聞社の女性コラムニストが書いた感動的なメッセージが多くの言葉に翻訳され(もちろん日本語への翻訳も篤志を持つ学生によって行われた)、メールやBBSによって世界中に流された。米国の誇りを認め、励ます内容で、こうした米国への同情、激励のメッセージがネットワーク上にあふれかえった。

 米国が報復を掲げたときにも、それを支持する意見だけでなく、批判する意見も活発に交わされた。あるいは米国の有識者や権力者に直接電子メールによる署名を集めて届けようとする運動などが自然発生的にあちこちで起きた。米国へのテロを歓迎するような発言や、イスラム教徒に対する誹謗中傷も書き込まれたが、それをいさめる発言も同じように沸き起こり、冷静さを取り戻す事例をいくつもの掲示板で目撃した。

事件後のネットワーク社会

 実際に米国は深く傷つき、立ち直るためには膨大な資金と血のにじむような努力が必要だ。ネットワーク関連だけを見ても、米コンピューター・エコノミクスがまとめた数字ではIT関連インフラ、サービスの復旧費用だけでも、約158億ドルという途方もない額が出ている。このうち通信インフラの復旧費用は暫定的なものも含めて約77億ドル。10万人が職場を失い、崩壊した世界貿易センター周辺の機能を復旧するためには約60億ドルがかかるのだという。

 インターネット上では、さまざまな募金活動が広がっている。郵便振替などを呼びかけるだけのページから、Web上でクレジットカード、少額決済などで直接募金ができるもの、さらにはバナー広告をクリックすると、その広告主がクリック数に応じた金額を寄付するものまである。米国だけに限らず、多くの国の企業やNGO、ボランティアが米国への援助の輪に加わろうとしている。

 最後になるが、インターネットに関わる者として気になる動きを指摘しておく。もちろんテロは許せない。しかし、政府がテロを契機にネットワークの監視を強化しようとしているのはいただけない。インターネットのプライバシー問題は、「個人の権利」と「国家の安全」の二極対立で語られるべき単純な問題ではない。テロリストを捕えるためなら個人の権利を侵しても仕方ない、という考え方の延長には、テロリストを罰するためなら一般市民を巻き込んだ戦闘も仕方ない、という乱暴な結論がある。二極対立で語られるべき単純な問題ではない、ということを自戒を込めて強調しておきたい。

Profile

磯和 春美(いそわ はるみ)

毎日新聞社

1963年生まれ、東京都出身。お茶の水女子大大学院修了、理学修士。毎日新聞社に入社、浦和支局、経済部を経て1998年10月から総合メディア事業局サイバー編集部で電気通信、インターネット、IT関連の取材に携わる。毎日イ ンタラクティブのデジタル・トゥデイに執筆するほか、経済誌、専門誌などにIT関連の寄稿を続けている。

メールアドレスはisowa@mainichi.co.jp


「IT Business フロントライン」バックナンバー

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ