コンテンツ・アグリゲーター待望論 インフラが先か、コンテンツが先か、ブロードバンド元年に消えゆくサービスから学んだことITビズ・キーワード(5)

» 2001年03月13日 12時00分 公開
[荒木直子,@IT]

<今回の内容>

■小山氏へのインタビュー

■ユーザーを満足させることはできなかったのか

■コンテンツが先か、インフラが先かという議論はさておき

■コンテンツ・アグリゲーターの貢献があればこそ


 2000年がフレッツ・ISDNなどの常時接続元年だとすると、今年はADSLや光ファイバなどによるブロードバンド元年と呼べるだろうか。インフラとしてのブロードバンド環境が実現すれば、ストリーミング画像などのコンテンツを思う存分楽しむこともできるようになる。

 実は、2001年3月31日をもって、ある試験サービスが終了となる。それはNTTサテライトコミュニケーションズが昨年6月から提供していた、衛星マルチキャスト配信サービス「Mega Wave Select」という、衛星通信とインターネットを組み合わせた個人向けのデータ配信サービスである。

 本格サービスの展開を断念するに至った理由は何か、そこから学んだことは何だろうか……。NTTサテライトコミュニケーションズ 代表取締役副社長 小山公貴氏へのインタビューをもとに考えてみたい。

小山氏へのインタビュー

―残念ながら、この試験サービスのことを私は知らなかったのですが……。

小山氏 「この試験サービスはそもそもが“ユーザー調査”を目的としたもので、PRなどにはほとんどコストをかけませんでしたから。参加者としては日本全国津々浦々から4000人程度を集め、グループインタビューなども実施しました」

NTTサテライトコミュニケーションズ
代表取締役副社長 小山 公貴氏
個人的には「ブロードバンドが実現したら、1960年代後半〜70年代にかけての洋楽ライブを楽しみたい」とのこと

―ユーザーにとってはサービスを利用するのに越えなければならないハードルが多かったのではないですか。

小山氏 「確かに、受信装置などのコスト的な負担が大きかったと思います。また設置するにも手間がかかりますし。しかし、だからといって、機器を貸与する、あるいは一括して仕入れ、月々いくらでレンタルするという形で用意するというのは、弊社にとってはコスト的なリスクが大き過ぎましたから……」

―実際にユーザーからは「こんなコンテンツが見たい」というリクエストはあがってきましたか。

小山氏 「結局のところ『これが見たい』というのはなかなかないんでしょうね。たくさん並んでいる中から“選ぶ”ということはあっても、これさえあれば“満足”という、いわゆる『キラー・コンテンツ』というのはあり得ないんじゃないかと思いますよ。実際、『ファイルのダウンロードに使いたい』という声の方が大きかったですから。特に、都心部以外の地方では、ADSLや光ファイバなどのブロードバンド環境が整うまでにまだ相当時間もかかるでしょう。そう考えると、衛星を使えば現時点でそうしたサービスを受けることができたわけです」

―コンテンツの品ぞろえとしてはどうだったのでしょうか。

小山氏 「63社ものコンテンツ・プロバイダに参加していただきました。当初、本格サービスの展開を念頭においていましたから、無料試験サービスとはいえ、十分に協力は得られたと思います。ただ、ユーザーを満足させられるだけの品ぞろえという意味では……とにかく多種多様でなければならなかったわけです。『キラー・コンテンツ』というものが存在しないのであれば、それこそ何でもかんでも必要になるわけで……。それと同時に、どんなに良いコンテンツをたくさん集めても、その存在を、ユーザーが見たくなる、あるいは実際に見られるように知らせることが必要だと思うわけです。つまり、映画のプロモーションやテレビの『番組表』のようなものを提供していかなくてはだめなんじゃないか、ということです」


(インタビューおわり)

ユーザーを満足させることはできなかったのか

 どんなサービスでも100%ユーザーを満足させることはできない。満足する人もいればしない人もいる。ユーザーからしてみれば、手に入れたいコンテンツがそこにあるかどうかがまだはっきりとしていないのに受信設備だけを整えるというのはかなり無謀な投資である。ましてや試験サービス期間であれば、それから先、サービスが継続されるかどうかすら分からないわけである。

 ただ、惜しむらくは、ファイルのダウンロードという用途においては十分にユーザーを満足させられるサービスであったにもかかわらず、「ユーザーを満足させられるようなコンテンツが用意できなかった」という理由で、このサービスが実験段階で打ち切られてしまうことだ。

 小山氏が繰り返し強調していたのは、「『キラー・コンテンツ』、つまり『これさえあればよし』といえるものなどあり得ないし、ユーザーを満足させるには、どんなリクエストにもこたえられるくらい膨大な数のコンテンツを用意しなければならない」ということであった。

 だが、数が増えれば増えるほど、ユーザーにとっては「何が見たいか」がぼやけてくる。そうした状況下で必要とされる役割が、「情報を一括して管理する仲介役」=「コンテンツ・アグリゲーター」ということらしい。今回のインタビューからは、その仲介役をうまく確保できなかったことが、今回のサービス中止を決定づけたといってもいいのではないかという印象を受けた。

コンテンツが先か、インフラが先か、という議論はさておき

 ユーザーにとってみれば、見たいコンテンツがあればインフラを整えよう、という気にもなるのだが、コンテンツ・プロバイダにとっては、インフラが普及していなければ、コンテンツ制作に先行投資するほどのリスクは取らないだろう。

 だとすれば、やはりNTTサテライトコミュニケーションズのように、インフラ事業者がまずはできる限りのリスクを取り、コンテンツ・プロバイダを巻き込んで、ユーザーにとって満足のいくサービスを提供していくために先頭に立つという姿が理想的に思えるのだが、インフラ事業者にも、当然、取り得る事業リスクには限界があるわけで……。

 今回の「Mega Wave Select」は残念な結果に終わったが、そこから学んだことは多いはずだ。「Mega Wave Select」は個人向けのサービスであったが、小山氏によれば、「法人向けの衛星通信サービスは当初の計画以上に順調に展開している」という。

 法人はいったん取得したインフラを簡単には手放さないし、そもそも用途がイントラ・ネットであったり、全国の拠点向けに同時に配信する教育・研修放送であったりと、そこで扱うコンテンツは限定されていることが多い。

 しかし、個人向けの場合には、多種多様な要望を量的に満たすだけではだめなのだ。そこでは、たくさんあるもののうちから、ユーザーが本当に見たいものを、見たいときに確実に届けられるように、常にあらゆるコンテンツを一元管理し、うまくユーザーのニーズに合うように編集して届けてくれるような仲介サービスを担う存在、「コンテンツ・アグリゲーター」が不可欠なのだ。

コンテンツ・アグリゲーターの貢献があればこそ

 インターネットがインフラとして一般ユーザーに普及したことを振り返ってみると、その陰には、Yahoo!などのポータル・サイトが「コンテンツ・アグリゲーター」として機能してきたという大きな貢献があったと考えられる。

 ユーザーが見たいと思うコンテンツ(インターネットの場合は個々のサイトにあたる)を、見たいと思うときに、ユーザーの任意のキーワードで検索し、アクセスしやすいようにURLを一覧にして並べてくれるのが、アグリゲーターとしてのポータル・サイトの役目だった。

 ポータル・サイトがあったから、一般ユーザーはいつでも見たいものが見られたし、自分の興味を満たしてくれるものを新しく発見することもできた。そうしたポータル・サイトのおかげで、われわれはインターネットを「とても便利なものだ」と思ったし、見たいものがたくさんあることが分かったから、インターネットを利用しようと、せっせとパソコンを買いそろえ、プロバイダと契約してインフラ整備に投資したのだ。

 コンテンツ・プロバイダとしてのサイト運営者にとっても、せっかく作ったサイトの存在を広く一般に知らしめるのに、ポータル・サイトへ登録することは有効な手段であったはずだ。

 もしコンテンツ・アグリゲーターとしてのポータル・サイトが存在していなかったらどうなったか、を考えてみるのもいい。自分の興味を満たしてくれるコンテンツを持ったサイトがあったとしても、サイト側が直接存在をアピールしてくれない限り、われわれはその存在すら知ることはできない。

 たとえ運良くたどり着いた場合でも、そのサイトのURLをその都度保存しておかなければならなかったり、うっかり書き留めるのを忘れてしまったりした場合には二度とそこへたどり着けないかもしれない。

 インターネットというものが、それほどコンテンツにアクセスするのに手間のかかるものだったならば、われわれは現在のようにインターネットを便利で必要不可欠なものと感じ、インフラとして整備しようとしただろうか……。答えはおそらく「No」である。

 ブロードバンド環境がインフラとして普及し、さまざまなストリーミング画像を多くの人が楽しむようになるには、インターネットにとってのポータル・サイトのような、「コンテンツ・アグリゲーター」の出現がいまかいまかと待たれているのだ。

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