第3章 米国ASP業界の新しい動向構図が変わる(3)

» 2000年09月26日 12時00分 公開
[吉田育代,@IT]

 生まれてまもないASP業界は、常に動き続けていて少しの間もとどまっていない。その意味で、私が米国で見たものも、ただの点の観測にしかすぎないが、6月中旬にカリフォルニア州サンノゼで行われたStrategic Research Institute主催の「Business Technology Solutions For The Internet Age」というASP関連カンファレンスに参加した。そこで感じた潮流のようなものをまとめてみる。

AIPというカテゴリの隆盛

 米国のASP業界のリーディング・カンパニーで、日本でも比較的その名を知られているところといったらCorioだろう。同社はまだASP業界がまったくのカオスにあった1998年前半にいち早くサービスインし、頭一つ飛び出した。2000年7月下旬に売り出し価格14ドルで株式公開をしたのだが、この時期IT関連株が軒並み株価を下げた中で、19ドル強の初値をつけた(その後は11ドル近辺まで値を下げているが)。売上高は1998年が130万ドルであったのに対して、1999年は580万ドルと4倍まで伸びた。まだまだオペレーションにコストがかかって利益を出すまでに至っていないようだが、Microsoftから1000万ドルの投資を引き出すなど、かの地のASP業界でCorioの名前を知らない人間はいない。

 同社のASPスタイルは、いわゆるERP(Enterprise Resource Planning)やCRM(Customer Relationship Management)パッケージアプリケーションをホスティングサービスで提供するというものだ。彼らはそうしたアプリケーションを“Tier1アプリケーション”と呼ぶ。提供する製品は、PeopleSoft、SAP、Siebel、CommerceOneなど。それらのアプリケーションをCorioのソリューション体系の中にジグソーパズルのようにはめこみ、アプリケーション間の統合を行い、ユーザー企業がそれぞれの分野から好みのピースを選びつつ、トータル利用できるようにしている。

ALT ASP事業のニーズの確かさを語るCorioの設計者Seetha Lakshmi氏

 ERPパッケージアプリケーションは、個々の企業で導入するとコンサルティング費用などを含めて数十億、数百億円規模の投資となる。ビジョンは確かで成功する可能性も高いが今のところ資金に限りがあるといったスタートアップ企業にとって、こうしたTier1アプリケーションを短い準備期間で利用でき、ペイパーユース(Pay per Use)で支払えるというメリットは大きい。実際、Exciteが@Homeと企業合併する際に、両社の基幹システムを無理に統合するより合理的ということでCorioを選択している。そのほかにも、教育機関向けに学校用品調達サイトを展開するSimplexisや企業向けロゴ入り商品の製作・管理を行うMadeToOrder.comなどが同社を利用している。

 Corioの設計者であるSeetha Lakshmiは、

「企業の業務アプリケーションは単体ではなく複数が相互に関連しながら動いている。それも利用しているうちに増えていき、どんどん複雑化していく傾向がある。企業はそうしたアプリケーション群を管理するのをわずらわしく感じている。それらを統合して提供してくれるサービスしてくれる会社があるなら利用したいというニーズはある」

と、ASP事業に確かなニーズがあることを証言する。

 Corioの対抗馬としてしばしば語られる企業にUSInternetworkingがある。この会社もERPを中心としたTier1アプリケーションのサービスを展開するが、CorioがUNIX、Windowsプラットフォームの双方を擁するのに対して、USInternetworkingは、UNIXに特化し、データセンターも自ら展開して中堅以上のハイエンド市場を狙っているのが特徴だ。

ALT AIPというカテゴリの名づけ親、Cisco Systems 副社長Eugene Lee氏

 Chapter2 e-services(以下、Chapter2)もまた、そうしたASP事業者の1つである。彼らは自分たちのことをAIP(ASP Infrastructure Provider)と呼ぶ。これは米Cisco Systemsの副社長 Eugene Leeが提唱した言葉らしいが、カンファレンスでは、いく人の発表者がAIPという言葉を使っていたから、米国ではそれなりに認知を得ているものだと思われる。AIPは自らはアプリケーションを持たずに、提供するアプリケーションを集めて製品間を統合し、企業からのシングルアクセスポイントとして必要とされるアプリケーションをトータルに提供するという役割を持つ。Chapter2が中心に展開しているのはOracle Applications。その意味で自らこの製品でBusiness OnlineというASP事業を手がけるOracleのライバルにあたる。設立は1999年10月。System One TechnicalというOracle製品の導入・開発・運用管理を行っていたコンサルティング会社の副社長を務めていたRitu Rajが立ち上げた。

 Rajによると、同社の提供するTier1アプリケーション・サービスは、今日活動しているAIPの中で最もスケーラブルで安定したインフラストラクチャを有しているという。サーバには400MHzのCPUを36個搭載したHewlett-Packardのハイエンドマシンを用い、インターネットデータセンターにExodusを利用する。同社はサンフランシスコに拠点を持つが、ここにはレスポンスセンターを置き、サーバの監視を自らも行っている。それ以外にも全米の数カ所にアプリケーション・オペレーションセンターを配置、この体制で99.999%の稼働保証をしている。これが受けて、Fortune40に入るような大企業やシステムの可用性に厳しい金融関係も同社の顧客リストにあるらしい。これができるのは、やはりSystem One Technicalで長年システム開発・運用管理を行ってきたからで、ソフトウェアベンダのOracleに比べて一日の長があると、Rajは胸をはる。しかも、自社導入なら当然発生するコンサルティングコストやソフトウェアのライセンスコスト、ハードウェアコストは不要なのである。

「Oracle Applicationsを個別に持とうものなら、導入コンサルティングだけでいくらかかるか!」(Raj)

 Chapter2は、世界展開を考えている。まずはニューヨークに第2の拠点を持ち、今年の12月にはロンドンでビジネスを開始する。そしてその次は東京だ。

「来年の7月までには何とか日本に上陸したいと考えている」

新たな料金体系への挑戦

 昨年12月に行われたASPIC内のアンケート調査によると、6割強のメンバーがサービスを固定金額ベースで提供していたという。その種類には、ユーザー1人につきいくら、ひと月につきいくら、1アプリケーションにつきいくら、という大体3パターンがあるようだ。

 多くのASP事業者が固定金額を選択していたのには、大きく3つほど理由がある。1つにはASP業界が誕生してまだ日が浅いということだ。そこでの最優先課題は提供すると看板に掲げたサービスをまっとうすることで、あまり深いレベルでの採算性が考えられていないという点がある。まずは顧客を得て、シェアを獲得するのが先というわけだ。2つ目には、顧客が理解しやすいという点がある。ASP事業者にとっても説明しやすく、アプリケーションを自社導入する場合に比べてどれだけコストが削減可能か、固定金額であれば容易に比較できる。3つ目の理由は技術からくるものだ。固定金額なら課金がアプリケーションの稼働によらなくていい。現在ASPで提供されているアプリケーションは、もともとはクライアント/サーバ型アプリケーションだったものをインターネット向けに書き直していたり、あるいはCitrixを利用してクライアント/サーバ型アプリケーションのままで使われているケースが多く、課金を考えたアーキテクチャになっていない。結果として、固定金額しか選択肢がなかったのである。

 しかし、固定金額制というのは、“だいたい顧客がこれぐらい利用するであろう”という予測のもとに金額が設定されている。もし、顧客がその予測以上にサービスを利用すれば、ASP事業者は赤字になってしまう。実際、このままでは収益が上がらないと危機感を抱いたASP事業者が新しい価格体系を打ち出してきている。それにはASP向けにゼロからアプリケーションを開発するというケースが出てきたことで、最初から課金のしくみを考えに入れられるようになったという理由もある。

 新しい価格モデルの1つは、水道料金のような利用の量に合わせた課金だ。ASPのリソースをどれだけ利用したかで料金を決めるというもので、その指標に帯域幅やCPU、利用時間などを使う例が挙がっていた。ASP向けの帯域幅監視アプリケーションも登場しており、技術的には十分可能だが、欠点は顧客に理解されにくいことだろう。彼らはこれをUsage Transactionと呼んでいる。

 もう1つは、何かのトランザクションごと、つまりtransaction baseで課金をするというもの。例えば、資材の注文を1回行うごとにいくらといった価格を設定するのだ。事前に価格が認知されていれば顧客にも受け入れられやすいが、何か想定されていなかったトランザクションが生じた場合、課金の対象からもれてしまうという点に注意しなければならない。

 最後に挙げられていたのは、スモールビジネス向けのプリペイド方式だった。何らかの方法でプリペイドカードを手に入れた顧客が、その認識番号をもとにASPを利用するというものだ。米国でもまだ実験的にスタートしたばかりで、そのメリット・デメリットはよく見えていない。

ALT 価格体系はASP事業者でも考え方はさまざま。まずは固定金額でシェア獲得という Chapter2 e-services CEOのRitu Raj氏(左)と ベンチャーキャピタルの要請で収益性を追求する Tilion ディレクターのKetan Patel氏(右)

 このレポートを行ったPORTAL SOFTWAREの市場開発担当シニアマネジャー Paul Hoffが語るには、新しい価格体系へのチャレンジは、まずはシェア争いを優先させてきたASPが儲かる体質へと脱皮しようとしていることの表れだと言う。しかし、一度決めた価格体系を変更するのは難しい。実際、どのASP事業者も実行には困難を伴っているらしい。だがHoffは、ある種、達観していた。ASPの価格体系は、過去にISPが経験したのと同じような道すじをたどるだろうと言うのである。確かに、最初にISPが登場したときは、その接続料金は彼らの“言い値”で決まっていた。ISPが市場にぞくぞく参入するにつれ、しだいに価格には相場のようなものが形成されるようになった。その過程では体力的に耐え切れなくなって市場から撤退するところあり、当初設定した価格からドラスチックに値下げせざるを得なくなったところあり、幾多の淘汰があった。彼の言うとおり、ASPも同様の試練にさらされるだろう。

 いくつかのASP事業者に価格体系に関する考え方を聞いてみた。前述のChapter2は、金額そのものは明かさなかったが完璧に固定金額で、それもかなりの低価格だそうだ。追加料金的なメニューは用意していない。まずはシェア獲得が先で収益は後。当分はこの価格体系を変える予定はないという。

 一方、メリーランド州メリーランドを拠点としてエレクトロニック・コマース向け業務分析のASP事業を展開しているTilionは、もっと現実的だ。ニューヨーク在住の彼らのベンチャーキャピタルが重要視するのは何より収益性。そのためTilionには低価格でまず顧客を獲得するといった悠長なシナリオは許されない。1件の顧客から確実にプロフィットが望める金額を設定している。

「価格だけ聞けば高く感じるかもしれない。しかし、ASPは技術力を駆使して提供するプロフェッショナルサービスだ。それなりのコストがかかっている。だから単純に価格でASPを選ばないでほしい。重要なのはサービス内容だ」

と、ディレクターのKetan Patelは訴えていた。

 どういう価格体系をとるにせよ、顧客から見てリーズナブルで明快であることが大前提だ。価格表もなしに案件ごとに応相談というのでは、顧客が二の足を踏んでもしかたないと思われる。

カスタマイズを売り物にするASP

 一般に、ASPで提供されるアプリケーションはカスタマイズできないものとして認識されている。ASPに懐疑的な立場をとる人は、この点を特に強調する。紋切り型のサービスでどれほどのソリューションが提供できるのか、と。だが、そうしたアゲインストの風も、米国ではあまり問題にならないようだ。従来なら最もカスタマイゼーションを要求されていたTier1アプリケーション、ERPパッケージを提供するCorioでも、「ヘビーなカスタマイズをすると、導入に2倍の時間がかかります」と言うと、顧客はたいがい固有の要求を引っ込めるという。同国にとっては“Time is money”、最も重要なのは時間をかけずに使い始められるということなのだ。

 だからといって、ASPがまったくカスタマイゼーションと縁のない市場かというと、そうでもないようだ。

 サンフランシスコに本拠地を置くTrapezoは、Webサイトのコンテンツ管理を一手に引き受けるASP事業者である。Webサイトのコンテンツは、たいてい数多くのパートナーの協業によって成り立っている。例えばこの@ITにしても、デザイナー、ライター、広告会社、編集者などがそれぞれのマテリアルを持ちよって1つのサイトとなるのだが、今日有効なインテグレーション手法がないために、誰かが(@ITの場合は編集者が)労働集約的な作業を行っている。ところがTrapezoのPartner Fusion Platformを利用すると、パートナーの持つカタログやコンテンツが自動的にアップグレードできるしくみを実現できるという。すでに同社はZDnetやMyFamily.com、Sparks.comなど6つの有力顧客を有しているが、そのどれにもかなりのカスタマイズを施している。いずれのWebサイトもコンテンツ管理に一家言あって、あらかじめ用意されたひな型では満足しないからだ。TrapezoのEVP Strategic Alliances兼共同創業者のThor Mullerによると、現在のところ、1つ1つの商談が大きいために収益的には問題がないという。ヘビーなカスタマイズが可能というのは、同社のセールスポイントにもなっている。しかし、同社の従業員は50人。すでにキャパシティは飽和状態に達していて、これ以上案件のオファーが来ても受けられないのが悩みだそうだ。

 カスタマイズを避けて手離れをよくし、スケールメリットを追求するか、徹底的にカスタマイズを行うことで付加価値をつけ、1つの商談金額を最大化するか。ASP事業者の経営方針いかんと言えそうだ。

Webベースド・コンピューティングか?サーバベースド・コンピューティングか?

 現状、ASPを実現するには3つのテクノロジーモデルがある。1つはもちろん、Webベースド・コンピューティングだ。サーバにすべてのソフトウェアリソースを集中させるから、クライアントマシンに必要なのはWebブラウザだけだ。そのため、インターネットにさえ接続されていえば、極端な話、明日からでもサービスを享受できる。ただし、HTMLも、Webブラウザも、もともとアプリケーションを動かすために設計されたわけではないので、この上で複雑なトランザクション処理を行おうとするとさまざまな工夫がいる。クライアント/サーバ型アプリケーションをWebベースド・アプリケーションに作り変えるにもかなり時間がかかる。

 現状あるクライアント/サーバ型アプリケーションをてっとり早くASP対応させたいなら、CitrixのMetaFrameやMicrosoftのTerminal Serviceを利用したサーバベースド・コンピューティングが便利だ。コードをそれほど大きく書き換えることなく、すべてのアプリケーションロジックがサーバ側のリソースで動くようになる。クライアントに渡されるのはGUI画面の表示部分だけだ。ただし、クライアントには専用のモジュールがいる。すでにほとんどOSと同化してしまったWebブラウザと違って、このテクノロジーのもとでASPを利用するためには、クライアント1台1台に専用モジュールをインストールしなければならない。

 どちらがASPに適しているかという答えはまだ出ていない。Corioはどちらのタイプのサービスもカバーしている。ただ、カンファレンスでは、Webベースド・コンピューティングを推進するいくつかのASP事業者の間で、サーバベースド・コンピューティングを否定する発言があった。Chapter2のRajやTilionのPatelらがそうである。理由は、「スケーラビリティが持てない」からだそうだ。

「すでにアプリケーションを持っているISVがすぐにASP事業を始めるのには便利だが、ユーザーを次から次へと増やしていくことができない。純粋にWebベースのテクノロジーでなければ、私はASP enableとは呼べないと思う」(Raj氏)

 Patelもこう補足する。

「Citrixのテクノロジーではサーバとクライアントの間でのGUI画面のやりとりがあまりにも頻繁なため、広帯域のネットワークを必要とする。どんな環境でも利用可能というわけにはいかない」

 Cisco Systems副社長のEugene Leeは、この問題についてこうコメントした。

「3年後、クライアント/サーバ型ソフトウェアパッケージから発生した主要なASPサービスが、Citrixベースのテクノロジーで運営されているかといったら、そうではないと思う。しかし、現状はCitrixも選択肢だ。結局、これは時間が解決する問題だと思う」

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