The Rational Edge

『オープン』の正体 (前編

by Douglas Heintzman
SWG Technical Strategy
IBM Software Group

2003/9/25

 IT業界は大きな変革期を迎えている。Webサービスやグリッド・コンピューティングといったITテクノロジの新たな概念は、e-ビジネスを次の段階、すなわち真に利益の追求できるビジネス・モデルへと脱皮させるための「扉」を押し開けようとしている。(e-Businessを地に足のついたビジネスへと転換させる)このようなテクノロジは誠に驚くべき存在だが、その背後でますます重要な役割を果たすことになるのは、「オープン・スタンダード」であり、「オープン・ソース・ソフトウェア」という概念だろう。

 インターネットおよびe-Businessの第1世代で、オープン・スタンダードなる概念が鮮烈な登場を果たし、次第に次世代のe-Businessオン・デマンド市場で重要な役割を担うようになってきた。ちなみに、IBMはオン・デマンド・ビジネスを以下のように定義している。

 「自社とビジネスパートナー、サプライヤをエンド・トゥ・エンドでつなぐ独自のビジネス・プロセス(=オン・デマンド・ビジネスのインフラストラクチャ)を構築している企業は、顧客のあらゆる要求やビジネス・チャンス、あるいは予想外の脅威に対し、迅速かつ柔軟に対応することが可能となる。オン・デマンド・ビジネスは、以下の4つの属性を持っている。すなわち、『敏感』『多様性』『集中』そして『弾力性』である」

 e-Businessの第1世代で標準といわれたのは、異機種混在環境(ヘテロジニアス)のシステム同士がコミュニケーションを行い、データの相互交換を行う仕組みである。このような仕組みは、World Wide Webの発展によって急速に拡大し、eマーケットやeコマース、企業のシステム統合がその成果として急成長し始めた。マーケットおよびビジネスが猛烈な勢いで速度を増しつつあったとき、このような第1世代のコンピューティング環境は、コストダウンと生産性の向上といううたい文句に拍車をかけることになる。次の10年間でもビジネスの速度は加速し続けた。ダイナミックに変貌し続けるマーケットへの迅速な対応、ビジネス・チャンスの獲得、オン・デマンドな組織構造をつくり上げた競合他社への対抗のため、ビジネス戦略の転換を迫られつつあった企業や政府関係組織が、強烈な差別化策を打ち出す必要に迫られたのである。そして、次世代のオン・デマンド・ビジネスが登場する。コンピューティング・リソースは、コスト構造の変化と柔軟性を求めるニーズから仮想化される。アプリケーションは、遠隔地からでも即座に利用できるよう設定される。さらに、システムおよびビジネス・プロセスは、垂直型(vertically)ではなく、水平型(horizontally)で統合される。このような状況下で、オープン・コンピューティングやオープン・スタンダードなる概念は、これまで以上に重要な役割を担うようになってきた。

 本記事は、今日のマーケットにおけるオープン・ソース・ソフトウェアと標準(standard)という概念の役割について考察するものである。

■オープンの定義

 『オープン』という概念に関してIT業界は試行錯誤を繰り返してきた。周知のとおり、この業界には特殊な専門用語が山のようにある。そんな議論の中で最も大きな成果の1つは、『オープン』に関係するさまざまな用語にそれぞれ明確な定義を与えたことだろう。用語の定義を明確にすることは、議論の行方を明確にすることにつながる。この記事が目指す結論のためにも、まずはいくつかの用語の定義を明らかにしておこう。

 オープン・コンピューティング:この用語は、ITシステムを構築する『哲学』を記述することによく使われる。おおむね、『オープン』という概念を一般的かつ包括的に体現している。ハードウェアにおいては、PCカードやプラグなどのインターフェイスの規格がどんなベンダの機器に対しても接続可能であるということを示す。ソフトウェアにおいては、どのようなソフトウェア間でも対話が可能で、プログラミング・インターフェイスが共通していることを示す。つまり、オープン・コンピューティングとはベンダ非依存の性質を内包し、さまざまな機能をモジュラ形式で結合する際にも、十分に柔軟性を維持するということを意味する。

 オープン・スタンダード:一言でいえば、インターフェイスやフォーマットを指す用語である。オープン・スタンダードに準拠するインターフェイスやフォーマットは、公開されたドキュメントに基づいて設計されている。そして、形式上、またはデファクト・スタンダードとして業界内で受け入れられているインターフェイスやフォーマットのことである。さらに、このようなインターフェイスやフォーマットは、業界内で広く採用され、自由に使うことができる。ただしこの記事の文脈上、この用語(オープン・スタンダード)は、ソフトウェアのインターフェイスに限定して使用する。例えば、HTTP、HTML、WAP、TCP/IP、VoiceXML、XML、SQLなどで、すでになじみ深いこれらの技術はオープン・スタンダードということになる。このような技術は、さまざまなITベンダのソフトウェア・エンジニアが作り上げた典型的なオープン・スタンダードだといえるだろう。このような技術が生まれる背景には、W3CやOASIS、OMA、IETFといった組織や機関の援助があった。多くの技術者は、このような第三者機関の援助の下、企業の垣根を越えてコラボレーションを行ってきたのである。

 プロプライエタリ(Proprietary):ある特定の企業が開発し、コントロールするインターフェイスについて言及する際に、この用語を使用する。当然、業界全体でもプロプライエタリな技術を採用するに際し、独占権を持つ企業を差し置いて、勝手に使うことはまかりならない。プロプライエタリなソフトウェアは独自のインターフェイスやフォーマットを使用している。もし、あるインターフェイスが独自の技術で書かれている場合、その技術の独占的な権利を持つ者(企業)は、そのインターフェイスを、だれがどのように使っていようとも、いつでも、どんなふうにでも書き換えることができるのである。

 オープン・ソース・ソフトウェア:コードが公開され、(そのコードを)誰でも自由に利用することができ、コピー可能で、なおかつ手を加えてもとがめられることはなく、さらにロイヤルティ・フリーで再配布も問題がないソフトウェアのこと。オープン・ソース・ソフトウェアはコミュニティを通じてどんどん進化する。このようなコミュニティには、大企業が参加している場合もあれば、個人のプログラマで構成されている場合もある。オープン・ソースをけん引するソフトウェアの例としては、LinuxやEclipse、Apache、Mozillaなどが代表的だ。そのほかさまざまなオープン・ソースのプロジェクトがSourceForgeで主催されている。

 フリー・ソフトウェアとSoftware Libre:これらの用語は大ざっぱに見れば、オープン・ソースと同じように見えるかもしれない。だが、ここでいう『フリー』という言葉は、開発のプロセスがオープンで、誰でもそのプロジェクトにアクセス可能であり、開発作業にいつでも参加できる、ということを意味しているにすぎない。『フリー』が必ずしも無料を意味するわけではないのである。つまり、『フリー・ソフトウェア』というのは、開発プロセスが公開されて、誰でも参加できるが、配布する際には、ある特定の企業が使用料を設定するソフトウェア(当然ここにはさまざまな機能やサービスが含まれている)のことである。この用語は、『パブリック・ドメイン』ソフトウェアという用語で、しばしば『フリー・ソフトウェア』や『オープン・ソース』と同じような意味で使われることがあるが、それは間違いである。事実、『パブリック・ドメイン』とは法律用語であり、権利が消滅してしまったり、法的な拘束なしに公に(権利保持者が)権利を贈与したなどの理由で、著作権が誰にも属さないことを示すものだ。『パブリック・ドメイン』ソフトウェアは著作権に関する拘束はまったくないが、『オープン・ソース・ソフトウェア』は厳密にいえば、必ずしも著作権がないわけではない。どんな組織(個人、企業)でも『パブリック・ドメイン』のソフトウェアを使用できるし、修正を加えることができる。

 商業ソフトウェア:商業ソフトウェアとは、商業ライセンス契約に基づいて配布されたソフトウェアである。通常、使用料が設定される。商業ソフトウェアのライセンスと比較して、オープン・ソース・ソフトウェアのライセンスでは、使用料やロイヤルティを支払う義務なしにコピーや修正、再配布が可能である。そして、そのような権利にかかわる金銭を受領者(の資格を持つ者)は受け取らない。多くの人々は『プロプライエタリ・ソフトウェア』と『商業ソフトウェア』を同じ意味で使うが、これは、標準やインターフェイスなどにかかわる文脈において『プロプライエタリ』という用語の使用に潜在的な混乱があるためだ。いまでは、商業ソフトウェアでも、オープンな技術をソフトウェアに組み込んでいるし、公開されているインターフェイスを使用しているのである。そのため、この記事では、『商業ソフトウェア』を単に『オープン・ソースではないソフトウェア』のような意味で使うことにする。

■オープン・コンピューティング環境

 多くの大企業や政府関係機関はオープン・コンピューティングの概念を歓迎している。企業や政府機関はさまざまなベンダからサービスや製品を購入し、多様なテクノロジを組み合わせられることを期待しているのである。彼らは自分たちが抱えているビジネス上の問題を処理するために、独自の方法論を持っているものだ。そのために、ハードウェアとソフトウェアを柔軟に配置したいと考えているのである。故に、特定のベンダのビジネス・スケジュールやそのベンダが抱えている顧客の優先順位に左右されるのは、はなはだ好まないのである。その点、オープン・コンピューティングは、問題解決に役立つシステムの組み合わせをバラバラのテクノロジ・コンポーネントを用いることで提供することができる。

 オープン・コンピューティングに関する共通理解は、以上のようなビジネス・トレンドに基づいている。オープン・コンピューティングに対する(企業の)情報システム部の投資目的は、オープン・コンピューティングの柔軟性を最大化させ、その結果、自社のビジネスの速度が加速することにある。企業はオープン・コンピューティングを活用することで、技術革新の成果を極めて素早く吸収することができるし、同時にコスト削減という恩恵を被ることもできるのである。企業は、オープン・コンピューティングがある程度はベンダ非依存の環境を提供すると信じている。考え抜かれたアーキテクチャやオープン・スタンダード(の技術)は、オープン・コンピューティングの中核要素である。企業は今後ますますオープン・スタンダードの技術の採用を加速させ、オープン・ソース・ソフトウェアを使用するようになるだろう。このことは、企業の基幹システムがオープン・コンピューティング環境を組み込んでいくことにつながっていく。

■オープン・スタンダードの歴史概観

 インターフェイスとは、アプリケーション同士が通信し合う要素技術の集積を意味する。歴史的な観点から見れば、あるアプリケーションに、ある企業の社内および社外のプログラマが機能を付け加えながら作り上げていくものがインターフェイスであり、アプリケーションの性能を向上させる目的を持つ技術、ということになる。独自のインターフェイス(の技術)を有する企業はこれまで、その技術を活用して、自社のハードウェアの付加価値としてソフトウェア群()を開発してきた。往々にして、そのようなシステムは垂直統合型のシステムであり、独自のインターフェイスを駆使して、構築されていた。このようなビジネス・モデルは(ある時期までは)成功し、IT業界の草創期を築いた企業群の収益基盤を支えるものとなった。例えば、IBM、HP、DECは独自技術によるハードウェアとソフトウェアを開発、販売することで、急成長を果たしたのである。

 1980年代になり、コンピューティング・テクノロジは、垂直構造型のシステム構成から解き放たれ、水平構造で階層化されるようになる。ハードウェアがコモディティ化し、アーキテクチャもオープン化しつつあった。このことは、個々の技術のモジュラ化や技術間の透過性に拍車をかけた。周辺機器市場の発展がこれに象徴される事実である。さらに、インターネットの発達が技術革新の速度を加速した。ハードウェア・ベンダの企業システムに対する独占的な支配力は相対的に低下していった。一方、ソフトウェア業界でも技術の水平階層化が起こりつつあった。オペレーティング・システムは1社独占の技術からさまざまなハードウェア・ベンダの機器に搭載される技術となっていった。また、この時期は、ミドルウェア・レイヤの技術が急速に進化した。ハードウェア・ベンダの独自技術の拘束から解き放たれたアプリケーション・ベンダが、ミドルウェア技術を進化させることにより、クライアント(PC端末)・レイヤでも急速な技術革新が起こり、システム全体のコスト削減に大きな影響力を発揮したのである。

 このような技術革新のトレンドは、インターフェイスの標準化を強力に推進していくことになる。このことは、ネッワーク技術の新たな開発を行っていくうえでの原動力になったのだった。同時にインターネット人口は年々拡大し続けた。そもそも、互いにコミュニケーションが可能であり、また情報を仮想化して格納できるというようなコンピュータの潜在能力が遺憾なく発揮されるには、インターフェイスやコミュニケーション(の方法)が標準化され、シンプルになるという前提が必要である。それ故、かつてはIBMやHP、DECが1社独占のビジネスを展開できたが、ネットワーク上で動作するインターフェイス(の仕様)をある1社の企業がコントロールすることは不可能になったのだった。

 1990年代、ITベンダの多くは、オープン・スタンダード化を目指すIT技術の進化の流れを受け入れ、ビジネス戦略に組み込む決定を下し始めた。ベンダがこのような決断を下したのは、要するにオープン・スタンダードをめぐるIT業界の現実を直視した結果だった。つまりこういうことだ。もし、私たちがこの先、永遠にネットワーク化された社会に生きるとするなら、ネットワーク化された世界はオープン・スタンダードに基づく技術で動作することになるだろう、ということだ。オープン・スタンダードに準拠するIT技術の発展の流れは、ITを活用する顧客やIT業界にとっては朗報だった。このような流れの下でこそ、IT業界に属する企業やエンジニアのスキルやリソースは効果を発揮する。つまり、eビジネスの威力を最大限に発揮する高度に実用的で、機能性にあふれ、堅固な構造を持ったインターフェイスが開発されることになるだろう。

 『オープン』をめぐる戦いは、いまだに続いている。企業の大半は、ITシステムにおける柔軟性とベンダ非依存の度合いを強化するという意味で、オープン・スタンダードを積極的に受け入れる構えを見せている。一方、多くのITベンダもオープン・スタンダードの技術を取り込みつつある。なぜなら、彼らの役割は、水平型のインフラストラクチャを提供するプロバイダとして、すでに、業界のエコシステムの中に組み込まれているわけだし、独自技術によって支配されてきたベンダのマーケットに参入する機会でもあるわけだからだ。

 オープン・スタンダード技術の開発に取り組むことで、経済学者が『ネットワーク効果』と呼ぶ成果を手にしたベンダもある。ここでいう『ネットワーク効果』とは、コンシューマを含めたIT業界のエコシステムにかかわる興味や関心を、(業界全体に通用する)共通のプラットフォームに採用することを指す。結果的に、『ネットワーク効果』の成果を得られたベンダは、マーケットにおける自らの地位を守るために、技術仕様の標準ドキュメントや標準のプログラミング・インターフェイスに対し、大きな影響力を持つことになる。一方、オープン・スタンダードに向かう動きが増大するにつれ、またXMLやWebサービス、J2EE(これらの技術はまだオルタナティブなプログラミング・モデルとしての標準であるとはいえないが)のようなパワフルでオルタナティブな技術が影響力を持つに従って、1社独自の規格に基づいた技術の影響力は減少していく傾向にある。

■オープン・ソース・ソフトウェアの役割

 オープン・ソース・ソフトウェア(OSS)がIT業界およびビジネス・シーンで非常に重要な枠割を果たしていることはいまではもう明らかだろう。とはいえ、いまだその長所と短所について混乱が見られることも事実である。例えば、OSSは、商業ソフトウェアの(ビジネス)モデルを駆逐するという議論がある。さらには、OSSとは現代の民主主義の重要な要素であるとする主張もある。他方、OSSは知的所有権の原理、ひいては資本主義を脅かす勢力であり、つまりは西洋文明を破壊する脅威である、とする主張もある。もちろん、これらの議論はどちらも正確ではない。OSSというのは結局、ソフトウェアの開発プロセスにすぎず、商業ソフトウェア製品を補完し、より良い価値を提供する存在なのである。商業ソフトウェア製品は今後も市場で重要な地位を保ち続けることに変わりはないだろう(この結論の根拠は後で論じる)。

 OSSはある1社のベンダによって開発されるものではなく、コミュニティによって開発されるものである。コミュニティには当然、さまざまな企業のさまざまな特徴が加味される。例えば、Linuxムーブメントは、たった1人の個人によってスタートした。しかし、すぐに多くの人々がインターネットを通じてこのプロジェクトに参加し、現在私たちが知っているようなオープン・ソース・プラットフォームのけん引役に成長した。そのほか、Apacheは学術研究の場から派生したプロジェクトであり、MozillaやEclipseは大手のITベンダから『寄贈』されたコード群(実行可能で、商業製品としても堪えうる)を基に芽吹いたプロジェクトである。

◎オープン・ソース・プロジェクトの種類

 OSSはそれぞれに異なる特徴を持ったさまざまなプロジェクトの総称である。おのおののプロジェクトは長い時間をかけて自然発生的に進化し続けるため、1つの定義でくくることはできない。そこで、OSS全体を4つのサブ・カテゴリに分割し、それぞれの特徴を把握しながら全体像を眺めてみよう。

1.『学術的』なプロジェクト

 大学の学生や教授、民間研究機関の研究者などが、(研究内容の)レビューを行う方法としてOSSを活用する。OSSは、自分たちが行っている『仕事』に対するコメントをほかのスタッフから受けられるというメカニズムを内包している。もちろん、『仕事』に対する利点を指摘してもらうこともできるし、コードの改善に役立てることもできる。中には、自らの『仕事』を外部に公開し、さらに改善させるための議論を喚起しようとする研究者や企業がある。また、企業の中には、学術的なオープン・ソースのプロジェクトに参加し、開発者や研究者など才能あふれる人材との関係を強化しようとしている。OSSにおいて強調しなければならないのは、常に改善(あるいは革新)するという要素が内包されていることである。それ故に、ベースとなるコードは、商業ソフトウェアのように厳格な構造ではなく、変動を視野に入れた流動的な構造を採用している。IBMの研究所ではOSSのコミュニティに大勢のスタッフを送り込んでおり、そのようなコミュニティで研究されている多くのプロジェクトを公開している。

2.『基盤』製品のプロジェクト

 『基盤』製品のプロジェクトは、ソフトウェアを階層別に分けた場合の下層部分に焦点を絞って研究・開発を行っている。有名なプロジェクトではLinux(オペレーティング・システム)、Eclipse(開発ツールのフレームワーク)、Apache(HTTP server)、Globus(grid computing)、Mozilla(Webブラウザ)などがある。これらはまさにオープン・ソース・コミュニティの発展を代表する存在であり、オープン・ソース・ムーブメントに絶大な影響力を及ぼしている。さらに、これらのプロジェクトは非常に高いレベルでの商業ビジネスへの展開力を持ち、サポート体制もほぼ万全であるといえる。非常に巨大で活気に満ちたコミュニティがこのようなプロジェクトを支えており、また、多くの場合、IBMをはじめとした大手のITベンダが参加しているのも特徴だ。

3.『ミドルウェア』プロジェクト

 『ミドルウェア』プロジェクトはアプリケーション・サーバやデータベース、ポータル製品の開発に焦点を当てている。Webアプリケーション・サーバならTomcatやJBoss、データベースならMySQL、ポータル・ソフトウェアならJetspeedが代表的である。多くの場合、プロジェクトの核は比較的小規模な企業で、膨大な数のプログラマが集まるわけではないし、ソフトウェア業界の中では周辺的な存在にすぎない。このカテゴリに属するプロジェクトの変遷については後述する。

4.『ニッチ』プロジェクト

 このグループはSourceForge.org(Web上にあるOSSプロジェクトのリポジトリと考えればいい)に登録している約5万6000のプロジェクトを指す。基本的にプロジェクトの規模は小さく、ニッチなテーマを主眼としている。また多くは単なる実験などである。個々のプロジェクトの集積体として見るならばマーケットに少なからず影響を及ぼすが、個別に見るとほとんど無視しても構わないほどのインパクトしかない。これらのプロジェクトから得られたソースコード群は、(ほかのプロジェクトの)アイデアやテクニックとして用いられてきた。

 実はもう1つ、カテゴリがある。『箱庭』プロジェクトと呼ばれるこのカテゴリは、OSSのいくつかのプロジェクトと同じような開発プロセスを踏むものの、厳密にはオープン・ソース・プロジェクトとはいえない。『箱庭』プロジェクトは、企業の部門で構成されるプロジェクトで、ある共通のテクノロジをコラボレーションを繰り返しながら開発していくものだ。ソースコードは、『箱庭』コミュニティのメンバーだけが利用可能。メンバーはプロジェクトに招待される形で参加が許される。このようなタイプのプロジェクトは一般的ではない。商業ソフトウェアベンダの中には、自社の開発プロセスとして、『箱庭』アプローチを採用しているところもある。

◎『基盤』製品と『ミドルウェア』プロジェクトの役割

 さて、オープン・ソース・プロジェクトをいくつかのグループに分けたが、このうち、最もよく議論の俎上に上るのは『基盤』製品と『ミドルウェア』のプロジェクトである。なぜなら、この2つのプロジェクトは現在のIT市場を根本から揺るがす潜在能力を秘めているからだ。

 『基盤』層にあるIT技術が成熟し、標準的な位置付けを占め、時間がたつごとにコモディティ化していく、という流れは、これまでのハードウェアの進化の歴史から見ても当然のこととして認識できるだろう。このことはソフトウェアの世界にも当てはまる現象である。価値が高まるに従って、さらに技術革新の度合いも高まっていくのである。

 例えば、TCP/IPや圧縮ツール、Webサーバ、ブラウザなどをすぐさま思い浮かべることができる。この原理に従えば、IT産業がオープン・スタンダードを適用するということは、その技術の価値が高まれば、価格は下落し、顧客には選択の余地が拡大する、ということになる。とはいえ、この現象にはいくつかの例外が存在する。デスクトップPCのOSやオフィス製品には、この現象のパターンが適用されないようだ。デスクトップPCのOSやオフィス製品のような市場は多くの場合、前述した『ネットワーク効果』によって守られている。『ネットワーク効果』と(ある企業の)独自のインターフェイスというこの2つの要素な壁は、技術(製品)のコモディティ化の速度を遅らせる。私たちはそこに、(何者かの)強力な市場コントロールの力を認めることができるはずだ。当然、その何者かは、同市場から膨大(ぼうだい)な利益を得ているのである。

 オープン・ソース・ソフトウェア、特にLinuxは、このような独占市場の構造を破壊する能力を秘めている。Linuxはすでに、マイクロソフトがWindows/インテルのプラットフォームでUNIXサーバ市場を席巻するという大戦略に待ったをかけ、両社に大きな戦略転換を迫った実績を持っている。いまさらいうまでもないが、Linuxは実用的で、拡張に富んだサーバ用OSである。多くの企業や政府関係機関はLinuxサーバを導入している。なぜなら、Linuxを導入することで企業や政府関係機関は、ほかのサーバOSにはない利点を享受できるからである。インテルのプロセッサ上で稼働するローエンドのLinuxサーバの価格は驚くほどに安い。ミッドレンジクラスのLinuxサーバはRISCチップ上でも動作するし、UNIXとの相性がとても良い。ハイエンドのLinuxはメインフレーム上でも動作し、さらには世界で最もパワフルなスーパー・コンピュータ上でも問題なく稼働するのである。この拡張性の高さとマルチプラットフォームに対応したLinuxの特性は以下のビジネス上の要件を満たせる可能性が非常に高い。

 すなわち、1)ビジネス環境に柔軟に対応できるITシステムの構築が可能、2)開発者の生産性を最適化し、サポートの労力を最小限に抑えることができる、3)プラットフォームの非依存性によってコストが大幅に削減される。削減されたコストは新製品の開発などに回すことが可能となる。

 Linuxはまた、デスクトップ市場への侵略も図ろうとしている。実際、企業や政府は、組織内のスタッフにさまざまなシステムを提供するに際し、常に現状よりも効果的にコスト削減が実現できる方法を模索しているといっていい。例えば、Linuxをプラットフォームに、Javaで、WebブラウザをクライアントとしたWebアプリケーションによる業務システムを構築するという具合だ。このようなオープン・ソース・ソフトウェアの組み合わせによるシステムは、『オープン・オフィス』なるデスクトップ環境の新たな概念を生み出す。そして、実際にこのようなシステムが本格的に普及するとき、伝統的なWindows環境は駆逐されるだろう。

(後編に続く)

【Notes】
一般的にsoftware stack(本稿ではわかりやすいように「ソフトウェア群」と訳している)とは、さまざまなソフトウェアが1つの完全な形として、特定のビジネスを成功させるために、集積している状態を示す(エンドユーザーから見れば、その集積が1つのアプリケーションであり、システムである)。つまり、OSやミドルウェア、そのほか多くのコンポーネントが1つのシステムとして“積み重なっている”状態だ。例えば、「経理サービスを行うために設計されたソフトウェア群の集積」という具合。


本記事は「The Rational Edge」に掲載された「An introduction to open computing, open standards, and open source」をアットマーク・アイティが翻訳したものです。


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