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[Column]
大メーカーの自信を崩壊させた
ハードウェアの平準化

本田雅一
2001/12/22

■物をつないで価値を高める

 僕は頭の中で“モバイル”という題材を考えるとき、物つまりハードウェアよりも、物をつないで連携させ、どのようにその物の価値を高めるかを考えるようにしてきた。

 物にはサイズや使われ方などによって、機能を詰め込む限界がある。その限界をグッと引き上げるメーカーが出てくると、僕らは「おや?」と思い、ついつい新しい物を買ってしまう。かつてコンシューマエレクトロニクス市場で日本企業がいまよりも活躍していた時代、次々に技術的なブレークスルーが現れ、そしてそのたびに新しい製品、新しい用途の提案が行われた。そのペースがあまりに速かったため、日本の家電メーカーは常に世界の最先端を走り続けた。

 しかし、近ごろはそれにも限界が見えてきている。技術的ブレークスルーがまったくないといいたいのではない。技術開発は日々進んでいる。しかし電子的な物の限界は半導体やバッテリなど、一部の限られたキーデバイスに左右され、だれもが驚くような新製品に対する期待は以前よりはるかに薄らいだ。また、数多くのニッチを追いかけ、欲望という欲望を満たし切ってしまったのかもしれない。「もう新しい分野を見つけるのは難しい」、そう話す家電メーカーの技術者は少なくない。

 それならば単体ではなく、複数の物を一緒に使うことで、より高い機能や便利さを追求すればいいというのはだれもが考えることである。そしてさらに、インターネットやワイヤレス通信を巻き込んで……と夢は広がる。そのためには、より簡単に数多くのデバイスが有機的に結び付く新しい世代のネットワークサービスは、モバイルデバイスのためにも不可欠だ。

 しかし、今回は取りあえずサービスの話をするつもりはない。結局のところさまざまなあらゆる電子デバイスがネットワーク化されるようになって、最も得をするのはハードウェアを作っているメーカーだと思うからだ。そしてそれが、現在の不況を抜け出す1つのヒントになるのかもしれない。

■ハードウェアの差別化が難しくなったPC

 そもそも、日本が誇る大家電メーカーが、PC中心のビジネスにおいて、コンシューマエレクトロニクス黎明期のような輝きを見せていないのは、PCがハードウェアを“作る”企業のためにある製品カテゴリになってしまい、ハードウェアを“創る”企業に向いた市場ではなくなってしまったということだ

 PC業界の水平分業による効率化、各種業界標準の過剰なまでの整備は、劇的なコストダウンと生産効率の高さなどを生んだ。何しろ、デザインやサイズを問わなければ、機能的にはメーカー製と大差ないPCを、エンドユーザーが簡単に組み立てられるのだ。家電の世界では考えられなかったことである。

 ハードウェアの仕様や性能は平準化し、部品調達のコストは低く、製造に関しても非常にシンプルで、どんなメーカーも少しの努力で手掛けることが可能になった。メーカーがA社ではなくB社であったとしても、1GHzのPentium IIIは1GHzの性能を発揮してくれる中で、どうやってアジア諸国と渡り合えるというのだろう。

 結局のところ、PCのエンドユーザーはWindowsとインテルプロセッサが入ったPCが欲しいのであって、どこかのメーカーが作り出した新製品が欲しい、というわけではない。

■サービスの提供で差別化できるのか?

 それでも、小型のノートPCには「これじゃないと」という物もあるにはあるが、市場の中では少数派だ。PC市場を形成する多くのハードウェアは、単なる入れ物であって、差別化はその中にあるソフトウェアや、その先のサービスにこそ価値があるように見えてしまう。こんな世界でもうけることができるのは、インテルとマイクロソフトぐらいのものだ。そして、その市場の将来を握っているのもこの両者である。行き先を決めるのはPCメーカーではない。

 おそらく数年前までは、どのメーカーもそれなりに差別化を行う自信があったのではないだろうか。もし僕がコンシューマエレクトロニクス界で名をはせた技術者ならば、「マイクロソフトもインテルもバカヤロー。エンドユーザーに直接価値を届けているのは俺たちだ!」と叫んでいると思う。

 しかし、日本のベンダの一部は、すでにハードウェアではなくコンテンツやサービスで利益を得なければ生き残れないと話す。しかし、本当にそこには金塊が眠っているのだろうか? それほど急に企業の質を変えることができるとは思えないのである。

 結局のところ、PCのような標準の入れ物(しかもその入れ物の主要パーツは自社ではなくインテルが提供している)に汎用ソフトウェアを積み上げていくタイプの商品は、ハードウェアベンダにとって絶対的に不利であり、物作りに根差す企業にとっては不利な面が多い。ならば、その状況を打破するためにはどうすればいいか、を考えねばならない。

■PCは便利だけど複雑

 もっとも、高付加価値なハードウェアによって差別化を図ってきた日本のベンダを苦しめるPCにも、その神通力には限界が見え始めている。原因はエンドユーザーとのインターフェイス部分があまりに複雑なことだ。

 もちろん、ビジネスの道具としてPCはとても便利なものだ。しかしいい換えれば、PCはあくまで便利だけど複雑な道具でしかない。だれもが空気のようにそこにあることを期待するデバイスではない。

 1つにはサイズやバッテリ持続時間といった制限があるが、その多くはPCだからこその制限ではなかろうか。PCは便利なもので、あらゆる場面で使える道具である。しかし、すべての場所、すべての用途でベストというわけではない。

 ベストな道具とは、時と場所、用途、利用のスタイルによって異なるものだ。現在、PCは能力アップとともにビジネスに欠かせない道具になっているため、これで何でもやってしまおうという発想は、ネットワークへの参加がPCに限られていた時代には有効な考え方だったと思う。実際、僕もそうやってノートPCを活用しているし、手放すこともできない。

■ワイヤレスネットワークのインフラ標準化がターニングポイント

 だが、すべてのデジタルデバイスがワイヤレスで接続されるようになれば、すべてのデバイスがPC並みに高機能かつ高性能である必要はない。ワイヤレスで接続された先にある別のデバイスやPCが処理した結果を表示するだけであっても、よりその場にふさわしいデバイスならば、その方が使い勝手は向上するハズである。

 すべてのデバイスが普遍的に接続されたネットワークにおいては、処理を行うコンピュータと、ユーザーが触れるコンピュータが同一である必要性はまったくないのだ。1つターニングポイントとなると考えられるのは、あらゆるデバイスがネットワーク化され、それぞれが(ユーザーが意識することなく)仮想的につながるようになることである。そうなれば、すべてのデジタル家電はもう一度ビジネスチャンスを得ることが可能になるからだ。ネットワーク化により新しい付加価値を創造できれば、という仮説の下での話にはなるが……。

 つまり、相互接続性と相互運用性が両方とも高くなれば、携帯電話もPDAも、デジタル時計も、ビデオカメラも、カーナビも、すべて現在よりもより良い製品にすることができる。PC市場とは逆に、ネットワークとサービスが標準化されれば、それを利用するデジタルデバイスは、用途や利用スタイルなどに合わせて作り込みを行うことで、より差別化しやすくなる。

■オープン戦略を進めるソニーの真意

ソニーの社長兼CEOの安藤国威氏

 ソニーの社長兼CEOの安藤国威氏は「われわれは、コンテンツやサービスで利益を出せる会社ではない。ソニーの良さはハードウェアにある。ここでもうけを出す仕組みを作らなければならない」と話す。

 おそらくこれは安藤氏の本音だろう。

 国内工場ばかりでコストが高く、常に新しいアプリケーションを見つけ続けなければ利益を出せないのがソニーの体質だ。新しい市場を作った当初は独走するが、コスト的なめどが立ち、普及が始まってくると競争力を徐々に失っていく。しかし、冒頭でも述べたように、コンシューマエレクトロニクスにおいて、まったく新しい分野の開拓は非常に難しくなってきている。次々に新しい用途や市場を開拓していく手法は使えない。

 安藤氏はCOMDEX/Fall 2001において、「ユビキタス・バリュー・ネットワーク」という構想を発表した(ニュースリリース)。ブロードバンドのワイヤレス接続が、あらゆる領域(PAN、LAN、WAN)で利用可能になり、すべてのアプリケーションが相互運用可能になれば、そこに新しい付加価値を持つデバイスを作り出すことが可能となる。それが、彼らのいうバリューのあるユビキタス・ネットワークというわけだ。

 そのために、安藤氏は徹底してオープンな戦略を打ち出している。携帯電話端末では競合するノキアとネットワークサービスのミドルウェア開発で提携。AOLタイムワーナーとも大型提携を結んだ。あらゆる分野のトップ企業と結び付き、新構想のネットワークとサービスを相互運用性の高いものにしなければならないからだ。そうでなければ、ソニーの得意なハードウェアが復権することはない。

 ただ、どんなに用意周到に事を進め、そしてパラダイムのシフトに成功したとしても、あっという間にアジア諸国に市場を奪われてしまうかもしれない(もちろん、ある程度は競争力を維持できると考えるからこそ、そこにコンピートするのだろうが)。立ち上げに苦労したDVDも、もはやとっくにアジア諸国に利益をもたらす存在になっている。

■ネットワークの覇権を握れるか?

 そんなソニーの思惑とは、おそらくネットワーク上の決済代行やユーザー認証などの基礎的なネットワークサービスの提供にあるのではないだろうか。ソニーの会長兼CEOの出井 伸之氏は、以前盛んにノンパッケージディストリビューションについて語っていた。では、サービスが主力の会社になるのかといえば、そうではなくてハードウェアが得意だという。出井氏いわく「複雑系の会社」というのだから、実に話は複雑だ。

 しかし、ネットワーク化されたハードウェアの世界で立ち上げ時期だけでも高いシェアを獲得し、それらのデバイス上で展開するサービスのインフラを一手に自社でサービスするとすれば、デファクトスタンダードとなることも不可能ではないはずだ。ソニーのハードウェアが復権すれば、その後の基礎的なネットワークサービスで覇権を握る可能性が出てくる。これこそがソニーの狙う最終目標と考えるのはうがちすぎた見方だろうか。

 



 


 
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