IPv6で何が変わる?IPv6ネットワークへの招待(1)

» 2001年09月12日 00時00分 公開
[三木泉インターネット戦略研究所]

 IT戦略会議による提言から数々の関連プロジェクトの予算化、全国的な実証実験の展開と、IPv6をめぐる日本政府関連の動きについての話題は尽きない。だが本当に、IPv6はこんなに騒がれるほど価値を持っているのだろうか? 本稿ではまず、IPv6に関してよくなされる誤解をクリアにするところから始めたい。

IPv6をめぐる誤解と実像

 政府が金を出して支援すると宣言すれば、注目されるのは当然だ。しかし、「IPv6はインターネットを根本から変える革命的な技術である」というのは誤解だ。

 IPv6は下層レイヤの話だから、インターネットを変えるとしたら根本というか、基盤的な部分を変えることになるのは間違いない。そんな冗談はさておき、現在のインターネットを支えているIPv4と、本稿のテーマであるIPv6との間には「革命的」といえるほどの違いは存在しない。革命よりも改革に近い。それに、アプリケーションレベルの話ではないので、一般ユーザーにとって目に見える変化があるわけではない。エンドユーザーがIPv6そのものを意識しないで使える方が望ましいくらいだ。しかし、もはや多くの人々にとって生活に不可欠なものとなってきたインターネットのさらなる発展を技術的に支えるとともに、これまでは発想すらできなかったような新しいネットワークの使い方を実現するための基盤として機能するはずだ。

IPv6はネットワークを高速化する!?

 「IPv6によってインターネットは高速化する」と思っている人もおられるようだが、これは間違いである。高速化に貢献するのは、IPよりも下のレイヤでの効率的な伝送技術である。

 ただし、伝送の効率化のために改良が加えられた部分もある。IPv6のグローバルアドレスでは、IPv4におけるCIDRのようにIPアドレスのネットワーク部が可変なのではなく、64bitsの固定長である。基本ヘッダの長さを固定にし、付加的なサービスのための情報は拡張ヘッダとして外に出している。このため、ルータは入ってくるパケットのどこまでを処理すればいいのかがはっきりしており、ハードウェア化が促進され、結果的に処理の高速化を助ける。また、IPv6ではルータでのパケット分割が禁止され、送信するホスト自身がパケットを適切な長さにして送るようになっているため、ルータの負荷が軽減されるとともに、遅延を減らすことができる

IPv6は通信品質を向上させる!?

 また、「IPv6によってQoS(通信サービス品質)やセキュリティが向上する」という言い方が不用意になされることもある。これは、「IPv6は、QoSやIPSecのことを最初から考えた仕組みになっている」と表現した方がよい。

 現在のIPv4でも、ToS (Type of Service)フィールドという(あいまいな)位置にタグを埋め込み、これを使ってトラフィックフローの優先度をコントロールしようという試みがなされてきた。同様の機能を実現するために、IPv6でも「フローラベルフィールド」と呼ばれるものが用意されているが、その使い方については現在さまざまな議論が行われているところで、まだ標準に至っていない。

 IPSecについては、現在使われているものと基本的に同じメカニズムを組み込もうというものだ。現在のIPv4の世界では、IPSecはファイアウォール、ルータ、あるいは専用IPSecゲートウェイ(およびリモートアクセス端末)で使われているが、IPv6では各ホストのIPv6プロトコルスタックの一部として必ず実装されることになっている。だからといって必ず使わなければならないということではない。これまでのように、ゲートウェイ機器にIPSecをやらせてもいい。実際には、IPv4の世界におけるLAN間、あるいは端末対LANのIPSecでも、構築・運用は一筋縄ではいかないケースが多い。IPv6では端末対端末のエンド・ツー・エンドでのIPSecを構築するための土台が提供されるわけだが、これを現実にやろうとすれば、膨大な管理作業が発生する。現在のVPN製品にもまして、利用しやすい管理システムが提供される必要がある。

では、IPv6導入のメリットは?

 では、IPv6には大したメリットがないのだろうか。いや、そうではない。使えるIPアドレスが飛躍的に増えるとともに、アドレスを端末に自動構成させることのできるメリットは計り知れない。現在のコンピュータ中心のネットワーキングの延長線では、それほどドラマチックな変化が想像できないかもしれないが、プレイステーションや携帯電話のような非コンピュータ端末が次々と数百万、数千万の規模でIPインフラ上に載ってくると、現在のIPv4の世界では支え切れなくなってくる。IPv6ではモバイル化を大きく支援する枠組みが提供されており、この分野の標準化がさらに進めば、携帯電話をはじめとする人に付帯して位置を変える機器や、自動車などの交通機関のようにコンスタントに移動するものであっても、一貫した途切れることのないネットワークサービスを受けられるようになる。IPv4でも、Mobile IPとしてこうした仕組みは検討されてきたが、標準化は顕著に進んでいない。しかし、IPv6によって実現への道のりがはっきりとしてきたといえる。

 さらに、ネットワークが水道や電気のように社会に浸透していくにつれ、在宅看護用情報センサーなど、さまざまな目的のためにネットワークを介して自動的に情報をやりとりする機器が増えていく。こうした機器はネットワーク接続を主な目的としたものではなく、自分の目的のためにたまたまIP通信を利用するのであり、利用者にネットワークの知識を要求するものであってはならない。IPv6に組み込まれたIPアドレス自動構成機能は、その点で非常に重要だ。

 企業でのIPv6導入はさまざまな理由からそれほど早くは進まないと思われる。しかし、ある宅配便会社のIT担当者が、集荷・配達スタッフの持ち歩くデータ端末をIPv6化できれば、真にリアルタイムの配送管理ができると話していたが、専用端末での浸透は思いがけず早く進む可能性もある。

 政府がIPv6に資金をつぎ込む理由はある。IPv6は、ネットワーク分野でも日本人研究者が標準化に最も貢献しているものの1つだ。まったく新しい技術ではないものの、ネットワーク化を通じ、家電をはじめ、日本の幅広い産業に新しい付加価値サービスの可能性を与えることができる。革新的な大市場誕生のきっかけとなる可能性もあるのだ。日本の経済活性化や産業競争力向上という観点からいって重要だ。

 IPv6の基本技術についてはほとんど確立しているが、運用にかかわる点でまだ未解決の問題は多く、現実にサービスや製品化を実現するためには、クリアしなければならない技術的、社会的課題がたくさん残されている。その中には各サービス、製品ベンダーだけでは解決できないようなものも多い。政府の予算が、この部分の進歩を促進してくれるなら素晴らしいことだ。


 今回は、IPv6がよく受ける誤解について、実装された機能や応用例を元に整理/検証してみました。次回からは、実際にIPv6のアドレス空間や機能の数々について解説していきます。


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