【トレンド解説】
ICANNの深刻化する状況とは?

グローバル化と商用化、
2つの大きな波にさらされるインターネット

鈴木淳也
2004/5/8

常に何かしらの課題をを抱えながら走り続けてきたICANNにさらなる大問題が降りかかっている。インターネットのグローバル化と商用化という2つの大きな波にどう立ち向かうのか? ICANNが抱える問題を国際政治との複雑な関係から整理したい。

インターネットコアでの三つどもえの争い

 米国防総省の研究機関であるDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)*1の実験ネットワークを起源にスタートしたインターネットは、学術機関を中心に発展、やがてISPの出現やWindows 95の登場により一気に広まり、今日の姿を映している。「善意のネットワーク」と呼ばれるように、当初のインターネットは識者が主に情報交換に用いていたもので、比較的平和な世界だった。だが、インターネット上でのビジネスの可能性が認識され、企業が実際にビジネスに活用しようと考え始めたとき、さまざまな人々がさまざまな思惑を持ってこの世界に入ってきた。ブロードバンド化、VoIPなどの各種サービス、安全を守るためのセキュリティなどは、発展とともに顕在化したニーズである。

 また同時に、インターネットのコアの部分でも変化が起きようとしている。インターネットの運営母体であるICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)と、さらにインターネットの商業利用を進めるために運営サイドのフットワークの軽さを求める企業群、そしてインターネットをさらに世界に開かれたものにしようと、政治の世界からの介入を進める国際連合(United Nations)との間で三つどもえの争いが起きているのだ。その背景や最新事情をレポートする。

*1 実験当時はARPA(Advanced Research Projects Agency)という名称だった

ICANNの歩み

 ICANNは1998年10月に発足した組織だ。前出のようにインターネットは米国防総省の実験ネットワークからスタートした経緯もあり、それ以前は米国政府の管轄化にあった。インターネットのアドレス資源(IPアドレス、ドメインネームなど)の割り当ては、米国政府団体の1つである全米科学財団(NSF:National Science Foundation)から委託を受けたNetwork Solutions社(.com/.net/.orgドメインの管理を担当)とIANA(Internet Assigned Number Authority、残りのドメインの管理を担当)の2つの組織によって行われていた。だが、米国政府はインターネットの広がりとともにアドレス管理の民間への委託を進める方針を取り、1998年10月のNSFと2組織との契約期間終了を機に、非営利団体であるICANNへの業務移管を実施した。ICANN自体はIANAのメンバーを中心に設立された組織で、IANAの業務をほぼそのまま引き継いでいる。

 このような経緯もあり、ICANNが当初目指していたのは、政府や営利団体による影響力をできるだけ排し、中立な調整役としてインターネットの運営に当たることだった。ICANNとしては、できるだけ中立な立場で運営を行いつつ、「.info」「.biz」「.name」ドメインなどの新しいgTLD(generic Top Level Domain)の提案など、インターネットをさらに盛り上げるための策を講じる2つの戦略を軸に、組織を回していきたかったのだ。だが、各国のローカルなccTLD(Country Code Top Level Domain)や登録業者からの協力をうまく集めることができず、資金面・人材面から運営に苦慮したり、新たに提案したgTLDらも不発に終わるなど、厳しい状況が続いている。ICANNとしては、各国政府や有力関連団体らの支援を仰ぐことで、当初の完全な独立組織という理想から離れ、インターネットのより効率的な運営を目指そうとした。

ドメイン登録事業のビジネス性をプッシュするVeriSign

 ドメイン登録事業において、ドメインの管理・運営を行う組織を「レジストリ」、ドメインの登録を行う組織を「レジストラ」と呼び、2つの団体が明確に区別されている。前出のNetwork SolutionsとIANA(ICANN)はレジストリであり、レジストラの業務は民間企業などから広く募集を行い、業務の委託が行われている。またNetwork Solutionsは、それ自身がレジストラも兼ねていた。Network Solutionsは、2000年に電子証明書の発行などを行うVeriSign社によって買収され、VeriSignが.com系のgTLDのレジストリとなった。当初、VeriSignは自社ブランドでのドメイン登録を行っていたが、後に知名度の高いNetwork Solutionsブランドを復活させている。

 VeriSignがICANNなどの組織と大きく異なるのは、ビジネスでの収入を糧とする普通の企業だという点だ。レジストリ業務というのは、1ドメインあたり年間数十ドル程度の管理費のみで運営されるうえ、ほかのビジネス・アイデアを投入する余地が少なく、一種のボランティア的側面が強いともいえる。ホスティング・サービスとドメイン登録をペアで提供するなどの複合的なサービスを生み出せるレジストラとは、この点で異なっている。営利企業のVeriSignにとってうまみの少ないビジネスであることは確かだ、同社はICANNの方針とは逆に、ドメイン登録をうまくビジネスに還元する方法を見つけ出すことに苦心するようになった。

 同社は2003年9月、「Site Finder」というサービスを開始した。これは、ユーザーがWebブラウザなどで誤ったドメイン名や使用されていないドメイン名を入力したとき、VeriSignが提供する検索サービスのページへとリダイレクトするものだ。このようにすることで、目的のページに飛べなかったユーザーを自社のページへと誘導しようと考えたのだ。Site Finderではカテゴリ一覧や関連キーワードが表示され、一種のポータルサイト的なものとなっている。ここで必要なサービスを網羅して広告を取るようになれば、ある種のビジネスが成立する。これがVeriSignの発見した、うまみの少ないビジネスから最大限の利益を得る方法の1つである。

 だがこのような行為は、gTLDの管理権限を利用した一企業による資源の私物化と見ることも可能だ。実際、インターネット・コミュニティからの反発は強く、VeriSignには抗議が殺到した。ICANNもすぐに反応し、VeriSignに対してすぐにSite Finderのサービスを中止するように通達した。VeriSign側は、ICANNがその権限を超えてドメイン管理の独裁的な団体として動いているとして非難、同社を独占禁止法ならびに契約違反として訴えを起こした。Site Finder自体は、その後の反発もあり、現在は停止状態になっている。

第三勢力として国連が動く

写真 ICANNの一部の権限を自身の管理下に置きたい国連

 このVeriSignによるICANN提訴は、ある国際組織を動かした。それが国連である。国連はこの一連の訴訟劇を受けて、インターネット運営への介入に興味を示しつつあったのだ。3月25日、国連はインターネット運営のための特別委員会を編成して、国連本部のある米ニューヨークで第1回の会議を招集した。この国連の目的は2つである。1つは、国連としての役割、つまりインターネットを国際社会により開かれたものにし、誰でも参加できるようにすることだ。もう1つは、ICANNが持つ権限を分割し、国連直轄の組織にその一部を委譲させることである。

 インターネットの現行のシステムは、米国、カナダ、欧州、 日本といったごく少数の国によって動かされている。会議冒頭のス ピーチで、国連事務総長のコフィ・アナン(Kofi Annan)氏は「こ れを世界中の人々により開かれたものとしなければならない」と2、インターネットのグローバル化における問題を提起する。実際、インターネットの基本思想はほとんど米国を中心に興ったものである。後の進化においても、ごく少数の国の代表人物の参入で実現されている。今後、アジアやアフリカ諸国などの第三国がインターネットへの積極的な参加を表明した場合、米国らが設定したルールにのっとったうえで、新参者として不利な立場からスタートしなければならない。文化、言語、予算、国家の法整備など、考えなければいけない問題は多々存在する。

 国連としては、このような背景からICANNなどによって決められてきたインターネットのルールを自身の管轄する組織の管理下に置くことで、枠組みの再構築に積極的に乗り出したい考えだ。その受け皿となる組織として、国連は関連団体の1つである国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)を考えている。実際、スイスのジュネーブで行われた会議で同団体のティム・ケリー(Tim Kelly)氏が、ICANNの業務がITUに移管された場合のメリットを述べている。

 だが、ICANNはこの構想に強く反発する。ICANN会長のヴィント・サーフ(Vint Cerf)氏は国連の会議で「インターネットにはすでに多くの人々が介在しており、ICANNの役目はそれをベースにシステムを構築すること。エンジニアの言葉に『壊れていないものは直すな』というのがあるくらいだ」と述べる。ICANNと対立するVeriSignは除いて、レジストラや関連企業からも、国連への権限委譲に不安の声は上がっている。特に、国連の運営ベースに乗ることで、スピード第一のインターネットの世界の成長を止めてしまう懸念が指摘されている(参照:国連のプレスリリース)。

インフラとして、まだまだ未成熟なインターネット

 ICANNらの主張はあるものの、実際のところ、これまでインターネットが何の問題もなく運営されてきたわけではない。IPアドレスの枯渇問題のように、CIDRとNATの開発のような技術面で難局を乗り切ってきたこともあるが、いま問題になっているのはそれとは異なるレベルの話である。

 インターネットが電気・水道・ガスなどの生活インフラと同等に扱うにはまだ未成熟だということを示す事件が、今年2004年1月に起きている。2003年1月に「.org」ドメインの運営をVeriSignより受け継ぎレジストリとして機能を開始したPublic Interest Registry(PIR)が、2003年末に全レジストラに対して「.orgでの国際化ドメインの運用を2004年2月1日より停止する」と突然通達してきたのだ。国際化ドメイン(IDN)とは、「アットマークアイティ.org」のような形で、各国固有の文字を含んだ2バイト・コードをドメイン名として使用可能にするものである。.orgドメインでは2000年11月よりIDNの受け付けを開始しており、2003年1月25日で登録の凍結が行われている。

 PIRの主張は「思ったほどの利用が見込めず、登録を打ち切った。ある程度の移行期間を置いたので、サービスはもう停止していいだろう」というものだ。だが、実際に登録しているユーザーにしてみればたまったものではない。いい方を換えれば、「この土地に住む人が少ないから、住所をなくしちゃうね」というようなものだ。実際に、住所を取り上げられた場所に居を構える会社に郵便が届けられたり、人が尋ねてきたりしたらどうするつもりなのだろうか。

 この問題も、やはりPIRに抗議が殺到したことでサービス停止は撤回されたが、インターネットの未成熟さを示す好例だといえるだろう。これの最大の問題は、レジストリが事前に何の相談もなく、いきなり重要な決定を一方的に通達してきたことにある。前出のSite Finderの件と併せ、レジストリが勝手に重要な変更を行うことがまかり通れば、インフラとしての安定性は根幹から揺らぐことになる。この上でビジネスを行う以前の問題だ。

これからのインターネット

 個人的には、現行のインターネット運営において2つの問題が存在すると考える。1つは、レジストリや特定の関連団体の暴走を抑えるためのストッパーの存在である。例えばレジストリが普通の企業によって運営されている以上、ビジネスとして利潤を追求するのは当然のことだ。だがそのために、必要でないとこれまで提供していたサービスをスパスパと切ったり、競争相手がいないといって料金の値上げに走るようでは困る。ICANN自身が認めるように、後ろ盾のない一団体に大した権力はない。その意味で国連のような組織が介入して、早い者勝ち、やったもの勝ちのインターネットの世界を監視するというのは、ある意味では必要なのかもしれない。

 問題の2つ目は、ICANNの取っている方針がビジネス・サイドからすればもどかしく、魅力の少ないものだという点だろう。前出のように、ICANNが新たに提示した7つのgTLD(.info/.biz/.name/.pro/.museum/.aero/.coop)は現状でほとんど利用が進んでいない。すでにドメインの多くは押さえられているものの、多くのユーザーは.comドメインの取得の方に魅力を感じているのだ。「junya@suzuki.name」「www.junya.suzuki.name」のような形で個人名でドメインが取得可能な.nameも、ほとんどが知名度はない状態だ。ICANNでは、「.asia」「.jobs」「.xxx」など新たなgTLDの導入を検討し始めているが、このままではgTLDばかり増えて、利用者がほとんど増えないという事態にもなりかねない。中立性は重要だが、サービスを売っていく以上、VeriSignが指摘するように、いかに魅力的なビジネスを展開できるかという視点がもう少し必要な気もする。

 現状で、インターネットの利用サイドはどんどんビジネスの可能性を模索しているが、運営サイドはまだ学術研究の段階から抜け切れてないような状態だ。今回、ICANN、VeriSign、国連の対立が起こったことが、この問題を改善するきっかけになればいいと思う。

2 編集部註:  誤解を与える表現があったため訂正い たします。(2004/7/23)

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