【トレンド解説】無線IP電話など、オフィスでのQoS需要を受け

無線IP電話の普及を後押しする無線LANスイッチ市場

 

鈴木淳也(Junya Suzuki)
2005/5/11

「2009年までに従来のアナログ電話は消滅する」といった大胆な予想も後押しして、ビジネスでの無線IP電話端末の利用が盛んだ。オフィスでも利用できる無線IP電話端末のセキュリティ、QoSの確保が急務となっている。無線IP電話に必要な技術と盛り上がる無線LANスイッチ市場のベンダーの動きを分析する。また注意が必要な、無線LANスイッチ導入の落とし穴とは?

 米シスコシステムズによれば、IP電話の市場は同社製品だけで世界で1日8000台ものペースで増え続けており、同社のドル箱事業になっていると述べている。同社CTOのチャールズ・ジャンカルロ(Charles Jancarlo)氏は「2009年までに従来のアナログ電話は消滅する」との予測を示しており、これが実現しないまでも、IP電話が電話市場で一大勢力を築いていることはまず間違いがないだろう。実際、長距離電話会社の米AT&Tが公衆電話事業を撤退してIP電話網構築に投資の集中化を発表するなど(通信業界のパイオニアはその後、事業分割で誕生した地域系電話会社の米SBC Communicationsによる買収が発表されている)、業界全体としてIP化の流れは避けられない状態だ。

 このように企業へのIP電話導入が加速するにつれ、そのソリューションも用途に応じて多彩なものが登場してきている。無線IP電話は、そのソリューションの派生系の1つだ。従来のIP電話では、各電話機がそれぞれイーサネットのポートを持ち、LANスイッチにケーブル接続される形態が取られている。旧世代のIP電話では外部電源を必要とするケースが多かったが、最近ではイーサネット・ケーブル上で電源供給を行うPoE(Power over Ethernet)と呼ばれる技術が広まり、IP電話端末展開における電源ケーブルの複雑化という障壁を乗り越えつつある。そしてIP電話が目指す次なるターゲットが、無線LANとの融合なのである。

無線IP電話の広がりと、必要とされる技術

 無線IP電話の形状は、携帯電話やコードレス・フォンのそれに似ている。通話には無線LAN網を利用するため、特徴としては、社内のどこにいても無線LANのカバーする範囲であれば、同じ内線番号を維持しつつ通話が行える点である。どこにいても内線電話で捕まえられてしまう点の功罪はさておき、使い方次第では非常に便利なものだ。また、モバイル・オフィスと呼ばれる席を固定しないオフィス・レイアウトを取っている企業もあり、無線IP電話はこうしたオフィスにマッチすることだろう。ケーブリングに掛かるコストや手間を削減するために無線LANを導入している企業もあり、そうした企業には「IP電話を導入するなら無線IP電話」となるのも自然な流れだ。

 こうした素地がある中、無線IP電話端末として比較的メジャーなのがNEC製の「N900iL」だ。同製品は、NTTドコモのFOMAと無線IP電話の2つの機能を併せ持つハイブリッド型のIP電話端末である(参照記事:ITmediaモバイル:無線LAN内蔵FOMA「N900iL」でできること)。外回りの多い営業マンなどは、社外ではFOMA端末として用い、社内では通常は無線IP電話端末として利用する。こうすることで、社内外で2台の端末を使い分ける必要がなく、社内ではIP電話の利用で通信費が削減できるという二重のメリットを享受できる。

 このように、無線IP電話は非常に有用性が高いソリューションだと感じることだろう。だが、無線通話ならではの落とし穴というものも、そこには存在する。中でも最も大きなのが音声通話の品質だ。企業へのVoIPソリューション導入において、QoS(Quality of Service)によるパケットの優先制御は重要な要素だが、これは無線IP電話についてもいえる。ただここで問題になるのは、無線IP電話ではその制御がよりシビアであるという点だ。無線LANの標準規格であるIEEE 802.11にはもともとQoS制御の仕組みがなく、有線LANほどの帯域を確保するのも難しいことから、限られた帯域をどのようにやりくりするかがポイントとなる。しかも、無線通信は外部のノイズや別のアクセス・ポイント(AP)や端末からの干渉を受けやすいなどの非常に大きな課題を抱えており、有線IP電話をそのままリプレイスして使えるものではないのだ。

 この解の1つとなるのが、IEEEが策定している無線LANにおけるQoS標準、音声と動画を伝送する無線ネットワークの品質を向上させる新規格「IEEE 802.11e」だ。802.11eでは、従来の信号衝突検出アルゴリズムであるCSMA/CA(※1)ではなく、媒体アクセス制御(MAC:Media Access Control)に、より細かい帯域制御が可能となるDynamic TDMA(Time Division Multiple Access)方式(※2)を用いている。これにより、アクセス・ポイント側が状況に応じて各端末の通信帯域を制御できるようになり、従来までのように無差別に端末同士が帯域を奪い合う状況が回避できる。802.11eの利用で、無線IP電話が抱える安定した帯域の確保という課題の1つがクリアできるようになる。

※1 有線LANのアクセス制御方式の1つCSMA/CD(Carrier Sense Multiple Access with Collision Detection:@IT Insiders Computer Dictionary参照)は、各ノードの信号送信の衝突(コリジョン)を避けるため、送信中の信号をモニタし、ランダムな時間待機して再送する仕組みだが、無線LANに用いられているアクセス制御方式、CSMA/CA(Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidance)では、コリジョンが発生した場合に、全ての信号送信後に、応答を待ち再送するため、パフォーマンスが低下するといわれている。

※2 携帯端末通信で通信時間を分割して帯域を共有するTDMAを進化させた、時間帯の割り当て帯域をノード同士の制御情報交換により動的に行い、データの優先度を設けて通信の確実性を増す方式。

 だが実際の導入に当たっては、さらにもうひと工夫が必要となる。QoSの導入で単一アクセス・ポイント当たりの帯域制御はできるようになるが、アクセス・ポイント間を移動した場合のハンドオーバー処理や、1つのアクセス・ポイントに通信が集中して輻輳(ふくそう)が発生してしまう事態は避けられない。さらにいえば、盗聴や不正侵入を防ぐために、無線IP電話端末の認証や暗号化などの処理も必要となる。こうした問題を解決するには、さらに包括的なソリューションの導入が必須である。

盛り上がる無線LANスイッチ市場

 そこで最近になり注目を集めているのが、無線LANスイッチ市場だ。無線LANスイッチは、有線LANのスイッチと同様に、無線LANにおけるトラフィック整理を行う役割を担っている。有線LANスイッチでは個々のスイッチが状況を判断して接続処理を行っているが、無線LANスイッチでは中央のスイッチが各アクセス・ポイントの制御と管理を行うという、集中型のネットワーク形態を取るのが一般的だ。

図1 無線LANスイッチのネットワーク構成例

 メーカーの製品によってネットワークの構成例は微妙に異なるが、基本的には、無線LANを導入した従来の社内LANの中央部に、無線LANスイッチが追加配置される形態になる。さらに、各アクセス・ポイントを中央の無線LANスイッチに対応する製品に置き換え、支店やフロアが複数存在するようなオフィスでは、さらに拠点やフロアごとに中継となる無線LANスイッチを配置する。これにより、社内の無線LANアクセス・ポイントの一元管理が可能となる。これにより、前述のハンドオーバーや特定のアクセス・ポイントに通信が集中する問題のほか、認証や暗号化などのセキュリティ問題も一挙に解決できる。

 もともと無線LANスイッチは、企業のLANにおける無線LANの管理を容易にし、その安全性を高めるのが目的で開発されたソリューションである。例えば、この分野では著名なアルバワイヤレスネットワークスでは、同社の無線LANスイッチ導入によるメリットは「セキュリティの強化」にあるとコメントしている。

 だが一方で、4月上旬に日本市場への上陸を果たしたメルーネットワークス(参考記事:@IT NewsInsight:通話が途切れないアクセスポイント、メルーネットワークス)のように、無線IP電話市場を非常に強く意識したマーケティングを展開している企業もある。メルーの無線LANスイッチでは、ESSIDの代わりにすべてのアクセス・ポイントに同一のBSSID(Basic Service Set Identifier)を振り分けることで、すべての無線LANクライアントがシームレスにアクセス・ポイント間を行き来できる仕組みを提供している。同社では「移動で音声の途切れない無線IP電話ソリューションを提供する」と述べており、他社との差別ポイントが音声通話にある点を強調する。

 無線LANスイッチを導入するメリットは、ほかにもいくつかある。例えば、従来の無線LANではアクセス・ポイントごとに異なるESSIDを設定し、ユーザーの接続管理を任せている状態だった。セキュリティの標準仕様であるWPAやIEEE 802.11iの導入後、IEEE 802.1xによるアクセス・コントロールとRADIUSによるユーザー認証を組み合わせた企業向けの本格的な無線LANソリューションが登場してきたものの、それらは集中型ではなく、依然としてアクセス・ポイント単位で管理を行う分散型管理が中心である。だが無線LANスイッチの導入で管理機能を1カ所に集中させることができるため、アクセス・ポイントの仕組みを簡素化できる。機能をアップグレードする際も、アクセス・ポイントはそのままで無線LANスイッチの置き換えやアップグレードのみで対応できるため、低コストで素早い展開が可能となる。前述のアルバでは、こうしたアクセス・ポイント(AP)簡素化の仕組みを「シンAP(Thin AP)」と呼んでいる。

エンタープライズ無線LAN設計の落とし穴

 無線LANスイッチの導入により無線IP電話の展開が容易になるが、それだけがすべてではない。無線LANの展開には、アクセス・ポイント同士の干渉状況、アクセス・ポイント1つ当たりの無線クライアントの収容台数などを計算に入れて、アクセス・ポイントの配置を主な目的としたネットワーク設計を行わなければならない。中小規模ネットワーク向け無線LANスイッチ・ソリューションを持つ米AireSpaceの買収を発表したばかりのシスコシステムズでは、このネットワーク設計の部分の重要性を強調する。

「音声品質が維持できないなど、無線IP電話にはいろいろネガティブな意見を聞くことも多いが、そうした部分を考慮に入れたうえでネットワーク設計を行うことが重要だ」と、シスコシステムズのマーケティングディレクターを務める大木聡氏は述べている。例えば、通常の座席配置では十分に必要台数をカバーできるアクセス・ポイントの配置を行っていても、無線IP電話端末は人とともに移動しており、会議などの席では、本来のカバー台数の上限である10台を上回る20台以上の端末が、1つの部屋に集結することもあるだろう。IPネットワークにおける音声通話の利用帯域はせいぜい数十kbits/s程度ではあるが、802.11bでの単一ネットワーク当たりの実効速度の上限は2〜6 Mbits/sであり、この帯域をネットワークの全端末が共有している以上は、何かの弾みで通信の遅延が発生してしまうことも十分にあり得る。

 ここで重要になるのがネットワーク設計だ。どのようにアクセス・ポイントを配置すれば、フロア全体をくまなくカバーできるようになるのか。無線LANスイッチを提供するベンダなどでは、こうした用途向けに無線ネットワーク設計を行うための専用のツールを提供しており、一時的、あるいは将来的な単一ネットワーク内の無線クライアント数増加にも耐えられるように、ネットワーク全体の設計計画を練ることが可能になっている。また、1つのアクセス・ポイントがカバーする範囲を「セル」と呼ぶが、実際のネットワークではセル同士は互いに疎な関係ではなく、隣接するセル同士が重なり合っている状態であり、1つのアクセス・ポイントに無線クライアントが集中して存在する場合、隣接するセルがそのクライアントの一部の通信を受け持つことで、アクセス・ポイント間の通信負荷を平準化するなど、一時的な台数増加に対応できる機能を持つ無線LANスイッチも存在する。

 前出の大木氏は「エンタープライズ向けの無線LAN製品は、信頼性が何より求められる。多少の事態でインフラが役に立たなくなるようでは意味がない。コンシューマ向けの低価格無線LAN製品では、ローミングやVPNなどのセキュリティ、QoS制御、集中管理の機能がほとんど考慮されていないことが多いが、インフラとしての無線LANを考えたとき、(無線LANスイッチのような)エンタープライズ向け無線LANソリューションの重要性を実感することだろう」と述べている。


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