【トレンド解説】「IEEE 802.11n」「UWB」「WiMAX」「IEEE 802.20」

加速する次世代無線LAN規格へのシフト、
2006年無線技術天気図


鈴木淳也(Junya Suzuki)
2006/3/24

2007年にノートPC標準実装されるという「802.11n」、標準化が一向に進まない「UWB」、実用化に拍車が掛かる「WiMAX」、異なる無線規格をローミングする「802.21」を解説する

 100Mbps超の無線通信を実現する次世代無線規格が、2006年に次々と登場することになりそうだ。WWiSE(World Wide Spectrum Efficiency)とTGn Syncという2つの業界団体に分かれて標準技術の座を競い合っていたIEEE 802.11nは、紆余曲折を経て最初の統一ドラフトが今年2006年1月に承認され、順調に標準化プロセスが進めば今年末から2007年には標準化が完了するとみられている。これを見越して、現行のドラフトをベースにした製品がBroadcomから登場するなど、標準化を待たずして各メーカーが2006年中に各種製品をリリースしてくることが予想される。

「802.11n」は2007年にノートPC標準実装へ

 802.11nの急速な広がりを予感させるのは、インテルが発表した最新のプロセッサロードマップの中に「802.11n」の表記が登場したことにある。米インテルが3月初旬に開催した開発者会議「Intel Developer Forum(IDF)」の中で、今後1年半にわたるノートPC向け同社プロセッサの最新ロードマップを公開したが、2007年前半に登場予定の「Santa Rosa(開発コード名)」と呼ばれるプラットフォームで802.11nを標準サポートすると明記している。同社では、「Centrino」というブランド名で「プロセッサ」「チップセット」「無線チップ」の3つをセットにしたプラットフォームを提案しているが、Centrinoでサポートされた技術は、ある意味でその時点での標準的な技術だと考えてもいいだろう。インテルでは以前より「802.11nの採用は標準化が完了した時点で検討していく」というスタンスを表明している。Santa Rosaでこの802.11nの標準サポートを確約したということは、2007年前半の時点ですでに802.11nの標準化が完了し、先行したメーカーから出荷された製品がすでに店頭に広く出回っている状態だということだ。

 Santa Rosaの登場が即座に802.11nへのシフトを意味するわけではないが、この時期に登場するハイエンド・ノートPCの多くが同技術をすでに標準実装しており、2007年半ばまでには、これがミッドレンジからローエンドまで幅広く採用されることになるだろう。もともと、802.11nは現行規格の802.11b/gの上位互換性を実現するものであるため、価格と電波法の規制以外で802.11nの採用を阻害する要素は存在せず、導入のハードルは低い。多くのユーザーにとって、2007年前半はノートPC買い替えのための1つの目安の時期となるだろう。

 ではここで簡単に、802.11nのバックグラウンドについて振り返ってみよう。54Mbpsの無線通信を実現する現行の802.11a/gよりさらに高速な通信規格模索のため、メーカー各社はそれぞれに技術開発を進めていた。契機となったのが米Airgo Networksの開発した「MIMO(Multiple-Input Multiple-Output)」と呼ばれる技術の登場で、複数のアンテナを用いて複数の異なる周波数帯で同時通信を行うことで、従来よりも高速な通信を実現するものだ。100Mbps超の無線通信を実現する次世代無線LAN規格として標準化がスタートした802.11nだが、基本的にこのMIMOが技術のベースとなっている。

 802.11nの標準化に際して、Airgo率いるWWiSEとインテル率いるTGn Syncという2つの業界団体が、互いの提案の標準化に向けて2004〜2005年にかけて激しい争いを繰り広げていた。どちらもMIMOをベースにした提案ではあるが、仕様の詳細やライセンス・モデルなどで相違があったためだ。こうした争いの中でTGn Syncは2005年前半、同グループが提案する仕様を802.11nタスクグループ(TG)に提出して信任投票に掛けるが、結果として承認に必要な票数を集められず、802.11n自体の早期標準化が逆に危ぶまれる状態となってしまった。その解決策として両標準化団体の仕様を合わせた折衷案を用意することが提案され、互いに歩み寄りをみせることとなった。

 その過程で同年10月に誕生した業界団体が「Enhanced Wireless Consortium(EWC)」で、インテルやBroadcomらを中心に26社が参加しており(26社は発表時点での数字)、802.11nの標準仕様策定とプロモーションを目的としている。EWCにはWWiSEとTGnの両団体の企業が参加しており、事実上の統一団体といえるだろう。だが参加企業の中にはMIMO提唱者であるAirgoの名前は入っておらず、完全に意見の統一をみたわけではないようだ。

 前述のBroadcomはすでに現行ドラフトをベースにしたチップ製品を出荷しているが、標準化後の仕様の差異については、ファームウェアのバージョンアップで対応するとしている。EWCのメンバーにはCisco SystemsやLinksys、バッファローなど、無線LAN機器としては著名なメーカーが多数名を連ねており、標準化を待たずしてドラフトをベースとした完成品をリリースしてくる可能性もある。いずれにせよ、2006年は802.11n製品の登場ラッシュとなりそうだ。

依然、分裂状態の「UWB」

 順調に標準化への道を歩む802.11nとは対照的に、UWB(Ultra Wide Band)は依然として分裂状態が続いている。UWBの標準化に際しては、米Motorola子会社の米Freescale Semiconductor率いるUWB Forum陣営と、インテルらが参加するWiMedia陣営が互いに意見を戦わせていたが、最終的に意見がまとまることはなく、2006年1月にUWBの標準仕様を策定するIEEE 802.15.3a Task Group(TG3a)そのものが解散することになってしまった。今後は、UWBの製品化で先行するUWB Forum陣営と、MBOA(Multi-Band OFDM Alliance)とWiMediaという2つの業界団体が合併したWiMedia陣営がそれぞれ自身の技術をベースにした製品をリリースし、標準化の判断が市場に委ねられることになる。

 広帯域にわたって短い信号(パルス)を送出して高速通信を実現するUWBは、無線LANよりも短い10〜20メートル程度の距離を100Mbps超の速度で結ぶPAN(Personal Area Network)技術の1つとして標準化が検討されていたものだ。同種の技術としては1〜2Mbpsの速度で通信可能なBluetoothがあり、PCだけでなく、携帯電話やPDAなどで広く採用されている。Bluetoothは低価格・低消費電力で通信できる点に特徴があり、この特徴をそのまま引き継ぎつつ、より高速な通信ができる技術として新世代のUWBに注目が集まっていた。

 UWB ForumとWiMediaが互いに歩み寄れなかった理由としては、メーカー同士の政治的な意図以外に、物理層レベルで仕様が異なり、ソフトウェアの調整やファームウェアのアップデートで違いを吸収できる程度ではなかったということが挙げられている。また、対応する物理メディアのサポート形式について、意見が異なっていたという理由もある。今回、TG3aの解散で標準化の道が閉ざされたことで、市場には同種の技術を用いた互換性のない製品が出回りユーザー側の混乱を招くという問題はある。だが逆に標準化の“かせ”が外れたことで、異なる規格の擦り合わせに時間を取られることなく、現在開発した製品をそのまま市場に出荷できるようになったというメリットが生まれたともいえる。

写真1 International CES 2006で開催されたWiMedia Allianceの報告会において、UWB市場の今後の展望について説明するHarris, Wiltshire & Grannisのエドモンド・J・トーマス(Edmond J. Thomas)氏

 実際、世界に先駆けてUWBチップの出荷を行ったFreescaleでは、UWB Forumの技術をベースにしたWireless USBの通信モジュールを2006年1月に米ネバダ州ラスベガスで開催されたInternational CESの会場で展示するなど、UWBで体験できる世界をいち早く紹介することに成功している。互換性や将来のサポートこそ保証されないものの、製品的には802.11nよりも早く市場に出回る可能性が出てきたといえるだろう。802.11nと同様に、UWBも2006年が大きな飛躍の年となるかもしれない。WiMediaが発表した資料によれば、2006年以降のUWB市場の成長率は年間143.6%と予測しており、標準化をにらんで様子見状態だったメーカーが一気に攻勢を掛け、それがさらなる飛躍に結び付く様子がうかがえる。

「WiMAX」は一気にモバイルの世界へ

写真2 現在市場に出荷されている802.16-2004ベースのWiMAXの一部

 ブロードバンド・モバイルを実現するもう1つの技術「WiMAX」も、ここにきてサービスや製品の展開に加速がかかっている。家庭やオフィスの内外に固定アンテナを設置して、基地局とのWiMAX通信を行う規格「IEEE 802.16-2004」をベースにしたチップは、すでにインテルをはじめとする各社より出荷が行われており、対応製品も続々と登場している。

 WiMAXの次なる展開は商用サービスへの展開であり、2006年前半には韓国で「WiBro」と呼ばれる商用サービスが世界に先駆けてスタートするほか、米国でも米AT&Tによって買収提案が行われている地域系電話会社の米BellSouthが2005年半ばより商用サービス開始に向けて一部ユーザーに限定的にサービス提供を行っているなど、今年2006年には実際の利用が広まる気配を見せている。だが固定局同士の通信がメインであり、帯域の上限が約70Mbpsと決まっている以上、都会などの密集地域などではユーザーの収容数に限界がある。光ファイバが当たり前となりつつある日本などでは、WiMAXならではの魅力を見い出すことは難しいだろう。WiMAXの用途は、電話局からの距離が遠く、DSL接続が望めないケースなど、あくまでブロードバンド接続の補完的な手段であるといえる。特にBellSouthはWiMAXのような無線系接続サービスを「有線接続のバックアップ手段」と位置付けており、3月21日(現地時間)にハリケーン被害などでの有線接続の障害対策を想定したWiMAXのバックアップ・サービスの提供計画を発表している。

写真3 米インテルがIDFで初公開した802.16eベースのPCカード

 このWiMAXが大きく変質するのが、展開の第2フェイズと呼ばれるモバイルWiMAX技術「IEEE 802.16e」だ。802.16-2004では固定アンテナ同士の接続がメインだったが、802.16eでは基地局と移動式のアンテナとの通信が可能になる。この移動式アンテナをPC内部やPCカードに内蔵することで、PHSや携帯電話と同様に、移動中や外出先からのPC経由でのインターネット接続が可能になる。米インテルでは以前、2005年後半から2006年前半にかけて802.16eをベースにした製品が登場すると、WiMAX戦略における同社のロードマップを発表していた。そして今回開催されたIDFにおいて、実際に802.16eのチップを内蔵したPCカードを初公開した。同社によれば、2.3〜2.5GHz帯での通信に対応したモバイルWiMAXカードは2006年後半にも登場予定だという。

写真4 802.16eカードの試作品

 モバイルWiMAXサービスの開始は、一般ユーザーの取り込みを加速する。前述のように、802.16-2004ベースの商用サービスが2006年前半より世界の各所で順番にスタートすることになる。もしインテルの予告通りに802.16eのPCカードや通信モジュールが出棺されるようであれば、2007年にはモバイルWiMAXの実験サービスや商用サービスを展開する通信キャリアが出現しても不思議ではないだろう。またインテルは、2005年11月に開催された半導体会議において、802.11b/gといった無線LAN技術とWiMAXのモバイル・ブロードバンド技術の2つの技術の1チップ化に成功したと発表している。

写真5 米インテルによれば、無線LAN+WiMAXの1チップ化に成功したという

 また同社では、2005年6月に802.11a/b/g/nのすべての無線LAN技術の1チップ化にも成功したと発表しており、無線モジュールの小型化と低価格化が比較的早期に実現できる見通しが立ったともいえるだろう。もしこのような製品がノートPCに標準で実装されれば、サービス提供側がWiMAX導入のインフラ整備を行うメリットが生まれ、五月雨的にモバイルWiMAX提供キャリアが増加することも予想される。いずれにせよ、2007年以降のWiMAXの動向は非常に面白いものとなるだろう。

異なる無線規格をローミングする「802.21」

 WiMAXで実現されるモバイル・サービスは、別名「WMAN(Wireless Metro Area Network)」とも呼ばれる。「PAN」→「LAN」ときて、さらに中距離をカバーする「MAN」というわけだ。もしさらに広範囲をカバーしようと思うのなら、当初から移動通信を想定した「WWAN(Wireless Wide Area Network)」の力を借りなければならない。WWANに該当する規格としては、「W-CDMA」や「cdma2000」などの規格で知られる3G携帯電話のほか、「MBWA(Mobile Broadband Wireless Access)」という名称で知られる「IEEE 802.20」という規格が知られている。3G携帯はすでに世界各国でサービスが開始されているほか、「HSDPA(High Speed Downlink Packet Access)」と呼ばれる次世代高速パケット通信サービスが欧米などで商用展開が始まっており、日本でも間もなくNTTドコモからサービスが提供されることになる。802.20はまだ使用策定の途上でロードマップが見えない状況だが、3Gならびに、3.5Gと呼ばれる高速データ通信サービスは、2007年にも世界各国で順番にスタートすることになる。

 ここで新たにスポットライトを浴びつつあるのが、異なるネットワーク間でのローミングを実現する「IEEE 802.21」という規格である。802.21のワーキンググループ(WG)のページにある説明によれば、「802.xx系の規格にかかわらず、異なる種類のネットワーク(Heterogeneous Network)での相互運用性を実現する」と書かれている。802.21が実現するのは、いわゆる「ハンドオーバー」と呼ばれる動作で、携帯電話や無線LANが基地局間をまたいで通信を維持できる仕組みである。これにより、その時にその場所で最も通信に適したアンテナやネットワークを探し出し、自在に接続先をつなぎかえることが可能となる。つまり、社内にいる間は無線LANや普通の有線LANに接続し、本社ビルを出たらWiMAXや3.5Gのブロードバンド接続サービスに自動接続、さらに市外では3Gや2.5Gなどの比較的低速な携帯電話接続サービスを利用する――といった、事業者やネットワークをまたいだ一連のシームレスなつなぎかえが可能になるということだ。実現まではまだ時間がかかると思うが、それぞれの無線技術のメリット/デメリットを相互補完できるため、非常に面白い試みではある。



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