IT Market Trend

第6回 Linuxに活路を求めたIBMの戦略

日本ガートナー・グループ株式会社
データクエスト・アナリスト部門サーバ・システム担当アナリスト

亦賀忠明
2001/05/02


 IBMが現在Linuxに最も力を入れているベンダであることは誰の目にも明らかであろう。実際、2001年2月にも、IBMはLinux関連サービスに今後3年間で3億ドルの投資を行うと発表している(IBMの「Linux関連サービスの投資に関するニュースリリース」)。IBMのLinux戦略は大きく、

  • 全サーバ製品でのLinuxの稼働
  • IBMアプリケーションのLinuxへの移植とLinux強化のためのソフトウェアの拡充
  • Linuxディストリビューションの支援・テクニカル・サポート、開発者育成支援

に分かることができる。なぜIBMはそれほどまでLinuxに力を入れるのだろうか。なぜIBMはすべてのサーバ製品でLinuxを稼働させようとしているのか。IBMにとってLinuxとは何か。IBMの真の狙いは何か。IBMは単にLinuxのブームに乗りたいだけなのだろうか。本稿では、IBMのLinux戦略について、特に「全サーバでのLinuxの稼働」ということを中心に、その真意を考察する。

IBMが全サーバでLinuxを稼働させる必然性

 IBMのLinux戦略は、IBMの歴史の中でも重要な戦略転換であると考えられる。また、そこにはIBMの企業体質そのものが大きくかかわっている。これまで、IBMのサーバ製品群、特にメインフレームやオフコン(オフィス・コンピュータ)は、長い歴史の中で、それぞれ世界トップ・クラスのサーバとしての実績を積んできた。業界において、これらの製品群は常にリファレンス・モデルと見なされ、各ベンダはIBMの動向に敏感に反応してきた。ベンダは、IBMが打ち出す数々の戦略や、IBMのメッセージが市場に与えるインパクトについて注意深く観察・研究した。自社戦略や製品への応用を検討し、必要であれば自社の戦略に組み入れてもきたのだ。

 さらに、それぞれの製品群ごとにユーザー・コミュニティが形成され、そこに参加する人々は、コンピュータ導入の先端ユーザーの名をほしいままにした。「IBM製品を選定してクビになるシステム担当者はいない」とまでいわれたほど、業界における信用度はほかを圧倒してきた。日本においても、IBMメインフレームの脅威からいかに国産メインフレームを守るか、ということを国策として対応した過去があることは有名な話である。すなわち、IBMサーバ製品は、まさに市場のリーダーであった。

 しかし、情勢は大きく様変わりした。Windows NTとIA(インテル・アーキテクチャ)サーバは、彼らのOS/2サーバを事実上撤退に追い込んだ。さらに、ここ数年RISC/UNIXサーバは、米国におけるドット・コムの流れに乗って大きく成長し、特にSun MicrosystemsのEnterpriseサーバ製品は圧倒的な勢いで市場に浸透しつつある。この間、IBMのRISC/UNIXサーバ「RS/6000(現eserver pSeries)」もそれなりに出荷されているが、Sun Microsystemsの勢いには太刀打ちできていない。

全世界におけるIBMとSUNのサーバ出荷金額推移 出典:ガートナー・データクエスト(2001年3月)
IBMのUNIXサーバも増加しているものの、Sunの勢いにはまったく追いついていないことが分かる。

 一方、IAサーバやRISC/UNIXサーバに押される形で、これまでのIBMの強みであったオフコンやメインフレーム市場は縮小の一途をたどりつつある。

全世界におけるプラットフォーム別サーバ出荷金額推移 出典:ガートナー・データクエスト(2001年3月)
IAサーバやRISC/UNIXサーバが大きく伸びているのとは対照的に、特にメインフレームの減少が目立つ。

垂直構造型の企業体質と強い顧客

 IBMが抱えるさまざまな課題の中で、最も重要な問題は、IBMが過去から積み上げてきた「財産」そのものである。巨人IBMというイメージがあまりにも定着しすぎた結果、内部的にはいわゆる大企業病を招き、外部的にもさまざまな足かせをIBMに課した。このことはすなわち、「昔の強みが今の弱み」に変化した典型的な例といってもよいだろう。これまでIBMは、システムに必要な製品をすべて自社で賄おうとする、垂直構造型企業として成長してきた(実際ほとんどのメインフレーマはいまでもそのような企業体質を持っている)。オープン時代となり、逆にMicrosoft、Intel、Sun Microsystemsといった企業は、水平構造型企業としてオープン環境を自ら生かしながら成長し続けてている*1

*1 水平構造型で一定の成長を収めた企業は、新たな成長を求めて垂直化する傾向がある。このことはビジネスとしては自然な流れではあるが、その目標を設定した時点で進行方向に存在する企業と、新たな競合関係が発生する。往々にして、それらはこれまで共生関係にあったパートナー企業であり、彼らがその変心に戸惑い、怒りといった態度を示し、その進出を阻止しようとするのはこれも当然な流れである。コンピュータ関連業界において、こうした水平型から垂直型へ変化しようとする企業で完全に成功した例はまだ出ていない。

 このように水平型ベンダの存在が大きくなる中、IBMの存在はIT業界の中で、保守的、閉鎖的、官僚的といったイメージで見られるようになっていった。ここで重要な点は、だからといって既存のパートナーや顧客がすぐにIBM離れを起こしているわけではないということである。IBMにとって、ともに歴史を歩んできたパートナーや顧客は依然として重要な存在であり、彼らにとっても、IBMは依然としてITリーダーとして重要な存在である。つまり、IBMと彼らは一体化した一種の共生関係をつくり上げているのだ。

 IBMの徹底した顧客第一主義の中で、IBMユーザーやパートナーは発言力を増していった。ここに強い顧客の存在がある。IBMとしても当然重要な顧客、パートナーを失うことはあってはならないし、顧客やパートナーにとっても、先端技術を提供し続け、システム構築・提供を行ってくれるIBMとの縁を切るわけにもいかない。特にAS/400やS/390といったいわゆる独自(プロプライエタリな)システムで長年育ったユーザーにとって、他社システムへの切り替えは非常に大きな壁であり、冒険でもある。IBMのシステムを販売しているパートナーにとっても、これらのサーバは利幅が大きいといったビジネス上のうまみもある。総じて、これらのユーザーやパートナーにしてみれば、自らIBMとの関係を解消する理由はほとんどないのだ。

 結果としてIBMは、そのクローズドなコミュニティでのビジネスをあまりに重視しすぎたし、それに慣れすぎてしまっていた。いつの間にか、IBMは水平型ベンダが新たな市場で急成長するのを黙って指をくわえて見ているしかない企業になっていた(実際IBMはISPや通信キャリア系でのビジネスにおいて、少なくとも日本国内では他社に後れをとっていることを認めている)。

戦略転換の決意

 垂直構造を水平構造に転換するためにIBMは何をなすべきか。IBMがオープンな企業に生まれ変わるためには、自らオープンな製品を作る必要がある。しかし、IBMの出す製品は市場からはなかなかオープン製品として認知されないというジレンマもある(WebSphereやDB2はここへきてようやくオープン・ソフトウェアとしても認識されつつあるようだが)。このようなジレンマが数年続いた後、最終的にIBMは重要な決断を行った。

 その答えが「Linux」である。性能・機能・価格といった単純な製品競争だけでは戦えないと判断したIBMは、自らオープン環境を育て上げ、その中で競争優位に立てる状態をつくり上げることを新たな戦略目標とし、その戦略の中核としてLinuxを位置付けたのである。これまでの閉じたコミュニティのみに頼っていては、サーバ・ビジネスにおける今後の高成長はほぼ絶望的であるが、競争の土俵を変えることで新たな成長は十分に追求できるという思惑が、彼らのLinux戦略の裏に隠されている。

Linux:新たなエコシステムの創造

 IBMはいま、Linuxによる新たなエコシステム(共生関係)の創造期にあるといってよい。彼らにとって、現在は積極的に種をまく時期である。ディストリビュータへの支援はもちろんのこと、Linux技術者の育成を支援することにより、将来的に彼らがIBM製品のユーザーもしくは支持者となる可能性は十分に期待できる。

 そのための環境つくりと並行して行っているのが、すべてのサーバ製品へのLinuxの適用である。種をまいてもそれを収穫しなければビジネスとはいえない。そのための準備として、IBMは全サーバ製品へのLinux適用に躍起となっているわけだ。

 将来的に、LinuxをITの標準プラットフォームとすることが、IBMの目標となるだろう。その中で、機能・性能・価格といった観点で、ほかの水平型ベンダとの製品競争を展開し、当然そのときの競争において圧倒的優位に立つべく周到な準備を行うこと、これがIBMのLinux戦略の実態であろう。

Linuxをサポートするeserver zSeries 900
IBMのエンタープライズ・サーバ。OSとしてメインフレーム向けのz/OSやz/VMとともに、Linuxもサポートする。IBMのLinuxへの力の入れ具合が分かる(zSeries900の製品情報ページ)。

 IBMがここまでの結論を下すのには相当な紆余曲折や社内議論が繰り広げられたものと考えられる。それでも、幸いにしてLinuxがまだまだ未熟であるという点と、オープン・ソースがオープンの究極のモデルと一般から認識されていたことから、彼らの描くシナリオにとって、Linuxはまさにうってつけの存在であったのではないかと推察する。

 別の議論として、今後IBMがLinuxを独占的に扱おうとするのでは、という危惧がある。しかし、IBMが垂直型から水平型への転換を目指している以上、まずそういった状況にはならないだろう。Linuxの独占は、市場が許さないということもあるが、それ自体、IBM自らが作ったシナリオを破壊することにほかならないからである。このことから、あえて意図的に、IBMはLinuxをオープンな環境に位置付けようとし続けるだろう。少なくとも「LinuxはIBMのものだ」といったような言動や行為は行わないだろうし、そのあたりは逆に神経を使っていくことだろう。

 これがベストな選択であったかどうかについては、今後数年をかけて、その結果を待つ必要があるが、仮に今後IBMの描くシナリオのとおり物事が進んだなら、IBMがこれまでの閉塞状況から脱却する可能性は十分に持っている。その場合、オープン環境におけるRISC/UNIXサーバの覇者であるSun Microsystemsはどう戦うことになるか。またWindows NT系OSとMicrosoftはどうなるのだろうか。少なくとも、これらのベンダは、今後のIBMの動きにさらに神経を使う必要があることは間違いない。記事の終わり 

  関連リンク 
Linux関連サービスの投資に関するニュースリリース
zSeries900の製品情報ページ
 
 
     
「連載:IT Market Trend」

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