ニュース解説

Crusoeはx86プロセッサの新境地を開くのか?

小林章彦
2000/06/19

 2000年1月19日にTransmeta(トランスメタ)がモバイル向けx86互換プロセッサとして「Crusoe(クルーソー)」を発表した。WindowsなどをOSに採用する軽量なノートPC向けの「TM5400」と、Web端末やモバイル・クライアント向けの「TM3120」の2種類をラインアップする。

TM3120とTM5400

左がインターネット端末向けのTM3120、右がノートPC向けのTM5400。製造プロセスが異なるため、ダイ サイズはTM3120のほうが小さい。TM3120とTM5400のパッケージは、同じ474ピンのBGAパッケージを採用する。

 発表時にS3は、Transmetaと提携し、CrusoeにLinuxを搭載したインターネット機器を開発すると発表している(S3のTransmetaとの提携に関するニュース・リリース)。S3は、もともとグラフィックス・チップ・ベンダとして一世を風靡した会社だが、Diamond Multimediaを買収後、グラフィックス・チップ事業をVIA Technologiesとの合弁会社に売却、現在はグラフィックス・カードやMP3プレイヤーの開発・販売を行っている。そのS3は、Crusoeを搭載したインターネット機器を開発し、グラフィックス分野からインターネット機器分野へと業務をシフトしようとしているわけだ。ただ、2000年6月現在、Crusoeを搭載したマシンは発表されていない。そのため、発表当初は話題になっていたものの、このところIntelとAMDのクロック競争の影に隠れたかたちになっていた。

S3のデザインしたCrusoe搭載インターネット端末

S3は、Crusoe発表時に何種類かのインターネット端末のモックアップを公開している。写真はそのうちの1つで、ペン入力タイプのもの。

 ところが、2000年5月末に、GatewayがAOL専用のネットワーク端末としてCrusoeを採用すると発表したことから、再び注目を浴びている(Gatewayのニュース・リリース)。2000年6月末に米国ニューヨークで開催予定のPC EXPOでは、IBMがCrusoeを搭載したThinkPadを参考出品するとも噂されており、一躍脚光を浴びている。ここでは、このCrusoeの概要を紹介しよう。

Code MorphingがCrusoeの目玉

 Crusoeは、x86命令を「Code Morphing」と呼ぶソフトウェアにより、プロセッサ内部の命令形式に変換しながら、実行するのが特徴だ。命令の変換と同時に最適化することで、実行効率を高める工夫も行われている。Crusoeでは、プロセッサ内部のマイクロアーキクチャとしてVLIW(Very Long Instruction Word)を採用しており、64bitまたは128bitの命令語(Instruction Word)を実行する。このVLIWの命令語は、RISCライクな整数演算命令、ストア/ロード命令、浮動小数点演算命令、分岐命令の4つで構成されている。Transmetaでは、命令語を「molecule(モレキュール:分子の意)」、moleculeを構成する命令を「atoms(アトムズ:原子の意)」と呼んでいる。

 Pentium IIIAthlonといったスーパースカラー・アーキテクチャを採用したプロセッサの場合、x86命令は命令実行パイプラインに埋め込まれたハードウェア回路で、よりシンプルな命令に変換され、実行ユニットに渡される。これに対しCrusoeの場合、x86命令はCode Morphingでmoleculeへの変換が行われ、演算ユニットで実行される(プログラム実行中に変換処理が行われる)。一度、Code Morphingで変換されたx86命令は、トランスレーション・ キャッシュに保存されるので、一度変換された命令はキャッシュ内から削除されるまで、Code Morphingを行わずにトランスレーション・キャッシュから直接実行される。これにより、命令の変換に必要とされるプロセッサ・パワーが減少し、効率のよい実行が可能だという。なお、Code MorphingのソフトウェアはROMに内蔵されており、起動時にDRAMへコピーされる。

 このような仕組みを採用することで、プロセッサ自体は独自のアーキテクチャを採用していながら、OSやアプリケーションからはx86プロセッサとして見えることになる。また従来のVLIWでは、実行性能を向上させるために演算ユニットを拡張すると、命令セットの変更が必要になるという問題があった。Code Morphingを採用することにより、外部命令と内部の演算ユニットとの依存関係が吸収できるため、互換性を保った状態で演算ユニットの拡張が行える。また、現在はx86命令を変換するCode Morphingしか提供されていないが、理論的にはMIPSやSPARCといったプロセッサの命令セットに対応することも可能だ。VLIWの新しい道を開く技術として注目されている。

 今回発表されたCrusoeの実行ユニットは、整数演算ユニット×2、浮動小数点演算ユニット、ロード/ストア・ユニット、分岐ユニットの5つである。浮動小数点演算ユニットは、マルチメディア演算ユニットも兼ねており、MMX Pentiumで実装されたMMX命令のようなSIMD型命令の演算も可能だ。ただし、現在のCode Morphingは、MMX命令やSSE命令には対応していないという。Transmeta社によれば、Code Morphingのバージョン アップにより、MMX命令への対応を行う予定ということだ。

  TM3120 TM5400
動作クロック 300MHz/400MHz 500MHz/700MHz
製造プロセス 0.22μm 0.18μm
1次キャッシュ 96Kbytes 128Kbytes
2次キャッシュ 外部 256Kbytes同梱
メイン・メモリ SDRAM DDR SDRAM
アップグレード・メモリ SDRAM
ノース・ブリッジ 同梱 同梱
パッケージ 474ピンBGA 474ピンBGA
Fab IBM IBM
ダイ・サイズ 77平方ミリ 73平方ミリ

Crusoeの主な仕様

長時間のバッテリ駆動を可能にするLongRun 

MHz 動作電圧
700 1.65
667 1.65
633 1.60
600 1.60
566 1.55
533 1.55
500 1.50
466 1.50
433 1.45
400 1.40
366 1.35
333 1.30
300 1.25
266 1.20
233 1.15
200 1.10

700MHz版のTM5400のLongRunによる動作クロックと動作電圧の変化

 TM5400は、「LongRun」と呼ぶ、動作クロックを33MHz刻み、動作電圧を0.05V刻みで動的に変更することで省電力を実現する機能を装備する。LongRunの特徴は、プロセッサの負荷によって動作クロックと動作電圧をダイナミックに切り替えることだ。これにより、大幅な消費電力の削減が可能になるという。具体的には、Code Morphingソフトウェアが負荷をモニタし、その状況に合わせて動作クロックと動作電圧を切り替えるようになっている。

 たとえば、大雑把な計算だが、700MHzで動作している場合を100%とした場合、400MHz動作に切り替えると、

 400MHz/700MHzX(1.4VX1.4V)/(1.65VX1.65V) = 41%

と大幅な消費電力の削減が行える。これは消費電力は動作クロックに比例し、動作電圧の二乗に比例するためだ。動作クロックを700MHzから400MHzに落とすと同時に、動作電圧を1.65Vから1.45Vに下げることで、消費電力は半分以下の41%になるわけだ。このようなダイナミックな電力管理により、Transmetaではバッテリ駆動で1日中使用可能な軽量なノートPCの実現が可能だとしている。

ノース・ブリッジを内蔵してチップセットの問題を解決

 このような独自のアーキテクチャを採用すると、対応チップセットもデザインしなければならなくなる。実際AMDは、AthlonでAMD-750というチップセットを設計し、OEM向けに供給している。Crusoeでは、ノース・ブリッジ(メモリ・コントローラ、PCIバス・インターフェイス)をプロセッサに内蔵することで、この問題を解決している(サウス・ブリッジは、PCIバスに接続できる汎用的なものが利用できる)。メモリ・インターフェイスは、TM3120はSDRAMのみだが、TM5400はDDR SDRAMとSDRAMの2つを実装している。TM5400は、性能が重視されるため、高速なメモリ(DDR SDRAM)への対応を行っている。

TransmetaがCrusoeの発表時に公開したサンプルのノートPC

TM5400を搭載した軽量・薄型のノートPCのサンプル。写真では若干分かりにくいが、Windowsが動作している。Crusoeでは、消費電力が小さいことから、大きな冷却ファンは不要となり、薄型化が容易だというメリットがある。

 価格は、TM3120の300MHz版が65ドル、400MHz版が89ドル、TM5400の500MHz版が119ドル、700MHz版が329ドルである。ノース・ブリッジを内蔵していることを考慮すると、比較的安価といえるだろう。

 TM3120には、「Mobile Linux」と呼ぶ、Linuxベースの独自OSが提供されている。これは、TM3120をセットトップ・ボックスやインターネット端末に利用するために提供されたものだ。Crusoeと同時に発表されたS3のインターネット端末も、このMobile Linuxを採用すると思われる。また、GatewayのAOL専用のネットワーク端末にも、Mobile Linuxが採用される予定だ。

 こうしたCrusoeを搭載した製品化の動向とともに、Crusoe自体の高クロック版や次世代版の登場も気になるところだ。PC EXPOでどういったCrusoe搭載製品が参考出品されるのか、あらためてレポートしたい。記事の終わり

  関連リンク
TransmetaのWebページ
Linuxベースのインターネット機器を市場に投入するためにTransmetaと提携することに関するニュース・リリース
GatewayがAOL専用のネットワーク端末としてCrusoeを採用することに関するニュース・リリース

 

 更新履歴
【2000/07/28】 「Code MorphingがCrusoeの目玉」の段落に

「今回発表されたCrusoeの実行ユニットは、整数演算ユニット、浮動小数点演算ユニット、ロード/ストア ユニット、分岐ユニットの4つである。」

とありますが、

「今回発表されたCrusoeの実行ユニットは、整数演算ユニットX2、浮動小数点演算ユニット、ロード/ストア ユニット、分岐ユニットの5つである。」

の誤りでした。

「ノースブリッジを内蔵してチップセットの問題を解決」の段落に

「これは、TM3120をセットトップ ボックスやインターネット端末に利用するために提供されたもので、Code Morphingを行わずに実行できるため、実行効率が高いという。」

とありますが、Mobile Linuxはx86命令でプログラミングされているため、Code Morphingが必要になります。

お詫びして訂正させていただきます。

「PC Insiderのニュース解説」

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