ニュース解説

暗雲立ち込めるHPとComaqの合併

小林章彦
2001/12/22

 婚約したものの、結婚式や新居の準備中に相手や相手の両親と意見が合わず、破談したという話はたまに聞く。こと大企業同士の「結婚(合併)」では、大勢の利害が異なる身内(役員や社員)や親戚(株主や取引先)の思惑が絡んで一筋縄ではいかないことの方が多いくらいだ。さらに、フォーチュン500(FORTUNE 500)*1に名前を連ねるような大型カップル同士の結婚となると、うるさいご近所(報道関係者やアナリスト)まで登場し、結婚がまとまることの方が奇跡となるかもしれない。

*1 米国の経済誌FORTUNEが米国内の企業の売上高、収入実績などに基づいて選定する企業番付。毎年500社が選定され、公開される(フォーチュン500のリスト)。

 その例に漏れず、Hewlett-PackardとCompaq Computerの合併の雲行きもおかしくなってきた。2001年9月4日に両社の合併を発表したものの、IT関連株の度重なる暴落に続き、テロ事件の勃発という不運にも見舞われ、両社の株価は大きく下落してしまった。また、合併に対する報道関係ならびにアナリストの評判もかんばしくなく、否定的な意見が多かったのも、少なからず株価に影響を与えたに違いない。こうした株価の大幅な下落を受けて、共同創業者の子孫であるウォルター・ヒューレット(Walter Hewlett)氏とデイビット・パッカード(David Packard)氏がそれぞれHPとCompaqの合併に異議を唱え始めたのだ。2001年内にはっきりとした方向性が示されると思われたものの、すでに米国ではクリスマス休暇に入り、年内の決着はなさそうである。そこで、これまでのHPとCompaqの合併に向けた騒動を整理することにする。

ヒューレット氏とHPの主張

 報道関係者やアナリストの間では、HPとCompaqの合併に疑問を表明する人が多かったが、HPとCompaqの関係者や株主で真っ先に反対を表明したのは、ウォルター・ヒューレット氏が初めてだったのではないだろうか。ウォルター・ヒューレット氏は、現在HPの役員でもあり、役員会ではCompaqとの合併に賛成したという。しかし11月6日になり、同氏が会長を務める一族の「ウィリアム&フローラ・ヒューレット財団(William and Flora Hewlett Foundation)」が合併に反対するという声明を発表、事態は一転した。ウィリアム&フローラ・ヒューレット財団ならびにヒューレット一族は、HP株式の約9.5%を保有しているとされており、大きな発言力を持っている。また、時を同じくして、デイビット・パッカード氏も合併に反対を表明し、HP株式の約10%を保有する「デイビッド&ルシール・パッカード財団(David and Lucile Packard Foundation)」ならびに約1%を保有する「パッカード・ヒューマニティーズ・インスティチュート(Packard Humanities Institute)」も反対に回ると予想されている(デイビット・パッカード氏はデイビッド&ルシール・パッカード財団に直接関与していない)。つまり、このままヒューレット一族とパッカード一族が合併反対に回るとなると、合計で約20%の株式が反対票に投じられることになる。合併の承認には、HPとCompaqのそれぞれの株主総会で、半数以上の株主から賛成を得る必要があることから、HPにとっては厳しい状況になったわけだ。

 ウォルター・ヒューレット氏は、合併反対に関する声明の中で、

  • 利益幅が少ないクライアントPCの事業比率が高まること
  • 現在、HPのプレゼンスが高いプリンタ事業の比率が下がること
  • 合併してもローエンド・サーバではDell Computerに、ハイエンド・サーバではIBMとSun Microsystemsにかなわないこと
  • 企業文化が大きく異なること
  • サービス部門では利益率の低いサポートの比率が高まること(アウトソーシングやコンサルティングの比率が下がってしまうこと)

などを理由として挙げている。また、11月6日に合併反対を表明したことで、HPの株価が上がっていることも、「株式市場が合併に対して否定的であることの現れだ」と述べた。

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ウォルター・ヒューレット氏の声明より(拡大写真:16Kbytes
ウォルター・ヒューレット氏が声明の中で示した株価の推移。11月6日に合併の反対を表明したことで、株価が上がっていることは、株式市場も合併に反対していることの現れだと述べている。

 確かにこれらの理由は、合併発表当初からアナリストなどが述べていたことであり、両社の合併に対する懸念材料である。

 こうした合併に対する数々の意見に対し、12月19日にHPは反論を公開した(HPの「Compaqとの合併に対する見解」)。この中でHPとCompaqの合併によるメリットを次のように主張している。

  • エンタープライズ分野(システムならびにサービス)で他社に対して有利なポジションにつけること
  • Compaqの直販モデルの利用により、収益性が高まること
  • 両社の合併により、新しい顧客の開拓が可能なこと

などを挙げている。特に、エンタープライズ分野での競合に対する優位点として、例えば、Dell Computerに対しては、データセンターの知識、エンド・ツー・エンドのソリューションを提供できる点、革新を起こす能力を挙げている。また、IBMに対してもオープンシステム、プライス・パフォーマンス、柔軟性、コストなどが有利な点であるとしている。この資料は、あくまで合併を推し進める目的で作られた資料であるため、HPとCompaqの合併によって生じるシナジー効果を強調しており、ウォルター・ヒューレット氏の主張に対し、

  • 近視眼的な見方である
  • アナリストが指摘するシナジー効果を意図的に無視している
  • 売り上げ減少を誇張している
  • 合併の成功例を無視し、単なる合併反対に偏った意見である
  • 合併以外の選択肢はない

とそれぞれについて反論している。

HPのCompaqとの合併に対する見解より(拡大写真:34Kbytes
合併により、多くのメリットがあることを示している。資料では、このページ以降、各項目についてより詳しくメリットを強調するものとなっている。

合併後のマーケット・シェア(拡大写真:21Kbytes
HPとCompaqが合併することで、多くの分野でシェアが1〜3位になる。特にWindows NTサーバ分野では、シェアが40%を超え、ライバルに大きく差をつけることを可能にする。

 またこの資料によれば、現在、合併準備の第2フェーズにあり、詳細な事業プランを合併委員会で作成中であるという。ウォルター・ヒューレット氏は、合併準備を止め、役員会ならびに株主総会を早期に開催し、合併を白紙撤回するべきだと主張しているが、聞き入れるつもりはないようだ。ただ、SEC(the U.S. Securities and Exchange Commission:米国証券取引委員会)に提出された資料(HPとCompaqの合併に関する合意書の76ページ「PAYMENTS」参照)によると、HP側の問題(株主総会で合併が否決されるなど)で合併が破談した場合、HPはCompaqに対して6億7500万ドルの違約金を支払うことになっており、合併を止めるにしても大きな問題となりそうだ(逆にCompaq側に問題があった場合、CompaqがHPに対して支払いを行う)。

HPとCompaqの合併のメリット・デメリット

 このように真っ向から意見が対立するウォルター・ヒューレット氏とHPの主張だが、第3者の目から合併のメリット・デメリットをもう1度整理してみよう。

 まず、収益の要となるエンタープライズ分野だ。HPとCompaqが合併した場合、将来的にはItaniumにプラットフォームが統一されるとはいえ、しばらくはx86、Itanium、PA-RISC、Alpha、MIPSと5種類のアーキテクチャをサポートする必要に迫られる。OSに至っては、Windows Server、HP-UX、Tru64 UNIX、OpenVMS、NonStop Kernel、Linuxと6種類がサポート対象となる。特にHP、Compaqともに顧客に大企業が多く、簡単にはプラットフォームの移行が行えない。つまり、継続的に既存環境をサポートする必要があるわけだ。これは新会社での大きな足かせになるだろう。逆にCompaqとしては、これまでの複数のプラットフォームを統合し、顧客のオープンシステム化を進めることで、開発コストの軽減などを図りたかったはずなので、合併がいい機会になる可能性が高い。もし、Compaq側の思惑どおり、顧客のオープンシステム化が進めば、新生HPにとっては高い収益性が確保できるかもしれない。

 一方で、オープンシステム化するのであれば、何も新生HPを選ぶ必然はない、という顧客も出てくるかもしれない。HPにすれば、「Dell Computerにはできないエンド・ツー・エンドのサポートや、IBMよりも安い価格によって、顧客は新生HPを選択する」ということなのだろうが、合併のゴタゴタが多くの顧客の嫌気を生んでいることは否定できない。

 次にサービス分野について考えてみよう。Compaqがサービス分野を強化する目的でDECを買収したように、HPとCompaqの合併の目的もここにあるという。しかしCompaqとDECの場合、シナジー効果どころか、サポート費の増大や社内競合によってむしろ逆効果であったといわれている。HPとCompaqが同じ轍を踏まないとは限らない。

 ウォルター・ヒューレット氏が懸念を表明していたクライアントPC分野はどうなるだろうか。新生HPは、CompaqがDell Computerに奪われたシェア1位の地位を奪い返すことになる。特に、店頭販売におけるHPとCompaqのシェアは圧倒的であり、新生HPでは70〜80%を確保するという予想もある。しかしクライアントPCは、利幅が薄い分野になっており、その中で利益を生むのは難しい。比較的利幅が取れるハイエンドPCは、直販で購入する人が増えてきているため、店頭販売が強い新生HPはシェアが高くても利益がまったくない状態になりかねない。Dell Computerの低コスト構造に打ち勝つ仕組みを作らなければならないだろう。

 唯一、米国内でライバルらしいライバルがいない、プリンタを中心としたHPのイメージング分野は、合併によるシナジー効果が期待できるかもしれない。現在Compaqは、Lexmarkからインクジェット・プリンタのOEM供給を受けて、家庭向けPCのPresarioなどとセットで販売している。このプリンタをすべてHP製に変更できれば、現在HPが苦戦している低価格のインクジェット・プリンタ市場で、シェアを大きく伸ばせる可能性があるからだ(低価格インクジェット・プリンタではLexmarkのシェアが高い)。また、企業向けプリンタに関しても、既存のCompaqの販売チャネルを生かすことができ、盤石な地位が築けるだろう。一方で懸念材料もある。新生HPにとってのイメージング分野は、コンピュータ&サービスというビジネスの中心から離れたところに置かれてしまうことになりかねない。一歩間違うと、合併によってブランド・イメージが崩壊し、エプソンやキヤノン、Lexmarkにシェアを奪われてしまう可能性もあるだろう。

 全社的な合併効果についても考える必要があるだろう。合併によって人員削減や、両社で重複する研究開発を統合するなどによって、コスト・ダウンを図ることが可能だ。企業向けについては、直販を強化し、販売経費の削減も行うことになるだろう。最終的に新生HPは、現在のHPもしくはCompaqと同程度の社員数にまで絞り込まれることになるかもしれない。逆にそこまで絞り込めなければ、価格競争力でDell Computerにかなわないだろう。こうしたリストラ策が両社の社員に受け入れられるかどうかも、今後の合併準備を進めていくうえでの大きな壁となるに違いない。

 ウォルター・ヒューレット氏を中心とした株主の反対や、合併に対する多くの懸念材料をはねのけ、果たして合併にまでこぎ着けるのか、まだ予断は許さない状態だ。ただ、合併が破談したとしても、HPとCompaqの両社とも、現状のままでは生き残ることは難しい。まずは、家庭向けPCとイメージング分野を切り離したコンシューマHPを作り、小回りの利く体制を作るべきなのではないかと思うのだが、いかがだろうか。記事の終わり

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