元麻布春男の視点
Windows XPのバージョンアップの価値


元麻布春男
2001/05/18

 2001年5月9日、MicrosoftはWindows XPの北米地域での発売を2001年10月25日にすることを明らかにした(Microsoftの「Windows XPの発売日に関するニュースリリース」)。Windows XPの発売日については、「X-boxとの競合を避けるため年末は避ける」とか、「年末になるくらいなら2002年まで延期する」といった報道が一部でなされていた。今回の発表は、こうした風説を払拭することを狙った異例のものと受け止められている。また、Windows XPの発売日を発表したニュースリリースには、Windows XPがMicrosoft史上最大のマーケティング・イベントになる、とも書かれている。MicrosoftがWindows XPのマーケティングに費やすコストは、Windows 95の発売から4カ月間にわたって投入された額の2倍になるという。

 では、Windows XPは、大ヒットになるのだろうか。まだ、価格も分からない状態で、占うのは無謀だが、筆者の周囲では危ぶむ声が少なくない。もちろん、新しいバージョンのWindows OSであり、巨額のマーケティング費を投入する以上、まったく売れないなどという状況に陥るハズはない。

PCの成熟がソフトウェアのバージョンアップを不要にする?

 現在Windows 2000 ProfessionalをプレインストールしているPCは基本的にWindows XP Professional Editionを、Windows MeをプレインストールしているPCは基本的にはWindows XP Home Editionを、それぞれプレインストールするようになるハズだ。アプリケーションの互換性を考えれば、Windows MeからWindows XP Home Editionへの転換率が低くなる可能性は否定できないが、こうしたプレインストールの分だけで、もう大失敗にはならないという見方もできる。

 しかしだからといって、これで大成功と呼べるかというと、そうではないだろう。逆に、それでよいのなら、巨額を投じたマーケティングなど不要だ。MicrosoftがWindows XPを強くプッシュするのは、既存のWindows 2000やWindows 9xのインストール・ベースをWindows XPに転換することを狙っているからに違いない。だが、これはそう簡単なことではない。

 なぜか。それは良くも悪くも、PCが成熟し、(少なくともある程度)多くのユーザーが不満を感じなくなったからにほかならない。もちろん、「PC」というもの自体の使い勝手が十分に優れているのか、という議論はいまも消えることはないが、それは家電製品とPCを同じレベルで比較した場合の議論であり、ソフトウェアを変更できる小型の汎用コンピュータであるPCとしての使い勝手は、かなりの水準に達している。

 言い換えれば、以前のPCは、PCの存在を受け入れたユーザーであっても、多くが何かしらの我慢を強いられるものだった。しかし、現在のPCは、PCを受け入れたユーザーにとって、それほど大きな不満があるものではない。だからこそ、これ以上高速なCPUが必要なのか、もうワープロのこれ以上の機能は要らない、といった議論が起こるのである。

 かつてなら、古いバージョンのソフトウェアを使っていたユーザーは、新しいバージョンがリリースされると、ほとんど条件反射的にバージョンアップを行った。それは、普段から我慢していることが、新しいバージョンで解消しているのではないか、と期待したからだ。しかし、いまは逆に、ソフトウェアのごく一部の機能しか使っていないことをユーザー自身が認識している。いま持っているソフトウェアでさえ全部の機能を必要としないのに、なぜさらに機能が増えたソフトウェアにお金を払わなければならないのか、というのが素直な気持ちだ。Windows XPやOffice XPが相手にしなければならないのは、こうしたユーザーである。こうしたユーザーにアップグレード代を払わせるには相当な理由、画期的な機能の追加が必要になるのだが、果たしてそれは実現されているだろうか。

Windows XPのバージョンアップは価値があるのか

 例えば、Windows 3.1からWindows 95への変更はかなり革新的だった。Windows 95はプラグ&プレイをサポートした最初のOSであると同時に、APIもWindows 3.xのWin16からWindows NTと同じWin32に変わる、という大きな変化を担った。また、いまでは信じられないことだが、Windows 3.1日本語版には一切のネットワーク機能がなかった。多くの日本のユーザーにとってWindows 95は、初めてネットワーク機能を標準で備えたOSでもあった(ただし、必ずしもインターネット対応とは言い難かった)。将来も、これほど大規模な変更はないかもしれない、と思わせるだけの革新的なバージョンアップだったといって間違いない。

 そこまで革新的ではないにせよ、Windows NT 4.0からWindows 2000へのバージョンアップにも、大きな改良が含まれていた。いうまでもないプラグ&プレイのサポートである。これにより、USBIEEE 1394といった高速シリアル・インターフェイスのサポートが実現した。また、AGPのサポートも、Windows 2000からだ。Windows NT 4.0でもAGPは利用できたが、少し速いPCIにすぎなかった。

 それに比べれば、筆者にとってWindows 2000(特につい最近英語版がリリースされたService Pack 2)とWindows XPの間の差は小さい。見た目が大きく変わっているとはいえ、ハードウェア・サポートの点から見れば、Windows XPはWindows 2000 Service Pack 3だとさえ思っている。もちろんこれは悪いことばかりではない。これまでWindows NTのメジャー・バージョンアップの際には、少なくともService Pack 1が出るまでは怖くて使えない、といった陰口を叩かれたものだが、Windows XPではその可能性は低いだろう。だが、お金を払う側からいって、無償で配布されるService Packとの違いが主に「Luna」と呼ばれるユーザー・インターフェイスなのだとしたら、少々考えてしまう。

大きな画面へ
Windows XPの[マイ ドキュメント]の画面(拡大画面:62Kbytes
Windows XPの特徴の1つであるユーザー・インターフェイスの変更。画面のように[マイ ドキュメント]も変更され、ファイル操作などもプルダウン・メニューを使わずにできるようになっている。

 逆に、Windows 9x系のOSからWindows XP Home Editionへのアップグレードは、かなり大掛かりなものだ。それぞれの機能を列挙するだけなら、それほど大きな違いはないかもしれないが、カーネルが違ってしまうのだから、影響が小さいハズがない。ある意味で革新的なアップグレードであり、お金を払う価値もあるバージョンアップなのだが、逆に画期的であるがゆえに、リスクも伴う。それまでWindows 9xで動いていたアプリケーションが、すべてWindows XP Home Editionで動くとは限らない。簡単なバージョン・チェックでひっかかるものはともかく、Windows 2000で動かないWindows 9xアプリケーションは、基本的にWindows XPでも動かないと覚悟しておく必要がある。

MicrosoftのWindows 2000に対する期待

 これは筆者の推測にすぎないが、MicrosoftはWindows 2000に相当自信があったのだと思う。それは、内容的なものはもちろん、セールス的な期待という点でも大きかったのではないかと感じる。だが、おそらくWindows 2000のセールスは、順調とはいえ、Microsoftの期待には届かなかったのだろう。巨費を投じるマーケティング、何かと話題になっている「プロダクト アクティベーション」は、そのあかしだと思う(マイクロソフトのプロダクト アクティベーションに関するホームページ)。Microsoftの説明によれば、「プロダクト・アクティベーションの導入は、カジュアル・コピー対策が最大の理由」ということだが、筆者がこの話を聞いてまず感じたのは、そこまでソフトウェアが売れなくなったのか、ということである。

 またプロダクト・アクティベーションは、将来のソフトウェア・サブスクリプション(ソフトウェアの定期購読モデル)につながるものだともいわれているが、現在多くのユーザーはそれを望んでいるのだろうか。一部の大企業はすでにそうしたライセンス形態を導入しているが、これをSOHOや個人にまで広げられるかどうかは、微妙なところだ。ユーザーによっては、不要なアップグレードが保証される代わりに、トータルな金額が増える可能性がある。一歩間違えると、オール・オア・ナッシング的な賭けになってしまう。

バージョンアップの価格は見合うのか

 Windows XPにしてもOffice XPにしても、現状に大きな不満を感じていないユーザーに売らねばならない、という点でアップグレード・パッケージの販売は苦戦を強いられるだろう。ここ数年でPCの価格は大きく下がった。Officeのようなアプリケーションは添付されていないにせよ、OSがインストールされたPCが5万円以下で売られるのは、それほど珍しいことではなくなっている。PC本体が5万円の時代に、OSのバージョンアップに数万円を要求するのは無理がある。OfficeにしてもStandard対応のアップグレード・パッケージが2万8000円というのは、ヘビー・ユーザーでない筆者にとって、見送りたくなる価格である。ファイル・フォーマットが変更されれば、アップグレードする必然性が増すが、同時にみんなでアップグレードしなければ怖くない、という大失敗に終わる可能性も増す。やはりオール・オア・ナッシングの賭けの様相を呈してくる。

 ソフトウェアのバージョンアップには、メモリの増設やハードディスクの交換など、ハードウェアの拡張を余儀なくされることが多い。多くのエンド・ユーザーにとって、そこまでして、新しいソフトウェアに乗り換える必然性が果たしてあるのだろうか。特にOSというものは、エンド・ユーザーがそこまで意識しなければならないものなのだろうか。OSであれアプリケーションであれ、PC本体を購入した際にバンドルされていたものをPCの寿命まで使い、PC本体を買い替えるときに、OSとアプリケーションも同時に最新になる、というのが最近のコンシューマPCの姿のようだ。猫もしゃくしもこぞってソフトウェアをアップグレードした時代はもう終わったように思う。記事の終わり

  関連記事 
Windows XP ベータ2日本語版クイックツアー

  関連リンク 
Windows XPの発売日に関するニュースリリース
プロダクト アクティベーションに関するホームページ
 
「元麻布春男の視点」


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