ブロードバンドがインターネットの崩壊を招く?

渡邉利和
2001/04/03

 やはり、NTTの参入にインパクトがあったということなのだろうか。フレッツ・ADSLの開始によって、2000年末から2001年にかけて「日本国内にブロードバンド接続環境が急速に普及しつつある、時代のターニング・ポイント」という感がある。筆者宅でもフレッツ・ADSLを導入し、この1カ月ほど下り1.5Mbpsという帯域を利用している。

「ブロードバンド」への期待

 「ブロードバンド」という言葉は、すでに新聞などでも普通に見かけるようになっているが、それでもやはり「期待感」のようなものを感じさせるキーワードである。筆者は、「夢の新技術」と現実のギャップがいつまで経っても埋まらないまま、年月を重ねる様子をリアルタイムで経験し続けているスレたPCユーザーである。それゆえ、「ブロードバンド接続にすればこんなリッチなコンテンツを使いこなし、日々の暮らしがこんなに便利に」といった宣伝はハナから信用しないが、そうはいってもやはり「ブロードバンド」である。少なくとも、それ以前の最大128kbpsという環境の10倍近いスループットが得られるわけで、さすがに日々のインターネット・アクセスが快適になるだろう、という期待はしていた。

 筆者の仕事では、締め切りに追われながらメーカーのWebサイトを巡って資料を探す、ということが多い。以前はそんな焦っているときに限ってページが表示されず、泣きたいような気分にさせられたものだ。また、ソフトウェアを試用する必要がある場合など、丸一晩かけて延々とソフトウェアをダウンロードし続けたことも何度かあるし、ようやく終わりが見えてきた頃にコネクションが切断されてしまって単なる時間の浪費に終わったことさえある。こうした事態が解消されることに結構期待を掛けていたのは確かである。

ADSLを使ってみたら

 さて、実際にADSLが開通してみると、当初は確かに多くのWebサイトでホームページの表示が劇的に高速化された。しかし、もちろん慣れもあるのだろうが、今では別段速いとは感じなくなったしまった。むしろ、待ち時間が気になる場合も増えてきた。体感的な話であり、厳密な測定の結果でないことはご了承いただきたいのだが、心情的には「(最大)1.5Mbpsという帯域の割には、時間がかかる」と思うことがままある。

筆者が利用しているブロードバンド・ルータ「BEFSR41」
米国で購入してきたLINKSYS製のCable/DSLルータ(BEFSR41の製品情報ページ)。BEFSR41のファームウェアのダウンロード・ページを見ると、頻繁にPPPoEに関するアップデートが行われていることが分かる。2001年3月9日に公開したVer.1.38でも、DNSリレー機能とPPPoEとの併用ができず、次のバージョンで修正予定となっている。

 これには、いくつか理由が考えられる。フレッツ・ADSLで利用されている認証プロトコルPPPoE(Point-to-Point Protocol Over Ethernet)への対応の問題がその1つだ。どうもこのプロトコルへの対応は、まだまだ安定しておらず、筆者が利用しているブロードバンド・ルータでも頻繁にファームウェアがアップデートされ、毎回のようにPPPoEに改良が加えられている。利用している感じからしても、ときどきコネクションが切断され、再接続のために時間がかかっていることがあるようだ。

 ほかにも理由が考えられる。たまに経験するのは、DNSサーバが応答を返してこないため、Webブラウザが待ちに入ってしまうケース。これは、Webブラウザのステータス・バーを見ていると判断できるし、場合によってはエラー画面が表示されてしまうことさえあるので明らかだ。最近、この症状が増えてきたように感じる。

ブロードバンドの普及にはバックボーンとサーバの増強が必要

 実のところ筆者は、昨今のブロードバンド・ブームとも言える状況に関して懸念があった。クライアント側のアクセス・ラインが大容量化されれば、当然バックボーンやサーバのスループットも強化されなくてはならない。ところが、急激にブロードバンド接続が普及する状況を見ると、バックボーンやサーバの増強は到底間に合わないだろうと思う。つまり、これまでのナローバンド時代のインターネット・アクセス環境の方が、サービスやコンテンツの提供者にとってはやりやすい環境だったとも言える。もちろん、大容量データをともなうリッチなコンテンツを提供したいと考えていた人にとっては、腹立たしい限りであったとは思うが、ユーザーのアクセス環境が貧弱であれば、サーバ・サイドのコスト負担は相対的に安くつくはずだ。

 最近ではあまり大きな騒ぎは起こっていないようだが、一時的に多数のユーザーからのアクセスが殺到すると、Webサイトがパンクすることがある。Webサーバの作り方にもよるし、Webサーバのパフォーマンスや回線速度にも依存するので正確な予測は困難だが、それでも最近はそれなりに確度の高い見積りができているのだろう。しかし、ブロードバンド接続のユーザーが急激に増えると、この見積りは根本から狂ってくることになる。

 単純化して計算してみよう。1.5Mbpsの専用線接続でWebサーバを公開している場合、ユーザーが64kbpsでアクセスしてくるのであれば、約23人の同時アクセスが可能だ。しかし、1.5Mbpsでアクセスしてくるユーザーがいると、たった1人で全帯域を使い切ってしまうことになる。IP網は基本的にベスト・エフォート型のサービスであり、ユーザーが増えて混雑してくればスループットは落ちるわけだが、筆者も含めて「ブロードバンド接続にしたのに体感速度が向上しないのでは納得いかない」と考えるユーザーは多いはずだ。こうしたユーザーにしてみれば、このWebサイトは「サービス・レベルが低い」と見なされてしまうことになる。ショピング・サイトならば、顧客を逃すことになるかもしれない。ユーザーのアクセス環境が向上すれば、サービス提供者にはそれに見合った環境の増強が求められることになるわけだ。当然、これはサービス維持のためのコスト増に繋がる。

サイトの処理能力がボトルネックに

 サーバ・サイドがパンクし始めている兆候として、もう1つ筆者が体感しているものを挙げると、ダイナミックなページ生成をしているWebサイトの反応速度がある。例えば、Webメールなどがよい例だ。こうしたサイトは、事前に用意した静的なHTMLファイルを送り返してくるわけではない。ユーザーのアクセスに対して、ユーザー認証を行ない、個々のユーザーごとにWebページをアクセスの都度、生成して表示する。Webメール・サイトでメール・ボックスの一覧を表示し、その中で特定のメールを選択して内容を表示し、といった作業をしていると、ボタンをクリックするたびに待ち時間が生じる。もちろんサイトによって違いはあるはずだが、筆者がたまに利用しているWebメールのサイトでは、128kbps時代と今の1.5Mbpsの環境で、待ち時間に大きな変化はない。つまり、この場合のボトルネックはアクセス・ラインの速度ではなく、Webサイト側の処理能力だということになる。メール・ボックスへのアクセスに時間がかかっているのか、HTMLファイルの生成に時間がかかっているのか、といった詳細はもちろん分からないのだが、少なくとも今後筆者がアクセス・ラインを3Mbpsとか100Mbpsなどに増速したとしても、サーバ側が今の環境のままであればきっと反応が速くなったりはしないだろうと予想できる。

 このところ、筆者の周囲でも「あの人も、この人も」という感じでADSLの導入が進んでいる。特に、3月に入ってから急に増えたという印象だ。それにともなって、筆者がADSLを導入した直後の快適感が急速に薄らいでいるように感じるのは、気のせいだけとも思えない。やはり、多くのWebサイトや、あるいはバックボーン回線の容量がところどころ苦しくなり始めているのではないだろうか。

ブロードバンドへの対応を迫られるISP

 というわけで、「バックボーン回線やWebサーバの増強が必要になるだろうなぁ」と漠然と心配していた筆者だが、ちょっと意外なところからこの懸念が杞憂ではなさそうだと気付かされることになった。それは、ISPの問題である。

 フレッツ・ADSLは、ADSL回線をNTT東日本/西日本が提供し、インターネット接続サービスは対応するISP各社が独自に提供する、というスタイルになっている(NTT東日本の「フレッツ・ISDNに対応するプロバイダ一覧」)。フレッツ・ADSLで接続する場合に料金がどうなるかというのはISPによってまちまちだが、筆者が利用しているリムネットでは、フレッツ・ADSLで接続するためにはオプションとして月額1600円が課金される。ISPの基本料金プランとの兼ね合いもあるので一概には言えないが、ざっと調べた範囲では、フレッツ・ADSLを利用して常時接続にする場合、ISPへの支払いは月額2000円程度のようだ。問題は、この料金は高いのか安いのか、ということだろう。

 筆者はISPの内部の情報に詳しいわけではないので、この料金で丸儲けなのかそれとも赤字覚悟のギリギリなのかは判断できない。ただISPとしては、ユーザーのアクセス・ラインが高速化されるのだから、ユーザーに対して提供するサービスを増強する必要がある。メール・サーバやDNSサーバなども強化しないと間に合わなくなってくるのは、前述のとおり。当然、バックボーン回線の帯域拡大も行なう必要が生じるはずだ。こうした費用は、これまでに比べて大幅に増えてくることは容易に想像できる。

ブロードバンド失速の兆候?

 ここに意識が向いた原因は、実はリムネットからユーザー宛に通知されたサービス内容の変更に関する案内である。「『光・IP通信網サービス(仮称)・基本メニュー』対応中止のご案内」では、NTTが試験サービスとして提供中のFTTHサービスへの対応を中止すると発表している。ここで理由として挙げられているのは、「しかしながら、この度、お客様にご満足いただける価格と品質での提供継続が困難であるという判断のもと、対応を中止させていただくこととなりました。」という一文だけだ。もちろん、ISPの経営環境やコスト、利益といった数字に関する知識はないため憶測に過ぎないが、この一文からだけでもブロードバンド接続環境に対応してサービスを提供することがISPにとっても容易なことではないことが想像できる。同時に、リムネットではフレッツ・ADSLへの対応地域を東京・大阪に限定する、という発表も行なっている(リムネットの「フレッツ・ADSLの提供地域に関するニュースリリース」)。これも、同じ理由から生じた判断なのだろう。

 ユーザーとしての立場からは、良質なサービスが安価に提供されるのが最も望ましいことだ。しかし、ある意味不幸なのは、このブロードバンド接続環境の立ち上がりが長引く不況のさなかに起こったことだろう。ここでリムネットの例を紹介したのは、単に筆者が日頃利用しているISPであるため、その通知に真っ先に気が付いたためだが、ほかのISPでも事情はそれほど変わらないことが予想できるため、同様の対応を行なっている可能性がある。

 これが一時的な問題なのか、あるいは容易には解決できない根元的な問題なのか、局所的な問題なのか業界全体に波及するのか、現時点ではまるで判断が付かない、というのが正直なところだ。しかしながら、ようやく実現しつつあるブロードバンド時代がある日破綻してしまうとか、突然失速してしまうといった事態だけは迎えたくない。急拡大してくれなくてもよいので、地道に安定的にサービスが提供され、サービス提供者もユーザーも双方ハッピーでいられるような健全な成長を祈りたい。記事の終わり


  関連リンク
BEFSR41の製品情報ページ
ファームウェアのダウンロード・ページ
フレッツ・ISDNに対応するプロバイダ一覧
「光・IP通信網サービス(仮称)・基本メニュー」対応中止のご案内
フレッツ・ADSLの提供地域に関するニュースリリース

「Opinion:渡邉利和」


渡邉 利和(わたなべ としかず)
PCにハマッた国文学科の学生というおよそ実務には不向きな人間が、「パソコン雑誌の編集者にならなれるかも」と考えて(株)アスキーに入社。約1年間技術支援部門に所属してハイレベルのUNIXハッカーの仕事ぶりを身近に見る機会を得た。その後月刊スーパーアスキーの創刊に参加。創刊3号目の1990年10月号でTCP/IPネットワークの特集を担当。UNIX、TCP/IP、そしてインターネットを興味のままに眺めているうちにここまで辿り着く。現在はフリーライターと称する失業者。(toshi-w@tt.rim.or.jp

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