日本のゲーミフィケーションは「応用」のステージに

日本のゲーミフィケーションは「応用」のステージに


ゲーミフィケーションカンファレンス2012レポート

柴田克己
2012/8/20

「ゲーミフィケーションとは、料理のようなもの」

 最後に登壇した国際大学GLOCOM客員研究員の井上明人氏は、これまでのパネリストの発言を補足する形で、ある研究者による「ゲーミフィケーション批判」について取り上げた。井上氏は「節電ゲーム #denkimeter」プロジェクトの提唱者であり、「ゲーミフィケーション−<ゲーム>がビジネスを変える」(NHK出版)の著者としても知られる。

 井上氏は、ジョージア工科大学のイアン・ボゴストによるゲーミフィケーション批判を取り上げ、その主旨について「“バッジ”や“レベル”といったゲームの断片的な機能を取り入れただけで、それが『ゲーム』になるというのはおかしい。ゲームとは、もっと複合的な現象である」というものだと説明した。

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 井上氏個人としては、この論に「半分同意」であるとする。同氏は「ゲーミフィケーション」と「バッジやレベルといったゲーム的な機能」との関係を、「料理」と「材料や調味料」との関係になぞらえた。

 「ゲーミフィケーションは料理に近いのではないかと感じている。料理には、材料や調味料、その分量による味付けなど、さまざまな要素がある。そして、材料と器具がそろっていたとしても、それさえ使えば美味しい料理ができるわけではない。いわば、ゲーミフィケーションにおける“バッジ”や“レベル”は、“フライパン”や“塩”といった材料や器具に近いのではないか。すばらしい料理があっても、その完成形を単純に材料に還元できないのと同じで、ゲーミフィケーションも単純に個別の機能に還元できるわけではない」(井上氏)

 そうした前提の基で、現在の状況は料理を作るための器具や材料のコストが大幅に下がってきており、その条件の中で、実践のスピードを速めることが求められるようになってきているのではないかと指摘する。

 「現在は、以前に比べてゲームを市場に展開するコストが非常に安くなった。この環境の中でゲーミフィケーションに求められているのは、実践の回数を多くし、失敗と成功を繰り返す中で、成功した事例の検討を十分に行うことなのではないかと感じている。こうした実践は、研究者の領域だけではなかなか難しいことでもある」(井上氏)

ゲーミフィケーションが差し掛かった「端境期」


パネリスト:左から、東京大学大学院 情報学環 特任助教 藤本徹氏、慶應義塾大学 経済学部 教授 武山政直氏、国際大学 GLOCOM 客員研究員 井上明人氏

 各パネリストの発表を受け、細井氏はセッションのまとめとして、各登壇者の発言に対する感想を付け加えた。藤本氏の「見落とされている3つの観点」については、「ゲームの本質とは何か」に関する議論が、いまだ未成熟である点が問題だとした。

 そのうえで、ゲーミフィケーションに先がけて表れた「シリアスゲーム」の分野について、「その限界や失敗から、ゲーミフィケーションが学べることは多いのではないか」とした。

 また、武山氏の「顧客と企業の共創による市場価値の実現」というテーマについては、「ゲーミフィケーションだけでは、この目的は実現できず、それを媒介にした企業と消費者の双方向的な関係性までを含めて考える」点がポイントになるとした。

 井上氏の「ゲーム展開コストの低下による実践の回数、スピードの増加」という視点に対しては、「ゲーミフィケーションに関して、『今は数を打つことが大事』という視点は意外に思った」とする。量的な増加が起こることで、そこに質的な変換が生まれることを期待することもできるというわけだ。

 これらの議論を通じ、細井氏はあらためて冒頭の「言葉の多義性」について触れ、セッションを締めくくった。

 「歴史的な観点で見れば、『ゲーム的なもの』を社会的なものに適用しようという取り組みは、ゲーミフィケーションの以前にもあった。それらが盛り上がらなかった理由は、ゲームはエンターテインメントであるという認識をベースとした議論がほとんどだったためだ。しかし、環境の変化の中で、現在はゲームが『ツール』としてとらえられるように変わってきた」(細井氏)

 「ここで気を付けなければならないのは、ゲームを単なる『ツール』としてとらえると、例えば、ゲーミフィケーションによる『もてなし』という言葉が、『そうであるように取りなす。見せかける』という意味になってしまう可能性が高くなるということ。ゲーミフィケーションは、ちょうどその端境期にある。だからこそ、そうならないように言葉の使い方にも気を付ける必要があると感じている。そのうえで、ゲームは単なるツールではなく、最終的に『ソーシャルプラットフォーム』としての役割を持ち得るものだと信じ、完結性をもって状況を進めていくことが必要だと感じている」(細井氏)

心理学/行動科学から導く「ゲーミフィケーションの科学」

 同イベントの第2部では「ゲーミフィケーションの科学」と題したセッションにおいて、より実践的なゲーミフィケーションの活用方法に関するノウハウが聴講者に披露された。

Lithium Technologies アナリティクス部門 主任科学研究員 マイケル・ウー氏

 このセッションを行ったマイケル・ウー氏は、Lithium Technologiesアナリティクス部門の主任科学研究員であり、ゲーミフィケーションが人間の社会行動に与える影響の研究におけるフロントランナーの1人だ。

コネクションとインタラクション

 ウー氏は、ビジネスにおけるゲーミフィケーションの意味を理解するには、ソーシャルネットワーク(SNS)における「コネクション」と「インタラクション(エンゲージメント)」との関係を理解することが重要だとする。

 FacebookやLinkedInなどのソーシャルネットワークは、人と人、人と企業とが「つながる」ことができるサービスとして知られる。しかしながら、その「つながり」が実際の「相互関係」を表すかどうかには議論の余地があるとウー氏は言う。

 「コネクション、つまり単なる『つながり』の維持は比較的簡単だ。しかしながらインタラクションの維持は難しい。コネクションそのものにも価値はあるが、そこでのインタラクション(エンゲージメント)を通じて生まれる価値のポテンシャルに気づくことによって、ファンや消費者とのより強く深い関係を築くことができ、その関係からメリットも得ることができる」(ウー氏)

 ウー氏は、「インタラクション」が「コネクション」のより高い価値を知るために必要な要素になることを強調した。

人間の行動を特徴付ける「3つの要素」

 では、そのインタラクションを促進し、エンゲージメントを深めるに当たって「ゲーミフィケーション」が、なぜ役立つのだろうか。それは「ゲーミフィケーションが人間の『行動』に対して強く働きかける作用を持ち得るため」だとする。

 ウー氏は、人間の行動を特徴付けている3つの要素として「Foggの行動モデル」(FBM)から、「モチベーション」「アビリティ」「トリガ」を挙げた。ある行動(アクション)について、モチベーションは「その行動をしたい」という動機を表す。アビリティは、その行動ができる条件が整っているかどうかであり、最後のトリガは行動を起こすための外部からの刺激のことを指す。

 このモデルにおいて、実際の行動を生じさせる場合には、このモチベーション、アビリティ、トリガの3つの要素が同時に存在している必要があり、どれか1つが欠けても行動は生まれない。対象のモチベーションとアビリティが十分に高まっているタイミングでトリガを与えることで、初めて行動が引き起こされるという。

モチベーション

 最初の要素である「モチベーション」を高めるには、ワトソンとスキナーによる「学習と条件付け」の理論が有効だとウー氏は言う。この理論では、人の行動を完全に内発的なものではなく、状況を通じて学習された動機付けによるものだととらえている。

 ある行動を行った際に「報酬」が得られた経験があれば、その報酬が次の行動へのモチベーションとして学習されるというわけだ。この「報酬」を与えるスケジュールを変化させることによって、行動へのモチベーションは大きく高まるとする。

アビリティ

 次の要素である「アビリティ」については、「スキル」と混同しないよう注意を促した。ウー氏によれば「アビリティは、人がリソースにアクセスできるかどうかの指標を表すものであり、スキルとは関係がない。スキルがあったとしても、アビリティがなければ行動を起こすことは不可能だ」という。

 このアビリティとスキルの関係は、例えで考えるとすぐに理解できるだろう。「携帯電話で友人と会話する」という行動を起こすためのスキルは「電話を使える」「会話ができる」といったものになる。一方のアビリティは「自分が携帯電話を持っている」「仕事での会議中など、私用で電話をかけられない状態にないこと」「友人が電話に出られる状態にあること」といった状況を指す。そのため、アビリティは「個人とコンテクストそれぞれに依存する」(ウー氏)という。

トリガ

 最後の「トリガ」は、人に「今、行動しなければならない」と思わせる刺激を指す。このトリガが正しく機能するためには、ユーザーがトリガの存在と、それが何を意味するかについて明確に理解していなければならないという。トリガの持つ重要な役割は「対象に対して、自分にアビリティとモチベーションがあることを気付かせる」ことだ。そのため、トリガが有効に機能するには、その「タイミング」がすべてであるという。

 人の行動を促すには、最初にモチベーションとアビリティを高める環境を作り、両者が十分に高まった段階でトリガを与えることが必要になる。うまく行動を引き起こせない場合には、これら3つの要素のうち、対象に足りていないものを見極めて、それを高める施策を行うことが合理的だということになる。

 また、トリガが個人に与える影響の度合いは、個人のソーシャルネットワーク上における指向の類型に依存する。この類型は「Killer(全体の1%未満)」「Socializer(約80%)」「Achiever(約10%)」「Explorer(約10%)」の4類型に分けられており、それぞれにとって最も効果的なトリガも異なってくるとした。

trigger effectiveness depends on gamer archetype(ウー氏の講演資料より)

ゲーミフィケーションは「長期的に持続できない」−でも……

 ウー氏は、商業的なゲーミフィケーションにおいて、その効果を長期的に維持できない理由として「外的な報酬」への依存の高さを指摘した。「外的な報酬」とは、いわゆる「特典」「現金」「ポイント」「バッジ」といったものになる。

 子どもが「お小遣い(外的報酬)がもらえるから歯磨き(行動)をする」といったことを習慣として学習してしまうと、「お小遣いがもらえないなら、歯磨きをしない」といった状況が引き起こされる。

 ゲーミフィケーションの世界でも、報酬目当てにインタラクションを起こしたユーザーは、その報酬がなくなれば行動をやめてしまう。ウー氏はその状況を指して「ゲームプレイのモラルハザード」と表現する。

 「報酬を用いた動機付けによるゲーミフィケーションでは、ユーザーを長期間維持することはできない」とウー氏は言う。特に「外的な報酬」を使っている場合に、その傾向は顕著になるとした。しかし「短期間のうちに、人に行動を始めさせる」という目的に対しての有効性は高いことが実証されている。

 そこでポイントとなるのは「行動後の長期的な価値」をユーザーに気付かせるという方策だ。先ほどの「子どもの歯磨き」の例を再び引くなら、始めのうちは報酬目当てで歯磨きをしていた子どもが、何度かそうするうちに「歯磨きをすることによって、自分の歯の状態を健康に保つことができる」ということに気付き、自発的に行動するようになるといったところだ。

 「ゲーミフィケーションによって行動を起こしたユーザーが、自分のコネクションや属するコミュニティの価値を、自ら見いだす切っ掛けとなることが重要だ」とウー氏はいう。長期的なインタラクションを持続するには、ゲーミフィケーションによる「切っ掛け」の部分ばかりに目を奪われず、その後に「長期的なモチベーション」となる価値について、あらかじめ設計しておくことも忘れてはならないということになる。

 最後にウー氏は、ゲーミフィケーションを成功させるためのポイントとして「ユーザーにどんな行動をさせたいのかを見定める」「ユーザーは誰かを見きわめる」「深い行動分析を行い、モラルハザードやチーティングを減らす」「それぞれのユーザーにとって何がトリガとして有効なのかを検討する」の4つを挙げ、セッションを締めくくった。

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 INDEX
ゲーミフィケーションカンファレンス2012レポート
日本のゲーミフィケーションは「応用」のステージに
  Page1
成果への期待が高まるゲーミフィケーション
ソーシャルゲームは最強のゲーミフィケーション?
  Page2
学術的ゲーム研究がゲーミフィケーションに見た可能性
  Page3
ゲーミフィケーションの議論に足りない3つの観点
マーケティングがゲーミフィケーションに期待するもの
Page4
「ゲーミフィケーションとは、料理のようなもの」
ゲーミフィケーションが差し掛かった「端境期」
心理学/行動科学から導く「ゲーミフィケーションの科学」


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