解説

Intelの新チップセットに見る2003年後半の企業クライアントの姿

元麻布春男
2003/05/16

解説タイトル


 現在のPCプラットフォームの礎となっているPCIバスが、「製品」という形で登場したのは1993年3月のことになる。IntelがIntel 486対応チップセット「Intel 420TX」と、Pentium対応チップセット「Intel 430LX」を発表したときのことである。以来10年、PCIバスはPCの標準としてだけでなく、通信機器や民生機器など、多くの電子製品において、標準的なインターフェイスとして広く使われている。しかもおどろくべきことに、クライアントPC向けには、この10年の間、若干のマイナーチェンジはあったものの、基本的な仕様を変えることなく存在してきた。サーバやワークステーション向けの拡張(PCI-X)、グラフィックス向けの派生型インターフェイス(AGP)が誕生したとはいえ、進歩の速いこの世界で10年間生き抜いてきたことは、驚異的なことだ。

■PCI Express
 Intelが提唱するチップセット間接続ならびに汎用拡張I/O向けのインターフェイス規格。2001年春に開催されたIntelの開発者向けカンファレンス「IDF Spring 2001」で公開された「3GIO」の正式名称。現在は、PCI SIGで規格化が行われている。PCI Expressは、グラフィックス・チップの接続に利用されているAGP、チップセット間接続のHubLink、汎用拡張I/OのPCIなどを置き換えるものとなる。

 と同時に、こうした派生型の誕生は、もはやPCIバスが出現当時のような汎用高速バスではなくなりつつあることの証でもある。すでにPCIバスの次世代インターフェイスとして「PCI Express」が提唱されており、PCIバスの後継に採用されることが決まっている。また、Intelは2004年にリリースされる新しいチップセットを、サーバ用、クライアントPC用を問わず、すべてPCI Expressをベースにしたものにする予定であることを明らかにしている。近々、次世代I/Oへの移行が始まろうとしている。

 こうした新しいI/O技術には、次の10年を担う多大なメリットがある一方で、リスクも伴うことになる。冒頭で記したIntel 420TXやIntel 430LXといった、第1世代のPCIバス対応チップセットは、残念ながらポピュラーなものにはならなかった。もちろんその理由には、すでに第一線を退こうとしているプロセッサ向けであったり(Intel 420TX)、「つなぎ」的な色彩の強いプロセッサ向けであったり(Intel 430LX)といった、バス/チップセット以外の事情も含まれている*1。だが、まったく新しいI/O技術の立ち上げにおいては、互換性の問題や、性能上の問題がつきまとうことが多いのも事実だ。

*1 Intel 420TXの登場当時、すでに486には後継のPentiumが予定されていた。またIntel 430LXは、初代PentiumであるP5コア(開発コード)に対応したチップセットだったが、Pentiumが実際に市場で広まったのは、次のP54Cコア(開発コード)の世代からだった(「IT管理者のためのPCエンサイクロペディア:第8回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(2)〜性能向上に勤しんだ486/Pentium世代」を参照のこと)。

 実際、PCIバスがほぼすべてのPCに採用される標準技術となったのは、Intel 420TX/Intel 430LXのリリースから2年近くが経過した、1995年1月にリリースされたIntel 430FXを待たなければならなかった。Intel 430FXの成功には、単にPCIバス技術の成熟だけでなく、新しいP54CコアによるPentiumの登場やIDEインターフェイスが統合されるなどの要因も重要な役割を果たしたわけだが、新しいI/O技術への移行(新しいI/O技術の成熟)には、それなりの時間を要するのも間違いない。

新チップセット「Intel 875P/865」の位置付け

 そういう意味からも注目されるのが、2003年4月にIntelが発表したIntel 875Pチップセットだ。「Canterwood(キャンターウッド)」という開発コード名で知られるこのチップセットは、まもなく発表される開発コード名で「Springdale(スプリングディール)と呼ばれていた「Intel 865」と同じテクノロジをベースにしたものだ。Pentium 4とCeleronが同じプロセッサ・コアをベースに、異なる市場セグメント向けにリリースされるように、同じコアをベースにしながらも、異なる味付けがされたものと考えられる。こうしたIntelの製品戦略は、これまでもIntel 440BX/EX/ZXなどで採用されている。ターゲットとする市場セグメントは、Intel 875Pがローエンド・ワークステーションならびにハイエンド・デスクトップPC、Intel 865がボリューム・ゾーンのデスクトップPCと、それぞれ位置付けられている。

 このIntel 875P/865によって、Intelは現行の0.13μmプロセス製造によるPentium 4(開発コード名:Northwood)から90nmプロセス製造となる次世代プロセッサ「Prescottコア(開発コード名:プレスコット)」への切り替えを行う。Prescottでは、新しい命令が追加されるなど、機能面での拡張も行われることが明らかになっている。さらにPrescott世代では、PCI Expressをベースとしたプラットフォームへの切り替えが予定されている。新しいプロセッサ(Prescott)の立ち上げを担うものだけに、Intel 875P/865は、安定したプラットフォームとなることが求められている。Intelでは特にボリューム・ゾーン向けのIntel 865について、「ステーブル・プラットフォーム」と認定し、大企業の顧客向けに長期にわたって、チップセット・ドライバやBIOSの観点から等価なチップセットを供給することを保証している。この保証をIntelでは、Granite Peak(グラナイト・ピーク)プログラムと呼んでいる。これにより、企業はPentium 4とPrescottの2つの世代にわたって、同じOSイメージが利用できるとしている。

■Granite Peakプログラム
Intelが導入するGranite Peakプログラム
対象となるのは、デスクトップPC向けとしては「Intel 865」、ノートPC向けとしては「Intel 855GM」である。6四半期は、同じドライバ・イメージを適用可能なチップセットの提供を保証するというプログラムである。Intelによれば、「ほかに見ない検証および互換性テスト・プロセスのある、統合されたソリューション」であるという。
 「ステーブル・イメージ・テクノロジ」とも呼ばれる。今後6四半期にわたり同じドライバ・イメージ(ステーブル・イメージ・テクノロジ)を適用可能なチップセットの供給を保証する、というもの。つまり、Intelが認定したチップセットをベースにした製品を購入しておけば、18カ月の間は、Pentium 4とPrescottのように異なるプロセッサであっても、同じチップセットのドライバ・イメージ(デバイス・ドライバやINFファイルなど)が利用できることを保証する制度である。これにより、Intelは企業ユーザーの管理コストが大幅に軽減できるとしている。

Intel 875Pに実装された新機能

 また、PCI Expressに移行する前の最後のチップセットであるということは、Intel 875P/865はある意味でPCIバス対応チップセットの最終形ということにもなる。いったいIntelは究極のPCIバス対応チップセットであるIntel 875P/865にどのような機能を盛り込んだのか。ここでは先行してリリースされたIntel 875Pを例に、その内容をチェックしていくことにしよう。

 Intel 875Pは、Hub Interface 1.5で相互に接続された「82875P MCHチップ(ノースブリッジ、メモリ・コントローラ)」と「82801EB ICHチップ(サウスブリッジ、I/Oコントローラ)」または「82801ER ICHチップ」の2チップで構成される。メモリ・コントローラを内蔵しプロセッサへのホスト・インターフェイスを提供する82875Pの最大の特徴は、800MHzのFSBに対応したことだ。Pentium 4のシステム・バスは、ベース・クロックに対し、2倍のデータ・レートによるアドレス出力、4倍のデータ・レートによるデータ出力をサポートしており、4倍のデータ・レートの方をIntelではFSBのクロックとしている。つまり800MHz FSBとは、ベース・クロックが200MHzに引き上げられたことにほかならない。Pentium 4のシステム・バスは64bit幅だから、理論上のピーク帯域は533MHz FSBの4.2Gbytes/sから、800MHz FSBで6.4Gbytes/sまで引き上げられたことになる。

 800MHz FSBへの対応にともない、内蔵するメモリ・コントローラ(DDR SDRAM対応)がサポートするメモリ・バス・クロックも、最大200MHzへ引き上げられ、DDR-400メモリのサポートが可能になった。82875P MCHのメモリ・コントローラは、これまでワークステーション向けチップセット「Intel E7205」と同様、デュアルチャネル対応(シングルチャネルも可)となっているため、DDR-400メモリを用いた場合のメモリ帯域は最大で6.4Gbytes/sとなり、プロセッサのシステム・バスの帯域と合致する。これにより、プロセッサの動作クロックの向上にともない、ボトルネックが懸念されるシステム・バスとメモリ帯域に対してケアを行ったことになる。

 チップとしては、82875P MCHはこれまでのPentium 4がサポートしていた400MHz FSBや533MHz FSBもサポートしており、それによってサポート可能なメモリも変わってくる。その関係を表したのが表1であり、DDR-400をサポート可能なのは800MHz FSBのプロセッサを用いた場合のみであることが分かる。ただし、これらの組み合わせのすべてをマザーボードがサポートしているとは限らない。例えば、Intel純正のマザーボード「D875PBZ」の場合、サポートされているFSBは533MHzと800MHzの2通りのみである。メモリもDDR-266はサポートされていないといった具合だ。同じIntel 875Pを使ったシステムでも、必要なメイン・メモリの仕様が異なる場合がありえるので、システム選定時に注意が必要だろう。

FSB DDR-266 DDR-333 DDR-400
400MHz
×
×
533MHz
×
800MHz
表区切り
表1 FSBと利用可能なメモリとの関係

 82875P MCHにはメモリ・コントローラに関して、もう1つの追加機能がある。それはPAT(Performance Acceleration Technology)と呼ばれるもので、Intel 865には採用されない(ほかにメモリ・バスのECC機能も82875P MCHのみのサポート)。正式発表前、ターボ・モードと呼ばれていた時期があり、メモリ・バスを正規のタイミングよりも高速に駆動するオーバー・クロックと混同されていたこともあったが、実際にはメモリ・インターフェイスのタイミングは標準規格どおりである。では、どういった機能かというと、メモリ・コントローラ内部でメモリ・アクセス・タイミングを2クロック分短縮することで、メモリ・アクセスの遅延を改善するものだ。これにより、3〜5%程度の性能向上が期待できるとしている。

 Intelは、Intel 875PだけがPATをサポートしている理由として、「優れた製造技術によるもの」と述べている。Intel 875PとIntel 865は、同じウエハ、同じダイによるものだが、Intel 875Pの方が選別された高速動作可能なダイを用いたもので、PATはそのダイでのみ実現可能な技術、ということらしい。プロセッサでいえば、同じウエハから切り出したものでも3GHzで動作可能なダイと、2GHzでしか動作しないダイがあるのと同じ理屈である。これまでチップセットについては、こうした製造上の利点があっても、同じ価格で売られていたわけだが、高速動作可能なものについては、PATのようなプレミア機能を付与して、それなりの価格差を設けようということなのだろう。

ギガビット・イーサネットのボトルネックを解消する「CSA」

■CSA
 Communication Streaming Architectureの略で、MCHに直結されるネットワーク専用のインターフェイスのこと。ギガビット・イーサネットが、現在のPCIバスでは十分な帯域が確保できないことから、専用のインターフェイスが設けられた。機能的には、MCHとICHを接続するHub Interface 1.5を転用したものであり、最大266Mbytes/sの帯域を確保する。すでに、IntelからCSAに対応した1000BASE-T対応コントローラが出荷されている。

 メモリ・コントローラ以外で82875P MCHが新たに採用した技術としては、ほかにAGP 8xとCSA(Communication Streaming Architecture)が挙げられる。AGP 8xについては、すでにワークステーション向けのIntel E7205が採用しているが、デスクトップPC向けのチップセットとしては、このIntel 875Pが初めてとなる。一方CSAは、ネットワーク・コントローラ、特にギガビット・イーサネット・コントローラを接続するために新たに用意されたインターフェイスだ。82875P MCHに実装されているCSAは、MCHとICHを接続するHub Interface 1.5を転用したものだ。8bit幅で64MHzのベース・クロックだが、4倍のデータ転送レートをサポートしており、そのピーク帯域は266Mbytes/sとなる。CSAなら片方向で1Gbits/s、双方向で2Gbits/sとなるギガビット・イーサネットに対し、デスクトップPCで用いられる33MHz/32bitのPCIバスに比べて、十分な帯域を提供できる。また、ギガビット・イーサネット・コントローラをMCHに直結することで、PCIバスの帯域がギガビット・イーサネットに占有されること、ギガビット・イーサネットによるメモリ・アクセスの遅延を減らすことも可能だ。

 反面、CSAに採用されているHub Interfaceは仕様が一般に公開されておらず、現時点ではIntelがCSA用に提供している82547EI(1000BASE-T対応)以外にCSA対応のギガビット・イーサネット・コントローラは存在しない。また、2004年登場するPCI Expressの帯域が広がることで、ギガビット・イーサネット接続のボトルネックを解消することを考えると、これからサードパーティ製のCSA対応コントローラチップが登場する可能性は高くないだろう。CSAは、PCI Expressが普及するまでの「つなぎ」的な色彩が強いインターフェイスといえるだろう。

標準化へ動き始めたシリアルATA

 Intel 875P/865に共通のICHチップであるICH5/ICH5Rの最大の特徴は、シリアルATAのサポートだ。Intelは、現行のパラレルATAの後継として、当初はIEEE 1394を推していたが、結局ハードディスク・ベンダの支持を取り付けられず、パラレルATAと同じソフトウェア・モデルが流用可能なシリアルATAの採用へと方針を転換した。そのシリアルATAがついにチップセットに統合されたわけだ。

■シリアルATA
 IDE(ATA)の後継として開発されている次世代ディスク・インターフェイス。誕生当初からIDEがデータ伝送に8bitsまたは16bitsのパラレル伝送方式を採用していたのに対して、シリアルATAではその名のとおりシリアル伝送方式を導入しているのが大きな特徴である。

 ICH5/ICH5Rに採用されたフェイズ1のシリアルATAは、150Mbytes/sの最大データ転送速度をサポートする。データ転送速度だけからみると、パラレルATAの最大値(Maxtorが提唱した133Mbytes/sのUltra ATA 133)と大きな差はない。しかし、パラレルATAの使いにくい面が大幅に改善されている。例えば、シリアルATAでは、マスタとスレーブの設定が不要である。また、ケーブルが細いことから、容易に取り回しが可能で、ケース内の通風(冷却)を妨げない、というメリットがある。将来的にはデータ転送レートの引き上げ、サーバ向けの拡張も計画されており、今後主流となることは間違いない。ただ、現時点ではシリアルATAに対応したハードディスクがハイエンド製品に限定されていること、同じドライブのパラレルATA版に対して価格が3000円〜5000円ほど高く設定されているなど、メインストリームのPCには用いにくい。

 ICH5Rでは、このシリアルATAポートに対して、ソフトウェアRAID(Intel RAIDテクノロジ)のサポートが加えられている。ハードウェア的にはディスクIDのサポート程度の違いであり、価格差は大きくない。ICH5RのRAIDは、いわゆるソフトウェアRAIDと呼ばれるもので、現時点ではRAID 0(ストライピング)のみのサポートとなる。RAID 1(ミラーリング)のサポートも検討されているが、ソフトウェアの提供時期は未定だ。シリアルATAポートが2つしかなく、ハードディスクが2台しか接続できないことと合わせ、本格的なRAIDサポートというわけにはいかないが、ビデオ編集のテンポラリ・ストレージといった用途には利用可能だろう。

 つなぎ的な要素が強いCSAを除けば、Intel 875P/865で採用された新機能は、次世代プロセッサのPrescottのプラットフォームへ引き継がれることになる。また、前述のようにGranite Peakプログラムにより、Intel 865についてはPrescottでも利用可能なことが保証されている。つまり、企業おいては、当面の標準プラットフォームをIntel 865に決めることで、Pentium 4およびPrescottの2世代にわたって、同じOSイメージが利用できるというメリットがある。Intel 875P/865は、PCIバスなどの既存の安定した機能と、シリアルATAなどの新機能が組み合わされた、現世代と次世代をつなぐチップセットでもあり、2003年後半の企業クライアントのプラットフォームとして有力な選択肢の1つとなるだろう。記事の終わり

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Intel 875Pの製品概要
 
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