解説

IDF Spring 2006レポート

性能と消費電力のバランスを重視したIntelの新マイクロアーキテクチャ

1. モバイルからサーバまでに採用されるIntel Coreマイクロアーキテクチャの概要

元麻布春男
2006/03/29
解説タイトル

 2006年3月7日から9日までの3日間、米国カリフォルニア州サンフランシスコのMosconeコンベンション・センターで、Intelの開発者向けイベント「IDF Spring 2006」が開催された。通算で第18回目となったIDF(年2回開催)だが、イベントの構成に若干の変化が見られた。これまで通例となっていた、社長あるいは会長によるトップ・キーノート・スピーチがなくなり、代わりに研究職トップであるCTOのジャスティン・ラトナー(Justin Rattner)シニア・フェローがトップ・キーノートを務めたのである。

 すでにIntelは、1月の2006 International CESで、それまで開発コード名「Yonah(ヨナ)」で呼ばれていた新しいモバイル向けプロセッサとプラットフォーム(Napa:ナパ)を発表している。また、家庭向けPCブランドであるViiv関連製品の発表もCESで行っており、今回のIDFでの最大の発表は、新マイクロアーキテクチャの正式名と詳細という、具体的な製品がまだないものとなった。

 こうした事情が、ジャスティン・ラトナー氏起用の一因となったのかもしれない。だが、キーノートを初日に集約し、2日目と3日目にTech Insightsと呼ぶ、ホール形式の技術講演を加えており、イベントの性格を技術寄りに戻そうという意図も感じられる。次回以降のIDFがどのような形式になるかは、今回の評判次第というところだろう。

ついに明らかとなったIntel Coreマイクロアーキテクチャ

 さて、今回のIDFで最大の話題となったIntelの新マイクロアーキテクチャだが、これまでNext Generation Micro-Architecture(NGMA:次世代マイクロアーキテクチャ)という仮称で呼ばれていたものだ。ジャスティン・ラトナー氏のキーノートで、その正式名称が「Intel Core マイクロアーキテクチャ」になることが発表された。すでにプロセッサの製品名として「Intel Core」が用いられているだけに、新味に欠ける印象は否めない。が、13年に渡って使われてきた「Pentium」ブランドを置き換える新ブランドの、一刻も早い浸透をはかるには、同じ名称を用いることが効果的という判断なのだろう。ただ、1月に発表されたIntel Core Duo/Solo(Yonah)はIntel Mobileマイクロアーキテクチャ(あるいはExtended Baniasマイクロアーキテクチャ、いずれも正式名称ではない)であり、Intel Coreマイクロアーキテクチャではない。このあたり、少々混乱を招きやすいネーミングだといわざるを得ない。

 Intel Coreマイクロアーキテクチャに基づく最初の世代のプロセッサは、デスクトップPC向けのConroe(コンロー)、サーバ向けデュアルプロセッサ対応のWoodcrest(ウッドクレスト)、モバイルPC向けのMerom(メロム)の3種となる。Meromは1カ月ほどデビューが後になるといわれている。モバイルPC向けには、すでにエネルギー効率に優れたYonahが1月に発表されており、急ぐ必要性が高くない、という事情からだと思われる。いい換えれば、現在のNetBurstマイクロアーキテクチャのプロセッサを展開しているデスクトップPCとサーバについては、エネルギー効率に優れた新マイクロアーキテクチャの投入を急がなければならない、ということでもある。

 2005年10月、Intelはマルチプロセッサ対応サーバ向けのクワッドコア(4コア)プロセッサのWhitefield(ホワイトフィールド)をキャンセルし、代わりにTigerton(タイガートン)を投入すると発表した。今回のIDFでTigertonの別名がClovertown-MP(クローバータウン−エム・ピー)であり、2つのWoodcrestのダイを1つのパッケージに封入したデュアルプロセッサ対応サーバ向けのClovertownの派生型であることが判明した。Whitefieldが1つのダイ上に4つのコアを持ち、キャッシュ容量を増やすと想定されていたことを思えば、既存のダイを使い回すTigertonへの変更は、明らかにIntelがマルチプロセッサ対応サーバ分野への新マイクロアーキテクチャ投入を急いだことを表している。

 デスクトップPCとサーバ分野は、ライバルであるAMDに対し、最も苦戦を強いられているセグメントだ。特に、メインストリームにおいてはプロセッサの性能が大きなフォーカスでなくなりつつあるデスクトップPC(代わりに液晶ディスプレイやテレビ受信機能が重視される)に対し、サーバ分野では絶対性能、消費電力当りの性能(エネルギー効率)のいずれもが重視される。マニア向けのハイエンド・デスクトップPCと並び、新マイクロアーキテクチャが待たれる分野だ。

 それを反映するかのように、デジタル・エンタープライズ事業部長のパット・ゲルシンガー(Pat Gelsinger)副社長は、キーノートでこれまでIntelが決して行わなかった競合製品との性能比較を行った。パット・ゲルシンガー氏は、Hewlett-Packard製(Intel Xeon搭載)とSun Microsystems製(AMD Opteron搭載)のデュアルプロセッサ・サーバの比較だというが、これを額面どおりに受け取る人はいないだろう。「禁じ手」を繰り出さざるを得ないほど追い込まれていたことの証であり、それを挽回するIntel CoreマイクロアーキテクチャのプロセッサがいかにIntel内部で待望されていたか分かろうというものだ。

処理の効率化を図るマイクロアーキテクチャ

 Intelの期待を一身に背負う形となったIntel Coreマイクロアーキテクチャだが、その主要な特徴をIntelは5つに分類している。

1. Wide Dynamic Execution
 NetBurstの20段に比べ、14段と大幅に短縮されたパイプラインをベースに、より深いバッファ、従来の最大3命令から最大4命令に強化された命令デコーダ、最大4μOPsを実行可能な実行ユニットを備える。パイプラインの段数を短くしたことから、明らかに動作クロックの向上より、1クロック・サイクル当たりの命令処理性能(IPC)の向上を重視したことがうかがえる。また、命令の最大デコード数や、μOPsの同時処理数を拡張したことが、「Wide」の名称につながっているのだろう。

 このIntel Coreマイクロアーキテクチャでは、1つのx86命令がほぼ1つのμOPに変換できるという。ちなみにμOPは、複雑なx86命令を効率よく実行できるようにRISCライクに複数に分割したものである。さらにμOPsの処理効率を改善するため、μOPs Fusionの拡張に加え、Macro-OPs Fusionと呼ばれる新機能が追加された。μOPs Fusionは、Pentium Mプロセッサ(Banias)で導入された複数のμOP(マイクロ命令)を1つにまとめ、1つのμOPとして処理することで、効率化を図るものだ。Intel Coreマイクロアーキテクチャでは、まとめることが可能な命令が増えているという。一方のMacro-OPs Fusionは、複数のx86命令を1つのμOPsへデコードするというもので、これにより処理の効率が上がり、性能向上も期待できる。しかし、組み合わせることができるx86命令には限りがある。

2. Advanced Digital Media Boost
 従来は2クロック・サイクルを要していたSSE/SSE2/SSE3命令を1クロック・アシクルで実行可能にする。

3. Advanced Smart Cache
 2次キャッシュを2つのコアで共有することにより、それぞれのコアに最適な2次キャッシュ容量を提供する。また、2次キャッシュを介して2つのコア間でデータのやりとりを行うことができるため、FSBやメモリ・バスの帯域を節約できる。デスクトップPC向けのプロセッサは従来、コアごとに独立した2次キャッシュを持っていたため新しい機能といえるが、モバイルPC向けではすでにYonahで導入されている。

4. Smart Memory Access
 インストラクション(命令)についてのみ有効だったプリフェッチ機能をデータでも可能にすると同時に、ロード命令とストア命令を分離し、依存関係がない場合は、ストア命令の実行を待たずロード命令の実行を可能にする(Memory Disambiguation)。

5. Intelligent Power Capability
 プロセッサの内部を従来のものからさらに細分化し、利用していない部分を省電力モードに入れる。また、バスを必要とされる帯域だけ利用可能にした。さらにモバイルPC向けのMeromでは、サーマル・センサーのデジタル化も行われる。

 これらの改良により、MeromではIntel Core Duo T2600(動作クロック:2.16GHz、共有2次キャッシュ:2Mbytes、FSB:667MHz)と同等のバッテリ駆動時間で、20%の性能向上が得られるとしている。またConroeでは、Pentium D 950(動作クロック:3.40GHz)に対し40%の省電力と40%の性能向上が得られるという。サーバ向けのWoodcrestでも、デュアルコアのIntel Xeon 2.8GHz(Paxville DP)に対し、35%の省電力と80%の性能向上が得られたと述べた。現時点で、すでにエネルギー効率の優れたプロセッサが提供されているモバイルPC分野では差が小さいものの、そうでないサーバ分野では、大きな性能向上と消費電力の削減が図られることになる。もちろん、EM64T(64bit拡張)やVT(仮想化支援技術)、iAMT(管理機能)といったプラットフォーム技術も、Intel Coreマイクロアーキテクチャのプラットフォームでサポートされる。

 同じアーキテクチャに基づく、いわば三つ子ともいえるこの3つのプロセッサだが、パット・ゲルシンガー副社長が紹介したモックアップを見る限り、ダイ・サイズに違いは見られない(ダイの向きは異なるようだが)。いい換えれば、2次キャッシュ・サイズはいずれも同じ(4Mbytesを2つのコアで共有)だと推定される。異なるのは、それぞれがセグメントごとに最適化された別のプラットフォームを採用しており、それによって細かな仕様(パッケージ、動作クロック、FSB、消費電力など)が違ってくることだろう。消費電力の要求が厳しいモバイルPC向けでは、動作周波数やFSB周波数が抑え気味になるし、性能要求が高いサーバ向けプロセッサでは、消費電力が若干増しても動作クロックを上げる、といった具合だ。例えば、サーバ向けのWoodcrestは、動作クロック3GHz、FSB 1333MHz、TDP 80Wといった数字が明らかになっている。この数字では、モバイル向けのMeromには採用できないことは明らかだ。

Intel Coreマイクロアーキテクチャを紹介するパット・ゲルシンガー副社長
パット・ゲルシンガー副社長は、キーノート・スピーチで「Woodcrest」「Conroe」「Merom」のIntel Coreマイクロアーキテクチャ採用の三つ子プロセッサを紹介した。ダイ・サイズは、3種類ともほぼ同じように見えることから、2次キャッシュ容量には大きな差がないものと思われる。
 
クワッドコア・プロセッサを紹介するパット・ゲルシンガー副社長
Tigerton/Kentsfield/Clovertownは、2つのデュアルコア・ダイをパッケージに同梱することでクワッドコアを実現する。写真をよく見ると、2つのダイが同梱されていることが分かる。写真ではClovertown-MPという表記されているが、これはTigertonが正しい名称だという。

 次ページからは、2006年以降のIntelのプロセッサとプラットフォームのロードマップを見ていこう。

 

 INDEX
  [解説]IDF Spring 2006レポート
  性能と消費電力のバランスを重視したIntelの新マイクロアーキテクチャ
  1.モバイルからサーバまでに採用されるIntel Coreマイクロアーキテクチャの概要
    2.明らかになってきた次世代プラットフォーム
 
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