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第2回 日本のPC史を振り返る(後編)〜PC-9801からPC互換機へ
1. 日本語対応を模索するPC互換機

元麻布春男
2002/05/31


 「第1回 日本のPC史を振り返る(前編)〜PC-9801の時代」では、日本のパーソナル・コンピュータの誕生からPC-9801が大きなシェアを得たところまでを話した。今回は、その続きとしてIBM PC/ATをベースとした「AX仕様」の誕生からPC互換機が主流になるまでを振り返ってみることにする。

AXの誕生

 1987年10月に誕生したAX協議会が推進したAX仕様のパーソナル・コンピュータは、IBM PC/ATのアーキテクチャをベースに、日本語キーボードと、EGA*1に日本語表示用ハードウェアを加えた「JEGA(ジェガ)」と呼ばれるグラフィックス・カードを採用するものであった。このころIBM PC/ATのアーキテクチャは、すでに日本以外では標準の座についており、これをベースにすることは海外のソフトウェア(これにはAXのまとめ役であるマイクロソフト自身のOSとアプリケーションが含まれる)の移植のしやすさなどからいっても最適だった。また、すでに日本国内でも、AXとは別にIBM PCアーキテクチャを日本語化した東芝のJ-3100シリーズが一定の成功を収めており、日本国内のソフトウェア・ベンダにも抵抗感が少なかったのは間違いない。

*1 Enhanced Graphics Adapter:640×350ドット、64色中16色のカラー表示が可能なグラフィックス・アダプタならびに、そのグラフィックス・モード。

東芝のDynaBook J-3100 SS001
19万8000円という低価格で販売されたことで注目を集めたノートPC。

 ただし、IBM PC/ATアーキテクチャそのものは、この時点で出荷から3年を迎えており、すでにIBM自身が次世代のMCA(マイクロチャネル・アーキテクチャ)を採用したパーソナル・コンピュータ「PS/2(Personal System/2)」のリリースを行うなど、決して目新しかったわけではなかった。AXが共通アーキテクチャといえども、立ち上げ時に富士通や日立製作所といった有力コンピュータ企業の参加を得られず、三洋電機、三菱電機、シャープ、京セラ、キヤノン、日本エイサー、プロサイドといったメンバーが中心になったのは(後にソニーも参加)、この当時でさえ、すでにハードウェア・アーキテクチャの魅力に乏しかったからだということもできるだろう。

 中でも深刻な問題は、日本語表示に用いていたハードウェア「JEGA」にあった。上述したとおり、EGAをベースに日本語機能を拡張したJEGAだが、AX協議会が発足した時点で、すでにEGAの次世代グラフィックスの標準であるVGAがリリースされていた。しかし、日本語表示をハードウェアで実現したAXでは、さっさとJEGAを捨ててVGAへと移行することはできなかったのだ。EGAやVGAはハードウェア仕様がIBMにより公開されておらず、互換製品を開発するのは不可能ではないが、難しかったからだ。しかも、最初にVGAが登場したのが、AX協議会発足の約半年前であるPS/2のリリース時(1987年4月)であったことを思うと、AXが最初からVGAをベースにした日本語拡張表示機能を持つことは現実的ではなかったのだろう。そのため、VGAの前の規格である、EGAをベースとしたものとなってしまった。

大きな写真へ
AXに搭載されていたJEGAカード
ソニーの初代Quarter-L(AXマシン)に搭載されていた8bit ISAバス対応のJEGAカード。ハードウェア的にはAXマシンの中核をなす。
 
JEGAカード上のチップ
JEGAカード上にはアスキー製JEGAチップとChips & Technologies製のスーパーEGAチップが搭載されていた。当時アスキーはChips & Technologiesの代理店でもあった。

 結果的にJEGAというハードウェアに縛られてしまったことで、VGAからSuper VGA(SVGA)、そしてWindowsアクセラレータ(2Dグラフィックス・アクセラレータ)という、PC史上でも最も華やかなハードウェア革新の時代からAXが取り残されてしまったことは間違いない。しかも、JEGAの存在意義であるハードウェアによる日本語表示は、間もなく訪れようとしていたWindowsの時代にはまったく利用されない、盲腸のような存在になってしまうのである。最終的にAXは、グラフィックス標準をEGAからVGAへ切り替える方策(JEGA同様、日本語表示をハードウェアで実現するか、後述のDOS/Vのようにソフトウェア表示にしてしまうか)を模索している間に、DOS/Vの大波に飲み込まれ、その歴史的役割を終えてしまった。

 マイクロソフトの旗振りにより、華々しくスタートしたAXだが、ついに大きな成功を収めることなく終わった。その理由は、上述したハードウェアの問題以外に、IBM PC/ATという世界で最も普及したアーキテクチャをベースにした割には価格が高かったこと、そしてPC-9801シリーズのソフトウェア資産の壁を破ることができなかったことにある。確かにAXは実用可能なマシンだったが、ほとんどのユーザーにとって、PC-9801シリーズからわざわざAXに乗り換えるメリットなどなかったのである。結局AXは、海外のIBM PC/AT用ソフトウェアや周辺機器を利用したい、一部のユーザーに利用されるにとどまった。

 AXの功績を挙げるとするなら、日本にIBM PC/ATアーキテクチャを本格的に紹介し、次のDOS/Vが成功する下地を作ったこと、AX評議会メンバーに日本エイサーが含まれているように、台湾系のベンダが日本市場に注目するきっかけを作ったことだろう。また、グラフィックス表示機能を除けばAXはほぼIBM PC/ATであったため、Windows 2.1/2.11が「ちゃんと」動いたことも指摘しておきたい。PC-9801上に移植されたWindows 2.1と比較する機会のあった少数のユーザーは、PC-9801落日の兆しをここに感じたハズであるからだ。

PCの日本語化のもう1つの道

 さて、J-3100シリーズやAXなど、IBM PCアーキテクチャをベースに日本語化したマシンが登場する中、IBM PCの日本における本家、日本IBMも独自に日本語処理能力を持ったパーソナル・コンピュータをリリースしていた。しかし、日本語処理のための専用ハードウェアがネックとなったAXと同様、日本IBMのパーソナル・コンピュータも同じ理由で広く普及するには至らなかった。同社が1987年に発表したPS/55シリーズは、本国のIBM PCやPS/2と互換性、あるいは高い親和性を持ちながらも、日本語処理用に追加された高精細グラフィックスが販売価格を引き上げる要因になると同時に、世界中で広く普及しているIBMのパーソナル・コンピュータとは異なる性格を与えていた。すなわち日本における日本IBMのパーソナル・コンピュータは、基本的に企業の端末として以外、ほとんど目にする機会のないものであった。日本IBMとしては、米IBMが個人向けに売り出したIBM PC JrをベースにしたIBMパーソナル・コンピューターJX(IBM JX)も、宣伝に歌手の森進一氏を起用するなどして拡販に努めたが、結局成功することはなかった。

日本IBMのマルチステーション5550
IBM PCとの互換性がなく、価格も高かったため、PC-9801の牙城を崩すには至らなかった。

 余談になるが、IBM JXを販売するに当たり、日本IBMはジャストシステムにIBM JX対応のワードプロセッサ・ソフトウェアの提供を依頼している。「jX-WORD」と名付けられたそのワードプロセッサ・ソフトウェアは、そのあと、PC-9801シリーズに移植され「jX-WORD太郎」、「一太郎」となっていく。

  更新履歴
【2003/05/10】本文中ならびに「日本IBMのマルチステーション5550」のキャプション中において、マルチステーション5550がIBM PCとの互換性を持つという記述がありましたが、マルチステーション5550はIBM PCとの互換性はほとんどありませんでした。お詫びして本文ならびにキャプションを訂正させていただきます。
 

 INDEX
  第2回 日本のPC史を振り返る(後編)〜PC-9801からPC互換機へ
  1.日本語対応を模索するPC互換機
    2.Windowsの登場でPC-9801からPC互換機へ
 
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