連載

IT管理者のためのPCエンサイクロペディア
−基礎から学ぶPCアーキテクチャ入門−

第3回 本家IBM PCの歴史(1)〜IBM PC誕生
2. IBM PCからIBM PC/XT、PC/ATへの進化

元麻布春男
2002/06/14


IBM PCからIBM PC/XTへ

 順番が前後してしまったが、IBM PCの後継として1983年10月に発表されたのがIBM PC/XTだ。XTはeXtended Technologyの略とされているが、その名前とは裏腹に、技術的に大幅に拡張された部分はほとんど見られない。プロセッサもIBM PCと同じ4.77MHzの8088だったし、グラフィックス・アダプタにも新しい仕様は追加されなかった。IBM PCとPC/XTの違いは、

  1. 標準搭載されていたカセットテープ・インターフェイスが廃止された
  2. 内蔵ハードディスクが標準になった
  3. 拡張スロットが5本から8本になった

の3点にほぼ集約される。1.は、時代遅れになりつつあったインターフェイスを省略したもので、特筆するべきことはない。ハードディスクの内蔵は、ハードディスクを接続するハードディスク・コントローラ・カード(拡張カード)の提供と電源容量の拡大によって実現された。

 IBM PC/XTで採用されたハードディスク・コントローラ・カードは、Z80 CPUを搭載したインテリジェント・タイプで、データの転送には本体のDMAコントローラ(i8237)を用いる。ハードディスク用のBIOSは、PC/XTのシステムBIOS(マザーボード上)を拡張するのではなく、コントローラ・カード側に拡張ROM BIOSとして実装されたため、論理的にはIBM PCでも利用可能であった。ただ、IBM PCの電源容量は63.5Wしかなかったため、当時の物理的に巨大で消費電力が大きかったハードディスク(5インチ・フルハイト)をサポートすることは到底できなかった。IBM PC/XTの電源ユニットは、内蔵ハードディスクをサポート可能なように、容量が139Wに拡張されている。

 3.の拡張スロットの数が5本から8本に増えたことは、一番どうでも良いことに思えるかもしれないが、後世に対し最も大きな影響を与えた変化かもしれない。のちに8bit ISAスロットと呼ばれることになる拡張スロット(PCバスとも呼ばれる)は、それ自身はIBM PCとIBM PC/XTで変わりがない。変わったのは、スロットの数とそれによるコネクタの配置だ。もともとPCのケースは、横幅が19.6インチ(約50cm)で、内部に2台の5インチ・フルハイト・ドライブ(フロッピードライブ)を並べ、残るスペースに5本の拡張スロットを配していた。つまり、ドライブ・ベイと拡張スロットは干渉しない。ところが、IBM PC/XTのケースは、横幅がIBM PCとほとんど変わらない(正確には0.4インチ大きい20インチ)にもかかわらず、拡張スロットを増やしたため、中心に近い2本のスロットはドライブ・ベイと干渉するようになり、フルサイズの拡張カードを差すことができなくなってしまった。

 それでも8本の拡張スロットとそのピッチは、次のIBM PC/ATでも継承され、これが一大標準となった(ただしIBM PC/ATではケースが大型化し、拡張スロットとドライブ・ベイの干渉は排除された)。実際、いまのATXマザーボードにおけるPCIスロットのピッチも、基本的にはIBM PC/XTと変わっていないのである(拡張カードを固定するブラケットの仕様はPCからそのまま引き継いでいるが)。そういう意味で、IBM PC/XTが現在も使われているPCのフォームファクタの基礎を作った、といっても良いかもしれない。

そしてIBM PC/ATへ

 IBM PC/XTが登場した翌年、1984年8月にはIBM PC/ATが登場する。いまでも広く使われている「AT互換機」という言葉のルーツとなったマシンだ。IBM PC/ATの最大の特徴は、プロセッサにIntel最新のi80286(当初6MHz、のちに8MHz)を採用したことで、これにより拡張スロットも16bitバス(データ・バス幅。アドレス・バスは24bit)に拡張された。後々まで広く使われることになるISAバス(ATバス)の誕生である。実際ISAバスは、最もポピュラーなIntel製チップセットでいうと、1998年4月に発表されたIntel 440BXまで標準的にサポートされている。Intel 440BXは、後継のIntel 820が事実上失敗したことなどから、2000年6月にIntel 815が登場するまで、メイン・ストリームであり続けた。つまり、2000年6月まで、ほとんどのPCでISAバスが存在し続けたことになる。オプション・チップを加えてもISAバスをサポートすることができなくなったのが、Intel 845E/845G/845GLチップセットから採用されたICH4であることを思えば、完全にISAが廃止されたのは、Intel 845E/845G/845GLが発表された2002年5月21日とすることさえ可能だ。

IBM PC/AT
プロセッサにi80286を搭載し、ISAバスを採用したパーソナル・コンピュータ。 ISAバスはつい最近まで利用されていたことを考えると、IBM PC/ATが現在のPC文化の基礎ともいえるかもしれない。

 ISAバスは8bitのPCバスに36ピンのコネクタを追加することで実現されたため、16bitのスロットにIBM PC/XT対応の8bitカードを実装することも基本的には可能で、上位互換性を保持していた。一部の8bitカードでは、基板上のパーツが拡張された36ピンのコネクタに干渉するため、取り付けられないものもあったが、それを見越してか、IBM PC/ATが備える8本の拡張スロットのうち2本は16bit拡張を持たない8bitスロットとなっていた。上述したとおり、IBM PC/XTと同じピッチで配された8本のスロットすべてにフルサイズのカードを実装することが可能なように、ケースも大型化された(電源容量も192Wに拡大されている)。

 ほかにもIBM PC/ATでは多くの変更が加えられた。データ・バスの16bit化にともない、DMAコントローラも16bitのデータを一度に転送できるよう拡張されている。DMAコントローラ自身はIBM PC/XTと同じ8bitのi8237だが、2つ使うことで上位互換性を維持しながら16bitのデータ転送を可能にしたわけだ。同様に、割り込みコントローラもセカンダリのi8259が追加され、最大15の割り込みを扱えるように増強されている(i8259は8つの割り込みを扱うことが可能だが、プライマリのi8259の1つはセカンダリのi8259のカスケード接続で消費されており、1つ少ない15となる)。

 メモリも、マザーボード上に搭載可能なメモリがIBM PC/XTの256KbytesからIBM PC/ATでは512Kbytesまで拡大されたが、これではi80286 CPUの上限である16Mbytesどころか、MS-DOSの上限である640Kbytesまで実装することもできない。そこで、512Kbytes以上のメモリを実装する場合は、ISAスロットにメモリ拡張カードを差すことになる。拡張スロットでメモリを増設することなど、現在のPCのユーザーには信じられないことかもしれないが、ISAバスの仕様というのは、ほぼ8MHzのi80286 CPUの外部バスに沿ったものであり、8MHzのi80286にとってISAバスは、プロセッサに見合った(決して遅くない)ものだった。そこにメモリを搭載したとしても、速度のペナルティは大きくなかったのである。

 実際に用いるメモリ・カードだが、もちろん標準の512KbytesからMS-DOSの上限である640Kbytesへ拡張するための128Kbytesしか搭載しないものも存在した。しかし、大半はそれより大きな数Mbytes単位のメモリ増設をサポートしていた。当時のOS環境では、1Mbytes以上のアドレスにいくらメモリを増設してもRAMディスク程度しか使い道がなかったが、1Mbytes以下のアドレスにメモリ・アクセスのウィンドウを設け、それを用いて640Kbytesを超えるメモリの利用を可能にする標準が現れた。それが、LIM-EMS(Lotus-Intel-Microsoft Expanded Memory Specification)と呼ばれるものだ。

 当初LIM-EMSは、メモリのマッピングなどをソフトウェアにより実現するもの(LIM-EMS 3.2)で、Lotus 1-2-3上で大きなシートを扱う場合くらいにしか使えなかった。しかし、のちにAST ResearchやQuarterdeckなどが開発した専用ハードウェアを用いるEEMS(Enhanced EMS:ハードウェアEMSとも呼ばれた)規格を取り込んでLIM-EMS 4.0が規格化された。このLIM-EMS 4.0はWindowsが2.1から2.11にバージョンアップした際にサポートされ、386マシンあるいはハードウェアEMSをサポートしたマシン上でのWindowsの実用性向上に貢献した。

 一方、周辺機器では2つの大きな変化があった。1つはハードディスク・インターフェイス、もう1つはディスプレイ標準としてEGAが追加されたことだ(ほかにもキーボード・インターフェイスが変更されている)。IBM PC/ATではハードディスク・コントローラ・カードは、16bitバスに対応すると同時に、データ転送にi80286 CPUのストリング命令を用いたPIO方式のものに簡素化されている。いまでこそPIO方式のデータ転送は、マルチタスク環境下におけるシステム性能上の問題により使われなくなってしまったが、主力OSがシングルタスクのMS-DOSであった当時、システム性能が問題になることはなかった。むしろ、低速だったDMAコントローラを使うよりも、高速なi80286 CPUを用いたことでハードディスクの性能が飛躍的に向上したとさえいえる(標準的なハードディスク・インターフェイスのST506の場合、データ転送速度は500Kbytes/s〜750Kbytes/sとあまり高速でなかった)。

 もう1つの大きな変化であるEGAは、最大解像度が640×350ドットとなり、ようやく高品位のテキスト表示とカラー・グラフィックス表示が両立した(表示可能色は16色)。それまでは、高品位のテキストが欲しければMDA、カラー・グラフィックスが欲しければCGAの選択を強いられたのだが、価格の問題さえなければ、EGAを選べばよくなったのである(MDAとCGAは1台のマシンで共存可能であった。また、モノクロ・グラフィックスでよければHerculesカードを使う手があったが)。

 EGAは8bitのホスト・インターフェイスを持つグラフィックス・カードだったが、注目されるのはEGAにはIBMのカスタム・チップが搭載されたことだろう。基本的にはIBM PC/ATにもオープン・アーキテクチャ戦略は引き継がれているのだが、そうでない部分が現れ始めたことになる。とはいえ、あっという間にサードパーティによるEGA互換チップが現れ、本家のEGAより安価で、しかも本家がサポートしていない高解像度をサポートしたスーパーEGAとでも呼ぶべき製品が登場した。その1つが、「第2回 日本のPC史を振り返る(後編)〜PC-9801からPC互換機へ」で触れたJEGAにも使われていたChips & TechnologiesのSEGA/BEGAだ。ただ、この時点でも市場にはSEGA/BEGAより進んだスーパーEGAチップが数多く存在していた。

 この時点ではスーパーEGAの高解像度は、カードに付属する専用ドライバを用いてLotus 1-2-3やAutoCAD(当時人気のCADソフトウェア)で利用するくらいで、あまり使い道があったとはいい難い。Windows 2.1xも当時はシステムの標準環境というより、Windowsに対応したアプリケーションを利用する際に必要となるシェル、という感じが強かった。少なくともEGAの時代は、高解像度モードでの性能が問われることなどほとんどなかったことが、あまり使われなかった事情を物語っている。これが変わるのは、Windows 3.0の登場であり、主流はEGAからVGAへと移った後のことである。

 IBMは、IBM PCからIBM PC/ATまで、オープン・アーキテクチャに基づく、互換性を維持したIBM PCをリリースし続けることで、市場のデファクト・スタンダードを握る。加えて、IBM PCがまさにIBMによるパーソナル・コンピュータだった、ということも普及を大いに後押ししたに違いない。大企業にPCが普及するには、IBMのブランドは極めて重要だったハズだ。平凡な(言い方を変えれば開発が容易な)オープン・アーキテクチャと、IBMのブランド力こそ、IBM PCシリーズが米国のPC市場を制覇した両輪だったと考えられる。

 次回は、IBM PCがオープン・アーキテクチャを採用したことで許した互換機の誕生と、その台頭について見ていくことにする。記事の終わり


 INDEX
  第3回 本家IBM PCの歴史(1)〜IBM PC誕生
    1.オープン・アーキテクチャのIBM PC誕生
  2.IBM PCからIBM PC/XT、PC/ATへの進化
 
 「System Insiderの連載」


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