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−基礎から学ぶPCアーキテクチャ入門−

第5回 本家IBM PCの歴史(3)〜ローカルバスの興亡
1. Windows 3.0がPC互換機に与えたインパクト

元麻布春男
2002/07/06


 前回の「第4回 本家IBM PCの歴史(2)〜IBM PCからPC互換機へ」では、PCプラットフォームの主導権がIBMから離れていったが、EISAMCAといった新しいアーキテクチャは広く普及せず、ISAを代替できなかったことを説明した。結局、バスの高速化を必要とするソフトウェアが登場するまで、ISAを置き換える、すなわちPCを変えるムーブメントは起きなかったのである。そして、時代はDOSからWindowsへと動き始めた。今回は「Windows 3.0」の登場で変わり始めたPCと、その変化の中心となったローカルバスについて解説しよう。

Windows 3.0によるGUIの普及

 米国で1990年5月にリリースされたWindows 3.0は、PCにとって極めてエポックメイキングなソフトウェア製品だった。Windows 3.0が爆発的に売れたことで、MicrosoftはWindowsからOS/2への移行という路線を捨て、Windowsの次もWindowsという路線へ転換し、PC向けソフトウェア部門での絶対的な地位を確立する。それと同時にこのWindows 3.0は、ハードウェアの世界に対してもさまざまさまざまな革新を促した。

 Windows 3.0が、それまでのWindowsと最も異なっていたのは、ついにユーザーの標準デスクトップ環境になり得た点だろう。バージョン2.xまでのWindowsは、Aldus PageMaker*1など一部のWindows対応アプリケーションを利用する際に必要となるシェルといった感が強かったのに対し、Windows 3.0は、ユーザーがPCを起動すると自動的に立ち上がるグラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)となった。確かに、この時点でのWindows 3.0は、MS-DOSと別売りのGUIであり、必ずしもすべてのWindowsユーザーが、起動時に自動実行されるAUTOEXEC.BATファイルの末尾に「WIN.COM」というWindows起動コマンドを記述することを認めてはいなかったかもしれない。しかし、ハードウェア・サポートや対応アプリケーションの充実など、Windowsを利用する環境が整うにつれて、システムの起動からWindows 3.0の立ち上げまでを、自動的に行うユーザーが増えていったことは間違いない。Windowsアプリケーションの整備は、DOSアプリケーションを利用する機会を減らしたし、DOSアプリケーションを利用する場合も、Windows 3.0上から呼び出すようになったのである。

*1 PageMakerはAldus(現 Adobe Systems)のページ・レイアウト・ソフトウェア。

 こうして利用する頻度が高まると、少しでもWindows 3.0を快適に使いたい、という欲求が高まる。Windows 3.0が登場したばかりのころ、市場で中心となっていたグラフィックス・カードは、グラフィックス・チップ・ベンダであるTridentやTseng Lab.のSuper VGAチップを用いたものだった。これらのSuper VGAチップは、800×600ドットや1024×768ドットといった標準VGAの640×480ドットより高い解像度をサポートしていたものの、インテリジェントな描画機能は備えておらず、WindowsのGUI操作を快適に行えるほど高速な描画はできなかった。

Windowsアクセラレータの登場

 これに対して新しく登場してきたのが、Windowsアクセラレータと呼ばれる2Dグラフィックス・アクセラレーション機能を備えたグラフィックス・チップと、それを用いたグラフィックス・カードだ。実際には、Windowsがポピュラーになる以前から、TIGAやDGISといったAPIをサポートしたTexas Instruments(TI)のグラフィックス・コプロセッサ(340x0シリーズ)を用いた2Dグラフィックス・アクセラレータは存在した。ただ、こうしたTIGAやDGISに対応したグラフィックス・カードが、CADアプリケーションの高速化を念頭においていたのに対し、Windowsアクセラレータは同じ2Dグラフィックス・アクセラレーション機能でも、その高速化ターゲットをWindowsに絞り、GUIで使用頻度の高いbitbltのアクセラレーション機能を備える、といった点で異なっていた。

 当時、Windowsアクセラレータで最も大きな成功を収めたベンダといえばS3である。同社はWindowsアクセラレータ・チップの代名詞的な存在にさえなった。また、S3のグラフィックス・チップを搭載したグラフィックス・カードをリリースしたDiamond Computer Systems(のちのDiamond Multimedia Systems、現SONICblue)も業績を大きく伸ばした。こうした成功を見て他社が放っておくハズがなく、Windows対応のグラフィックス・ハードウェア市場は、非常に多くの企業がひしめく一大激戦地と化した。

Diamond Computer SystemのWindowsアクセラレータ「Stealth VRAM」
これは、Windowsアクセラレータの最初のベストセラーとでも呼ぶべき製品だ。初期型はS3のグラフィックス・アクセラレータ・チップ86C911を搭載していたが、後期型はそのバグフィックス版である86C924に切り替えられた。写真は後期型のもの。

 こうした米国での活況は、それ以前であれば、日本国内の市場には直ちに反映されないものだった。しかし、この時点で日本国内でもDOS/Vが提供されており、PC/AT互換機の市場が育ちつつあった。これにCF Computingの西川和久氏によるDisplay Dispatch Driver*2のタイムリーな提供もあって、海外で発売されたグラフィックス・カードの新製品が、秋葉原のPCパーツ販売店を中心に日本国内でもすぐに販売され、ユーザーによって動作が試される、という時代を迎える。

*2 Display Dispatch Driver(DDD):英語版のWindows用に用意されたディスプレイ・ドライバを日本語Windowsで利用するためのドライバ。DOSウィンドウの互換性は保証されなかったが、大半のグラフィックス・チップで利用できた。現在と違い、当時のWindowsでは、英語版ディスプレイ・ドライバをそのまま日本語Windowsで利用することは、たいてい不可能だったのである。

 逆にWindows 3.0のリリースで完全に終えんを迎えることになったのが、i80286など、i80386より以前のプロセッサだ。Windows 3.0は、内部的には大半が16bitコードで記述されていたが、i80386プロセッサでは、16Mbytesを超えるメモリ(最大4Gbytes)の利用や、仮想86モードによる複数アプリケーションの利用など、i80286プロセッサでは利用できない386 Enhanced Modeが利用できた。当時、i80286とi80386では、同じクロック周波数であればリアルモードでの性能に大差はなく、実際に動作クロックの点でもi80386に匹敵するような高いクロック周波数のものがセカンドソース・ベンダから提供されていたが、Windows 3.0で完全に勝負がついた。次のWindows 3.1ではi80286プロセッサのサポートは打ち切られている。

Windows時代でボトルネックになり始めたISAバス

 Windows 3.0の爆発的なヒットの波にのって普及したWindowsアクセラレータだったが、すぐに壁にぶつかる。それは、Windowsアクセラレータが接続されるISAバスの帯域幅だ(速くても5M〜8Mbytes/s程度)。Windowsアクセラレータには、プロセッサに代わって描画を行うことで、ISAバスに流れるデータ量を削減するという効果もあったが、それでもメイン・メモリからグラフィックス・メモリへのデータ転送が不要になるわけではない。Windows 3.0ではオプションだったMultimedia ExtensionがWindows 3.1で標準になり、Video for Windowsによる動画表示機能が提供されるようになると、だれの目にもISAバスのボトルネックは明らかであった。

 この問題に対する解決策として登場してきたのが「ローカルバス」だ。実はローカルバスという言葉の定義は必ずしも1つではない。前回解説したCompaqのFlexアーキテクチャに代表されるプロセッサ・バス*3から分離された外部バス(ISAバス)よりも、プロセッサに近いところにバスを設ける、といった意味合いだったように思う。ローカルバスのアイデアは、Windowsアクセラレータを低速なISAバスではなく、よりプロセッサに近い高速なバスに接続しよう、ということであった。

*3 プロセッサが装備している、メモリやI/Oなどのデバイスと接続するためのバス・インターフェイス。現在のプロセッサでは、FSB(Front Side Bus)と呼ばれることもある。

 ローカルバスとして最初に登場してきたのは、プロセッサのローカルなバスともいえるプロセッサ・バスに、Windowsアクセラレータを接続しようというものだ。最初はPCベンダやチップセット・ベンダ独自の実装で、マザーボード上に直接Windowsアクセラレータを搭載するものが主流を占めていた(この形式は大手PCベンダを中心に後々まで続く)。しかし、グラフィックス・カードのアップグレーダビリティがほしいという市場の声は無視できないものだった。OPTiなど一部のチップセット・ベンダは、自社のリファレンス・デザインに、独自のコネクタを用いたローカルバス・スロットを設けたりもしたが、これでは対応するカードが流通せず、市場がローカルバスの標準を求めていることは明らかであった。

独自ローカルバスから標準規格「VL-Bus」へ

 1992年8月、グラフィックス・チップやディスプレイのベンダで構成される団体「VESA(Video Electronics Standards Association)」は、VL-Bus 1.0規格(VESA Local Bus 1.0)をリリースした。VL-Busもプロセッサ・バスにWindowsアクセラレータを直結しようというアイデアに変わりはなかったが、コネクタも含めた業界標準として確立された意味は大きい。それまでの独自ローカルバスと論理回路の面では大差なかったこともあって、1992年秋には、対応するマザーボードやグラフィックス・カードが現れ始め、アッという間に市場を席巻することになる。当初は、製品間の互換性問題も生じたが、半年あまりでほぼ収束し、市場にはさまざまなVL-Bus対応製品が溢れた。

MetheusのVL-Bus対応グラフィックス・カード「Premier 928」
グラフィックス・アクセラレータ・チップにはS3の86C928を採用している。発売元のMetheusは、TIの340x0シリーズのグラフィックス・コプロセッサを用いたCAD用のアクセラレータなどで知られたハイエンド向けのグラフィックス・カード・ベンダだった。Windowsの普及は、同社ばかりでなくNumber Nine、Matrox、ELSAなど、それまでハイエンド向けのカードを手掛けていたベンダを一般市場へと導いたが、生き残れたのは少数だった。Metheusはそのあと、空港の管制システム用ディスプレイ・システムなどのニッチ・ベンダに転じたあと買収され、現在では医療システム用ディスプレイ・システムを手掛けている。
 
Bus LogicのVL-Bus対応SCSIホストアダプタ「BT-445S」
システムに2〜3スロット用意されたVL-Busスロットには、WindowsアクセラレータとSCSIホストアダプタのようなストレージ・インターフェイスを実装するのが当時のはやりだった。ちなみにメーカーのBus Logicは、そのあとMylex(RAIDコントローラ・ベンダとして知られるが、大昔はマザーボードなども手がけていた)に買収され、そのMylexも1999年にIBMに買収されたのち、2002年第3四半期にSCSIチップなどで知られるLSI Logicに売却されることになった。

 このタイミングは、日本では日本語Windows 3.1のリリース時期(1993年5月)と重なる。従来、日本ではWindowsはPCベンダなどが自社のPC向けに用意するものだったが、このバージョン3.1からマイクロソフトがWindowsの直接販売に乗り出すなど、ちょっとしたブームが起こった。その主役は、海外のVL-Bus対応製品をすぐに取り入れることが可能なPC/AT互換機(DOS/V機)で、このころから秋葉原に互換機ショップやPCパーツ・ショップが急増した。


 INDEX
  第5回 本家IBM PCの歴史(3)〜ローカルバスの興亡
  1.Windows 3.0がPC互換機に与えたインパクト
    2.VL-Busの限界とPCIの登場
 
 「System Insiderの連載」

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