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第12回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(6)〜プロセッサの新時代を開く「Pentium 4」
1. P6からNetBurstへと時代は流れる

元麻布春男
2003/01/30


 第9回第11回の3回にわたってPentium IIIに代表されるP6マイクロアーキテクチャの歴史をたどってみた。しかし、5年間の長きにわたって第一線で活躍したP6マイクロアーキテクチャも、ついに新しいマイクロアーキテクチャに取って代わられるときがやってくる。

NetBurstマイクロアーキテクチャの登場

 P6マイクロアーキテクチャを採用した最初のプロセッサであるPentium Proから5年が経過した2000年11月のこと、Intelは次世代のマイクロアーキテクチャを採用したプロセッサ「Pentium 4」を発表した。新しいマイクロアーキテクチャの名称は「NetBurst(ネットバースト)」といい、それまでの無機質なアルファベットと数字の名前から変更された。当時は加熱したネット・バブルが決定的にはじけるまさに直前のことである。インターネット体験を爆発的に加速する、といった意味で「NetBurst」と名付けられたようだ。もし、ネット・バブルがはじけたあとだったら、まったく違う名前になっていたかもしれない。

 NetBurstマイクロアーキテクチャには、さまざまな特徴があるが、主要なものは次のとおりだ。

  • 将来にわたる動作クロックの引き上げを可能にする、ハイパー・パイプラインと呼ばれる20段の深いパイプライン
  • コア・クロックの2倍で動作する整数演算ユニット(Rapid Execution Engine)
  • 128bitのSIMD整数演算ならびに倍精度浮動小数点演算をサポートしたSSE2命令
  • デコード済みのuOPsをキャッシュする実行トレース・キャッシュ(12Kの uOPsの1次命令キャッシュ)と8Kbytesの1次データ・キャッシュ
  • データはバス・クロックの4倍、アドレスは同2倍という速度でそれぞれ入出力可能なシステム・バス

 これらは、すべてNetBurstマイクロアーキテクチャの最初のインプリメントである開発コード名「Willamette(ウィラメット)」で呼ばれたプロセッサ・コアに実装されていたものである。このWillametteコアによるPentium 4は、0.18μmプロセス製造によるもので、当初423ピンのPGAパッケージ(PGA423)でリリースされた。当初の動作クロックは、1.4GHzと1.5GHzだったが、最終的には2.0GHzまで到達した。

 また、2001年秋からはパッケージが478ピンのマイクロPGAパッケージ(mPGA478)に変更されている。mPGA478は、開発コード名「Northwood(ノースウッド)」で呼ばれた0.13μmプロセス製造によるPentium 4への移行を念頭においたものである。このプロセッサの登場で、最初にリリースされたPGA423に対応したマザーボードが事実上の終えんを迎えたことになる。

SDRAM対応チップセット「Intel 845」の持つ意味

 このパッケージの変更以上に重要な変更が、ほぼ同時に実行された。それはSDRAMに対応したチップセット「Intel 845」のリリースである。それまでIntelがPentium 4用に提供していたチップセットは、Direct RDRAMPC800)に対応したIntel 850のみであった。当時のDirect RDRAMは、メモリ・ベンダの反対により量産の足並みが揃わず、RambusがDirect RDRAMの量産に否定的なベンダを次々と特許問題で訴えるなど、とてもすんなりと次世代の主流となれる状況にはなかった。Intel自身もPentium III対応チップセットで度重なる不手際を見せ、Intelのメモリ・ロードマップは大きく揺らいでいた。ただ、Pentium 4用にリリースされたチップセットが当初Direct RDRAMをサポートしたIntel 850だけだったことでも明らかなように、まだIntelはDirect RDRAMを諦めたわけではなかった。むしろPentium 4が、最後のDirect RDRAM普及のチャンスと見ていたフシもある。

 mPGA478に対応したPentium 4とほぼ同時にリリースされたIntel 845は、PC133 SDRAMをサポートしたチップセットだ。ここに至ってIntelは、Direct RDRAMをメインストリームのメモリにすることを事実上断念したのだと考えられる。この時点で近い将来、Intel 845にDDR SDRAMのサポートが加えられることも明らかになっており、PC用メモリのメインストリームになるハズだったDirect RDRAMは、ニッチなメモリに留まる可能性が高まった。

動作クロック当たりの処理性能に関する議論

 さて、WillametteコアによるPentium 4で問題になったのは、動作クロック当たりの処理性能(Instruction Per Cycle:IPC)がPentium IIIにおよばなかったことだ。もちろんIntelはこのことを十分承知しており、Pentium 4の性能がPentium IIIを下回らないように、1.4GHzという動作クロックをスタートに決めた。当時のPentium IIIの最高クロックは1.13GHzで、Pentium 4のIPCが低くても、それより300MHz近く動作クロックを引き上げた1.4GHzのPentium 4ならば、最終的な性能でPentium IIIを下回ることはない、という計算である。ちなみにIntelのマイクロプロセッサにおいて、世代更新時にIPCが下がった例は過去にもある。i80286からi80386の際にリアルモード・プログラムの性能は数%低下したし、PentiumとPentium Proにおいて16bitコードにおけるIPCが低下したことはよく知られている。

 一般に、プロセッサの性能は、1クロック当たりの処理性能に動作クロックを掛け合わせたものと考えられる(メイン・メモリなど、プロセッサより低速な外部デバイスによる速度低下は考えないものとする)。すなわち、以下の図式である。

性能 = IPC × クロック周波数[GHz]

 本来プロセッサの開発目的は、性能を向上させることであって、IPCや動作クロックの引き上げは、そのための手段にすぎない。確かにPentium 4はIPCがPentium IIIより低いが、動作クロック(GHz)がそれを補って余りあるほど高くできるので、最終的な性能はPentium IIIより高いという寸法だ。

 問題は、IPCを表す普遍的な指標がないことにある。IPCは、プロセッサのマイクロアーキテクチャばかりでなく、実行中のプログラムやOS、外部からの割り込み処理などで絶えず変動する。IPCの理論上の最大値や最小値が表せても、ユーザーがコンピュータを利用している際の平均値は求められないのである。動作クロックについては、物理的にはっきりとした数字を示すことができるが、IPCについては示すことができない。これがマーケティング上の問題となる。

 例えば、ここに同じ性能を持つAとBの2つのプロセッサがあったとする。Aの動作クロックが2GHzで、Bの動作クロックが1GHzだとすると、Aのプロセッサを搭載したシステムは「2GHzのプロセッサを搭載」とうたうことができるが、Bのプロセッサを搭載したシステムは「IPCがいくつ」といえない。そうである以上、両者の性能が同じでも「1GHzのプロセッサを搭載」とうたうしかない。これではBのプロセッサを搭載したシステムは売れない、というわけだ。この例ほど極端ではないが、ここでいうBに該当するプロセッサがAMD Athlonであり、Intel自身のItaniumなのである。

 マイクロアーキテクチャが異なる以上、単純にクロックを比較しても性能の比較にはならないのだが、特に一般消費者に対してプロセッサならびにそれを搭載したシステムを宣伝しなければならないAMDにとっては、性能ではなく動作クロックで比較されるのは不本意であるに違いない。何といっても動作クロックは分かりやすい指標だからだ。結局AMDは、Pentium 4の登場を機に、プロセッサの呼称に「モデルナンバー」と呼ばれる動作クロックに変わる数値を付与することになるが、これもまた別の批判を浴びることとなる*1

*1 モデルナンバーの値に明確な根拠がなく、その数値が対抗するPentium 4の動作クロックを連想させるものであることに対して批判を浴びることになる。また、以前AMDは「P-Rating」と呼ぶモデルナンバーと同様の指標を推進していたが、自社のプロセッサが動作クロックで優位になると「動作クロックこそ性能の指標である」と述べ、逆に不利になると新たな指標を持ち出す、という繰り返しである点も批判の対象となっている。

 次ページでは、さらにPentium 4の動きを追いかけることにしよう。


 INDEX
  第12回 PCのエンジン「プロセッサ」の歴史(6)〜プロセッサの新時代を開く「Pentium 4」
  1.P6からNetBurstへと時代は流れる
    2.命令レベルからスレッド・レベルへ並列化の舵を切れ!
 
 「System Insiderの連載」


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