頭脳放談

第26回 ワイヤレスの時代がやってきたものの……

Massa POP Izumida
2002/07/24


 携帯電話を持つ人はいうまでもなく、クルマを見ればカー・ナビゲーション・システムのGPS(Global Positioning System)に、ドアのキーレス・エントリ、朝起きるのに電波時計(RCC:Radio Controlled Clocks)、電車に乗るにもSuica*1と、いろいろとワイヤレスな時代である。ワイヤレス・デバイスの開発を行っている人に言わせると、「もう十年以上も前からずっとやっていた」のだそうだが、ここにきて一斉に花開いた気がする。期待されてお金をかけて大切に育てられてきた技術もあれば、昔はとってもうさんくさげに見られて世に受け入れられなかった技術もある。

*1 JR東日本が導入したICカードによる定期券/プリペイド型カード。Suicaを定期入れに入れた状態で、改札機の読み取り部にタッチするだけで改札を通過できる。読み取り部の通信範囲は約10cmで、無線によって通信を行い、改札処理を行う仕組みである。

 やはり携帯電話のおかげで、みんながワイヤレスの便利なところに気がついた、ということもあるのだろう。また、無線を使うのに、いちいち無線免許を取得して局の開設の届を出さなければならない、という規制が残る世界だったとしたら、このブレークもなかったろう。ちなみに真偽は不明だが、Suicaを最初に設置した時点では、あの自動改札機1台ごとに、無線局の認可を得ていた、という噂を聞いた。この便利さの陰では苦労した人がきっといたのだと感じた次第だ。

 半導体業界人において、携帯電話の次に注目度が高いものといえば、無線LAN(IEEE 802.11b/a/g)とBluetoothということになるだろう。何せ、駅やファーストフード店で無線LANによるインターネットに接続が行えるこのごろである。みんな、何か商売にならないかと鵜の目鷹の目で狙っている。無線LAN*2やBluetoothの解説はここでは省くが、このコラムでは、これらに群がる半導体屋(筆者もその1人であるが)の「取り組み」について書くことにしよう。

*2 IEEE 802.11b/a/gの概要や各規格の相違などについては、「特集:新世代高速無線LAN「IEEE 802.11a」の世界 1. IEEE 802.11bとIEEE 802.11a」を参照していただきたい。

携帯電話の次に来るもの

 無線LANというと大きな顔をしているのが、Intersil(インターシル)という会社だ。同社のチップセット「PRISM(プリズム)シリーズ」は、PCショップや量販店で販売されている無線LANカードのほとんどに使われている。そのせいかどうか、無線LANの接続性はとっても高いようだ。IEEE 802.11b対応製品は、もうPRISMシリーズがセイフティ・リードの状態にあるようなので、当然ながら争いはIEEE 802.11aとIEEE 802.11gを軸とした高速化規格をめぐるものになっている。無線LANそのものは、もともと事務所や家庭の中で、ケーブルを敷設せずにネットワークを構築できるというコンセプトのものであったが、ホットスポット*3というような概念が誕生したことから、インフラ的な利用に比重が移り始めている。それに従って、半導体ベンダの商売への期待も高まるばかりである。

*3 日本では、公共の場所やお店などで無線LANを使ったインターネット接続を可能にする「ホットスポット」という名称が、NTTコミュニケーションズの商標になり、同社の無線LANアクセス・サービスの名前になってしまった。代わりとなる標準的な用語がないので、ここではホットスポットと記す。

 もう1つの無線技術「Bluetooth」の場合、IEEE 802.11bほど図抜けたベンダはいないようだ。もちろん、「ご本家」とか「元祖」というべきEricsson(エリクソン)は一応別格として、ほかに数多い会社の中から、1社を挙げるとするならCambridge Silicon Radio(ケンブリッジ・シリコン・レディオ:CSR)という会社だろう。「ご本家」は、出荷数量が多くておいしいところしか作らない、というもっぱらの噂だ。そのためか、多くのBluetooth応用製品がCSRのチップを組み込んでいるようだ。CSRの偉い点の1つは、CMOSプロセスでRF(Radio Frequency:ここでは無線モジュール部のこと)までワンチップにしてしまったことだ。

 多くの半導体ベンダにとって無線デバイスの商売が難しいとされる要因の1つがここにある。GHz台のマイクロ波を発信・受信するのは、一昔前まではCMOSでは難しいといわれてきた。これまで典型的なケースでは、RF部はGaAs(ガリウム砒素)などの非常に高速な素子、音声帯域の伸張圧縮などを行うベースバンド・エンジンはCMOSで、RFとベースバンドの中間の繋ぎはBiCMOSで、といった製造プロセスの使い分けがなされてきた。いまも5GHz帯の無線LANでは、そのような感じの3チップ構成になるようだ。それぞれ個別に得意な会社はあっても、全部ができるところは少ないから、バラバラに準備することになる。そこで、だれかが手っ取り早くチップセットをまとめて、ついでにプロトコル・スタックのソフトウェアまで用意してくれれば、みんな喜んで買い、一気にデファクト・スタンダード化する、というシナリオができる。

CMOSでRFの製造が可能になって……

 ところがCMOSの性能が向上し、RFの設計技術も追いついてきたことから、無線LANチップセットもCMOSでRFまで内蔵したワンチップ化が現実のものとなってきた。CMOSで実現できるようになったといっても、それなりに技術も必要で、RFからアナログ回路、信号処理技術にプロトコル制御のマイコンと、必要になるコンポーネントも数多い。そんなに簡単ではないハズだけど、CMOSで製造できれば安くできるし、消費電力も小さくできる。口が裂けても「No」とはいえない業界なので、当然ながら多くのメーカーが名乗りを上げることになる。また、前出のGaAsやBiCMOSといったプロセスに比べて一般的であるCMOSは、製造できる可能性のあるメーカーの数もけたが違うほど多いから、競争は激しく、価格が下がり、応用が広がり、結果的に普及する、と今度はこういう目論見となる。当然、参加ベンダはこの競争に勝ち残るつもりでいるのだが、多分、おいしいビジネスをできるのはわずかだろう。筆者も、それでも無線をやらねばならぬと、にわか勉強で、日々、突撃している今日このごろである。

 「安くなれば普及する」とは思うものの、量産が進む前に気配値でどんどん値が下がっているような状況もある。クリアしなければならない技術的課題を考えると、あまり割りのいい商売じゃないかもしれない。半導体より、アンテナを作っている方が儲かりそうだ。他人の芝生は青いってやつかな?記事の終わり


Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
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