頭脳放談

第45回 エンジニアという職業の魅力と特許の関係

Massa POP Izumida
2004/02/20

 少々前のことになるが、日本のティーンエイジャーの学力、特に理数系科目はよその国にどんどん追い抜かれているという調査結果が新聞に載っていた。自分の昔の成績を思えば、学力が落ちているという話に偉そうな意見を述べるものもはばかられるのだが、何か小手先の教育手法といった部分ばかりがコメントされていたので、まずはひと言書いておきたい。

 新聞やテレビでは、理数系の学力が落ちていることに対して、ゆとり教育で授業時間が削減されたのが問題だとか、先生の質が落ちたとか、概して教育の方法面ばかりが指摘されていたようだ。教育「業界」からすればそうなのだろうが、もっと根本的な問題があるように思えてならない。それは「モチベーション」の問題である。

なぜ日本のエンジニアの収入は低いの?

 理数系に進もうという若者の半分くらいはエンジニア志望のはずである。だが、どうもいまの日本では、エンジニアが魅力のある職業に映っていないようだ。モチベーションが上がらなければ、成績が上がるとは思えない。お金がモチベーションのすべてではないし、特に日本ではお金に細かいエンジニアはあまり尊敬されない傾向にある。とはいえ、業種別の収入といった統計資料を見ると少々考えるところがある。日本の場合、エンジニアの収入はそれほど高くない。失礼ながら、ついこの間まで護送船団とかいわれていたような業種の方々の方が、ずいぶんと高い。厳しい国際競争を生き延びてきている製造業を支えているエンジニアの方が、多分国際競争にさらされたらほとんど生き延びられそうもない業種よりも悪いというのはどういったものだろうか。苦労が多い割に報われないのでは人が集まらない。その上、日本の理工系学校の学費が高いことを考えれば、それでも理工系に進もうという若者がまだいることの方が不思議かもしれない。テレビの報道番組などでは、「日本復活の鍵は製造業にあり」と声高にうたうものの、このような状況では先行きが暗そうだ。

 この傾向は、どうも日本特有の問題のようだ。筆者の狭い半導体関連産業の見聞からしても、中国などは、よい暮らしのために必死に工学を勉強した若者が次々に業界に入り、活況を呈している。勢いに乗っている中国は別格としても、米国でもエンジニアはそれなりに魅力的な商売となっている。確かIEEE(Institute of Electrical and Electronics Engineers:米国電気電子学会)かどこかの出した、米国エンジニアの収入と他業種の収入の比較した統計を見たことがある。それによると、日本でエンジニアよりも高給取りの業種と比べても、エンジニアの給料は高い。ほぼ業種別の順位が逆転している。

 それに米国でも中国でもエンジニアリング主体のベンチャー企業が多く、株式公開などによる一攫千金狙いもあり得る。それに比べると、日本はどうも技術軽視の風土があるようだ。一時期、ベンチャー育成とかいっていたが、昨今はさびしい。その上、技術オリエンテッドなベンチャーが少ない。資本を出す側に技術に対する目利きのできる人がいないので、どうも日本では技術系ベンチャーが育たないという面がある。米国でのベンチャーの多さはご存じのとおりだが、キャピタリストの技術に対する目利きのできるレベルも日本の比ではない。なぜなら彼らは元エンジニアであって、エンジニアで一儲けした後にキャピタリストへ転進した人々だからだ。ただ、米国の場合、起業の数からして大変多く、本当に技術のあるところと、技術のない割に株式公開しか考えていないようなところと玉石混交としているので、目利きが重要になるという側面もあるだろう。

よい特許、悪い特許

 そんな中、青色LEDを開発した中村修二教授(米国カリフォルニア大サンタバーバラ校)の特許に関する200億円の件が大きく報道された。実際、200億ではとどまらないほどの産業に対する貢献度のある発明であったと思う。「あまりに金額が大きいので、これでは経営が成り立たなくなる」などと批判する向きもある。また、特許法改正なども検討されているようだ。しかし日本こそ、発明や技術に対する評価をまっとうにしていかなければならない国ではないか、と思う。こういう動きを潰していたのでは、エンジニアリングは空洞化し、いずれ日本は国際競争から脱落する。理数系の学力が落ちている、というのはすでにそういう傾向が明らかになっている証拠の1つだ。青色LEDの件をこの件だけの問題にとどまらず、エンジニアの魅力復活と技術力再生へつなげていくためには、技術をきちんと評価して報いるということを定着させないといけないだろう。重要特許でガッポリ儲けたエンジニアが起業家やキャピタリストに転進できるような可能性を作らないとならない。

 その点、日本よりは米国の方が特許や技術への評価は高くてよいように思っているのだが、そんな米国にもいくつも問題がある。特許や技術というより「法律」のみで儲けようという輩がこれまた多いことだ。確かに大事な技術や特許をキチンとお金にし、権利を守り、先につなげるためには法律と契約の役割は重要だ。蛇足だが、立派な半導体IP(Intellectual Property:半導体の設計データやシミュレーション・モデルなど)ベンダほど、契約書を作る法務が強い。しかし、法律で儲けようとするあまり、折角の技術を殺してしまったり、業界に何のインパクトもなかった紙切れ1つで利益をかすめ取ったり、などというのはむしろ産業の進歩の足を引っ張る行為でしかない。

 折角の技術が日の目を見なくなりそうなケースは、多くの会社の特許が関係するような規格モノで散見される。一部の特許を持つものの自分では物作りをしないような会社が、現実の市場動向を見誤った結果、かえって虻蜂取らずで、実際に物を作りたいと思っている人たちを散らしてしまうケースもある。例えばMPEG-4は、規格の立ち上がりは順調であったものの、エンド・ユーザーから多額の特許料を吸い上げようと主張する会社があったために採用を避ける会社が多く、規格そのものの普及が頓挫するのではないか、という状況にまでなっている。このところの新しい動画像圧縮符号化方式であるH.264の急浮上の一因には、MPEG-4に関するそういう話が絡んでいる。

 こんなことで、何度も痛い目にあった人も多い。技術の確立と実用化に奔走したのに一部で強欲なことをいったために、努力が報われなかった人々だ。そういった経験が増えたせいか、「規格モノ」は普及することが第一なので、あまり高いライセンス料などを取らないで、ほどほどでコントロールしていこうという方向でコンセンサスがとられる傾向になってきたようだ。ただ、だれか一部の権利保有者が強欲に自社の権利を主張すると、法的には対抗の方法がない。また、普及した後で、急に態度を変えて金をとるという方向に転換することもある。この場合は、法的問題点がなくても猛反発を食らうことになる。その場はよくても後でおかしくなるものである。少々違うかもしれないが、Linuxからお金をとろうとしているSCO社が他社の猛反発をくらっているのと似たところもある(SCO社にそんな根拠があるのかどうかは分からないが)。

許すなサブマリン特許

 強欲をかいて普及を阻害したりするのは、それでも一応、立派な技術なり特許なりがあった上での行為である。歓迎はできないが、一理も二理もあるといっておく。しかし、怒りを催すのは業界になんのインパクトもなく、たまたま「取れてしまった」ような特許を武器に、お金をせびり取ろうという「発明家」が米国に多いことである。それにこれは筆者の印象だが、米国では日本ではとても成立しないような「特許」がポッと成立してしまうことがときどきあるように思う。そして、そのターゲットになっているのが日本企業だ、ということが最も癪にさわる点である。

 確かに立派な米国の基本特許は多数あり、それに対してお金を払うのは当然である。日本企業はキチンとお金を払ってきているはずだ。しかし、それが「立派な特許」といえるのは、実際にその発明によって新たな製品が作られ市場ができたという効果があったと、みんなが認識しているからである。本来、特許というのは、進んだ技術を積極的に開示させることで社会全体に貢献させるのが目的で、その公開の見返りに一定期間の権利を与えるというものだ。そういう特許本来の趣旨からすると、産業に何の貢献もせずに、出来上がった市場から、後で「特許」という紙切れで金を吸い取ろうとするのは、合法であっても、本来の趣旨からすれば本末転倒というべきだ。

 一番端的なのは「サブマリン特許」といわれるような特許だろう。日本では特許を出願すれば必ず公開されるので、特許成立前からどのような出願があるのか確認することができる。ところが、米国にはそういう制度がない。出願しておいてぐちゅぐちゅと修正し、引き伸ばしておいて、ある日成立し、突然浮上する「サブマリン特許」には対策の打ちようがないのだ。もちろん、そういった成立まで時間のかかる特許を出願していたとしても、その技術を実用化し、その技術のインパクトによって業界がいくらかでも発展していたというならば、尊重すべきなのはいうまでもない。

 ところが「サブマリン特許」は、まったく実用化もされておらず、アイデアだけが文章にされていたものが多い。当事者と審査するお役人との間で多年にわたってこねくり回されていただけである。業界そのものは、そんなアイデアとは無関係に発展している。それが大きなビジネスになった後に、こねくり回していた文章が特許として成立し、突然「それは私の技術だ」と主張するわけである。実際、そんな発明があったこと自体、当事者と審査するお役人以外は知りえないので、業界の発展はその発明に基づくものではありえない。しかし、「先に出してあった」ということでお金をせびられるのである。法的には許される。しかし、まっとうなエンジニアリングの足を引っ張るような行為といえる。

 「サブマリン特許」だけでなく、普通に成立した特許でも、後から非常に広い範囲の技術が抵触するといい立てるケースも後を絶たない。何せ、特許に抵触するか否かは裁判してみないと決まらないから、解釈次第でいくらでも主張はできるのだ。ただ、まともに製品を開発しているような会社では、そういった「拡大解釈」をして他社にクレームをいう事例は少ない。そんなことをすれば、今度は、自分の製品に報復があるからだ。大体、大手同士はクロスライセンスという形で相互に特許の価値を認め合って精算する仕組みを作っており、1つ1つの特許でいちいち訴訟にならないようにしている。しかし、個人の発明家であったり、元は開発製造していた会社が落ち目になって特許で一発逆転を狙ったりしてくるような場合では、ともかく広く解釈し、取れそうなところから取るという戦略でクレームを付けてくることが多いようだ。

 そんな中、またまた日本のコンピュータ会社が米国企業から巨額の特許料を請求されているようだ。米カリフォルニア州サンディエゴのPatriot Scientificという組み込みマイクロプロセッサ・ベンダが、同社が持つ「マイクロプロセッサの基礎技術」に関する特許を侵害したとして、松下電器産業、ソニー、富士通、東芝、NECの5社を提訴した(Patriot Scientificの提訴に関するニュースリリース)。もともと特許を侵害しているとされるのは、IntelのPentiumシリーズ。それを搭載するコンピュータを製造・販売しているという理由から5社が提訴されてしまった。大体、その技術の大本のIntelを訴えずに、日本の会社を提訴している当たりに胡散臭さを感じる。しかし、ともかくそういう話がでてくれば、決して読みやすいとはいえない英文特許を取り寄せて、調べざるを得ないのがまたエンジニアである。こんなことに時間を使うエンジニアという職業の魅力は、やっぱり上がらないのかもしれない。記事の終わり

  関連リンク
提訴に関するニュースリリース

Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
   
 
     
「連載:頭脳放談」

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