頭脳放談

第75回 フィリップスの半導体事業売却に見る業界再編の動き

Massa POP Izumida
2006/08/19

 「フィリップス(Royal Philips Electronics)、お前もか」と思ったのは筆者だけではあるまい。フィリップスが半導体部門を分離し、その約80%の株式を売却するという発表をした(Royal Philips Electronicsのニュースリリース「Philips to sell majority stake in semiconductors business to private equity consortium KKR, Silver Lake and Alpinvest」)。もはや「総合電機」メーカーがその半導体部門を独立分離させるというのは1つの流れになってしまった。ここ何年間かの間に、慣れ親しんだ「ジーメンス(Siemens)」とか「モトローラ(Motorola)」の名が半導体業界から消え、「インフィニオン(Infineon Technologies)」とか「フリースケール(Freescale Semiconductor)」とか、聞いたこともない名前が現れた。それらと同様に「フィリップス」も、聞かない、変わった名前となり、見慣れぬロゴをいただくことになるようだ。

 こういう流れは海外だけでない。日本でもNECエレクトロニクスのように分社化した会社もあることにはある。だが、日本で動きがあってからは大分時間がたっている上に、いぜんとして日本では親会社との関係も近く、その後の動きも少なく、最近は「落ち着いてしまっている」感じもある。その点、海外勢は、インフィニオンからさらにキマンダ(Qimonda)が分離するなど、動きが活発である。

 分社化する理由としては、いろいろと理由があるようだが、ぶっちゃけたところを書いてしまえば、巨額の投資が必要な割に、業績の浮き沈みが激しい半導体事業が本体に影響しないように(足を引っ張らないように)といったところだろう。裏返せば、「半導体事業だけで最適な判断をしたい」ということもある。そのためには、なるべく「離れた」方が賢明である。その点、80%の株式を売り渡すというフィリップスの距離の取り方は、いろいろ考えた比率であることはいうまでもないだろう。

 実際、証券アナリスト的には「半導体事業」を持っているというだけで、「投資不適格」とする向きもあるようなので、分社化はウエルカムだろう。すでに日本には、海外勢に先んじて「エルピーダメモリ」とか「ルネサス テクノロジ」といった立派な事例があるのだが、親との距離の取り方という点ではよく分からない。まぁ、この2社は、分社化が目的で本体から離れたというよりも、まずは2つの会社の半導体事業をくっつける話があり、そのために本体から離したので、今回のフィリプスの分社化などとはちょっと違う。分かれてからスタンスの取り方を決めるまでに大分試行錯誤をしたのではないだろうか。

フィリップスの半導体事業売却の余波

 注目されるのは、フィリップスの半導体事業の売り先が投資ファンド3社の「コンソーシアム」ということである。買い手として、ほかの半導体メーカーの名前も挙がったが、結局、条件の一番よかった投資ファンド連合に決まったらしい。コールバーグ・クラビス・ロバーツ(Kohlberg Kravis Roberts:KKR)とシルバー・レイク・パートナーズ(Silver Lake Partners)とアルプインベストメント・パートナーズ(AlpInvest Partners)の3社である。かの業界のことはほとんど知らないので、筆者には聞き慣れない会社ばかりだ。

 だが3社とも半導体という、このごろの日本の並の証券アナリストであれば頭から否定しかねない業種に手を出したという点で「見る目もリスクをとる気もある(最終結果を見なければそうはいえないのだが……)」ということだろう。とはいえ、フィリップスの半導体部門は、業績も悪くなく、けっこう魅力的な市場も持っているので巨額のお金を払って買収しても損はしないと踏んだ、ということのはずだ。きっと立派なキャピタリストがいるに違いない。わき道にそれるが、一昔前、勤めていた会社へ出資していた日本のある「ベンチャー」キャピタリスト会社から電話をもらったことがある。そのころ株主総会に出す営業報告書の一部を書く役目もしていたので質問に答えたのだが、最後に「ところでどんな製品を作っていましたか?」と聞かれてガックリきたのが記憶に残っている。「そんなことも知らないでお金を出すものなの?」という感じだ。さすがに最近では日本のキャピタリスト側にも、業界の知識のある人がおり、さらにはこの業界「専門」の会社もあるようなので、日本のかの業界も大分進歩しているようだが、多分、海外の方がはるかに進んでいそうだ。さて立派なキャピタリスト殿はどう料理するのだろうか。

 当然ながら、投資ファンドが永続的に事業を続けるということは考えられないので、化粧直しをしてどこかに売却するということは、まずは明らかだろう。問題は、いつ、誰に、ということだ。それが確実に起こるとすれば、半導体業界的には「再編への時限爆弾」がセットされた、ということがいえるだろう。何せ、フィリプスの半導体市場は、外部の会社からするとかなり魅力的に見えるはずだからだ。欧州3強の一角であり、欧州外の会社には地域的な補完性が期待できること。携帯電話、家電、自動車といった、みんなが注目している市場に特徴的な製品もあるので、そのあたりに弱い会社にとっては補完、強い会社にとっては合体による強化も期待できる。その上、いまのところは業績も悪くない。

そしてババ抜きが始まる

 半面、なんでそんな組織を売るのかということだが、いまや業界は各プレイヤーがババ抜きでもやるように相互に手札を入れ替えるような時期に入っているように思えてならない。あるいはマージャンか。ツモって手の内で進めるフェイズを過ぎ、みんながポン、チーと鳴き始めたという感じだ。この業界も1次リーグ期間を過ぎつつあり、振り落とされるものが出てくる。「早く役を作って和ってしまわないと」とみんなが焦っている。もちろん、ババを引いたり、無駄ツモしたりしないように注意しなければならないことはいうまでもない。

 フィリップスの半導体事業自体に直接関心がなかったとしても、業界の経営者としては無関心ではいられないはずだ。そのうちほかの誰かがそれを手札に入れ、別な牌を切ってくる可能性もあるのだ。誰かの手のうちの牌を再編すれば、それは別な誰かに必ず影響を与える。欧州3強は、トップではないといっても世界ランカーなので、再編により寡占化が進む方向になるだろう。普通の神経ならば、ただ見守るということはできない。ともかく手札を入れ替え、役を作ってしまわないとならない。さもないと生き残れない。AMDがアルケミー(Alchemy)を売って、ATI Technologiesを買収したのも、そういう手札の入れ替えの一環に見える。

 この業界も、数年先には、合体を繰り返して超巨大になったメジャー・プレイヤーと、限られた市場で生きていくローカル・プレイヤーの2つに分割しないといけないかもしれない。よくいわれるとおり、そこそこの規模でいろいろやっているという選択肢は多分なく、とことん大きくなるか、とことんディープでニッチに、オタッキーな世界を作り上げるか、どちらかである。また、合従連衡の過程で振り落とされるところも出てくるに違いない。キャピタリストでない労働者の身としては、もみくちゃにされそうだ。関係者のみなさん、サバイバルのためにがんばりましょう!記事の終わり

  関連リンク 
Philips to sell majority stake in semiconductors business to private equity consortium KKR, Silver Lake and Alpinvest

Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
   
 
     
「連載:頭脳放談」

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