頭脳放談

第87回 リスクのリンクは世界を回る

Massa POP Izumida
2007/08/24

 今回は、「リスク」について取り上げる。「またRISCネタですか?」という反応は、たぶんほとんどの読者から返ってこないだろう。「CISC、RISC論争も遠くなりにけり」である。

 現在の研究レベルでは短絡的な因果関係は説明できず、ともかく「たまたま」というしかないのかもしれないが、このところ地震がやたらと多い。新潟県中越沖地震やペルー地震の被災者の方々は大変お気の毒だ。脱線するが、「江戸っ子」を自称している筆者にも「お袋が里帰りして生んだ」という過去があり、実は国際免許の「Place of birth」欄には、「NIIGATA,JAPAN」と記載されているくらいだ。でもせいぜい募金に協力したくらいだけれども。

 さて中越沖地震では、原発の安全性が大問題になっている。けれども、産業界的には、新潟県中越地域から遠くにある日本の主だった自動車メーカーの多くの工場が操業を休まざるを得なくなった、という件の衝撃の方が大きかったかもしれない。新潟県中越地域の部品メーカーの1社がダメージを受けた結果として、ほかの地域にある巨大工場の操業が止まってしまったのだ。一部に在庫を持たない「カンバン方式」の弱点みたいな論評も流れているから読んだ方も多いだろう。今回の事件の衝撃は、中越地域にある、いっちゃ悪いけれども業界人以外にはさほど知られているとも思えない規模の1メーカーの、それもそれほど高価とも思えない部品供給がストップしただけで、ほとんどの巨大メーカーが止まってしまった、という事実にある。

 この衝撃を受け、いまごろ自動車業界のあちらこちらで部品供給のリスクの見直しやら、リスク分散体制の構築などにむけて働いている方々が多いのではないだろうか。まさに地震が「見逃していた」リスクを洗い出した、という感じがする。

半導体業界は地震によるリスクを経験済み

 半導体業界を振り返って見れば、新潟県中越沖地震の前の「新潟県中越地震」で三洋電機の半導体工場がダメージを受け、長期間にわたって操業を停止した事件がすでにある。地震での部品供給のドタバタは経験済みという感じもある。でも本当にそうだろうか。

 たまたま、そのときは何とかなった感じがあって済んでいるだけなのかもしれない。メーカーである以上、なるべく在庫は持たないで済ませたいのは共通だが、半導体の場合、昔から「農業」にたとえられる文化からして、自動車産業ほど「カンバン」にはなりきれない、という「有利さ」もある(「農業」については「頭脳放談:第2回 1GHz! 世界を支配するクロックなるモノ」を参照)。工場からほかの工場への製造移管には数カ月のリードタイムが最低でも必要だが、どうせ、どこの半導体工場も似たような製造装置を使っているので移転先の受け皿には困らない。何とかできると、根拠もなく思っているのじゃないだろうか。

 まぁ、地震でダメージをうけた三洋電機の半導体自体は、「意外と早く復旧した」にもかかわらず、現在は「売りに出されて」しまっている。それこそ、次回の頭脳放談で「売れました」という話を書かないとイケナイかもしれない状態である。しかし、三洋電機の半導体の場合、地震ばかりが原因とはいえないので、地震リスクの印象が薄まっている。

リスク連鎖の仮想ストーリーを考えてみる

  個別の話は置いておいて、よく考えてみると、リスクは、部品メーカーのダメージ → 完成品メーカーの製造停止、という単純な連鎖だけでないことにすぐに気付く。電子部品の場合、ある特定の部品の生産が止まっても、完成品メーカーの操業全体が停止するということは、よほど重要な部品以外は考えられない。まずは、その特定部品に依存した特定の機種の製造が停止したり、開始できなかったり、ということになるだろう。しかし、その程度でも影響の連鎖は起こり得る。例えば、ということで「仮想」ストーリーを書いてみよう。

 ある部品メーカーが、何らかの災害でダメージを受け、特定の部品が製造できなくなった。ただしその部品そのものは、数は多いものの、安価なものだ。ダメージを受けた部品メーカーの製品担当営業は、自分の営業成績が上がらなくなるので困ったが、部品メーカーの経営に影響するほどではなかった。自然災害なので不可抗力である。

 その止まった部品は、ある完成品メーカーの携帯電話か何かの最新機種に搭載される専用製品で出荷を開始したばかりだったとしよう。ピン互換の代替品などはない。大昔のように各社が互換のTTL(Transistor-Transistor Logic:半導体を用いた論理回路の1種)を作っていたころと異なり、最近は互換品やセカンド・ソース(別メーカーが製造するまったく同じ設計による製品)がない、というのはごく一般的だからしかたない。止まった部品は中核部品ではなく、ごく安い周辺部品なのだが、ともかくその完成品は製造できなくなってしまった。

 ここで完成品メーカーは、その新商品をクリスマス商戦にぶつけるという戦略の修正を余儀なくされてしまう。しかたがないので、問題の部品を使っていない従来品を増産し、より高価なクラスの別製品を値下げして今シーズンを乗り切ることにする。また、問題の完成品企画は時期を逸してしまうので、先送りして練り直すことにする。

 ところが困ったのがその機種に中核部品を入れる予定だったベンチャー企業である。何とか注文書を受け取っていた分は完成品メーカーに引き取ってもらったが、売れるはずだった量には遠くおよばない。新製品に入って話題になることを前提に強気の拡販戦略をとっていたために、新製品の先送りが徐々に響いてくる。株価は下がり、ついには競合となる大手筋に買収される、と……。少々、作りすぎかもしれないが、こんな話にもなりかねない。

リスクのリンクを見極めるのは難しい

  いいたいことは、遠い地球の裏側の地震か、竜巻か、それともテロかが、それで直接ダメージを負ったわけでもない自分の所のビジネスに致命傷を与えかねない、というリスクのリンクの可能性である。ワールド・ワイド・ウェブだったのはコンピュータの中の仮想世界だけではなく、いまや全世界の実体産業もウェブのようにリスクがリンクしていたというわけだ。

 直ぐに潜在リスクを再評価しないと、という結論が出そうだが、そうもいっていられない事情もある。完成品メーカーであれば、常にセカンド・ソースを確保するとか、ある程度の対策は取り得るし、どの部品が止まったらどの程度の影響があるかはまだ評価しやすいが、部品を納入する側の部品メーカーとなると、自社とは直接関係のない他社の部品供給が、自社ビジネスにどんな影響があるかなど、アンテナを張っていてもその評価は非常に難しい。ほとんど不可能かもしれない。せいぜい能動的にできるとすれば、なるべく客先の幅を広げてリスクを分散させることである。小分けに客先分散していけば、「リスクも分散」するからだ。

 でも、どこからか別の声が聞こえてきそうだ。このところの大問題の1つである、金融危機、株安、信用収縮の方からだ。確かあれは「リスクの高い低所得者向け住宅ローン」を「リスクを小分けにして証券化し、分散」させた結果、「リスクが見えなくなって行き過ぎてしまった」のではなかったっけ? どうも分散すればよい、というものでもないみたいだ。しょせんは、「祇園精舎の鐘の声、諸行は無常」でしょうか。記事の終わり

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Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。
   
 
     
「連載:頭脳放談」

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