頭脳放談

第93回 Intelが本気でリッター・カーを作った?

Massa POP Izumida
2008/02/22

 この時期、ISSCC(International Solid-State Circuits Conference:国際固体素子回路会議)ネタを取り上げないわけにもいかないので、2007年に続き、「今年もまた」である(「頭脳放談:第81回 メニーコアの使い道」)。ISSCCは、半導体業界における最高峰の学会であり、オリンピックともいえるものだ。そのため、その時点で最も注目度の高い研究結果が初めて発表される場ともなっている。

 今回は、そうした注目度の高い研究結果の中から、Intelの「Silverthorne(開発コード名:シルバースローン)を取り上げることにする。この連載でプロセッサに関するネタを取り上げるのも、x86ネタも久しぶりである。余談だが、Linux系のコミュニティでは依然、x86という言葉が生きているので、まだそう書いても大丈夫だと思うのだが、PC系ではIA-32といった言葉で語られることが多くなっているので、そのうちx86も死語になるのかもしれない。

Intelがまじめに作ったリッター・カー?

  前々から書いていることだが、プロセッサそのものは、依然として情報処理の中核部品ではあるのだが、一時期に比べて、注目を集めることが薄れてきているのは確実だ。それが証拠に「x86」という言葉を分かっている程度の周辺の人に、その昔「いま使っているPCは、どんなプロセッサが搭載されている?」と問いかければ即座に、「プロセッサはXX、速度はYYMHz」といった回答が返ってきたものである。ところが最近は、「プロセッサって何」というような人は論外としても、ちゃんと理解している立派なエンジニアに聞いても、「えーと」といいながら、Windows OSの[マイ コンピュータ]を右クリックしてプロパティを眺めてから、「XXのY.YGHzだね」というような回答が返ってくるのである。

 まさに今回取り上げるSilverthorneとは、そんな「日常に埋没した」x86プロセッサの方向を指し示すような新しいプロセッサである。どちらかといえば、これはけなしているのではなくて、「持ち上げている」方の意味で、である。いままで、「スポーツ・カー」のような高性能を絞り出すマシンをまず作り、それを「デチューン」するような形で、「一般化」つまりは低消費電力化、小型化、低価格化などを行ってきた傾向が非常に強いIntelが、設計の最初から「リッター・カー」を作るつもりでまじめに取り組んでみました、という感じだからだ。

 Silverthorneについては、例によってその構想やら何やらから少しずつ漏れ伝わってきていたのだが、今回の発表を受けて一言でまとめれば、低消費電力でチップ・サイズの小さいモバイル向けプロセッサである。ただ、その低消費電力というのが、1W以下から2W程度というx86プロセッサとしては異例の小ささで、かつチップ・サイズも端的ないい方をすれば5mm角相当とこれまた異例の小ささであることが最大の特徴だ。

 この2つの数字だけを見れば、1000円以下(ぶっちゃけたところ量産価格じゃ数百円)で売っている「組み込み向け」のプロセッサと変わらない。ただし、銅配線、High-K、メタル・ゲートと、そのあたりのプロセッサとは比較にならない高性能のIntelの45nmプロセスで作っているので、プロセス・コスト的にも「そのあたり」とは段違いのはずである。数百円で売られるようなことはよもやあるまい。

機能をバッサリ切っても最先端技術を使う

  まずは最先端の製造プロセスで作っている、ということに感銘を受けるのである。確かにIntelが45nmプロセスを使ったって、何の不思議もないのであるが、「組み込み向け」のローエンドのプロセッサには最新鋭の工場は使わず、1世代どころか2世代以上古い工場を割り当てていた過去のIntelの記憶があれば、これはスタンスが変わってきたことのなによりの証明である。

 その上、その先端プロセスのトランジスタのスレッショルド電圧もいじっているようだ(スレッショルド電圧については、「頭脳放談:第9回 銅配線にまつわるエトセトラ」参照のこと)。十羽一からげのほかの半導体メーカーとは違い、大Intelたるもの、プロセスは常に最高性能を出せるような設定に合わせ込んできたものなのだ。が、今回、速度が落ちるのを承知で「この機種用に」敢えてスレショルドを変えてきた。待機時の消費電力を下げるためだと思う。設計的な感覚では、このあたりも「本気度」の表れの1つに見える。

 また、「あるものを落として小さくしました」というのではなく、「出発点だゾ」という気持ちも入っているのが、ソフトウェア的な互換性の面である。SSE3(ストリーミングSIMD拡張命令)やハイパースレッディング(HTテクノロジ)にも対応し、Core 2 Duoと互換性を確保している。ちゃんと64bit拡張にも対応しているようなので、この先しばらくは陳腐化しないで「使える」だけのレベルを保っているのだ。ハードウェア的には、2GHz動作であるし、容量は小さめとはいえ、階層キャッシュ・サブシステムも実装している。まずは十分なレベルに見える。

 ただし何か落とすものを落とさないでは、チップは小さくならない。魔法はないのである。まずバッサリと切ったのは「アウト・オブ・オーダー(命令を並び替えて実行する機能)」という「限界まで高速化するためには必要だが、ハードウェアの大きさに比べたら性能向上はわずか」な部分である。確かに「アウト・オブ・オーダー」には、うまく使えれば数十%の向上は見込めるかもしれない。しかし、そのために回路規模は数倍となる。それよりは多少の性能向上分を切り捨ててでも、回路を半分以下にした方がよい、というバランスの取り方だ。それにソフトウェアから見れば「アウト・オブ・オーダー」が「イン・オーダー」に戻ったからといって問題になるようなところはないはずである(逆は特殊な場合あり得るが)。

Silverthorne はIntelのモバイルへの第一歩?

  だいたいプロセッサを中心とするPCが、電力をむさぼるような事態は「世界にとって大問題」なのである。PCの消費する電力を作るために発電所を作り、CO2を排出しなければならなくなるのだ。この際、少々性能が低くたって十分に使えると割り切ってしまうべきなのである。実際には、個人用のPCの性能のほとんどは「動いていると意識」もされないソフトウェアによって消費されているように思われる。必要なものもあるが、その中には一度も使われないこともあるようなプログラムがメモリ内に存在し続けている。これは、世界のPCの総台数を考えれば大きな無駄である。電力消費という側面から見ても、OSなどのソフトウェアを軽くすることも非常に重要だと思う。

 まぁ、Intel的には、これでx86アーキテクチャを「モバイル」系に広めるための第一歩を踏み出した、ということになるだろう。いままでのx86マシンは、「モバイル」系組み込みプロセッサと落差がありすぎ、到底その世界には入り込めなかった。しかし、Silverthorneと多分その後継ラインアップは、一方でPC世界の巨大なソフトウェア資産との互換性を保ちつつ、現状ではARMコアなどが主流のモバイル系組み込みプロセッサと十分戦えそうである。また、日本ではそういう認識はないが、台湾などでは「WiMAX=3G携帯の1方式」らしいから、そちらのルートからの「モバイル」市場へのアプローチもあり得る。Silverthorneにはそんな原動力ともなり得るポテンシャルが秘められていそうだ。

 それに何よりチップの「ツラ」が組み込み系でよい。その主力マイクロプロセッサには珍しい長方形のレイアウトは、いかにも部品化されたレイアウトであり、「この先、ファミリ製品をシステマチックに次々と作るぞ」という設計の意図が感じられるのである。それゆえ「出発点」として感じるものがあるのだ。とはいえ、Intelは「組み込み」に下りていくアクションを何度もかけながら、結局手を引いてきた前歴がある。今度こそ本気でやりきるのかどうか、これから見極める必要ありと思っている。記事の終わり

IntelのISSCC発表向けとして公開されたプレゼンテーション
IntelがISCCで発表するプレゼンテーションとして公開したものから、機能のレイアウトを重ねたSilverthorneの写真。Intelのプロセッサとしては珍しく長方形のダイを採用している。

  関連記事 
第9回 銅配線にまつわるエトセトラ
第81回 メニーコアの使い道

Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。

 
     
「連載:頭脳放談」

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