頭脳放談

第104回 ネットブックの裏側に見えるIntelの戦略

Massa POP Izumida
2009/01/28

 不況の中、5万円前後の低価格ノートPC「ネットブック」は好調のようだ。出だしのころは「ミニノートPC」とかいっていたはずだが、いつの間にか「ネットブック」というかっこいい名前になってしまった。名前だけでなく、潜在需要を顕在化させたという点で、なかなかのヒットではないだろうか。また、それにつれ、この分野の「仕掛けのもと」でもあり主力プロセッサでもあるIntelのAtomも数量が伸びているようだ。

 パソコン・メーカーにしたら「ミニノート」は値段が安い分、もろ刃の剣で、数は出るけど単価が下がって苦しくなるはずであった。それでも自分だけ出さずにいたら市場を奪われてしまうので「やるしかない」。ASUSTeK Computerが先陣を切ったころの模様眺め状態とは様変わりで、いまやラインアップしてないパソコン・メーカーはないくらいになってしまった。ネットワーク・インフラの契約を条件に「0円」などという表示を見ていると一時期の携帯電話のようでもある。一応、2台目、3台目のパソコン需要の掘り起こしという面もあるが、ノートPCの低価格化を先導してしまっている面もある。この分野での競争激化は「新市場」を確立したものの、値段的には「新市場」で先陣を切ったASUSTeK Computerですら苦しくなっているのではないだろうか。

 Intelにしても、高いCore 2や最新のCore i7ではなく、「お求めやすい」Atomの割合が増えると売上高は当然落ちてくるはずである。しかし、聞くところによれば、ダイ面積が小さいAtomはイールド(収穫率)もよいので原価は安く、意外ともうけはある、ということだ。だが不況の影響も大きく、アナリストに「人員多すぎ」みたいな指摘を受けているIntelであるから、手放しでAtomが売れればよいというような状態でないことも確かであろう。Intelとしても値崩れして、市場が崩壊するのは好ましくないはずだ。「市場コントロール」の手綱は放さないように努力しているに違いない。

 そんなもろ刃の剣ではありつつも、AtomはIntelから仕掛けたなかなかスマートな作戦である。それはIntelの競合社の動向を見るとよく感じられる。一応、競合であるAMDやVIA Technologiesも、Atom対抗ということで、Athlon NeoとかVIA Nanoとかをリリースしてきてはいる。ただ正直、Intelの奇襲に「裏をかかれて」、あるいはサッカー的にいえば「裏をとられて」あわててディフェンスに対処している感を拭いきれない。

 「裏をとられた」というのは、先頭を走るIntelのプロセッサ性能の「上昇」に合わせて何とか付いていこうと「上向き」に頑張っていたところ、突然、「下方」に現れたIntelに「ネットブック市場」の牙城を築かれてしまった、といった感じだろうか。当然上側にはIntelのCore i7などがいるので、サンドイッチになってしまっている。VIA Technologiesなどは「ローエンド」こそ自分の市場だと思っていたはずだから、そこに踏み込まれて実はかなりショックだったのではないだろうか。まぁ、「本土決戦」という感じかもしれない、頑張ってもらいたいものである。

 競合社の「裏をとられた」感が技術的に如実に表れているのが、消費電力のスペックである。IntelのAtomは、2W程度のx86プロセッサとしては出色のよい数値を持っている。それに比べ、対抗機もいろいろな電力制御で何とかしようとしていることはくみ取れるものの、どうもベースの値はあまり褒められたものでない。Intelのように「低いところ」を最初から狙って設計したというよりも、慌てて泥縄的な対応になっているのが感じられるのである。

Intelの狙いは組み込み市場?

 単に「競合の裏をとった」にとどまらない、Intelの本気度がうかがえる対応が、「長年(7年くらい)供給する」という長期供給可能な機種を、Atomにラインアップしていることだ。当然というか、Atomでも消費電力の大きい機種は長期供給対象でなく、可能なのは消費電力の小さめの機種ばかりだ。単なる「埋め草の安物」扱いであれば、そんな約束はしない。売れ筋から離れればさっさと供給中止にするものである。そうしないと後がつっかえてしまうからだ。

 パソコンだけなら機種更新は割と頻繁だから、次の機種になったらまた違う最新型のプロセッサということで全然問題ない。しかし、Atom程度の価格と消費電力の「ローエンド」には、ネットブックだけでない本当の「エンベデッド(組み込み)」の可能性も広がってくる。AMDやVIA Technologiesを慌てさせたことなどはさまつなことで、端的にいえば「ARMアーキテクチャにできてAtomにできないことはない」だ。いままでx86とARMとは、「完全にすみ分けて」いたが、Atomの登場により、確実にARMの上位クラスと「かぶって」きている。ARMが牛耳っていた市場に攻め込むことは不可能ではない。

 ここを攻略することこそ、Intelの真の狙いであろう。「エンベデッド」に参入するためには、足の長い組み込みのために同一チップの長期供給が必須である。その辺もしっかり配慮されているように見えるのだ。

 こういった方向にIntelがかじを切り、多分、AMDやVIA Technologiesも必死に追従しようとするだろう。ある意味、Intelがエンベデッドの市場を奪えば、「互換性」のある彼ら競合にもチャンスが広がるからである。そのためにはより組み込み向けに低消費電力で軽いプロセッサ・ラインアップの整備は不可欠である。迎え撃つARM陣営にしたら「黒船襲来」というところかもしれない。

 しかし、それにしても市場の流れというか世の中の流れの変化が感じられる。昔は、クロック速度命みたいに、みんなが速度ばかりを気にして、「スポーツ・カー」ばかりを欲しがっていた感じだった。だがここにきて、「必要なものが必要なだけあれば十分だ」という流れになりつつある。「モバイル」にしたって、かつては「ノマディック・コンピューティング」なんていう言葉もあったくらいで、狩猟する、獲物を仕留める的な血の気の多い感じだった。

 ところがこの「未曾有」の不況のせいか、最近は、エコあるいは農耕的、またはスローライフ的ともいえるような、「内こもり」の方向に一気に変化したように感じる(外でモバイルしていても、実はネットワークの中のコミュニティに「こもっている」のではないだろうか)。

 プロセッサの動向も世間の風には逆らえない。そんな風向きの激変の中、まさにそっちに流れが向いているのだから、AtomにもNeoにもNanoにも、「頑張って市場を建て直す力になってくれ!」と祈るばかりである。記事の終わり


Massa POP Izumida
日本では数少ないx86プロセッサのアーキテクト。某米国半導体メーカーで8bitと16bitの、日本のベンチャー企業でx86互換プロセッサの設計に従事する。その後、出版社の半導体事業部を経て、現在は某半導体メーカーでRISCプロセッサを中心とした開発を行っている。

 
     
「連載:頭脳放談」

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