HTML5は開発者側の都合。
ユーザーには関係ない
新野淳一
Publickey2010/2/2
本連載「HTML5が拓く新しいWeb」では、HTML5についてこれまでグーグル、モジラ、オペラと海外のWebブラウザベンダにインタビューをしてきましたが、日本にもWebブラウザベンダがあります。その1つである「Lunascape」は、HTML5に対してどのような考えを持っているのでしょうか? 代表取締役兼CEO 近藤秀和氏と営業部 マーケティンググループ 横田昌彦氏に話を聞きました。
なぜ、Lunascapeは3つのエンジンを載せているのか
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─── LunascapeのHTML5に対する取り組みについて教えてください。
近藤 Lunascapeは、Internet Explorer(以下、IE)のレンダリングエンジンであるTrident、FirefoxのGecko、そしてSafariやGoogle Chrome(以下、Chrome)で採用されているWebKitの3つのレンダリングエンジンに対応しています。ですので、HTML5への取り組みという意味では、GeckoとWebKitで対応が進みつつありますからLunascapeでも自然と対応しているということになります。
HTML5のような新しい技術が出てきたときにWebブラウザが対応していないと、誰も使えません。かといって、Webブラウザを新しくしてしまうと、古い技術で作られたこれまでのWebサイトが見えなくなってしまうかもしれません。そもそもLunascapeが3つのレンダリングエンジンを搭載しているのも、それらの問題をどうやって解決していこうかと考えたときに、「レンダリングエンジンを全部積めばいいのではないか」というアイデアが出てきたためです。
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| Lunascape 代表取締役兼CEO 近藤秀和氏 「ITリテラシーが低い方でも使えたり、縦書き表示ができるWebブラウザを実現したい」 |
ローカルストレージは大きくWebの世界を変えるのでは
─── Lunascapeから見て、HTML5の存在とは?
近藤 個人的な考えでは、HTML5になったからといって急にUX(User eXperience、ユーザー体験)は変わらないと思います。HTML5の登場は、あくまでもギークな話というか、開発サイドの問題なのかなと。
横田 HTML5は、先ほどの近藤の話にもありますように、Webブラウザごとにかなり進ちょく状況が違っています。W3Cでのメーリングリストのディスカッションにマイクロソフトもようやく加わってきたようですが、まだTridentの対応は遅れています。
しかしTridentは、現状では一番シェアがあるレンダリングエンジンです。そのため、「HTML5のアプリケーションが増えてきたけど、IEが対応していないからWebブラウザをどんどん切り替えていく」のは現実的ではないでしょう。HTML5の登場によって、さらにWebブラウザ間の差が広がっていくとすれば、いままで以上にトリプルエンジンを積んでいるLunascapeは大きな意味を持っていくのではないかと思います。
─── HTML5の機能の中で何に注目してますか?
近藤 ローカルストレージ機能は、大きくWebの世界を変えるのではないでしょうか。ローカルアプリケーションでできてWebでできないことは、まさにデータを保存することだったわけで、それが担保されるのはWebアプリケーションの作り方を間違いなく変えると思います。
Canvasの機能も注目してはいますが、同様のことはいままでFlashでもできていましたし、「いままでFlashをやっていた人が皆Canvasへ移る」とは思えません。ただし、HTML5のCanvasが効果的だと思われるのは、モバイルの端末や家電など、現在Flashが動いていない分野です。大きな革新になるでしょう。
ただ単にレンダリングエンジンを載せているだけではない
─── Lunascapeはレンダリングエンジンが対応してくれることで自動的にHTML5へ対応しているように見えます。HTML5対応のレンダリングエンジンを載せるに当たっての工夫や仕組みなどはあるのでしょうか?
近藤 たしかにレンダリングエンジンが進化してくれることで、われわれのWebブラウザ自身が進化するところはあります。では「なぜ、われわれのように3つのレンダリングエンジンを載せているところがないのか」というと、技術的なハードルがいくつかあって、それほど簡単なことではないのです。そういうハードルを、われわれは越えてきました。
また、単に載せているのではなくチューニングを施しているので、実際ほかのWebブラウザに比べて、1割くらいはスピードが速くなっています。さらにWebKitについていえば、われわれが採用しはじめたころは日本語のサポートがままならない状況でして、かなりWebKit側にフィードバックをしてきました。実際に常用利用できるものとして昇華するという開発は、かなりしています。
FirefoxのGeckoエンジンは世界中のエンジニアが作っていますし、ChromeもSafariもやはりWebKitを組み込んで作られていて、いまは「レンダリングエンジン自体は皆で作っていこうよ」という流れなんですね。われわれも、Webブラウザベンダとしてオープンソースのコミュニティに参加しているのです。
横田 オープンソースのレンダリングエンジンに、これだけコミットして報告できるWebブラウザベンダで、なおかつ日本でやっている会社というのは、おそらくほかにないと思います。われわれには、日本のユーザーのリクエストを聞いて、それをレンダリングエンジンを作っているプラットフォームに伝えていく、という役割があるのかもしれません。
Lunascapeの最新版バージョン6は、GeckoのFirefoxアドオンが使えることが特徴なのですが、それができているWebブラウザはFirefoxを除けば、多分ほかにはないと思います。なぜLunascape 6で、それが可能なのかを分かりやすくいうと、Geckoというものを、ものすごくよく理解していて、いったんバラバラにしたうえでLunascpe 6の中で再構築しているからです。
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| Lunascape 営業部 マーケティンググループ 横田昌彦氏 「HTML5の登場によって、さらにWebブラウザ間の差が広がっていくとすれば、いままで以上にトリプルエンジンを積んでいるLunascapeは大きな意味を持っていく」 |
そういう意味ですと、Tridentも非常に詳しく理解していますし、GeckoもWebKitも同じレベルで理解しています。こうした各レンダリングエンジンの挙動や中身をちゃんと知っているベンダもほかにないと思いますし、Webブラウザに対する理解は非常に深いベンダだと思います。
Geckoは、勝ち組の座をWebKitに取って代わられた
─── そうしたレンダリングエンジンを詳しく理解している立場から見て、それぞれの特徴や進化の仕方などについて、どう考えていますか。
近藤 まずTridentですが、インターネットを広めたという意味では重要な時代を作ったと思います。「その時代のインターネットをちゃんと見るには、これしかない」という意味では、いまでも重要です。一方で、「その時代から本質的には、ほとんど進化していない」という面もあります。「過去との互換性を持つという使命に関して、苦労しているのではないかな」という印象です。
Geckoに関しては、もともとは世界中のボランティアが集まって作ったものでしたが、それをMozilla Corpという会社にしたところから、「少しおかしくなってきたかなあ」と思っています。「皆でボランティアで作ったものを、なぜ誰かがお金にしているの?」ということがアメリカでは一時話題にもなりましたけれども、それでやや求心力を失いつつあるのかもしれません。そういう意味で、初心に返ってほしいですね。Geckoは良いレンダリングエンジンですし、インターネットを変えるきっかけになったものだと思っています。
WebKitは、Geckoに比べて軽量なところが支持されているのかと想像します。また、モジラのようにWebKitのコーポレーションがあるわけでもなく、そういうオープン性も支持されているのかもしれません。
Geckoは、Tridentに対して優位性があって勝ち組に見えました。しかし、そこにWebKitが現れて良い意味での競争になって、業界全体やインターネットの進化につながっているのではないでしょうか。
われわれの立ち位置は、そういうテクノロジをちゃんとユーザーに伝えることです。われわれ以外のWebブラウザベンダは、マイクロソフトにしてもモジラにしてもグーグルにしても非常に大きなベンダです。しかし、われわれは小回りを生かしながら、もう少し細かい対応をユーザーに提供できるので、ユーザーサイドに立った開発をしていきたい。
10年間の集大成としてまとめた結果が、HTML5
─── 1人のエンジニア、あるいはWebブラウザを作っている立場としてWebの進化を、どうとらえているのでしょう?
近藤 そもそも、現在のWebが急激に進化し始めたのは、標準仕様の進化とともにWebブラウザが競争し始めたからでしょう。そしてWebブラウザは、まだまだこれから進化すると思います。
繰り返しますが、HTML5については「いまできることを仕様にしましょう」という印象を持っていて、実はUXはあまり変わらないと思っています。例えば、グラフィックス機能はFlashでできることですし、ローカルストレージ機能はActiveXのコントロールを入れて実現しているところは、すでにあります。どちらかというと、HTML5というのは開発者側の都合で、Web開発者が面倒がないように標準化したのでしょう。
そのため、もしかしたらこのHTML5の次、いうなれば「HTML6」時代が、Webがさらに進化するときだと思います。そういう踏み台としてHTML5は大事なのではないでしょうか。
一方で、それでもIE 6を使っている人は20%以上いて、どうしてもそこに引きずられます。簡単に過去を切り離すことはできません。Webの進化は、Webブラウザの進化にリンクするといえますし、だんだん分化していくのではないでしょうか。
また、いまのWebブラウザのユーザーインターフエィスは「Mosaic」のころからほとんど変わっていません。そういう意味では、もうちょっとユーザーサイドから考えた進化も考えなくてはいけないと思います。ITリテラシーが低い方でも使えるとか。また、縦書き表示などについても考えています。Webでは縦書き文化はほとんど広がっていませんし、仕様化もほとんどされていませんから、その辺りもまだまだWebが進化する必要がある点の1つだと思います。
HTML 4が登場したのは、約10年前です。そういう意味では、10年たってようやく、いろいろなインターネットの技術がいったん集まってHTML5になってきて、「この10年間の集大成として、皆が考えてきたことをまとめるとHTML5になりました」ということですね。ここで一回まとめたことで、次の10年が始まるかなと期待しています。
でもWebブラウザベンダとしては、現実というものがあるのも忘れてはいけないと思っています。例えば、企業内であればIE 6でしか使えないWebページもまだ多いですし、それが10年で変わるかといえば変わらないかもしれません。10年後もIE 6が残っているかもしれません。少し前でいうと、Windows NTが企業内で残っているような、それに近いことがWebブラウザでも起こるのではないでしょうか。
ですから、技術側の都合ではなく、ユーザーが、どんなWebサイトでも考えずに使えて、最新技術も使えるというWebブラウザをサポートしていければと思っています。
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新野 淳一(にいの じゅんいち)Publickey アスキーでリレーショナルデータベースInformixのテクニカルサポートを担当し、Windows Magazine編集部でnetPCを創刊、ASCII NT副編集長となる。フリーランスを経て、2000年にアットマーク・アイティの創立に参画、取締役に就任し、Webサイト@ITの立ち上げを行う。2008年再びフリーランスとなり、2009年、Webサイト「Publickey」を立ち上げる。 |
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- 第1回 ネイティブアプリ級のHTML5にグーグルが期待すること
- 第2回 たぶん技術革新のなかでHTML5も通過点に過ぎない
- 第3回 HTML5はFlashやSilverlightを不要なものにする
- 第4回 HTML5は開発者側の都合。ユーザーには関係ない
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