日本型サイネージを作ろう中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(5)

ディスプレイ業界、通信・ネットワーク業界、広告業界。この3つが日本の大きな可能性、デジタルサイネージに熱い視線を送っている

» 2011年12月19日 10時00分 公開
[中村伊知哉@IT]

通信・ネットワーク業界、広告業界からの熱い視線

 3つの産業が熱い視線を送っている。ディスプレイ業界、通信・ネットワーク業界、広告業界。この3つが1つの交点=サイネージに注目しているわけよ。

 私が理事長を務める「デジタルサイネージコンソーシアム」は、5年後には産業規模が10倍以上になって、1兆円に達すると予測している。日本が強みを発揮する成長シナリオを当て込んでいるのだ。

 薄型ディスプレイの製造力はなんだかんだいってまだ強い。光ファイバーやモバイル通信網などデジタルネットワークは世界最先端。ポップで軽快なコンテンツを制作する力もトップクラス。三拍子でそろっている国は韓国を除き他にない。

 さらに、日本には、海外にない多くの持ち物がある。

 例えばケータイ。ガラパゴスとやゆされるほど高度に発達したモバイル通信がサイネージと合体する。マス向けの大型画面と、個人の手のひらのケータイ端末とを連動させて情報を流す。ケータイの課金機能を生かして購買にもつなげる。

 ローソン「東京メディア」やファミマ「SSE」がケータイにフェリカタッチさせているように、大画面で見せて手のひらに誘導するモデルは定着した。逆に、ケータイからサイネージに情報を発信するモデルが注目される。

 秋葉原のヨドバシカメラ前で、巨大ディスプレイにケータイを手にしたアベックが画面に向かって数字を打ち込むゲームをしている。ケータイからTwitterでサイネージ表示するシステムもある。老若男女がモバイルで発信するリテラシーは日本特有。アップロード型のサイネージは日本から世界に広がる。

 そして、自動販売機。八百万(やおよろず)には届かぬが、国内に560万台が配備される自販機ユビキタス日本。有望なサイネージの舞台だ。

 JR 東日本の駅で展開されているサイネージ自販機は、ジュースなどの商品ではなく47型スクリーンがあるだけで、しかも年齢や性別が判別できる。自販機の前に誰もいないときはコンテンツを配信し、人が自販機の前に立って商品を購入しようという場合は、年齢や性別を判定してオススメ商品を表示する。

写真 サイネージ自販機

 24時間、電源オンで、ネットでつながる。自販機の中に液晶画面が埋め込まれたサイネージとなり、商品やキャンペーンの情報が流され、おカネが動く。日本特有の光景だ。

 他にも日本的なサイネージはたくさんある。カラオケ。客が入っていても1/3の時間はカラオケに使われていないという。歌っていない間のディスプレイは絶好のCMメディア。密室サイネージだ。

 そしてパチンコ。最近のパチンコ台は中央にディスプレイが埋め込まれていて、アニメや特撮ドラマを題材にしたタイアップ機や、著名芸能人が監修またはモチーフとするものもある。

写真 スロットマシン

 ゲーセンもそう。スロットマシンは筐体が動画メディア化している。パチスロ「俺の空」や「バーチャファイター」は、数字やチェリーが回る周囲が皆動画を表示するスクリーンとなって、一体としてエンターテインメントを提供している。

 コインを差し込んで、たまったコインを穴に落とすコイン落としも、正面がスクリーンとなっていて、右から左に走る貨車にコインをタイミングよくぶつけるとルーレットが回転、それでコインをゲットできる仕組み。知らぬ間にデジタルな遊びに変わっている。

 セガ「トイレッツ」。おしっこでゲームができる! おもしろ電子POP!「溜めろ! 小便小僧」おしっこの量を測る。「落書き早消し! 何秒で消せるかな?」おしっこで落書きを消そう!「ぶっかけバトル!鼻から牛乳」前におしっこした人と対戦!

写真 トイレッツ

 面白くクダラナイことを考えるのは私でもできる。だが、それをホンマにやってまう、というのが日本のポップ。システムを作って、コンテンツを用意して、実際に便所に設置して実用に供するのだ。経営会議でどんな議論を経て資金を投入してチームを作ってスケジュール管理して実現に至ったのだろう。かつて世界市場を凌駕した日本ゲーム界のDNAがサイネージでも何かやらかしてくれると期待させる。

 デジタルサイネージコンソーシアムが行った実験もその流れだ。秋葉原駅構内に置かれたディスプレイの前に立つと、映し出された自分が「初音ミク」に変身させられてしまう。うれしくなって足を止めると、「献血に行こう」という呼び掛けが表れる。赤十字社と連携したポップ献血キャンペーンだ。結構な数の献血が集まったのは、「ミク」サイネージとアキハバラの土地柄との相性か。

 大阪・千日前「だるま」。巨大なヒゲおじさんの立体看板の下にある電子看板「だるまビジョン」では、浪速のロッキー・赤井英和さんが「二度づけ禁止!」と訴える。地元民は、おっ串揚げ屋か、と認識する。大阪の串揚げ店ではソースの壺が共用で、食べかけを二度つけるのはご法度であることが共有されているからだ。けったいな、でもナルホドとうならせるコテコテのローカルサイネージ。

写真 だるまビジョン

 他にも、赤ちょうちんがしゃべって光ったり、制服の裏地がサイネージだったり、「痛車」に描かれた萌えキャラを動画にしたり、そんなクールジャパン的な空想もできる。てゆーか、実際そーゆーのを私は開発してみたい。

 ケータイ、自販機、カラオケ、これら「ものづくり」の力=技術力と、「ポップなコンテンツ」=文化力のドッキングが威力を発揮。世界に打って出るには、この「ハード」と「ソフト」を合体した力が必要だ。その両方を持っているのが日本の強みなのだ。そして「ホンマにやってまう力」、つまり「鉄の意思」を掛け合わせたところ、3つの光が交わる点に、日本型サイネージの明るい未来が展望できる。

Profile

中村伊知哉

中村伊知哉
(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


記事中写真:著者撮影

アイコンイラスト:土井ラブ平


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