ビヨンド・クールジャパン!?中村伊知哉のもういっぺんイってみな!(6)

コンテンツという文化力と、ものづくりという技術力を掛け合わせる。両方を国内に持ち合わせている国は多くない。チャンスなのだ

» 2012年01月27日 06時00分 公開
[中村伊知哉@IT]

マンガ、アニメ、ファッションの総合戦略を

 ずいぶん遅ればせながら賀正。2012年は元気な年にしたいね! とゆーわけで、チョット元気が出るネタを。

 初夏にパリ郊外で開かれる「ジャパンエキスポ」の会場。おっさんどもが「涼宮ハルヒ」の主題歌をバックに踊りまくっている。女の子たちが日本の女子高生の制服をまとっている。何かのアニメのコスプレなのか、あるいはホントに日本の女子高生にあこがれているのか。日本では絶滅危惧種のガングロもヤマンバもいる。10年前に500人の来場で始まったこの日本文化イベントには、2011年には4日間で20万人が足を運んだ。

 クールジャパン!

 フランクフルト大学の日本学科は教員が2名のところ、日本のポップカルチャー熱で一昨年は100人、昨年は200人の学生が入ってきたという。アメリカでは年間20回近くアニメファンのイベントが開催されている。アジアでも日本のポップカルチャーは評判が高い。重慶や南京といった反日感情の高い町でも日本ポップイベントを開くと熱狂的な歓迎を受けるという。

 クールジャパン!

 特に海外に進出しているのは、マンガ、アニメ、ゲームの御三家だ。マンガ、アニメともに海外で1千億円を超える売り上げを誇り、ゲームソフトの海外市場は7000億円に達するとみられる。世界で放送されているアニメの6割が日本製とされ、「ポケモン」は68カ国で放映、中国での「クレヨンしんちゃん」の認知度は8割近いという。

 クールジャパン!

 アメリカでもフランスでも日本のマンガが現地コミックをしのぐ人気を見せている。古来、横書きで左綴じの本を読んできた欧米では今、右手で開く右綴じの日本マンガの翻訳版が書店に並ぶという文化史的な現象が進んでいる。

 クールジャパン!

 政府もコンテンツ産業に期待を寄せるようになった。14兆円の市場が大きく成長することを見込み、総務省、文部科学省、経済産業省、外務省などが支援策を講じている。政府の知財計画では、2020年までにデジタルコンテンツ事業を5倍に成長させるとしている。

 クールジャパン!

 しかし。実はコンテンツ産業はあっぷあっぷしている。市場規模は、拡大はおろか逆に減少に転じつつあるのだ。出版も音楽も映画も放送も皆苦しんでいる。広告も縮小傾向だ。

 クールジャパン?

 ポップカルチャー御三家も苦戦。1997年に5700億円の売り上げがあったマンガは2009年には4200億円まで縮小。アニメ制作時間数は2006年をピークに減少、DVDの売上も減少している。ゲームも国内市場は2008年から減少に転じている。

 クールジャパン?

 海外で御三家が奮闘しているとはいえ、コンテンツ全体の国際競争力は高くない。収入の海外・国内比は日本は4.3%で、アメリカの17%に遠く及ばない。政府はアジア市場の収入を2020年までに1兆円拡大する意向だが、道筋が見えているわけではない。

 クールジャパン?

 ゲームにしても、ビジネスの主戦場はかつて日本勢が世界を制したテレビゲームからパソコン上のネットゲームに移行しており、韓国が世界市場の10%を獲得する一方、日本は完全に出遅れた。GREEやモバゲーが巻き返してくれるか。10年前にアジアでJ-POPというジャンルを確立したポップ音楽も、今は韓国のK-POPに地位を奪われている。

 クールジャパン?

 コンテンツ産業が苦戦しているのは、リーマンショック以降の景気のせいばかりではない。ネットの普及で変化した消費者の需要に対応できていない面がある。かつての、少品種の商品を大量に売るヒット商法が、無数のコンテンツを無料で消費するユーザーの嗜好に合わなくなってきているのだ。

 若いネットユーザーは、明らかにコンテンツの消費性向がその上までの世代とは異なっている。コンテンツにお金を払って向き合うより、無料コンテンツをみんなで共有して遊ぶコミュニケーションに価値を見いだしている。コンテンツ側も根本的な戦略の転換が必要だ。

 とはいえコンテンツ産業はGDPの3%。頑張ったところで国の支柱となる規模ではない。ただ、かつて取り締まりの対象でしかなかったマンガやゲームを政府が今や国の宝として扱っているのは、ハーバード大のジョセフ・ナイ教授が「日本はポップカルチャーの強みを発揮し、ソフトパワーを発信できる」と評した通り、その外部経済効果が大きいからだ。産業規模は小さくても、コンテンツがもたらすイメージやブランド力が他の産業を押し上げる効果を持つ。

 そこで。複合クールジャパン策を求めたい。コンテンツと、他業種との連携だ。エンターテインメントに家電、ファッション、食といった日本の強みを組み合わせ、総掛かりで海外進出を図ることである。

 コンテンツという文化力と、ものづくりという技術力を掛け合わせる。いずれも日本の強みだ。てゆーか、その両方を国内に持ち合わせている国は多くない。チャンスなのだ。しかし、アニメのオモチャ商品やコスプレ衣装など、コンテンツ絡みの多面展開はこれまで、商品ごとや企業ごとの連携は見られたものの、産業を横断する面的な取り組みは乏しかった。

 ヒントはある。韓国メーカーは政府の後押しもあり、K-POPや韓流ドラマの映像を組み込んで販売することでアジア市場での家電製品のシェアを伸ばしている。韓国旅行を題材にした映画をヒットさせてアジアからの観光客を引き寄せたりもしている。

 アメリカでは日本のスナック菓子が静かにヒットしているという。菓子のおいしさと、かわいいパッケージデザインやキャラクターが受けていて、日本食品店に行かなくてもネットで手に入るようになった。製造力と文化力の融合がデジタル技術で新しい市場を開く可能性が見える。

 オタクの聖地アキハバラはアジアからの買い物客でにぎわっている。80年代、家電の町からパソコンの町に変身した後、90年代にポップカルチャーの町へと転身した秋葉原では、アニメのキャラクター人形やカードゲームの売り場の隣に抵抗器やコンデンサが並んでいる。そのハードとソフトの融合した環境が文化とビジネスの増殖炉となっている。

 こうしたジャンル融合による輸出戦略を大規模に推し進めることが必要だ。政府には異業種を連携させるコーディネイト役を期待したいが、そのためにはタテ割り省庁の壁を超えて取り組む覚悟が求められる。

 身の回りに眠る日本の魅力を掘り起こし、ハードとソフトを組み合わせた総合力を発揮できれば、新しい成長エンジンの芽も見えてくるだろう。

 最近、外務省は「ビヨンド・クールジャパン」、クールジャパンを超えていこうと唱え始めた。マンガ、アニメ、ファッションの個別領域を乗り越えた総合戦略が要るというわけだ。よし、そうすっか。

 では、年始めに、皆さんご唱和ください。

 ビヨンド・クールジャパン!

Profile

中村伊知哉

中村伊知哉
(なかむら・いちや)

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。
京都大学経済学部卒業。慶應義塾大学博士(政策・メディア)。

デジタル教科書教材協議会副会長、 デジタルサイネージコンソーシアム理事長、NPO法人CANVAS副理事長、融合研究所代表理事などを兼務。内閣官房知的財産戦略本部、総務省、文部科学省、経済産業省などの委員を務める。1984年、ロックバンド「少年ナイフ」のディレクターを経て郵政省入省。通信・放送融合政策、インターネット政策などを担当。1988年MITメディアラボ客員教授。2002年スタンフォード日本センター研究所長を経て現職。

著書に『デジタル教科書革命』(ソフトバンククリエイティブ、共著)、『デジタルサイネージ戦略』(アスキー・メディアワークス、共著)、『デジタルサイネージ革命』(朝日新聞出版、共著)、『通信と放送の融合のこれから』(翔泳社)、『デジタルのおもちゃ箱』(NTT出版)など。

twitter @ichiyanakamura http://www.ichiya.org/jpn/


アイコンイラスト:土井ラブ平


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