近くのアプリより遠くのデスクトップ
―― リモート・デスクトップ接続の意外な実力 ――

小川 誉久
2002/02/21


 インターネット接続環境の高速化と低価格化はまったく目をみはるばかりだ。いまや光ファイバを引けるエリアなら、個人でも、毎月1万円そこそこの出費で100Mbpsクラスのブロードバンド接続を手に入れられるようになった。「頼りはISDN」だった数年前、ケーブル・インターネットやxDSLのサービス提供エリアの拡大を心待ちにしていたあの頃とは隔世の感がある。

 仕事がら弊社のスタッフも、ケーブルやADSLなどのブロードバンド接続を自宅に導入している人間が多い。このようなブロードバンド・インターネットが普及して変わったこと、それは「何も会社にいなくても仕事できるじゃない?」という感覚だ。

 実験も兼ねて弊社では、VPN(Virtual Private Network)接続環境を構築している。ご存じのとおりVPNは、暗号化技術を活用することで、通信インフラとしてインターネットを利用しながら、ポイント to ポイントの専用線接続を可能にする技術である。これによりスタッフは、自宅のパソコンから、VPNによって社内のLANに接続し、あたかも社内LANの中で作業しているように、サーバの共有フォルダや共有プリンタなどにアクセスできるようになる。

 アナログ電話回線やISDNといった公衆回線を利用してダイヤルアップ接続するRAS(Remote Access Server)を使えば、パソコンを遠隔地にあるLANに接続することは可能だったが、通信速度が遅すぎて、限定的な使い方しかできなかった。これに対しVPNでは、双方がインターネットにブロードバンド接続していれば、1Mbps〜100Mbpsという圧倒的なスピードで通信することができる。実効速度次第だが、理論上は、10BASEイーサネット・ネットワーク程度の性能を得ることは十分可能なのだ。弊社の場合は、自宅をサテライト・オフィスとして機能させるためにVPNを活用している。これ以外にも、従来は高額な専用線契約が必要だった企業の本支店間のネットワーク接続などとしてもVPNを活用する例が増えている。

 会社のLANにVPNの入口が設けられ、自宅からこれに接続できるようになって最も便利になった点は、サーバ上にあるファイルの持ち出しや書き戻しに神経を使わなくてもよくなったことだ。従来はWindowsのオフライン・フォルダなどの機能を使い、自宅作業で必要になりそうなファイルをノートPCなどにコピーしてから会社を離れていた。自宅ではノートPCにコピーしたこれらのファイルを編集し、次に出社したらファイルをサーバに書き戻すといった作業をしていた。しかし、うっかりして必要なファイルを忘れてしまったり、編集済みファイルの書き戻しを忘れたりすることが少なくなかった。何より、生来の面倒くさがりである筆者にとって、必要そうなファイルを特定してコピーするという作業自体、心理的な負担が大きかった。

 しかしVPNが導入されて、会社のLANにいつでもアクセス可能になったことで、よほど巨大なファイルでもないかぎり、ファイルをコピーして持ち出す必要がなくなった(筆者の自宅は下り8Mbpsのケーブル・インターネット接続)。これは実にありがたい。弊社では、コンピュータ用語辞典(Insider's Computer Dictionary)の編集環境として、SQL ServerとVisual Basicで作成したフロント・エンド・プログラムを組み合わせたクライアント/サーバ型の業務アプリケーションを使っているのだが、これもVPNを経由して問題なく使えるようになった(この編集環境の詳細についてはInsider.NET「NetDictionary 第1回 オフライン・ミーティング・レポート」を参照)。

 そしてもう1つ。私たちはWebページの編集をMacromedia Dreamweaverを使って行っているのだが、VPNを使えば、会社のサーバにあるファイルをDreamweaverで直接開いて編集できるはずだ。これが可能なら、ローカルPCにファイルをコピーする必要すらない。すばらしいではないか。

 しかしこの考えは甘かった。出来ることは出来るものの、大変な苦痛が伴うのだ。詳しい原因は調査していないが、一時ファイルなどへのアクセスが発生しているのかどうか、スムースに作業出来ているかと思いきや、思いもかけない操作によって大量のファイルI/Oが発生して、一時的にロックしたような状態に陥ることがある。どの操作によってファイルI/Oが発生するかが分かれば、運用でこれを回避することができるのだが、マウス・ポインタをちょっと動かしただけでもこれが起こってしまうことがある(ユーザーには分かりにくいが、多くのWindowsアプリケーションは、マウス・ポインタの挙動を監視しており、ボタンがクリックされないときでも、何らかの上をポインタが通過するだけでも内部処理を実行することがある)。

 このため、うっかりマウス・ポインタも移動できない。何事もないことを祈りながら、そろりそろりとポインタを動かす。これは大丈夫、これも平気だった、こっちに動かすと……ドカン! まるで地雷原の中を歩いているような心境である。とてもではないが神経が持たない。

 やはりローカルPC上のアプリケーションから直接リモート・ファイルを編集するのではなく、いったんローカル・ディスクにコピーする必要があるのか? しかしこれでは、必要なファイルを選ぶという面倒をまた背負わなければならないではないか。

 そこで思いついたのは、Windowsのリモート・デスクトップ接続である。筆者は、会社ではWindows XP Professionalを使っている。このリモート・デスクトップ・サーバ機能を使って、自宅のPCからリモート・デスクトップで接続し、会社のデスクトップ上でDreamweaverを実行すればよいのではないか?(リモート・デスクトップのサーバ機能はWindows 2000 Server群にも搭載されている) 特に、Windows XPのリモート・デスクトップでは、フルカラー対応などの機能が強化され、処理性能も向上しているようだ。筆者は自宅ではWindows 2000 Professionalを使っているのだが、Windows 2000やWindows Meで利用可能なリモート・デスクトップ・クライアント・ソフトウェアがWindows XPのインストールCDに用意されている。これを使ってみよう。

 いうまでもなく、リモート・デスクトップ接続では、アプリケーション実行などはすべてリモート側(今回のケースでは会社のデスクトップ側)で行われ、画面表示の情報だけがネットワークを経由してやってくることになる。しかしマウス操作を駆使するグラフィカル・アプリケーションでは、画面の更新が頻繁なので、果たして実用的に使えるのか、当初は疑問だった。確かに、画面表示のオーバーヘッドは小さくないのだが、実際のアプリケーションの処理そのものはリモートのデスクトップ側で行われているため、思っていたほど苦痛ではない。例えていえば、コンピュータのCPUクロックをグッと下げたような感じである。ストレスがないといえば嘘になるが、地雷原の中を恐る恐る歩くような不安はない。

  結果的に、自宅からWebページを編集するときを始め、最近では多くの作業をリモート・デスクトップで実行するようになった。やはり「やってみなけりゃ分からない」ものである。End of Article


小川 誉久(おがわ よしひさ)
株式会社デジタルアドバンテージ 代表取締役社長。東京農工大学 工学部 材料システム工学科卒。'86年 カシオ計算機株式会社 入社、オフコン向けのBASICインタープリタの開発、Cコンパイラのメンテナンスなどを行う。'89年 株式会社アスキー 出版局 第一書籍編集部入社、書籍編集者を経て、月刊スーパーアスキーの創刊に参画。'94年月刊スーパーアスキー デスク、'95年 同副編集長、'97年 同編集長に就任。'98年 月刊スーパーアスキーの休刊を機に株式会社アスキーを退職、デジタルアドバンテージを設立した。現Windows Insider編集長。

「Opinion」



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