IT技術者よ、自らの“価値”に目覚めよ!これからのITアーキテクト像(1)(2/2 ページ)

» 2011年03月09日 12時00分 公開
[黒田茂生,日本IBM]
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ITアーキテクトに求められている“価値”とは?

 ただ、日本ではそうした人材が少ないだけに、「ビジネスと人に関わり、その両者にベネフィットを提供できるゆえに重要だ」と言われても、まだ具体的にイメージできない部分が残るかと思います。そこで、ITアーキテクトという存在をきちんと理解するために、「ビジネスと人に関わり、その両者にベネフィットを提供できる」とはどういうことなのか、“ITアーキテクトに求められている価値”を、もう少し具体的なレベルにまで落とし込んでみましょう。

 これは「IT業界がこの先、どのような方向に向かって行くのか」という“ITアーキテクトが置かれている環境”に照らし合わせて考えてみると、明らかにできると思います。

 特に注目すべきは、技術の成熟度がますます高まり、選択肢も増え続けてはいますが、「何らかの問題を解決する“画期的な要素技術”が出現し、全てを解決する」といった夢のような状況は、もはや起こり得ないだろうということです。つまり、一つの要素技術を考えるだけでは、“十分な価値”を生み出すことは難しくなってきているということです。

 また、もう一つ、注目すべきは、かつてIT技術者は“高価なコンピュータの面倒を、唯一、見ることができる人”として重宝されてきましたが、現在は、ハードウェア、ソフトウェアの進歩とともに、コンピュータは多くの人にとって身近なものとなっています。そして、コンピュータを運用することも、多くの場合、特別な技術ではなくなっています。つまり“コンピュータの面倒を見る”ことの価値も低下しているのです。

 これはもちろんIT業界だけの話ではありません。他の専門職、例えば化学の分野なども同じだと言われています。例えば、かつて物質の化学反応は専門的な知識と経験を持った一部の専門家にしか扱えない問題でしたが、専門家らによって知識が整理され、反応のパターンが解明されると、分野によっては特別な専門家でなくとも問題を取り扱えるようになりました。

 では、以上のような状況にあるIT業界において、「ビジネスと人に関わり、その両者にベネフィットを提供できる」――すなわち、“ITアーキテクトが提供すべき価値”とは、いったいどのようなものなのでしょうか?

 これは以上のような状況と、ITが使われる企業において「いま、高付加価値とはどのようなことを指しているのか」を考え合わせることで導き出せるのではないでしょうか。

 通常、企業はさまざまな目的を持って活動していますが、一言に集約すれば「顧客、社会、株主、社員における利益(幸福)の追求」と言えます。その目的のために人が集まり、組織が作られ、ビジネスのプロセスが実行されているわけですが、そうした目的を達成することに直結していればいるほど、その活動は「価値が高い」と評されるのです。少々乱暴に言うと、「売り上げを増加させるために、組織的あるいは再現性のある活動を行うこと」で、「価値を提供している」と認められるのです。

 つまり、企業が利益を追求する上で、そのための「ビジネスの競争力の源泉を提供できること」が、「高い価値」だとすれば、 競争力となり得る「ビジネスの仕組みを考える人」「企業の仕組みを考える人」「次のIT(要素技術をつなぎ合わせた技術)を考える人」、そして「経営に参加する人」が、今後「価値を提供していく人」と言えるでしょう。

 ここまで考えれば、「高い価値を生み出すITアーキテクト」の具体像も、自ずと導き出すことができます。それは上記のような、「ビジネスの競争力の源泉を提供する」ことを「ITを使って実現できる人」のことを指すのではないでしょうか。そしてこれを具体的に言ったものが、前のページで紹介したIPAによるITアーキテクトの定義なのではないかと、筆者は考えるのです。

 「ビジネスの課題を理解する」「要求を明確にする」「要求と制約の衝突を取り除き、解決策(アーキテクチャ)を設計する」「ステークホルダーを説得し、解決策についての合意を獲得する」「解決策の実装に責任を持つ」「ステークホルダーの満足を獲得する」――

 いかがでしょうか。先ほど読んだときよりも、一言一言の印象が強く迫っては来ませんでしょうか? 筆者としては、以上のように“ITアーキテクトを取り巻く背景”を考えた上で、あらためてこれらを読んでみると、“ITアーキテクトにいま求められている価値”が、一層明確かつ具体的に理解できるように思うのです。

ITアーキテクトは、あくまで“ITアーキテクト”として成長する

 さて、では第一回のまとめとして、そうした「“高い価値を提供できるITアーキテクト”になるためには何が必要なのか」についても触れておきたいと思います。

 最初に指摘しておきたいのは、ITアーキテクトとは“技術者の成長過程の一形態ではない”ということです。つまり、プログラマが経験を積んでITアーキテクトになり、さらにプロジェクトマネージャに成長する、というものではなく、“ITアーキテクトはITアーキテクトとして成長する”ということです。実際、上記の「ITアーキテクトに求められている価値」を考えれば、それなりのスキルと経験が必要になることを理解できるのではないでしょうか。

 具体的には「多くの要素技術を経験する」「多くのアーキテクチャを経験する」「業界を知る」「ビジネスを知る」「(課題解決の対象となる企業における)ビジネスの課題とビジネス・ドライバを理解する」「多くのステークホルダーを知る」ことが求められます。これらはプログラマとしての経験を積んでもカバーし切れるものではありません。ITアーキテクトとして成長するためには、「ITアーキテクトとしての経験」を積み、「ITアーキテクトとしての技術」を身に付けることが大切なのです。

 また、技術者としての職責に関連したところとは別に、ビジネスにおける専門分野を持ち、 その分野では、現場の実践者の視点で高度な専門性を発揮できなければいけません。これらに留意して、ITアーキテクトとして成長しようと努力することで、自らの価値を高めていけると筆者は考えています。


 さて、以上のように、現代社会において、ビジネスと人に高い価値を提供するITアーキテクトという存在は、非常に重要な役割を担っています。今回掘り下げた内容を基に、もし“未来型のITアーキテクト”を定義するとすれば、 「ビジネスに深く関連するアーキテクチャを決定するために、積極的に行動できる人」と言えるでしょう。

 では、これは具体的にはどういうことなのでしょうか?――このように、筆者が考える“未来のITアーキテクト像”を少しずつ紹介し、“IT技術者のあるべき姿”をみなさんとともに考えていくことが本連載のテーマです。次回はITアーキテクトのスキルや役割について解説したいと思います。

筆者プロフィール

黒田 茂生(くろだ しげお)

日本IBM シニアITアーキテクト Senior Certified クライアントITアーキテクト。日本IBMに入社以来、ミッドレンジ・サーバ、およびPCサーバの製品スペシャリストとして中小規模の顧客企業に対して技術サポートを担当。その後、ソリューション・スペシャリストとしてECサイト構築などe-businessの案件に携わり、現在は営業部門所属の顧客担当アーキテクトとしてネット系ベンチャー企業に対するソリューション提案を行っている。また、IBMのアーキテクト研修のコース責任者/講師も担当。


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