戦略と技術のコラボレーションで事業をつくる例で学ぶビジネスモデリング(8)(1/4 ページ)

» 2006年09月08日 12時00分 公開
[山本啓二,ウルシステムズ株式会社]

ここ数回にわたり、業務の最適化における技術者の活躍や、情報システム部門の戦略的活動にまつわる事例を紹介してきた。今回は、それらの場面よりさらに上流、事業そのものを企画・開発する場面で、どのように技術力が求められるかについて紹介する。なお、本稿の事例は、弊社における実際のプロジェクトの知見に基づく架空のものであり、実在の企業や人物とは無関係であることをお断りしておく。

プレセールスから自分の仕事を自分で作る

 ある夏の暑い朝、ITコンサルタントの湯舟は、戦略コンサルタントの野田と、クライアント企業の入った真新しいオフィスビルのロビーで落ち合った。クライアントは海外映画の配給で急成長中のベンチャーで、野田の知人から紹介を受けての初訪問だ。

 映画の会社らしくポスターやチラシの目に付く受付で来意を告げ、案内された会議室で出された冷たい麦茶に少し口を付けたところで、2人のクライアントが入ってきた。1人はメディアでもよく見知った顔だ。この事業をほとんど1人で立ち上げたという、山田社長。もう1人は、紹介を受けた直接の相手である、久慈宣伝部長であろう。山田社長は、スピードを最大の価値とするベンチャーの社長らしく、あいさつもそこそこにいきなり本題に入った。

 「映画配給というビジネスは、どれだけ良いフィルムを仕入れてこられるか、それによって、どれだけ多くの観客に足を運んでもらえるかという勝負です」

 山田社長は、指を2つ折って見せながら、早口に話を切り出した。にこやかで落ち着いた口ぶりで、しかし、さすが急成長企業の社長という迫力がある。

 「われわれは、大手が見向きもしなかったような、低予算だが質の高いフィルムを仕入れてくることで、おかげさまで業界内で一定の地歩を築くことができました。しかし、この質の高いフィルムというのが、いまだに一部の映画ファンにしか届けられていない。もっと多くの方々に、われわれの掘り出してきたフィルムを通じて、映画の楽しさを知ってほしい。またわれわれにとっても、この上の成長を目指すとなると、後者、観客動員数というところで、一層の飛躍が必要になってくる、今回ご相談をさせていただきたいと思っているのは、そのためのプロモーションについてのお話です。観客動員数さえ見込めれば、シネコンはついてくる」

 山田社長の話は、少し飛躍した、と湯舟が思ったところで、野田が相づちを打つ形で、補足、確認をした。


<<ポイント>> 経営者と呼ばれる人の中には、会話の中で話題が始終飛躍するようなタイプがよく見られる。経営者の興味を理解し、文脈をとらえて会話についていけないと、無能の烙印(らくいん)を押されることがある。


 「シネコンがかなりのシェアを持つ中、どれだけ多くのスクリーンでフィルムを掛けていただけるかというところですね、それが観客動員数を大きく左右する」

 「そうです。系列の映画館を持っている邦画会社と違って、われわれはそのような資源を持っていない。マニア向けの単館を中心に営業してきたが、いまや、シネコンで掛けてもらえない限り、一般のファンには届けられない。一定の観客動員が望めない限り、シネコンでは掛けてもらえない。当然のことですが、ほかの配給会社との競争ですから」

 山田社長は、そこで久慈部長にうなずきかけた。久慈部長が話を継ぐ。

 「つまり、私ども宣伝部としては、一般のファンに訴求して、多くの観客を呼べるとシネコンに思ってもらえるプロモーション手段を探しているというわけです。雑誌・新聞・テレビなど既存の媒体でのプロモーションも行っていますが、大手との競争が激しく、費用対効果が上がらないことが分かってきました。体力勝負になったら勝てません」

 湯舟はそこで初めて口を開いた。

 「久慈部長、御社ではすでにインターネット広告などを活用されているご様子ですが」

 事前に一通りネットで調べてきたのだ。現在配給中の作品については、検索エンジンのキーワード広告にも出ているし、作品の公式サイトにはクライアント会社の担当者ブログまでオープンしている。


<<ポイント>> 特に初訪問の際には、相手が経営者であれ担当者であれ、ネットでちょっと検索すれば分かるような情報は、あらかじめ仕入れていくのがマナー。


 「そうですね、キーワード広告、バナー広告、作品サイト、宣伝ブログと、一通りは手を打っているつもりです。ただ、キーワード広告については、結局作品名で検索してもらうしかない、“映画”とかの一般的過ぎるキーワードでは高くつく。バナーは大手も出してきていて、そこで存在感を出そうとすれば、結局体力勝負になる。何をするにも作品サイトがなくちゃ始まりませんが、それ単体では一般ファンへの宣伝効果は見込めません。一番効いてるのがブログですが、これはマニア層からトラックバックをもらって、マニアの間で話題になったり、その方々の知人に知ってもらうということでそれなりの費用対効果が上がっています。ただ、それだけで、シネコンに掛けてもらえるだけのヒットにつなげられるか、というと、いかにも弱い」

 「なるほど……」

 湯舟はうなずいた。普通に打てる手は打ってある。それで事足りているなら自分たちに声は掛からない。湯舟たちの勤める会社は、『戦略とビジネスとITの融合』を標榜するコンサルティング会社だ。それなりに難しいお題をもらうのが当たり前のことだった。とはいえ、これは、難しい話になってきたぞと、湯舟はかすかに眉をひそめた。

 「まあ大体はそういうことで、後は久慈と詳しく詰めていただいて、よろしくご検討ください。私はここで失礼しますが、良いご提案をお待ちしてますよ」

 おもむろに山田社長は立ち上がり、湯舟たちのあいさつにうなずいて会議室を出て行った。


<<ポイント>> クライアント、特に経営者はいつも多忙なもの。できるだけ短時間で効率よく、ヒアリングや説得などの目的を達成できるような準備を怠りなく。


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