“めげない開発チーム”を作るのに必要なことより良いチームを作るために

世界同時不況の影響で開発コストが大幅に削減され、閉塞感が漂う開発現場は多い。そのようなとき、どうやってモチベーションを維持し、上げていけばよいのか。デバッグ工学研究所代表の松尾谷徹氏に話を聞いた。

» 2009年09月02日 12時00分 公開
[大津 心(@IT情報マネジメント編集部),@IT]

 リーマンショックを契機に世界同時不況に突入し、ITシステムの開発コストは大幅に削減されている。開発案件自体が減少しているほか、既存の開発案件においても“コスト削減”や“生産性の向上”が叫ばれている現場がほとんどだろう。このような状況下、システム開発の現場では閉塞感を感じている担当者も多い。

 では、このような状況下においても、システムやソフトウェア開発チームのモチベーションを維持するためにはどうすればよいのだろうか。多くのプロジェクト案件を手掛け、現在ではチームモチベーションやテスト管理などを研究しているデバッグ工学研究所代表の松尾谷徹氏に話を聞いた。

仲間意識の薄い開発チーム

 松尾谷氏はまず、現在のITシステム開発業界について、「完全にヒエラルキーができあがっており、頂点にはわずかな大手SIerが君臨し、その下に大小さまざまな外注開発部隊が存在する。そのような状況下、業界を支えている現場の開発者たちは、かなりの閉塞感を感じている状況だ」と分析する。

 さらにその状況を悪化させているのが、開発チームの状況だという。同氏は、現在の多くの開発チームにおいて、「開発者の人間関係を良好に保つスキルが弱くなってきており、仲間意識が薄くなってきている。それが働く環境を悪化させている。これが端緒に表れているのがランチタイムで、1人で食べている者が多い。どんどんみんなが孤立していっている」というのだ。

 また、従来より日本では業務知識や開発スキルを机上での学習ではなく、「OJT(On the Job Training)」を採用し、現場で育てる企業が多い。しかし、このOJT制度自体が崩壊しつつあると同氏は指摘する。「従来のOJT制度は“先輩がきちんと現場で後輩に継承する”という形があった。しかし、いまは“先輩が忙しすぎて後輩の面倒を見ることができない”や“そもそも先輩にスキルがない”といった理由から、後輩にきちんとスキルを継承できていないケースが多い。従って、最近の若者は“過去の自分の経験”の中からしか気付きを得られない。訓練と実践の比率がめちゃくちゃな状態だ」と解説した。

ALT デバッグ工学研究所 代表 松尾谷徹氏

 これにより問題となるのが、「熟練者の不在」だ。さまざまな問題が発生するITシステム開発現場では、「プロジェクトマネジメントのプロ」「プログラミングのプロ」「テストツールのプロ」といった具合に、“その道のプロ・熟練者”が非常に重要な役割を占める。しかし、会社側がきちんとした教育制度や教育への投資を行っていないため、ほとんどの企業でこういった熟練者が不足し、プロジェクトの非効率化を招いているという。

 ただし、このような状況は開発企業側だけの問題ではない。日本のシステム開発の場合、見積もりの段階で「完成までに単価○×円の人材が△□人月かかるので総額いくら」という見積もりを出し、よほど大幅な仕様変更がない限り、この見積額に収まるように開発していくケースが多い。これでは、「単価の高い熟練者を使うと総額が上がり、そもそも受注できない」「効率化のためにツールを入れると総工数が減って売り上げが減少する」といった問題が起こるため、開発企業側のメリットになりにくい。

 また、「組み込み開発の世界では、テスト段階でソースコードを1行1行レビューするのも許されるが、エンタープライズはスピードが命であるため一部しかテストできていない。スピードが遅ければ受注できないからだ。にもかかわらず、バグも許されない。非常に厳しい環境だ」(同氏)といった問題もあるという。

 このようなSI業界における構造上の問題が、閉塞感を助長している一因になっていると松尾谷氏は解説した。

ブルドーザーとクレーンの操作は違う

 そして、開発現場でもう1つ問題となっているのが「ツール習熟度の低さ」だという。開発効率を上げるためにツールを導入しても、きちんと使いこなすための教育をしていないために、そのツールのメリットをきちんと享受できていないというのだ。

 「例えブルドーザーの達人だったとしても、その人がクレーンの達人であるわけではない。ブルドーザーにはブルドーザー操作のためのコツがあり、クレーンも同様だ。ツールが違えば、そのツールを100%使いこなすために、5年や10年はそのツールを使い続けてもらうことが重要。その投資が、後に“真の効率化”を生み出すからだ。例えば、テストであれば、テスト専門チームを作り、そのチームをテストツールの使い方を含め、テストのプロに育てていくことが必要だ」(松尾谷氏)と強調した。

 テストツールの場合、開発中のシステム構成などによって、テストしなければならないバリエーションがかなりの数にのぼる。従って、プロのテスターには、正確なテスト項目を導き出すための「分析能力」と、正しいテスト項目を選ぶための「選択能力」の2つが特に必要になってくる。これらを見極め、きちんと横展開したうえで正しいテストを実施することが、「最も効率的なテストツールの活用」につながるというのだ。

 逆に、現在多くの開発現場では「中途半端なプロがほとんどで、きちんとしたノウハウを持っていないため、縦割り部署ごとに部分テストを作業的に実施し、連結テストもきちんと実施できていない。そのため、バグが発生して責められ、孤立する、という悪循環に陥っている。どうにかこの負の連鎖を断ち切らなければならない」(松尾谷氏)と主張した。

パートナー満足度を上げることが重要

 しかし、現実的に考えて、先に挙げた「SI業界における構造上の問題」や「プロフェッショナル教育に投資するべき」といった問題を解決するのは、現場の人間にはなかなか難しい。本気で取り組んでも、効果を出すのに数年間は必要だろう。では、現場の人間はどのように直近のモチベーションを維持し、上げていけばよいのだろうか。

 まず、松尾谷氏は企業の方向性として、「昔は従業員満足度」だけを考えていたという状況から、現在では「パートナー満足度」の向上へ移りつつあると指摘する。パートナー満足度とは、プロジェクト仲間の満足だという。

 そして、さらに個々人のモチベーションは、「自己の成長」「他人からの評価」「プロジェクトの目的を説明されているか」「リーダーの人間性」の4点に依存しているという。特に自己の成長については、「意外に多くの人間がここに比重を置いている」(松尾谷氏)とした。

 つまり、プロジェクトリーダーは、開発メンバーのこの4点を意識して管理することが非常に重要だ。このモチベーション管理が、仲間意識の薄い開発メンバーをつなぎ、パートナー満足度を高めるきっかけにもつながるという。松尾谷氏は、「人材育成ができていない現状を打破することが重要だ。まずは、個々人のモチベーションを上げることがチーム力の向上、さらに大きな視点では企業の開発効率向上にもつながる。まずはモチベーションを改善し、企業の教育姿勢などを序々に変えていく活動をするべきだ」と改善策を示した。

 なお、@IT情報マネジメントでは、2009年9月17日に秋葉原UDXにおいて、「@IT情報マネジメント ソフトウェアテスト・ミーティング 2009」を開催する。同セミナーでは、松尾谷氏をお呼びして、今回解説したチーム作りやモチベーション維持のポイントをさらに詳しく解説するほか、各種ツール活用に関するメリット・デメリットなどをさらに掘り下げ、さまざまな実例を交えて解説する。

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