ビジネスソフト ヒント×テクニック
意思決定


システム開発の発注先を合理的に決定するには?

Sharpmind Inc.
松尾 順

2007/12/17

多数の評価基準を持つ選択問題では、どの基準がどれくらい重要か、正しく重み付けをするのが難しい場合がある。もっと合理的な選択手法はないだろうか?

 「システム開発の発注先を簡便に決定するには?」では加重合計を使って選択判断を行いましたが、重み付けを主観で行うため、その妥当性に確信が持てないとき、結果に疑問が残るうらみがあります。

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 そこで、重み付け(ウェイト)を合理的に計算で導き出す手法をご紹介しましょう。AHP(Analytic Hierarchy Process)と呼ばれる方法で、1970年代に米国のサーティ(T. L. Saaty)という数学者が提案しました。

 「AHP」という3文字には、Hierarchy(ヒエラルキー)という言葉が含まれています。これは「会社のヒエラルキー構造」といったふうによく使われますが、「階層」のことです。AHPでは、代替案の優劣を決めるに当たって、総合評価をいくつかの個別評価に分解──つまり評価項目を階層化します。そして、各階層ごとに評価項目を1対ずつ、「AとBではどちらが重要か?」という問いを繰り返して、ここから計算でウェイトと最終評価を導き出す方法です。

 今回もRFPを配布して、それに対して開発提案書を提出してきた5つのシステム開発会社から発注先を1つ選定するという架空の設定を例に説明していきます。

評価基準を設定する

[ステップ1] 評価の視点を決定する

 まず、「当社システム開発を発注するにふさわしい会社」という総合評価を、要素になる個別評価に分解していきます。今回も、

  • 開発実績
  • 人材の質
  • 提案の妥当性
  • 見積もり(提案価格)

の4視点で評価を進めていきます。AHPでは、階層的構造図という図を作ることが多いようです。この例題の評価基準/代替案の構造は、下図のようになります。

階層的構造図
図1 システム開発の発注先決定問題の階層図

[ステップ2] 評価項目同士を一対比較する

 次に、評価項目を一対比較していきます。これはこの4項目のうちの2つを一対として、その重要性を相対比較して値を与えていくものです。例えば「開発実績」と「人材の質」を比較して同じくらい重要であれば1、「人材の質」と「提案の妥当性」では前者がやや重要であれば3というように、総当たりで判断するわけです。一般には以下の評価値が使用されますので、ここでもこれに準じます。

  • 9=極めて重要
  • 7=かなり重要
  • 5=重要
  • 3=やや重要
  • 1=同じくらい

 これを以下のような表に入力していきます。行項目の方が列項目より重要な場合は上の評価値を、列項目が行項目より重要な場合はその逆数を入力します。表では、対角の位置にあるセルの値が、相互に逆数となりますね。

評価尺度表
画面1 一対比較の値を表形式でまとめる。同じ評価項目が交わるセルには1(同じぐらい重要)を入力。対称の位置にあるセルには逆数が入るので、左下半分は数式で自動計算できる(セルの表示形式は「分数」にしている)

[ステップ3] 評価項目の重要度を計算する

 次に、このExcel表を使って各評価項目の重要度(ウェイト)を計算します。計算方法はいくつかありますが、ここでは幾何平均(相乗平均)を用います。幾何平均は、n個のデータの積のn乗根です。

 「開発実績」であれば、C2・D2・E2・F2の4つのセルの値を掛け合わせ、4乗根を取ります。ここではセルG2に「=(C2*D2*E2*F2)^(1/4)」と入力しています。「^」(ハット)はExcelでn乗を表す記号で、1/nを指定することで幾何平均が得られます(説明は省きますが、POWER関数、GEOMEAN関数を使う方法もあります)。ほかの評価項目も同様に幾何平均を計算し、その合計を出します。

幾何平均を求める
画面2 各行で幾何平均を求める。セルG6は4つの行の合計値を示している

 この幾何平均の合計に対する各幾何平均の割合が、各評価項目のウェイトです。各行の幾何平均値を幾何平均の合計で除します。当然ながら、ウェイト値の総和は1になります。

評価尺度表
画面3 評価項目のウェイトが算出できた

評価項目ごとに代替案を評価する

[ステップ4] 開発実績に関して5社を一対比較する

 次に、代替案(選択肢)となる発注候補企業の評価を行います。これは評価基準ごと、すなわち「開発基準でA社とB社、A社とC社……を比較」「人材の質でA社とB社、A社とC社……を比較」……というように、すべての組み合わせで判定をしていくのです。

 まずは「開発実績」です。

開発実績の面から、5社を一対比較
画面4 開発実績で5社を一対比較する

 A社の開発実績は、B社に対しては“かなり優れている”ので7、D社に対しては“極めて優れている”ので9となっています。一方、C社に対しては“やや劣る”ようなので1/3と評価されているようですね。

 表のすべてが埋まったら、評価項目と同様に幾何平均とウェイトを算出します。

開発実績で5社を一対比較
画面5 「開発実績」の一対比較と幾何平均、ウェイト

[ステップ5] そのほかの評価項目に関して5社を一対比較する

 同様に「人材の質」「提案の妥当性」「見積もり」に関しても、5社の一対比較を行い、幾何平均とウェイトを求めます。

「人材の質」の一対比較
画面6 「人材の質」の一対比較と幾何平均、ウェイト

「提案の妥当性」の一対比較
画面7 「提案の妥当性」の一対比較と幾何平均、ウェイト

「見積もり」の一対比較
画面8 「見積もり」の一対比較と幾何平均、ウェイト

総合評点を算出する

[ステップ6] 各ウェイト値から総合評点を計算する

 評価項目別になっている代替案のウェイト(優劣)に、該当する評価項目のウェイト(重要度)を乗じてそれを合計すれば、それが各社の総合評点になります。これは加重合計のときと同じ作業ですが、今回は少しスマートにMMULT関数を使ってみましょう。MMULTは、2配列の行列積を返す関数です。まずは計算しやすいように、代替案と評価項目のウェイトを1つの表にまとめます。

ウェイトをまとめる
画面9 ウェイトをまとめる(クリック >> 図版拡大

 まずはA社の総合評点を計算します。A社の行にあるセルR2にMMULT関数を配置することにしましょう。MMULT関数の配列1にはA社のウェイト(K2:N2)、配列2には評価項目のウェイト(P2:P5)を指定して「=MMULT(K2:N2,P2:P5)」とすれば、A社の総合評点が得られます。

MMULT関数
画面10 MMULT関数

 B〜E社も同様に計算します。評価項目のウェイトを「$P$2:$P$5」のように絶対参照にしておけば、フィルハンドルをつかんでドラッグ(オートフィル)するだけです。

総合評点
画面11 総合評点を求める

総合評価

 総合評点を見てみると、最高得点はE社の0.29、次いでC社0.26となっています。「システム開発の発注先を簡便に決定するには?」の単純な加重合計のときは1位は同じE社でしたが、2位はB社でした。評価項目のウェイトを見ると、開発実績が突出して高い値になっていることが分かります。そのため、開発実績に秀でたC社の評価が高まったようです。

 AHPでは、決定者が判定するのは評価基準と代替案の一対比較だけです。Excelで計算を行う場合、計算プロセスをすべてセル参照でつなげておけば、「かなり重要をやや重要に変えるとどうなるか」といったシミュレーションが可能になります。これも意思決定や問題の理解の一助になるでしょう。

筆者プロフィール
松尾 順(まつお じゅん)
1964年福岡県生まれ。早稲田大学商学部出身。市場調査会社、IT系シンクタンク、広告会社、ネットサービスベンチャー、ネット関連ソフト開発・販売会社を経て、2001年より有限会社シャープマインド代表。マーケティングリサーチ、広告プロモーション企画&プロデュース、Webサイト開発企画&プロデュースを多数手掛ける。
顧客心理の理解向上を目指す「マインドリーディング・ブログ」主宰。「シナプスマーケティングカレッジ」講師。

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