協力的な顧客や従業員からシグナルを得る場合は、素直に要望や不満を聞いてみればいい。しかし、せっかく顧客や従業員から直接聞き出せるチャンスがあっても、質問の仕方がまずいと聞き出せるものも聞き出せないことになりかねない。
うまい質問者は、答えからできるだけたくさんの情報を引き出そうと質問する。これに対して下手な質問者が答えから得る情報は少なく、そのままでは意味が分からないことすらある。
下手な質問者が出す質問は答えが「Yes」か「No」の選択になることが多いが、うまい質問者が出す質問は、答えが記述的になることが多い。答えが記述的であれば、その答えからさらに質問を考えることもでき、回答する側が答えようとしていなかった情報まで引き出すことも可能となる。
この場合、あらかじめ質問者に有利となる情報を引き出そうと質問をつないでいけば、それは誘導尋問である。ビジネス刑事が誘導尋問を使う必要はないが、「いつ」「誰が」「どこで」「何を」「どのように」「なぜ」といった5W1Hを駆使した、できるだけ多くの情報を引き出せるような質問技術は、身に付けておくべきだろう。
ベテラン刑事も5W1Hを使って、聞き込み相手が意識していなかった潜在記憶を呼び起こそうと質問する。例えば、先に取り上げた営業日報でも、記載項目を5W1Hの視点で設定することによって、営業担当者に顧客のシグナルを意識させるようにすることができる。
自分の行動を「Yes」と「No」でしか考えられなくなっている人は、印象の強かった記憶を除いて、情報の多くを自分の記憶から振り落としてしまっている。SFAやCRMツールの多くが5W1Hの視点で入力項目を設定している理由は、営業担当者に自分の記憶を意識的に管理させようとする意図があるからである。
アンケートは、可能な限りの多くの人から、できる限り多くの情報を引き出すことができる強力なツールである。しかし、アンケートをうまく使って意義ある回答を得ることに成功している人はあまり多くない。「弊社の商品やサービスに満足していますか?」という質問に対して「はい」と「いいえ」という選択枝しかない場合、多くの日本人は「いいえ」を選ぶのに勇気が要るだろう。
一方で、満足度を5〜10段階から選ぶ形式であれば、遠慮の気持ちがあったとしても、5段階で3、10段階で6くらいの回答はできるだろう。質問者はこの回答結果から遠慮の気持ち分を引けば、5段階で2、10段階で4くらいの評価ではないかという推測を立てることができる。この場合、他社も含めた別の商品やサービスに対する評価も聞いてみれば、比較することによって、もっと正確な推測ができるようになるだろう。
「はい」「いいえ」だけの選択枝で「いいえ」が少なくて喜ぶ人や、遠慮の気持ちが入った高めの満足度に喜ぶ人がいかに多いことか。喜ばせるためにアンケートさせられる側は、たまったものではない。本当の答えは行動結果によって知らされる。アンケートは状況判断を誤らせてしまうことさえあるのだ。
アンケートが状況判断を誤らせてしまうケースとして、特に注意が必要なのが以下のような状況である。「弊社の商品やサービスに満足していますか?」という質問に対して、「はい」が70%、「いいえ」が30%だったとしよう。おそらく集計結果が円グラフ、要素棒グラフで表示され、好ましい結果ということで終わりだろう。しかし、考えてみて欲しい。
アンケート結果は、いろいろな人たちが答えたことによるものだという当たり前のことを。アンケート結果で本当に注意すべきことは、単問ごとの回答傾向ではなく、アンケート全体での回答傾向である。「はい」と答えた人はほかの質問にはどのように答えているのか、「いいえ」と答えた人はほかの質問ではどのように答えているのか。
もし、「いいえ」と答えた30%の人たちがほかの質問で女性ばかりだったとしたら、あるいはリピート客ばかりだったとしたら、事は重大である。女性客やリピート客がアンケート調査に対して誠実に発信していたシグナルを見落としてしまっているのである。
アンケートをやたらと何度も何度も実施したり、嫌になるほどたくさんの設問を設定してもあまり意味はない。アンケートデータの中に込められたシグナルを見落とさないように、何度も分析し直してみることこそ重要である。刑事は何度も現場に足を運ぶ。捜査の基本は粘りである。捜索済みの現場に手掛かりが残っていることがある。分析済みのアンケートにも、シグナルがまだ残っているかもしれないと考えるべきなのである。
シグナルを集めるためには、シグナルが集まりやすい環境を作り出すことも大切である。警察官が普段行っている地道な警ら(パトロール)活動は、市民に安心を与え、信頼を得るための大変意義のある活動だ。地道な警ら活動を誠実に遂行しているからこそ、いざというときに市民からさまざまな情報が提供される。
企業でも同じことがいえる。普段から顧客や従業員などからの意見や要望を聞く姿勢を見せることによって、本当に欲しいシグナルが集まってくる。口コミ掲示板や情報誌、提案箱、要望シートなど、コミュニケーションを密にしようと努力する組織にシグナルが先により多く集まりやすいことは、いうまでもないだろう。
今回は、捜査の技術第3条「手掛かりをしっかりと押さえる」についてご説明した。次回は、捜査の技術第4条「仮説を基に探し出す」について説明する。仮説の設定と廃棄の繰り返しが、真実へと接近させる。何の考えもなしにやみくもに探し回っても成果は期待できない。
仮説のある行動は、「失敗を成功のもと」とできるのである。
杉浦 司(すぎうら つかさ)
杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役
京都生まれ。
京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。
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