責任を押し付ける上司と、泥沼の四角関係目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(8)(1/4 ページ)

» 2007年06月26日 12時00分 公開
[森下裕史(シスアド達人倶楽部),@IT]

第7回までのあらすじ

前回、サンドラフトに一番足りないものが結束力だと分析した西田は、坂口と八島、伊東の3人をホテイドリンクの工場視察に送り込む。そこで坂口は業務改革のエピソードに感銘を受け、八島はホテイドリンクのシステムに触発されるなど、大いに刺激を受けたのだった。



責任を坂口に押し付けようとする上司

坂口 「名間瀬室長、そろそろ会議の時間ですが」

名間瀬 「あぁ……分かっている。いま、ちょっと区切りが悪いから、先に始めておいてくれるか」

坂口 「分かりました。では、後でお願いします」

 名間瀬はそういったものの、区切りの悪いものなど何もなかった。普通に考えても無理なプロジェクトの責任を押し付けられるのが嫌になってきたのだ。ここは、「坂口を育てる」とかの口実を使って、一歩引いた状態で臨むのが将来に有利に働くに違いない。名間瀬はそう思うと、少しずつ権限を委譲するような形で坂口に仕事を投げようとしていた。

 坂口も、最近名間瀬が会議で発言が少なくなったのを不思議に思ったが、いつも工期のことばかりを問題にする名間瀬の発言がなくなったので、坂口もこれ幸いと特に気には留めなかった。むしろ、自分に期待されているのだとますます張り切る坂口だった。

 会議室ではすでにメンバーが集まっていたが、前進しない会議の内容にいら立ちを隠せない雰囲気だった。

坂口 「それでは、会議を始めたいと思います。前回のまとめと、その後のヒアリングを踏まえ、業務手順の流れを修正しましたのでご確認をお願いします」

岸谷 「坂口、こんなペースで間に合うのかい? まだ、名間瀬室長がいないから代わりにいうが、確かに1年後のリリースは無理にしても、少しでも工期を短くするために工夫が必要じゃないのか?」

坂口 「いえ、要件定義をしっかりしておかないと、後で手戻りが発生する方がよっぽど危険です。ここは我慢のしどころだと思います」

藤木 「そうはいうけど、いつまでにまとめれば、いつごろシステムができるというめどくらいはついているの?」

坂口 「それは……。要件定義が固まらないと、正確な工期が出せないので」

藤木 「いや、製造でも納期が無理な要求はよくあるが、それなりに全体像を想定して対応しないとうまくいかなくなるよ」

坂口 「それはそうなんですが、まずは要件定義を固めさせてください。おい伊東くん、寝てる場合じゃないだろ! 資料の配布は!」

 連日の資料作成とシスアドの勉強で睡眠不足の伊東は、すっかり夢の世界に旅立っていた。

伊東 「あっ、すいません。すいましぇん!! すぐにやります!」

 そういうといきなりイスにつまずいて持っていた資料をばらまいた。

坂口 「まったく、もっと緊張感を持ってもらわないと困るよ」

 坂口は引きつった顔で散らばった資料を集め、メンバーに配布した。資料にはこれまでヒアリングした結果を踏まえ、現状の問題点をまとめていた。しかし、問題点の粒度がバラバラで、システム化するには見えていない部分も多くあった。

坂口 「お配りした資料には、まだまだ調査不足が多くあります。今後、不足個所については追加調査を行いたいと思います。皆さんにはご協力をお願いします」

 八島はパラパラっと資料を読むといつもの口調で切り出した。

八島 「坂口くぅん。これじゃ、らちが明かないなぁ……。もっと、全体像でとらえようよ?。このレポートに書かれている問題点は枝葉末節の部分もあれば、ビジネスの根幹の部分もある。これを同じ土俵で話すのは無理だぜぇ」

坂口 「それはこれから追加調査で整理してですね。……」

八島 「だからぁ、それじゃビジネスのスピードについていけないちゅうの! 名間瀬室長の話も現実味がないが、坂口の話も遅過ぎるぞ!!」

坂口 「じゃ、どうすればいいんですか!」

 坂口は八島の口調にいら立ってきた。そんな坂口を見ても八島は相変わらずだ。

八島 「だからぁ、目標を分ければいいんだよ。まぁ、普通に考えれば無理かもしんないけど。僕ならできちゃうんだなぁ、これが」

坂口 「どういうことですか?」

八島 「要はプラットフォームになる骨組みシステムを作る。これは、既存システムから必要なデータをまとめればOK。それから、機能をまとまった順に載せていく。もちろん、独立性の高いまとめ方じゃないと、修正が多くなるからその辺は任せるよ」

藤木 「なるほど、要件定義全部をまとめてからではなく、できたところから始めればその分完成も早くなるからな」

岸谷 「いいな、それ。形が見えないものはどうも苦手だ」

八島 「大事なのはプラットフォームと各機能に当たるモジュールとのインターフェイス部分だけど、ここは任せてくれていいよぅ」

坂口 「しかし、要件定義が定まっていないまま開発を始めるのは危険じゃないですか?」

八島 「堅いな?お前さんはぁ。机上の空論ではシステムは動かんよ!」

岸谷 「そうだな。坂口。ちょっと型にはまり過ぎじゃないか?」

藤木 「八島さんのアイデアでいってみよう。坂口、いいだろ?」

坂口 「しかし……」

岸谷 「お前のいっていることも分かるが、八島さんの案はそれなりの経験のうえでの話だ。見えない現状を打破する1つの手だぞ」

 釈然としない坂口と、方向性が出てきて一歩でも前に進みたいほかのメンバーとの間に微妙な空気が流れた。こういう状況に不慣れな伊東は議事録を取るフリをしてじっと下を向いていた。そこへ名間瀬がやって来た。

名間瀬 「遅れてスマン。坂口、どうなりそうだ」

 微妙な雰囲気を察しながらも代理である坂口に声を掛けた。坂口も気を取り直し、深呼吸を1つすると会議の流れを説明した。

名間瀬 「八島くん、それだと1年で何とかなるのかね」

八島 「それは、ムリでしょ。でも部分リリースは可能かもしれませんよ」

名間瀬 「何とかならないのか」

八島 「ハリボテ作るならできるでしょうけど、今後のサンドラフトのためなら意味ありませんよ」

名間瀬 「分かった」

 そういうと、名間瀬は少し決意したような顔をしてメンバーに向かって宣言した。

名間瀬 「よし、では八島くんの案でいこう。坂口、いちいち俺にお伺いを立てるのも時間のロスだ。メインで動くようにしてくれ。佐藤専務には俺から話しておく」

坂口 「……。分かりました」

 坂口は納得いかないものの、室長の決定とあれば仕方ないと思い、渋々うなずいた。自分がメインで動ければ多少はスピードを上げられるかもしれない。そんな思いも坂口にはあった。名間瀬は、このプロジェクトに自分の痕跡を極力残すまいと決めたのだ。専務には適当なことをいって失敗したときの責任は坂口に押し付けられるようにすればいい。そんなことを考えているとは坂口には知る由もなかった。

 その後の会議はプラットフォームになるべきデータベース構築と、表になるサービスの切り分けの話に終始した。会議が終わるとやっとプレッシャーから開放された喜びでうれしそうに伊東が坂口にいった。

伊東 「坂口さん、よかったですね! 方向性が決まって。このままだとどうなるかと思いましたよ」

坂口 「何いってるんだ。やることが減ったわけじゃないだろう。むしろスピードを上げて少しでも早く要件をまとめないと」

伊東 「あっ、すっ、すいません! そっ、そうですね。頑張りまっす!」

 懐こうとした犬が飼い主に手ひどく怒られたように、ションボリとして資料の片付けを行う伊東だった。坂口は自分の力不足とそれを見透かされた思いでしばらく窓の外を見つめていた。

 その日も議事録の作成や、問題点の洗い出しでいつものように遅くなった。伊東は今日は歯医者の予約があるからといって早めに帰り、坂口が1人残って書類の処理をしていた。

坂口 「(そういえば、そろそろ試験結果が出るころだな。でも、俺は午後IIの出来が悪かったから駄目だろうなぁ……)」

 坂口は岸谷の言葉が頭に焼き付いていた。

岸谷 「八島さんの案はそれなりの経験のうえでの話だ」

坂口 「(そのとおりだ。岸谷さんのいうことは分かる。俺に足りないのは経験だ。理論だけではダメだというのは、営業のときの経験からも分かる。しかし、こればっかりはなんともならないよなぁ。午後IIでも結局、経験があればもっとうまく書けたはずだ。経験があれば……、経験があれば……)」

 坂口はふと谷田の顔が頭に浮かんだ。そういえば、最近、電話もメールもしていない。急に声を聞きたくなった坂口は谷田に電話をかけた。

坂口 「もしもし」

谷田 「もしもし、坂口さん?」

坂口 「谷田さん、いま大丈夫?」

谷田 「もちろん、大丈夫です!」

 谷田は久しぶりの坂口からの電話に喜びを隠せなかった。

坂口 「ごめん、試験の後、全然連絡してなくて」

谷田 「いえ、いいんです。坂口さん、お忙しいって聞いてましたから」

坂口 「そういえば、もうすぐ試験結果が分かるよね?」

谷田 「はい、勉強会のみんなで集まって、結果を見ようってことになったんです。坂口さんも来てくれますよね?」

坂口 「うっ、うん、もちろん行くよ」

谷田 「直接会えるのは久しぶりですから、楽しみにしてます」

坂口 「おい、おい、楽しみなのは試験結果の方だろ」

谷田 「えっ、あっ、そうでした。でも、絶対来てくださいね!」

坂口 「その日は会議も入ってないから大丈夫だよ。じゃ」

 谷田との会話で少し気分転換できた坂口は、作業の続きを進めていった。谷田は坂口に久しぶりに会えるうれしさから当日に着ていく服を選ぶためにクローゼットの前であれやこれやと服を見比べるのだった。

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